029―228―0177
「優がお婆ちゃんに会うの、今年で最後かもしれないわね」
大学4年生の夏休み。
母方の祖母の家に来た。お父さんは仕事の都合で来れなかったので、お母さんと二人だった。
数年ぶりだった。
今は内定ももらって就職活動も終えているので、ゼミ活動以外は特にやることもない。
時間を持て余しているので、祖母に会うタイミングとしてはちょうどよかった。
「最近物忘れも激しいの。姉さんたちと話してね、そろそろ老人ホームにも入ってもらおうと思ってる」
「……そうなんだ」
「あとさ。あんた、これ何よ」
お母さんは小包を渡してきた。
宅配便のピンク色の伝票を見て驚いた。
お届け先は、今いるおばあちゃんの住所になっているのに、宛先は僕の名前になっている。
おかしなことに、ご依頼主は僕の家の住所で、名前はやはり僕の名前になっている。
「なにこれ。覚えがないんだけど」
「優の字でしょ。こんなミミズののたくったような字は」
「うーん……確かに。えー、なんだっけこれ」
「受付日、去年ね。あっ、そういえばあんた、私にお婆ちゃんの住所聞いてきたことあったわよね?」
「嘘?覚えてない」
事情を知っているかもしれないと、祖母を呼んだ。
「おばあちゃん、これ何?」
自分がわかっていない状態で質問しても欲しい回答は得られないと大学教授もよく言っているが、まさにそのような質問をした。
「え、なんて?」
祖母は何か言ってくれたが、訛りが強かったせいで、よく聞き取れなかった。
「突然送られてきたって。優の大切なものかと思って、ずっと開けずに保存してたんだって」
「……一人であけていい?」
「気になるじゃない。お母さんにも見せてよ」
「駄目だよ」
「ねーねー、いいじゃん」
母はニコニコしながら、興味深そうに小包を見ている。
反抗期の時こそ口もきかなかったが、今はすっかり仲良くなっている。
大学時代の途中、不思議と僕は母にやさしく接していた時期があった。
反抗期が終わったと思ったのか、母も僕にやわらかい態度で接してくるようになった。
「あとで見せてあげるから」
「簡単に約束しちゃ駄目よ。人には見せちゃいけない大事なものかもしれないのよ」
「どっちだよ」
「お母さんはお婆ちゃんと買い物に行ってくるから。優はお留守番しててね」
「はいはい」
祖母の家でひとりきりになる。懐かしい匂いに包まれた。
いつもだったら近所を散策でもしていた。けれど今年は違った。
この謎の小包の正体は何だ?
ガムテープで包装袋ごとぐるぐる巻きにされている。格闘の末に開けると、やはり覚えのないものが出てきた。
「これは……日記?」
見たことがないタイプの日記だ。日記の留め具に、鍵がついている。
「これ、本当に俺のか?」
鍵はダイヤル式で、3桁の数字を合わせる簡単なものだ。
一日中かけて000から999まで合わせてもいいし、何なら、鍵の周囲の皮をハサミで切って中身を開けてもいい。
なにせ、これは僕のものらしいから。
しかし、何かがひっかかる。
手の届かない記憶ではなくて、もっと身近な、何かの記憶が。
外を見ると、雨が降っていた。
答えが、自然と降りてきた気がした。
携帯電話を開く。電話の発信履歴から、あの日の日付を見つける。
029―228―0177。
ダイヤルを、029に合わせてみる。カチャリ、と音がした。
「開いた!!」
日記をめくる。全て自分の字で書かれていた。
そして日付は、大学に入学してからのものだった。
「俺の字だ。でも、書いたことを覚えてない。忘れてしまっている」
決心して開き、ページを読み込んだ。
『天気、雨。
今日、車に轢かれそうだった透明人間の女の子を助けた。見えなかったが、あれは派手に転んでいたのだろう。
馬鹿だと思った。SDカードを取り出すなんて、悪質にもほどがある。
名前は、神田桜というらしい。鍵付きの日記も買ったので、この不思議な出来事について記していこうと思う。』
想い人の真似をしようとして日記を書いたことがあったけど、三日間で挫折した。
その自分が、膨大な記録を残している。記憶もないのに。
日記をめくっていると、パラパラと何枚か写真が落ちてきた。
パソコンの画面が写されており、膨大な文字が入力されている。
一体何が起きているのか、起きていたのか、わからないけれど。
人生にあるはずだった何かが、ここにある。
欠けているものが見つかったと直感した。
埋まっていない欠片のピースは、たしかに過去に存在していたのだ。
僕は一枚一枚、丁寧に日記を読み始めた。




