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雨の日に笑うの、透明人間。  作者: 踏切交差点
大学2年
36/51

いい匂いがする。

身体が少し痛む。

それでも落ち着く。


誰かに頭を撫でられた気がする。

このまま、心地よい眠りに沈んでいよう。


そう思う優の耳元で、誰かがささやいた。


「まあー、びっくり。すごいあさだち」


「うおい!」


「あっ、起きた」


「何見てんだ!?」


「外を見てるけど?」


土砂降りの雨が降っていた。桜は天気を確認すると、雨戸を閉めた。


「なんのことだと思ったのかしら」


優が顔をそむけていると、桜はおはよう代わりの挨拶をした。


「良いお湿りになって」



朝。

優は携帯を開いて何かを入力していた。

苦笑いをしているところを見ると、親から心配するメッセージでも来てたみたいだ。

桜は申し訳無さを感じた。


「昨日の怪我、よくなった?」


「まだちょっと痛むけど、大丈夫。こっちこそごめん。雨宿りのつもりだったのに、泊まっちゃって」


「いいよ。おへそ取られないように、注意だけはしてね」


雷鳴が聞こえた。優は驚いたが、桜は平気なそぶりだった。代わりに呪文を唱えていた。


「くわばら、くわばら」


「それ、どういう意味なの?」


「桑畑のような低い茂みに避難しなさい」


「へー、そうだったんだ。おそろしい、って意味かと思ってた」


「諸説あるけどねー」


桜はあくびをしていた。よく眠れなかったのかもしれない。


「それにしても偉いね」


「何がだよ?」


「本当にただ雨宿りしかしなかったなんて。ソファですやすや寝てたよ」


「何も悪いことしてなくない?」


「恋人が家に帰っちゃいそうな時に、引き留めるかのように降る雨のことをなんていうでしょう?」


「古典で習ったよ。遣らずの雨だろ」


「ふふ、やらずの雨だって。あなたらしい」


桜は自分の言葉にうれしそうに笑っていた。

優は反応に困り、話題を変えた。


「雨やだな。今日授業いっぱい入れてあるから行く気なくすなぁ」


「朝雨に傘いらずっていうでしょ。天気予報だと、もう少ししたら晴れるみたいよ。雨のち晴れ」


「さぼっちゃおうかな」


「まだ身体痛むの?」


「痛いというより、めんどうくさいだけ」


「気持ちはわかるけど、ちゃんと出ておけば?コツコツ積み上げておかないと、いつか苦しい目にあっちゃうよ。雨垂れ石を穿つっていうでしょ。私も一緒に行くから。授業中寝ててもいいから出席だけでも取ろうよ」


「授業抜け出して学食行ってるやつに言われてもなぁ」


「たまにだよ。出席はちゃんとしてたし。あっ、雨蓋がよじれてる」


「なんだって?」


「服のポケットの上についてるフタのこと。今どきついてるのも珍しいね」


「雨言葉の好きな女だなぁ」


「えへん。じゃあ雨に関するクイズです」


「どうぞ」


「雨蛙は、どうして鳴くのでしょう?」


「求愛行動じゃないかな。くじゃくが羽を広げるみたいに」


「うーん、別解かなぁそれは」


「正解は?」


「昔々ね、いつも親にさからってばかりの雨蛙の子がいたの。死期が近いのを悟った親ガエルは子を呼んで『死んだら川のそばに埋めてくれ』って頼んだの。そうすれば山に埋めてくれると思ったから。でも、子蛙は心のなかではこれまでの親不孝をすまなく思っていたから、最後くらい親の望みをかなえてやろうと、言われたとおり川のそばに埋めた。だから今でも雨が近づくと、川水があふれることを心配して蛙が鳴くんだ」


「俺がそのとおり回答してたら腰を抜かしたでしょ」


「第2問です。傘をさすの『さす』は、漢字でどう書くでしょう」


「うーん、なんだろ。ちょっと待って」


優は日記と青いボールペンを取り出した。


「『刺す』。これでしょ?」


「残念。正解は『差す』でした」


「騙された」


「日記まだ持ち歩いてるんだ」


「必要なことをいつでも書き留められるようにさ。大事なものだからこそいつもそばに置いてる。君から貰ったこのボールペンだってそうだよ」


「……ありがとう。失くしちゃだめだよ」


「わかってるって」


「えーと。それじゃあ最後に、ポーランドからのクイズです」


「かかってこい」


「私がいないと私を求め、私がいると私の前から逃げるものってなーんだ」


「クイズっぽいクイズだな。まあ、昨日も降り続いて、この流れだとさすがにわかるよ。答えは」


ピンポーン。チャイムがなった。


「こんな朝から、誰だろ」


「出ないで」


「えっ?」


「出なくていいから」


桜が泣きそうな顔をしている。またチャイムがなった。


「誰なんだ?」


「…………」


「なあ、わかったよ。あのストーカーだろ」


「このままやり過ごしましょう」


「男が部屋から出てきたら、諦めもつくんじゃないか」


「あなたも巻き込まれるわよ」


「上等だよ」


優は玄関に向かった。チェーンをかけたまま、ドアをあけた。


「ごめんね桜、朝から急に。実家から梨たくさんもらっちゃってさ。よかったら……」


ダンボールを抱えていた女子大生は、隙間から顔を覗かせた。優と目が合った。


「ま、間違えました……」


「いえ、あってます。代わりにお渡しします」


「ご、ごめんなさい急に!彼氏いるなんて聞いてなかったもので!」


ダンボールを置くと、すぐさま帰っていった。桜は後ろで照れ笑いをしていた。


「あはは……。勘違いだったみたい」


「今の人は?」


「福島しょう子ちゃんだよ。高校2年生の時のクラスメートになって、夏休みに仲良くなったんだ。違う学部だけど一浪してうちの大学に入って、今は近所に住んでるの。体育の授業も一緒に取ってるよ」


「例の子か。なぁ、桜。何があっても、もう能力使うなよ。あの子から、梨がもらえなくなってしまう」


「……うん。わかってる」


「朝メシでも食おうよ。コロッケでも買おう。台風コロッケ。それから大教室に眠りに行こう」


「ふふ。台風じゃないってば」

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