痛みの無い傷跡
独り言が欠けているのは、会話が噛み合う番いがいるから。
133、134、135……。
幼い私は、階段を登っている。
ママだっこ、とせがんでも、母は無言で先に登っていく。
途中、人の顔に見える樹に見惚れていると、はやく来なさいと叱責された。
階段を登り終えると、藤の花が垂れ幕のように下がっていた。
広場に人は少なく、親子が何人かいるだけだ。
お線香をあげて、カランカランと大きな鈴を鳴らしたあと、母はまた奥へと進む。
石段を登る。お地蔵さんがたくさん並んでいる。こどものように、小さな。
頂上につき、母はお賽銭を石にのせた。
小さな一角まで歩き、バッグを開ける。お菓子、文房具、戦隊モノの人形。
それらを丁寧に置くと、両手をあわせてお祈りをする。
私も隣で、ただ母にならって同じように真似事をした。
しばらくして、顔をあげると、母は涙を流していた。
「……ママ?」
「ごめんね。疲れたでしょ」
「ううん」
「お腹空いたね。下のお店でお団子売ってたから、食べよっか」
そう言うと、私の手を握って一緒に階段を降りた。
さきほど通った広場についたときに、鳴き声が響いた。
「クオーン!クオーン!クオーン!」
得体の知れぬ音に怖がっている私を見て、母は微笑みかけながら、お姫様を扱うように胸の前で抱っこしてくれた。
私は丸くなる。
ぬくもりを感じ、安心する。
冬の外気で冷えた身体があたたまる。
やわらかな匂いがする。
さみしくない。
スカートが母の腕の中でずれ落ちていく。
私はじっと、自分の膝小僧を見つめていた。
空気は乾いている。
木枯らしが吹いた。
お母さんがつまづいた。
よろめいたけれど、体勢を戻す。
誰かが、そばを通り抜けた気がした。
ぷつぷつ、という感触。
私の膝とすねに、切り傷が浮かぶ。
血が滲み出る。
私は不思議そうに、ぼおーっと眺めていた。
違和感に気付いた母は、悲鳴をあげて。
そして、それから。