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雨の日に笑うの、透明人間。  作者: 踏切交差点
大学2年
43/51

その星は、宇宙でひとつしかない

雨が、何日も降った。


神田桜は、パソコンでSNSのアカウントをつくって、小学校時代の同級生を中心に連絡を取った。


急な親しみ方に不審に思う生徒もいたが、かつて同じ学び舎にいたことを純粋に懐かしむだけのやりとりだとわかると、素直に喜んでくれた。


瞬く間に、個人個人で彼女とやりとりをする相手は二桁に増えた。

そして、雨が降るたびに、ひとりひとり連絡が途絶えていった。


小学校に入って、一番はじめにできた友達がいた。

その子からある日、返信がこなくなった。

電話をどの時間帯にかけても、繋がらなくなった。


時が来たと思った。




「探しているのはこれかしら?」


誰もいないはずの空間から突然姿を現した桜に驚き、幼馴染は尻もちをついた。

さしていた傘を落とした。

桜はゴム手袋をつけながら、自分の携帯電話と、幼馴染の携帯電話を手に持っていた。


「あなたの最近の検索履歴、全部見ちゃった。可哀想な人。あなた、生きててたのしくないのね。女性にこれだけ邪悪な欲望を抱けるくらい、女性にやさしくされてこなかった人生だったのね」


「い、いつから……」


「好きな人がそばにいたのに、ずっと気づかなかったのね。警察に追われてるかもしれないのに、私の携帯をひらくことに夢中になってばかり。私のパスワードはね、天気予報の電話番号なの。私は後ろめたいことが何もないことを伝えたくて、自ら恋人に番号を伝えていた。彼が携帯を開いたことなんて多分一度もなかったけどね。同じ番号から3桁取ってパスワードにしたあの人の日記を、私も開けたことはなかったけど」


幼馴染は唖然としていた。


「あなたが掲示板に何を書き込んでいたかも知っているわ。ひどいのね、また私をさらって、欲望を満たした後は一緒に死のうだなんて」


「……君はわかっていないんだ。幸せが何なのかを」


「気持ち悪いこと言ってないで、告白してみなさいよ。歪んだ好意の伝え方ばかりしないでさ。私があなたをどう思っているか好意を確かめてみなさいよ」


「…………」


「できないわよね。できるわけがない。だって、弱いもの。あなたはね、私よりも好きになりそうな人がいないから私を好き、な訳ではないの。私よりあなたを想ってくれる人がいそうにないから、私に依存しているんでしょ。その想いが、憎悪でもいいから。あなたは私のことなんて、何も見ていない」


「違う!違う!君のことが、好きだ!君の、心も、声も、笑顔も、全部……」


「あはは、ごめんなさい。あなたのこと、男として見れないわ。魅力がないし、気持ち悪いんだもの」


桜は憐れむような目で幼馴染に告げた。

そして、幼馴染の携帯を投げつけた。


悪意の込もった笑みを浮かべる彼女に、幼馴染はショックを受けているようだった。


「ストーカーがどうして怖いかって、見えないから怖いのよ。姿を見せることはあっても、私が助けを求めた時には消えるような距離を置いてる。私が助けを求めても、誰も信じることがないように姿を隠している。だから私は恐怖を一人で抱えるしかない。でも、怖いことは、強いことを意味しないわ。ストーカーに似合うのはいつだって刃物。だって、非力なんだもの」


「お、おい……」


「それと、あなた勘違いしてる。警察に通報しなかったのは、私があなたを心配したからじゃなくて、もう二度と関わりたくないから。私の大切な人を巻き込みたくないから。殺さないのは、殺したくないからじゃなくて、万が一捕まってしまうことで大切な人と過ごせるはずだった時間を失いたくないから。たとえそれが誰にも、自分自身にさえまともに認識されないような犯罪だとしても、大切な人を殺人の共犯者にしたくないから。あなたのことなんか、これっぽっちも思ってない。自分で自分を見てみなさいよ。貧弱な見た目、粗末な能力、誇れない経歴。自分で自分を好きになれるようなところなんか何一つない。だから代わりに誰かに愛してもらうことで全てを救ってもらおうとする。あなたなんか、私にふさわしくないのよ。どうして30億人異性がいるこの星で、あなたなんかを受け入れなければならないのよ。女は星の数ほどいるんだから、私以外を選びなさいよ。星の数ほどいる女だけど、誰1人あなたを選ばないでしょうけど。私も星の数ほどいる男から、あなたなんかを選ぶわけがない。やさしくされただけで傲慢にならないでよ。好きっていう気持ちがあれば何もかも許されるなんて思わないでよ。純情を裏切られたって、逆恨みしないでよ」


幼馴染は震えながら、ゆっくりと立ち上がった。


「姿を隠してあとをつけて、優位に思っていたかもしれないけど。本当は、ただ見られたくなかっただけなんでしょ。見られても好かれる要素なんて1つもないんだもんね。突然姿を現して驚かせたかったのも、誰一人驚かすことのできない男として寂しい人生を送ってきたからでしょ。肉体も、知性も、人望も、何もかもがひたすら低い男。幻想の異性を頭の中でずっと追い続けて、一生物陰に隠れて、誰にも見られずに生きていきなさい」


怒りで青白くなっている幼馴染に、桜は言い放つ。


「この、透明人間!」


ガーン、と、頭を打たれたような表情をしていた。


「俺が、俺が、どんな想いで……。神田桜、殺してやる。殺したあとに犯してやる」


幼馴染は襲ってきた。


「駄目よ。私、他に好きな人がいるの」


しゃりん、と音がなった。

桜の姿が再び消えた。


幼馴染は雄叫びをあげながら、宙に必死に手を伸ばしていた。

憎悪の表情で、誰もいない空間に暴言を吐き散らしていた。


しかし。

急に興味を失ったかのように、手を下ろした。

しばらく呆然としたあと、地面に落ちていた携帯電話と傘を拾って、あるき出した。


桜は遠くの位置で姿をあらわすと、そばに歩いていった。


「すみません」


「……はい?」


魂の抜け殻のような表情をして、幼馴染が振り返った。


「私の彼氏がここらへんで黄色い財布を落としたらしいんですけど、見かけました?」


「……いいえ」


「そうですかー。失礼しましたー」


「…………死ね」


少し離れてから捨て台詞が聞こえた気がした。

だが、それは独り言に近いものだった。

彼は振り返ることがなかった。

幼馴染は桜に対する一切の関心を失い、桜との記憶を忘却したようだった。



桜は急いで実家に電話をかけた。


「もしもし、お母さん?」


「あら、どうしたの急に」


「週末さ、実家に帰ってもいい?」


「いいわよ。なんかあったの?」


「ううん、別に。気分だけど」


「んふふ。わかった。ごちそうつくって待ってるから」


「ありがとう。あとさ、お父さんに代わってもらっていいかな」


「ちょっとまってね。おとうさーん、桜から電話」


「おー、珍しいな。もしもし?」


「お父さん。週末実家に帰ろうと思うんだけど。一緒に服でも見に行かない?」


「どうしたんだ?エモイこと言うようになったな」


「……それ使い方違うよ」


「100着ぐらいだったら買ってやってもいいぞ」


受話器の向こうから、お母さんがお父さんに何かツッコミを入れたのが聞こえた。


「楽しみにしてるね。じゃあ、またね」


「なんだ、もう終わりか。気をつけて帰ってくるんだぞ」


「うん。またね」


「ちょっと待って、母さんが代わりたいって」


「うん」


「もしもし?桜?」


「どうしたの?」


「またみかん送るわね」


「それだけ?」


「んふふ、それだけよ。あと、最近天気悪いから、風邪引かないようにね」


「わかった。またね」



電話を切る。


ふぅー、と、安堵の息を漏らした。


ヘトヘトになって、地面にへたれこんでしまった。


親との絆まで、失わずに済んでよかった。


世界で一番自分を愛してくれる人たちから、突き放されなくてよかった。


家を出る時に、傘を持って行ってねと言ってくれる人たちを失わなくてよかった。


もう二度と、この鈴守は、使わない。

そしてもう、不用意に人間関係を築くのはやめよう。

他者を求めていい資格なんて、私にはない。



でも、ただ一人だけ……。


もう一件電話をかける。


しばらくすると、男性が電話に出た。

着信拒否をされていないことから奇跡を信じてしまった。

喜びのあまりに話を続けていると、人違いだと言われた。

名前やお互いの共有の秘密を伝えると、気味悪がられて切られてしまった。


まるで私に興味がないようだった。

それから、電話がつながることはなかった。



幼馴染に言い放った、冷たいことばを思い返す。



ねぇ、優。

私言い過ぎだと思った?

仮にも好きになってくれた男の子に対してさ。


私が言ったことと同じ気持ちの女性、程度は違えどこの世にはたくさんいるんじゃないかな。

例えば、あなたが好きだった女の子も、優に対してはそう思う可能性もあったんじゃないかな。

女性は残酷だね。好きな人以外に対しては容赦をしないから。

私もそういう、普通の女なんだね。


だからこそさ。


私が好きな人は、本当に大好きな人なんだ。

男は星の数ほどいるけれど、あなたは1人しかいないんだ。


また、同じ傘の下に入りたいんだ。

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