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雨の日に笑うの、透明人間。  作者: 踏切交差点
大学4年
20/51

ターゲットの尾行

ターゲットの尾行、1日目


初日にして、最寄り駅を突き止めた。


優がSNSで調べた情報により、大学は特定できていた。

通学路にあるカフェで、優と桜が話しながら待ち伏せをしていた。


大勢の学生が通り過ぎる中、優は突然雷に打たれたような表情をした。

想い人が通り過ぎたのだった。実際に話してから長い年月を経てるにも関わらず、当時の雰囲気は変わっていなかったそうだ。


ただ、傘はピンク色の傘をさしていた。二人で後を追いかける。


その日の彼女の授業が終わるまで、二人はずっと尾行を続けた。


優は桜に付き合ってもらうことに罪悪感が募っていき、桜に今日は帰っていいということを遠回しに伝えた。


すると桜は、罪悪感を覚える相手が間違っているわよ、と言った。罪悪感は自分への免罪符になるからちょうどいいじゃないとも。


優が考え事に夢中になっていると、大勢の学生が建物から出てきた。


桜が傘の特徴を覚えていたおかげでターゲットを見逃すことはなかった。


結局その日は、一人暮らしと思われる彼女の家まで特定した。


とてつもないことをしていることへの恐ろしさから優の心拍数は何度も跳ね上がったが、桜といつもの漫才みたいなやりとりをしていたせいで、気が紛れてしまった。


結局この日、桜が透明になることはなかった。



ターゲットの尾行、2日目


今日の天気は晴れだった。

お互いの授業や就活の都合上、雨が降る日だけに行動するわけにもいかなかった。

幻想は追い求めたいが、僕らはあくまで現実を生きる大学生なのだ。


桜がゴミ捨ての収集日を調べており、彼女の家に直接張り付くことになった。

ゴミ捨てに行くわずかな時間、鍵をかけずに外出する可能性があるという。

神田さんもそうするから思いついたの?と聞くと、ストーカーって退屈なのね、と噛み合っていない感想を漏らした。

この日ターゲットが、鍵をかけずに家を出ることはなかった。



ターゲットの尾行、3日目

いきなり過去の約束なんて持ち出したらトラウマを与えかねないから、こうやって遠回りに接近しているというのに。

優はまさに今自分がしていることが相手に一生の心の傷を与えかねないと思った。


まともな精神の持ち主なら、ストーカー行為をしていることの罪悪に耐えられない。

隣にからかってくれる女の子でもいない限り。


昼過ぎ、叩きつけるような雨が降ってきた。

桜もうっかり傘を忘れてしまったそうだ。

近くのマンションに避難する。


「急に降ってきたわね。どうしたものかしら」


「バチがあたったのかな」


「バチ?」


「こういう晴れているのに降る雨を、天気雨っていうだろ。お天道様が見てるのかなって」


「私は透明になれるから、見られるのはあなただけね」


「見捨てられた」


「呼び方を変えれば済むじゃない。狐の嫁入りともいうでしょ。他にも、日が照っているのに降る雨のことを、日照雨(そばえ)という言い方もするわ。戯れることを意味する(そば)へという言葉があるんだけど、照りつつ降るのは天象がふざけているものと見て古人が名付けたのかもしれないわね。徳島県の地方の呼び方では、虹の小便とも言うわ。ユーモアの塊ね」


「……相変わらず詳しいな。ま、負けないぞ。ギシギシ」


「何故に歯ぎしりして敵対心?そういえば、千笠くん折りたたみ傘持ってない?」


「入れ忘れた。あったら相合傘できたんだけど」


「そしたらお礼に私が持ってあげたのに」


「僕の肩が凄い濡れてる光景が見える」


「どうしようかな」


桜が空を見て困ったようにつぶやいた。

一日中立たせてしまっていたから、疲労が溜まっているようだった。


優は閃いた。


「あっ、良いこと思いついた」


「何?」


「春雨じゃ、濡れてまいろう」


優はどしゃぶりの雨の中を歩き出した。


「なにやってんの!?」


「月形半兵太の名セリフ、知らないの?」


「知らない!というかこういうのはね、鬼雨(きう)っていうの!」


「雨に打たれて帰ってもよくない?」


「ずぶ濡れになるよ!?」


「君が言っていることは『雨の降る日は天気が悪い』と言っているようなものだな」


「……それどういう意味?」


「ごく当たり前だということだよ。でもね、雨を憎んでばかりいてもしょうがない。『ことわりや 日の本なれば 照りもせめ さりとてはまた 天が下とは』」


「……知らない」


「小野小町が神泉苑で詠んで雨を降らせたと言われる歌だよ。『我が国は日本といいますから、日照りするのも道理でしょう。そうはいっても、天が下ともいいますから、雨が降ってもいいでしょうに』。天が下は、天下のこと。雨と掛けているんだ。僕たちは雨乞いをするほどに雨が生きるのに必要な生き物なんだ。大地に恵みをもたらす雨に感謝して慈雨と呼んだらどうだろうか」


「……さては勉強したな」


「普段、雨の言葉を語る神田さんの姿に憧れて雨に関する本を読み始めた」


「勉強してくれるのは何よりだけど、風邪引いちゃうよ」


「プールに2時間入って平気なのに、水滴に30分つかるくらい平気だろ」


「雨は塩素で消毒もしてないでしょ」


「小学生の時に空見上げて飲もうとしなかった?」


「やったやった。でも全然乾きが取れないというね。というか今はあるあるネタはいいから」


「俺がコンビニ行って傘買ってくるから待っててよ」


「傘買うくらいならタクシー呼んで割り勘しましょうよ」


「……早く言ってよ」


「今思いついたの」


「……戻らむとす」


頭と肩を濡らした優は、屋根の下に戻った。使ってないからと桜がハンカチを貸してくれた。



ターゲットの尾行、4日目


「あのさ、こんなに慎重にやる必要あるのかな。僕が騒ぎとか起こして、本人に家から出てもらうよう誘導するとか……」


「あのね、やるなら徹底的に慎重にやらないといけないの。本気で取り組もうが、中途半端に取り組もうが、ばれてしまった犯罪が相手に与える傷は同じなのよ?だったら完全犯罪を犯して、誰にもばれないのが一番なのよ」


桜はまくしたてるように言った。

能力の使用を覚せい剤の使用に例えていたことを思い出す。

彼女は透明になるだけで罪の意識を背負うのだ。

誰かを傷つける事態など一切起こしてはならない。


「わ、わるかったよ。思ったよりも、透明人間の力って使いづらいんだな」


「ターゲットが鍵を掛けずに家を出る一瞬を狙わなくちゃいけないね。日記は変わった人でもない限り家に保管してある。窓ガラスを叩き割って入るつもりもないから、ゴミ捨てに出た時に部屋に侵入する。日記を発見して、帰ってきたターゲットの脇をすり抜けて脱出する。所有物も透明になるからまるごと持っていけるわ。ほら、噂をしたら出てきた」


玄関から、想い人がでてきた。

膨れたビニール袋を持っていた。


鍵をかけることなく下へと降り、ゴミ捨てに向かったようだ。


桜を見ると、いつの間にか携帯を取り出し時間を測定していた。

しばらくして、想い人は帰宅した。


「調査は十分ね、準備は整ったわ。今日と同じ曜日、同じ時間で、雨が降る日に訪れましょう。その日がターゲットの部屋への侵入日よ」


「……ついにその日が来るのか」


「待ち望んでいたのでしょ。ターゲットのこといつまでも忘れられないから」


「ターゲットって呼ぶのやめない?あの子の名前を僕らが呼んでるところなんて誰も聞きやしないよ」


「人間の実感を持ちたくないの。実行犯は、あくまで私なんだから」


「あのさ」


「何?」


優は、ぼんやりと頭の中に留めていたことを、口に出した。


「その鈴守、俺が使えないかな」


以前にも言いかけたことを、再び提案しただけのつもりだった。


ところが。


桜を見ると、憤怒の形相を浮かべていた。


「ふざけないで!!何のつもりよ!!」


あまりの剣幕にたじろいだ。


「お、俺が実行犯になろうって考えただけだよ」


「どうして?」


「だって、交友関係が崩壊しちゃうんだろ。そんな代償を君に負わせるのはやっぱり違うよ」


「あのね、余計なことを考えなくていいの。いくら私の知り合いじゃないとはいえ、女の子の部屋に男性を侵入させようなどとは思わない。そもそもね、あなたはこれを使えない」


「使えない?」


「私からこの鈴守を奪って使おうとした男がいた。そして、どうなったと思う?」


「……わからない」


「人を殺そうとしたの。理性を失ってしまったの」


「そ、そうだったんだ。何も知らないでごめん」


「危険だから、私以外は絶対に触れちゃいけないの」


「ごめん。でも」


「でも?」


「神田さんとの人間関係が、崩壊してしまうのは寂しいよ」


本心だった。

自分には、他の全てを犠牲にしてでも求めたい女性がいるけれど。

だからといって、他のものが全て無価値なわけではない。


力を貸してほしいという下心で近づいたとはいえ、彼女と話している時間は楽しかった。

彼女もまた孤独に大学生活を過ごしているというのだから、今後も自分がその話し相手になれればいいと思う。

同情なんかされたくないと、言われてしまうだろうか。


「……いいの。ちょうどバイト、変えようと思ってたから」


「どういうこと?」


優の言葉に返事もせず、桜は帰路に向かった。




一人になった優は、駅の中を歩きながら考える。


人間関係が崩壊するのは、直近の関係からだといっていた。

バイトの後輩との人間関係が崩壊したのだとしたら、その次は先輩や店長などとの関係が失われるのだろう。

僕の願いを叶えるばかりに。


崩壊させたくない人間関係があるなら、生贄のための人間関係を構築するのはどうかと。

いいや、それは難しいだろう。失いたくない人間関係を守る代わりに、失いたくないはずの人間関係を築くというのは矛盾している。

そんな下心をもって、人間関係をつくることなんて容易いことではない。


でも、少し安心もしてしまった。

僕との人間関係が消滅するのに猶予があるみたいだ。

このまま彼女との関係を失わずに済むかもしれない。


そんな考え事にふけっていると、足元に何かが当たりそうになった。

雨漏り用のバケツが設置されていた。

穴が埋まることと、代わりのもので処置をすることは、同義なのだろうか。


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