1話 幼馴染と絶縁する
「ばか」
「あほ」
「くず」
「のろま」
口を開けばすぐに文句、罵声、暴言を吐いてくる幼馴染に、俺は飽き飽きしていた。だからもういっそのこと縁を切ればいいのだ、という考えに至ったのはつい先日の事。
その日、俺はいつものように昼休みを過ごしていた。まぁ俺はクラス内で見事なまでのぼっち生活を送っているので弁当を食いながら最近ハマっている小説を読んでいるだけだったのだが。
「ちょっとシュウ、こっちに来なさい!」
そこにいきなり教室のドアを物凄い勢いで開けて俺の幼馴染である赤坂ゆりねが登場、教室の皆の視線が俺に集中する。
なぜならオレの幼馴染である赤坂ゆりねは僕達の霞ヶ丘高校で一年に一度行われるミス霞ヶ丘に2年連続で優勝するほどの容姿、テストでは必ず1位をとるほどの頭脳、陸上の全国大会でいくつかの賞をとるほどの運動能力のどれをとっても一級品であるがゆえに全校生徒から一目置かれている言わば超有名人なのである。
それがいきなり自分の教室に押し掛けてきたら唖然もするだろう。しかもゆりねと違って容姿、頭脳、運動能力どれをとっても普通の僕に直々のお出迎えだ。
しかしこれは年中の事なので我がクラスの恒例行事と化しているゆりねの訪問。最初のうちは唖然では済まないほどの大混乱を巻き起こしたのだが、今はだいぶ落ち着いている。
俺とゆりねが幼馴染なのは周知の事実で、日頃男子から妬み嫉みを買っているのは全て俺。
それを見掛ける度に俺はこう叫びたくなる。
「こんなやつの幼馴染の座なんて欲しけりゃくれてやるよ! どうせ後から後悔するけどな!」
と。
大体こんな暴言魔女のどこがいいのだろうか、俺にはさっぱりだ。皆もゆりねが俺に暴言を吐いているのは見ているはずなのにいつも俺が悪いみたいな空気になる。
それだけこいつが人気だということなんだろう。
そしてその日も。
「嫌だ」
「はあ? あんたに拒否権なんてあると思ってるわけ?」
「あるだろ、普通」
俺がそう答えるとゆりねは顔を真っ赤にして俺の机まで来て、俺の弁当をぶちまける。
「私に逆らうからこうなるのよ」
その弁当はいつも母が早く起きて俺のためにせっせと作っている物で、流石にいつもは成されるがままになっている俺といえどカチンときた
「謝れ」
「なんでこの私が謝らないといけないわけ?」
「謝れって言ってるだろ! 俺がお前に逆らったという理由はお前が俺を害する理由になってもお前が俺の母さんの気持ちを踏みにじっていい理由にはならない! 仮にも小学生の時からの家族ぐるみの付き合いをしてきたお前ならお前がぶちまけた弁当が俺の母さんが朝早く起きて作ってる物だと知っているはずだろ!」
「そ、そんな事知るわけないじゃない。あんたの家族の事なんてッッ」
「そうか。そんな事、か。分かったよ、お前にとって俺や母さんは『そんな事』なんだな。」
「ち、違っ」
「何が違うんだ、言ってみろよ」
「……」
「俺はお前の事を幼馴染だと思っていたんだけどな。お前は違ったみたいだな」
「そんな事一言も言ってないじゃない!」
「じゃあなんで俺の弁当をぶちまけたんだよ」
「それについては悪かったわよ。ほら、これ」
そう言ってゆりねは俺に弁当を渡してきた
「なんだこれ」
「弁当よ、あげるわ。私の手作りなんだから光栄に思いなさいよね!」
ゆりねの事だ。どうせ少し期待させといて突き落としたときの俺の反応を楽しみたいんだろう。と思いつつ恐る恐る弁当を開けると案の定料理とは言えないような「モノ」が出てきた。
ぐちゃぐちゃの卵焼きに、黒焦げのステーキ、その他全て見ただけでわかる。食えたもんじゃないと。だから俺は少し期待してる表情のゆりねに真顔でいい放つ。
「へぇ。お前は人の食べる弁当の代わりに家畜の餌を差し出すような奴なんだな。随分と変わった趣味だが、誉められたもんじゃないぞ」
「な、なによ! 人の善意につけこんで言いたい本題して!」
「へぇ。お前はこの残飯以下の物体を善意だって言うのか? 笑える冗談だな」
「これは私が作った弁当よ!」
「俺が小学生の時に時々食べたお前の弁当はその時点でなかなかの物だった。そのお前がこの汚物を作ったって? 嘘は現実的なものをおすすめする」
ゆりねの顔が真っ赤になっていく。俺に言い負かされたのがよっぽど悔しかったんだろう。
「まぁお前が作った、というところは認めんでもないがな、意図的にこの物体を作り出したんだろ。これでよく分かったよ。最初からお前と俺は幼馴染でもなんでもなかったんだ。」
「そんなことーー」
俺はゆりねの足元に弁当を叩きつけた。が、キャッチされてしまった。まぁそんなことどうでもいいが。
「そうだよな。お前も都合のいい奴隷がいなくなるのは嫌だよな。でもそんなことは関係ない。そんなことないとお前が言うなら俺が言うよ。ーー」
ーー絶縁しよう
と俺がいいかけた時だった。
「もういい!」
と言ってゆりねは逃げ帰っていった。追いかけても良かったが、そんな気分にはなれなかった。
それから一週間が経とうとしていた。毎日のように来ていたゆりねはあれから1回も来ていない。
クラスの連中の俺への態度はより一層冷たいものとなったが俺は何も気にしていなかった。
一度ゆりねの親が訪ねてきて、『ゆりねと仲直りしてください』と言われたが、
『ゆりね? それは誰でしょう。僕に幼馴染なんて最初からいなかったはずですが』
と答えたらトボトボと帰っていった。どうせゆりねがあの奴隷欲しい! みたいにごねたのだろう。だが俺は二度とあの魔女の奴隷になるのはうんざりだった。
そして今、俺とゆりねは通学路で口論をしていた。ゆりねが家の前で待ち伏せをしていたのだ。
「私がこんなに謝っているんだから許しなさいよね!」
「俺は君の事なんて知らない」
このやり取りを何回も何回も繰り返していて、いい加減飽きてきていた時だった。
ゆりねの後ろから車が孟スピードで走ってきていた。それを見た瞬間、おれはゆりねを突き飛ばしていた。
「どけ」
「なによ!」
一瞬の間を開けて
ドーン
俺の意識が沈んでいく。
最後に感じたのは、焼け焦げたオイルの臭いと、ゆりねの聞き慣れた叫び声だった。