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雨の日に笑うの、透明人間。  作者: 踏切交差点
大学1年
27/51

あなたのせいで、笑ってお腹が痛いよ。

「どうしたんだ。雨も降ってないのに公園なんかに呼び出して。告白なら真っ昼間より夜がいいぞ」


「黙りなさい。これ、なんだと思う?」


「バケツ。水が入ってるな」


「昨日の雨水を貯めておいたの」


「察しがついた。晴れの日にこの水を被っても透明になれるか実験したいってことだな?」


「イエス。天才的ひらめきでしょ」


「間違いない。では、どうぞ」


「ん?」


「ん?」


「ああ、ごめんなさい。それじゃあ、鈴守渡すから、そこにしゃがんで……」


「いやいや。どうして俺が被るんだよ」


「私に被れっていうの?」


「大学近くに住んでるんだろ?俺は実家通いだ。濡れたまま電車に乗れないよ」


「バスタオル貸してあげるから。吸水性抜群の今治タオルを特別に」


「濡れたくないんだよ」


「じゃあ、どうするの?世紀の大実験を前にして」


「そもそも、こどもがめっちゃ遊んでるぞ。見られたらどうするんだ」


「こどもが透明人間見たって言ったところで、大人は信じないから問題ないのよ。あなたも塾講師やってるなら少しはこどものことわかるでしょ」


「乱暴な思考」


「うーん、強引に水被せた後、必死に謝ったら許してくれる?」


「許しを乞うてから罪を犯そうとするなよ……あっ、危ない!」


「えっ?キャッ!」




「あちゃー」


「はぁー、あの坊主ども……」


「女子大生がこどもをにらみつけるなよ。必死に謝ってくれたんだからいいだろ。夏だもんな。俺もよく水風船で遊んだよ」


「にらみつけてないわよ。こどもはいいわよね、楽しそうで。濡れるのを躊躇せずに水かけあって」


「かわいいよな」


「ほら、あそこの女の子なんてお人形さんみたい。私もあれくらい透明感のある肌になりたいわ」


「鈴守使う?」


「透明人間になりたいとは言ってない」


「でもどうせ濡れちゃったよ?」


「……わかったわよ。鈴守握るから、少しずつ垂らしてみて。身体の表面積が何%ほど濡れたら透明になるかの閾値も測りたいし」


「お、いいねえ。それじゃあ、いくぞ」


「どうぞ」


「肩からちょっとずつな。ほい」


「うう……。冷たい。汚い」


「100%ナチュラルっていえば聞こえはいいだろ?」


「ネーミングにだまされないわよ。このくらいじゃ透けないわね」


「頭からも垂らしてみていい?」


「仕方ない」


「眼つむって。いくよ」


「冷たっ!どう、透けた?」


「うーん。もうちょっと垂らしてみる」


「……透けた?」


「まだ」


「……透けた?」


「微妙」


「……透けた?」


「透けたかも」


「本当!?」


「ああ、これ以上は……」


「どうなってんの?目あけるわよ。えっ、全然透けてないじゃない」


「いや、そうは言っても」


「さっきからどこ見て……って!ちょっと!」


「痛っ!」


「最低っ!こういう透け方は望んでないの!」


「いつもだってびしょ濡れになってんじゃん!」


「いつもは雨の日対策の服装を用意してるの!」


「なんで今日用意してないんだよ」


「晴れの日だから油断してたの!」




「良いお湿りになって」


「あっ、神田さん。今の何?」


「雨が降ってるときのご挨拶よ」


「へー、上品だね。俺も外食する時に使うよ」


「それはおしぼり」


「不機嫌なときになる」


「それはおかんむり」


「こんなわかりづらいボケをよく拾ってくれるね」


「ただでさえ雨でブルーなんだからそのノリいらないわ」


「雨が好きな人の場合、雨でレッドな気分になるのかな」


「もう突っ込まない。というか、学食の入り口で何突っ立ってるの?誰か待ってるの?」


「神田さんを待ってた」


「え、なに、こわ」


「傘を忘れちゃったんだ。折りたたみをかばんに入れ忘れてた。コンビニまでビニール傘を買いに行くから、少しの間貸してよ」


「そういうことね。というか、折りたたみ普段使ってたっけ?」


「もともと折りたたみ派だったけど、神田さんが上品な透明傘をさしてるから、見習って俺も長傘をさしてるんだよ」


「ふーん、うれしいこと言ってくれるのね。ありがとう。でもそのせいで傘を忘れちゃったのか」


「恥ずかしながら」


「貸してあげる。おじいちゃんから貰った大事な傘だから、失くさないでね」


「失くしたら?」


「またあなたに見つけてもらえばいいや」


「失くすという選択はないわけか」


「今日風も強いから、カッパでも買ってくれば?」


「カッパだとダサいから、レインコートって呼ぼうよ」


「レインコート買ってくれば?」


「嫌だ。俺大学生だもん」


「つまんないの」


「俺は名前に『笠』ってついてるから、普通のビニール傘を買ってくるよ」


「あなたの漢字の笠は、頭に被る帽子みたいなものよ。昔の農民が雨とか直射日光を防ぐために被ってた」


「それってテレビでやってた頭に被る傘ってやつじゃん。ダサいダサい言われてた」


「当時は立派な雨具だったのよ」


「……あのさ、天才的なこと思いついた」


「何?」


「カッパ、着ればいいんじゃない?透明人間になる時に」


「なんで?」


「だってさ、服着て濡れても能力を使えるんだよ。だったらさ、カッパ着れば、効果でるんじゃね?」


「……千笠くん、すごいわ。コロンブスのたまごの生まれ変わりなの?それとも、コペルニクス的転回の生まれ変わり?」


「そこは、コロンブスかコペルニクスの生まれ変わり?って聞いてほしかったな。せめて人間だと認識してほしかったな」


「うーん、でも傘さしてるときは透明になれないから難しい気もするなぁ。でも、ものは試しよね。私がご飯食べてる間に、カッパ買ってきてちょうだい。私も実験に付き合うから」


「おっけー」




「買ってきたよ」


「似合ってるじゃない」


「褒め言葉として受け取っておくよ。学生でカッパ来てる人なんて全然いない」


「着心地はどう?」


「ジャストサイズ。ごわごわした感じが苦手だけど、やっぱり便利だよね。両手が空くからさ」


「なんで思春期に入ってからはカッパ着なくなっちゃったのかしら。相合傘ができないからかしら」


「相合ガッパすればいいじゃん」


「このエロガッパ」


「エロい男はハゲるというよね。あの緑の河童はエロいから禿げたのかな?」


「河童の話はまた今度にして」




「なるほど。こういうことになるのね」


カッパを着たまま雨に打たれても、透明にはなれない。

だが、一度全身を濡らしてからカッパを着ると、カッパごと透明になれる。

肌を濡らすことが透明になる条件の一つのようだ。


「私たちには傘が便利みたいね。濡れたあとにカッパは着れないけど、傘はさせるもの」


「やっぱり傘か」


「うわ、いつの間に隣にいたの。びっくりするじゃない」


「あまり離れてると声が大きくなるだろ。ほら、言わんこっちゃない」


桜のもとに、一人の小学生の女の子が駆け寄ってきた。


「お姉ちゃんは、かくれんぼうしてるの?」


「どうして?」


「わたしたちもさっきまでしてたから。今は、避難してるの」


「そっかー、みんな避難してるんだ。私はかくれんぼうしてないよ」


「なんで一人で話してたの?」


「今ここにね、見えないお友達がいるの。透明人間って知ってる?」


優は驚いた顔で桜を見た。もちろんその表情は桜には見えない。


「とうめい人間なんていないよ?」


「あら、ませてるわね。本当にいるのよ。触ってみる?」


「うん」


桜は女の子の手を取り、持ち上げた。

優は仕方なく、そっと手を置いた。


「うわっ!」


「ね、いたでしょ?」


「マジック?」


「手品じゃないよ。疑り深いなぁ」


「本当にいるの?」


「そうだよ。お姉ちゃんも、透明になれるのよ」


「本当?」


「本当だよ」


桜は傘をとじて、手をさしだした。

優はためらいながらも、鈴守を握っていた手を重ねた。


雨が桜にぽつぽつと降り注ぐ。


にっこりと微笑む桜を、女の子は不思議そうに見ていた。


身体に降り注ぐ雨の量が一定値を超えた瞬間、桜の姿が消えた。


「うわっ!?」


女の子は目を丸くした。


「みんな!忍者がいる!」


女の子は叫びながら、二人と反対方向に全力で駆けていった。


「んふふ。あはは」


「おいおい、いいのかよ」


「いいのよ。大人はこどもの言うことなんて信じないって言ったでしょ。こどもでさえ信じてないんだもの。でも忍者は信じるのかぁ」


姿が見えなくても、桜が笑っている様子は優に伝わった。

優も思わずつられ笑いをしてしまった。

それを感じ取った桜は、また笑いがこみ上げてきたようだった。


誰もいないように見える公園で、二人の男女はたくさん笑った。


雨の日に、笑った。




「わかってるわよ。そこにいるんでしょ?」


桜が宙に話しかけると、少しずれた方向から優の声がした。


「残念。こっちでした」


優が姿を現した。

夜の公園には、他に誰もいなかった。


「わかんなかった。鈴の音を隠して移動するの上手くなったわね」


「慣性を意識して動くといいんだ。大分慣れた」


「最近雨続きだったからね。明日も予報通り、雨が降るのかしら」


「あしたてんきに、なあれ!」


優は思いっきり靴を頭上に飛ばした。


桜が靴の行方を見ていると、優が言った。


「隠れ身の術!」


途端に優の姿が見えなくなった。


しかし、大きな鈴の音をたてて優が高速で走っているので、どこにいるか手にとるようにわかる。

周囲を円周にぐるぐる駆けているようだ。


「んふ。キモい使い方すんな!」


「我を捕らえることができるかな?」


「その速度だと姿見えててもきつそう」


「あっ、痛っ、石踏んじゃったかも……」


「うふふ。ちょっと、公園で一人で笑ってる女に見られるじゃない」


「笑うとそういうことになるのか。それじゃあ、モノマネします。存在を四股でアピールする透明人間の力士。どすこいどすこいどすこい!!」


凄まじい勢いで地面の水が弾けた。


「やだ、水飛ぶ!」


「うっ、痛っ、また石踏んじゃったかも……投げた靴取ってきて……」


「んふふ。ほんとうにやめて」




大学のキャンパスに向かって歩いている日のこと。


「んふ……ふふふ」


「ねえ、何笑ってんの」


突然優に話しかけられ、桜は振り返った。


「え、いつからいた?」


「神田さんが一人で笑い始めてから」


「うわー、まじか……」


「何?思い出し笑いしてたの?」


「……はい」


「何か面白いことでもあったの?」


「千笠くんが初めて透明人間になった日にさ」


「うん」


「何の毛を抜いて置いたかあてるゲームができるな、って言ったじゃない?」


「言ったな」


「あれを思い出してた」


「下ネタじゃんか」


「うん。下ネタだよね」


「ははっ」


「ふふ。んふふふ。あとね、靴飛ばしのも思い出してた」


「恥ずかしくなってくるわ」


思い出し笑いをした時に限って、いつも原因の人が後ろにいるものだ。

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