あの子も勝てないこの子
「まだ不貞腐れてるの?」
「放って置いてくれよ」
「ろくでもない人たちだったってことよ。いきなり優のことを仲間外れなんかにして」
「悪い人たちじゃなかった。生徒想いの講師ばかりだった」
「理由も述べずに辞めてくれって言うくせに?」
「俺だって、よくわかんないんだよ。生徒の成績も少しずつ上がってたし、遅刻したことだってないし。でも、同い年の先輩にタメ語使ったりしてたから、それがいけなかったのかも。社会のルールよくわかんなくてさ」
「おかしいよ。あなたほど子ども想いの学生なんていないでしょ?ここで退いたら……」
「いいんだよ。俺に原因があったんだろ」
「ちょっと、濡れちゃうよ。傘はどうしたの?」
「忘れた」
「かばんの中、折りたたみ入ってるんでしょ?」
「どうでもいいよ」
「風邪ひいちゃうよ」
「ひいてもいい」
「忘れたんだったら、私の傘の中、半分入れてあげる」
桜が優に傘を差し出すと、優はうっとうしそうに払った。
「いいって。そっちが濡れるだろ」
「そっちじゃなくて、桜だよ。何よ、こどもみたいに。私と一緒に帰りたくないなら、無理して付き添わなくていいよ」
「……そうは言ってないだろ」
と言いつつ、優は桜と距離を置いて駅へと歩いた。
バイトではしょっちゅう大変な思いをしたけど、自分が必要とされていることにやりがいを感じていた。
授業準備のストレスで何度も辞めたいと思ったし、サービス残業の多さに辟易したこともあったけど。
それでも、生徒に勉強を楽しんでほしくてがんばってきた。
なのに、今まで仲のよかった生徒が突然口をきいてくれなくなってしまった。
他の講師陣からの冷たい仕打ちも受けるようになった。
俺のことを嫌いな誰かが、何かを周囲に吹き込んだのだろうか。
それに、サークルの人間関係もうまくいってない。
大学デビューを張り切ったツケが回ってきたのか、一部の先輩と同期から疎まれている。
特に、後輩と新歓時期は仲良く話せていたのに、最近どうも冷たい。
自分が気づかないうちに、他人を傷つけてしまっているのかもしれない。
うだうだと思い悩んでいるうちに、駅についた。
全身がずぶ濡れになっていた。確かにこれでは電車にも乗れないか、と少し後悔をした。
自分の世界に入り込みすぎてしまった。
桜が本当に一人で帰ってしまったんじゃないかと心配になり、振り返った。
彼女も、びしょ濡れになっていた。
「おい、どうしたんだよ!」
「私も、負けず嫌いなので」
「雨に濡れたほうが負けだろ?」
「あなただけには、負けたくないの。特に、負けることに関してはね」
彼女と出会うまでは、傘越しにキスをしてくれる女の子が一番だと思っていた。
今は。
さしていた傘をとじて、一緒に濡れてくれる女の子にはかなわないと思った。




