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雨の日に笑うの、透明人間。  作者: 踏切交差点
大学4年
45/51

ホワイトローズ社 縁結

物語の時は進み、神田桜が卒業を半年後に控えた秋へと移る。

「いただきます」


一人でご飯を食べるのは、別に、寂しくない。


それは、世の中がお一人様に寛容になったからでも、絶対的な心の拠り所となる恋人ができたからでもない。

孤独に慣れたからだ。


大きな病を抱えているとわかった時、後遺症の遺る怪我を負った時、大切な存在を失った時、理不尽な被害に遭った時、人は孤独になる。

誰にも理解されない心の傷を負う。


でも、苦しんでいない人なんていないように、本当に苦しんでいる人なんていない。

なぜなら自分は、目の前に映る全ての人間が抱えていない不幸を抱えているのと同時に、その不幸を上回る不幸を抱えている人を想おうともしないから。


孤独じゃないと言い切れる人なんて、果たして世界のどこにいる?


自分が持っている幸福は当前のものに思う。

自分が持っている不幸は誰にも理解されないと嘆く。

自分が持っていない幸福には羨望の感情を抱く。

自分が持っていない不幸には無関心になる。


自分だけを基準に生きて、満たされるわけがない。不満をもたないわけがない。

かといって、他人を思えるわけもない。

理解できない痛みがあるように、理解されたくない痛みがあるからだ。この世界には、何の価値もない痛みが存在するのだ。


不幸な出来事を活かすも殺すもその人の心次第だなんて、よく、言えるものだ。


その出来事によって、自分の心が死んでしまうような、ただひたすら、なければよかったと思う出来事だってあるんだ。


糧にも、経験にも、未来で振り返っても良き想い出にも何にもならない、ただ悲しいだけの出来事が。


悲しみに、沈んでもいいんだ。


苦しさをバネにして、生きなくてもいいんだ。


私には、私の痛みを理解してくれる、私がいるから大丈夫。




「お隣、いいですか?」


思わず振り返った。

動揺してお盆を揺らし、水がこぼれてしまった。


顔を見ると、知らない茶髪の学生だった。


「ちょっと、場所がなくて」


だらだらと二限終わりに食べているうちに、いつの間にかお昼の時間帯になっていた。


すぐ後ろに彼女らしき女性がいて、同じく申し訳無さそうな表情をしている。


「ええ、いいですよ。私こそごめんなさい」


隣の席にバッグを置いていたので、膝の上に乗せる。二人はお礼を言って座った。



学食を出た。天気は晴れていたけれど、雨が降っていた。


傘を忘れてしまったので、濡れるのも構わず図書館に向かって歩く。

市販のビニール傘を使ってから、どうも傘を忘れがちだ。


「……なんだ、全然、駄目じゃん。孤独には慣れても、あの人がいないことには慣れてない」


頭の中で、いくら哲学的な思考をしたって。

心理的な決断をしたって。

世の中を諦観したつもりになったって。

私は現実を生きる、一人の弱い女子大生にしか過ぎないのだ。


自分一人だけの時には完璧な哲学があったって。

いざ他者と触れた時には、脆くも崩れ去ってしまう。


一人でも大丈夫だと思えるのは、一人でいる時だけなんだ。


多くの学生が行き交うキャンパスの中、思わず涙が出てしまった。

心が耐えきれなくなり、ひと目につかない場所へと移動しようと思った。



いつか優と待ち合わせた9号館の建物の裏で、雨に打たれながらシクシクと泣いた。


「……寂しい。寂しいよ。寂しすぎて、死にたいよ」


大切なものほど、失ってから気付く。


月並みであくびがでるほど、聞き飽きてきた言葉のはずだった。

けれど、言葉の意味を本当に実感したことは、今まで一度もなかったのだとわかった。


人間は欠陥動物だ。

理性も知性もありはしない。


大切な存在がいつも身近にあるときに、それが大切な存在だということに気づけない。


失ってからは、こんなに強く想うのに。


どうして隣にいるときは、もっとやさしくできなかったのだろう。

歩み寄ってくるたびに、突き飛ばしていたのだろう。

さしのべてくれた手を払って、殻に閉じこもってしまったのだろう。


過去は、取り返しがつかないなんてことはわかってるから。


未来に甘えて、過去を捨ててしまったのは自分だから。


自分一人で生きようとした自分に怒りを抱きながら。


もしも、ご都合主義の奇跡が起きて、大切な人が隣に来てくれたのなら。


今度こそ、目の前の一人に寄り添い続ける自分でありたい。






「良いお湿りになって」


寂しさのあまり、幻聴が聞こえたのかと思った。顔をあげて、幻覚が見えたのかと思った。


夢かもしれないと思い、声をかける。


「……お隣だけど、いいんですか?」


「君の隣がいいんです」


千笠優が、隣にいる。


雨が止んだ。

いや、傘をさしてもらっている。

ピンク色に縁取られた透明傘だった。


「今は、奇跡が好きだよ。だって、誰にだって起こり得ることだから。盗まれた傘が持ち主の元に戻ってくるだけでも、奇跡だろ?」


「優……」


「どうした、狐につままれたような顔をして。狐の嫁入りだからか?」


「その、傘」


「いい名前だよな。縁結(えんゆう)、っていうんだろ?」


「……傘を届けてくれるのは、いつだってあなたね」


桜は、泣き崩れた。

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