理不尽はいつも待ったなし
約束の月曜日。
天気予報の通り、1日中雨だった。
5限の授業を終えると、指定した9号館の建物の裏へと向かう。
室外機が置かれている以外に何もない。
まず生徒が訪れることのない場所だ。
雨が降る中、私はさしていた傘を”閉じて”歩いた。
緊張した面持ちで彼が立っていた。
私からどんな条件が出されるか、不安で仕方ないといった様子だ。
「こ、こんばんは。来てくれたんだ」
彼の挨拶に返事もせず、携帯電話を取り出してストップウォッチを起動させた。
早速、条件を告げる。
「小学校時代から大学時代に至るまでに、あなたが築きあげた人間関係に別れを告げなさい。あなたたちと過ごした青春は虚無そのものだったから、もう二度と関わらないでほしいって」
開始、のボタンを押して彼に見せた。
意味がわからないといった様子だ。
「な、なんだよそれ!」
「3秒経過」
「理不尽だ!なんか意味があるのかよ!」
「意味がないから、理不尽なんでしょうね」
「ちょっと待てよ。待ってくれって」
彼は哀願した。私は無視をする。
「あなたが条件を飲むって言ったら、携帯電話をその場で借りて別れのメッセージを発信するから。その場しのぎに頷いて、誤魔化そうだなんて思わないでね。同世代の人間を相手に出し抜くことは難しいわよ」
彼は訳がわからないといった表情だった。
そして、反論をしてきた。双方に利があることをしよう。ウィンウィンの関係にしようなんて言い出している。
ふざけないでほしい。私だけが勝って、あなただけが敗北すればよいのだ。
残り2分。
彼は自ら条件を提示してきた。
能力の実験台になるだの、大学の出席や宿題を全て代わりに引き受けるだの。
なるほど、私からこの程度のことを提案されると思っていたということだ。私はゆっくりと首を横にふる。
残り1分。時間は容赦なく過ぎていく。
彼は交渉をやめて、手で顔を覆った。やっと、二択で考えることに集中したのだろう。
事前準備を怠ったのがいけないのだ。自分に主導権が1%もないことを自覚するべきだった。
ありとあらゆる条件を想定し、条件に応じた結論をあらかじめ下しておくべきだった。
残り10秒。
彼は口を開いた。
「条件を、飲む」
私は別に驚かなかった。まだ私を誤魔化せると信じて、その場限りで返答しているだけの可能性がある。
「スマホ、貸して。ロックを解除してから」
彼は従い、不安そうに携帯を渡した。
「トーク一覧から私が別れを告げる人を選別する。誰かに乗っ取られたとか後で誤魔化せないように、別れを告げる動画メッセージを撮りましょう」
「待ってくれよ!」
「恋を叶えたくないの?ストーカーの風上にも置けないわね」
「他のことなら何でもするから」
「何でも出来ても一つのことはできないのね。お友達を失ってまでは、その子と結ばれたくないのね」
「因果関係がないからだよ。好きな子を助けるのに直接役立つ行為なら何でもする。あるいは、君の役に立つためなら頑張れる。でも、ただ僕が友達を放棄するだけなんて、一体誰が幸せになるんだ」
「やっぱり辞めるってことでいいのね?」
彼はぎゅっと目を閉じた。そして言った。
「……貸して」
彼は携帯を私から取ると、自分で操作をはじめた。
「君が言った条件は、人間関係を断ち切ることだった。0にするということであって、マイナスにすることじゃない。別に傷つけるような言葉を告げて離れる必要もない」
端末情報リセットの画面を見せてきた。
「データを消す。あとは僕が誰かとつるまないように、君がストーカーみたいに僕を観察していれば良い。携帯電話もくれてやる」
私は、反射的にとめようとしてしまった。
しかし、彼はボタンを押した。
「頼む。力を貸してくれ」