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雨の日に笑うの、透明人間。  作者: 踏切交差点
大学3〜4年
15/51

「お隣いいかしら」

「この世には二種類の男がいる」


「お隣いいですかという挨拶ができる男と、それすらできなくなってしまった男?」


「この世を二種類に分けたがっている男と、そうでない男だ」


「何か本の影響でも受けたのかしら」


「この世には二種類の女がいる。はい、続きをどうぞ」


「えー、なんだろ」


「ゴーン、ゴーン」


「いきなりなによ」


「カウントダウンの時計の音」


「それを言うならカッチ、コッチでしょ。大きな古時計の音じゃわかりづらいわよ」


「答えは?」


「じゃあ、新品の傘の取っ手についてるビニールをつけたままにしておく女と、そうでない女」


「傘の話題が好きだな。どっち派なんだ?」


「私は剥がしてる」


「どっちが本来正解なの?」


「車のシートについているビニールと一緒よ。全部剥がすのが正解」


「なんで剥がすのが正解なんだ」


「剥がしてみたらわかるのよ。ビニール越しじゃない姿が、凄い綺麗だってこと」


「全部脱がすのが、一番美しい姿か」


「ふふ、脱がした経験がない殿方にはわからないかもね」


「…………ッ!!ウグ、グガ、ガァ!!う、うるせークソババァ!!」


「この世には歯を食いしばって小学生並みの罵倒をひねり出すので精一杯のあなたと、それ以外の男しかいない」


「俺か、俺以外か、ってことか」


「かっこよくないからね?」


/


「お隣いいかしら」


「……えっ」


「お隣空いてるかって聞いてんの」


「え、あ、どうぞ」


「なにキョドってんのよ」


「自分のセリフを取られたから」


「アイデンティティーだったの?」


「そう。お隣いいですか妖怪。学食に行っては、誰か隣でご飯を食べてくれる人に行き着くまで、お隣いいですかと訪ね歩く」


「コミュ力があるのかないのかわからない妖怪ね」


「防御力は低いけどHPは無限大にある。傷つくけど死なないゾンビ」


「失うものは何もない、ってやつね。なぜなら拒否されるところを目撃してくる友達もいないから」


「失うものは何もないって言葉、俺は信じてないけどな」


「そうなの?」


「心の拠り所があるから人は戦いに行けるんだよ。仮に何も手に入れられなくても、帰るべき場所があるという安心感があるから」


「いい話ね」


「本命の彼女がいるからこそ、街にナンパに繰り出せるんだろうな。100人に振られたって既にひとり認めてくれてるから」


「いい話だったのになぁ」


/


「お隣いいかしら」


「あんたか。どうぞ」


「本当にお邪魔じゃないかしら?」


「どうして?」


「浮かない顔してたから」


「今日英語の小テストがあってさ」


「どうだったの?」


「だめだった」


「つまり?」


「4点足りなかった」


「受からない顔をしてた訳ね」


「別にうまいこと言わなくていいから」


「そういうときはね、こう考えるのよ」


「何?」


「ほぼ合格した」


「ほぼ合格した、か」


「そう。ほぼ可及点だった。ほぼ成功した」


「なるほどな。ほぼ及第点だった。ほぼ水準に達した」


「これで気は楽になった?」


「ほぼ」


/


「お隣いいか」


「駄目って言っても座るくせに。ってもう座ってるし」


「もう全部食べ終わってるじゃん。なるほど、俺を待ってたわけだな」


「調子に乗らないで。バイトまで30分くらい余ってて暇なの」


「じゃあ、頑張れば目薬600回くらいさせるな」


「それ以外に30分の有用な過ごし方を提案できなかったの?」


「有用じゃなくてもいいなら俺の持論を聞いてよ」


「どうぞ」


「女の下ネタの方が男よりエグイという風潮がありますが、そんなことはないと思います」


「女の下ネタの方が多分エグイんじゃない?」


「ぷぷっ、でたでた。女の下ネタの方がリアルで男はついていけないとかいうやつ」


「じゃあ、私をドン引きさせるようなエグイ下ネタを言ってみてよ。私だって女子校育ちでそれなりにエグイ下ネタ聞いて育った自信あるから」


「その類の自信初めて聞いた」


「どうぞ」


「じゃあさ、俺が好きな女の子にしたいこと。俺はその子の好きな歌手を知ってるんだ。まず、小型のミュージックプレイヤーの音量を最大にして、その歌手の曲を再生する。そしてそれを飲み込んで胃袋に入れる。その子をカフェに誘って会話してる時に気づかれるんだ。私の好きな歌手の音楽が流れてる!って嬉しそうに。それが俺の胃袋から流れてるとも知らずにね」


「バイトの時間早まったみたい。お先に失礼するわね」


「ちょっとちょっと、テレパシーでも受信したの?あれだけ耐性アピールしてたのにひどくない?」


「別に引いてないわよ。私が引いてるのは椅子だけよ」


「椅子引いて距離取ってるじゃん。それを引くって言うんだよ」


「とまぁ大げさにリアクション取ってあげたけど、別にそんな気持ち悪くもなかったわ。ほぼ引かなかった」


「引いてるってことじゃん」


「泣いちゃう?」


「泣かない。泣きそうになっても目薬をさしてごまかす」


「目薬持ってるの?」


「持ってない。貸してくれる?」


「外は雨降ってるわよ。天然の目薬でも使って」


「その冷たさに涙が出るよ」


/


「お隣いいか」


「来た雨男。あなたが来たせいで今日も雨」


「前も言ったけど、雨の日は用事がないからこっちに来れるんだよ。逆説的な言い方をすれば、用事がない日にここに訪れる用事ができるからこっちにくるんだ」


「単純な話をよくややこしく言えるわね。1を10にする天才よ」


「天才は1を聞いて10を知るから」


「あなたの場合は1を希釈して10にしてるのよ」


「とにかく俺は雨男じゃない。ひとつ小話をしてもいいか」


「どうぞ」


「友達で、晴れ男って呼ばれてた奴がいた。そいつは若干の天然パーマだった。雨の日に髪の毛がクルクルになるのが嫌で、天気予報を見て雨が降りそうだとわかると、女子がいる日の遊びの予定をキャンセルしてたそうだ。するとな、当日そいつが来なくなったから雨が降ったと皆は思うんだよ。それで晴れ男になった。本当は、雨を避けただけなのに」


「その話ちょっとおもしろいかも」


「雨男、雨女って嫌な言葉だよな。雨が好きだって人はいないから」


「雨が好きな私が好き、っていう女子はたまに見るけどね」


「毒が強いなぁ」


「雨で気が塞いでるせいよ。誰か王子様が青空の下に連れ出してくれないかしら」


「少女漫画みたいなのをご所望なら、俺が明るい世界に連れ出してやるよ」


「あら、本当?」


「目を閉じればそこに世界は広がる」


「外出るどころか己が内の世界に入り込んでるじゃん」


「文句ばっかり言ってないで、楽しい光景を想像するんだよ。さあ」


「ええーと。じゃあ、パンフレットで見たヨーロッパの光景でも想像しようかな。そこに広がるのは、澄み切った青空と、広々とした草原と」


「けん玉を持つ人々」


「そういう日本製のものを持ち込まないで」


「和洋折衷で、つい和のテイストも入れようとして」


「余計なことはいいから。それで、私は市場でお使いを済ませたあと帰ろうとした。すると白馬に乗った王子様が現れてね。みんなが注目している中、私に手を差し出して、こう言うの」


「王様は裸だ!」


「裸の王様持ち込まないで。自分の父親を露出狂呼ばわりさせないで」


「それで、王子様はなんて言ったんだ」


「今日僕のお城で舞踏会をやるから来ないかい?」


「行く!やった!行くわ!けんだまが刺さった喜びについ返事をしてしまった」


「けん玉置きなさいって言ってるの。舞踏会場につくとね、王子様がニッコリと笑ってくれるの。そして二人で会話をしていると、遠くから見てた王様と王女様がにこやかな顔をしてやってくる。そして、王女様は私にこう言うの」


「王様の耳はロバの耳!」


「なんで寓話そんな好きなのよ。なんで王様は家族から弾劾されまくってるのよ。もういい、続きはあなたが考えて」


「グレるなよ」


「ふてくされてるの」


「ええ、じゃあ。王子様は彼女の手を取ると、ダンスホールの中央まで連れて行く。踊りなれていないという彼女に、王子はやさしくエスコートする。周囲の目も気にせず二人はお互いだけを見て、時は瞬く間に過ぎていった。時計を見ると11時55分を示していた。私、もう帰らなくちゃ!王子様は名残惜しそうにするも、彼女は去ってしまった」


「あっ、なんかシンデレラっぽくていい!」


「昼ごはんを食べた後、またお城へと向かった」


「午前かい。休日の小学生みたいなのやめて。王子も昼食振る舞いなさいよ」


「翌日、月曜日。またいつものように継母(ままはは)にいじめられながら彼女は過ごしていた。継母の注文は厳しい。雑巾がけ、排水溝の掃除、錆びついた小屋の清掃。継母の娘たちに比べて食事も一人だけ分量が少なく、トイレも決まった時間にしか使わせてもらえない。ある日なんか、ご近所に住むマスカレードおばさんがブルーベリージャムを持ってきた時に……」


「いじめの描写がリアルで長すぎる」


「そんな苦痛の日々を送っていると、ある日、王子の従者がやってきた。どうやら一人の女性を探していると言う。従者はあるものを差し出した。継母の娘は我先にとそれに手をのばすが、どうも持ち主ではないようだ。しかし、彼女がそれに触れると……」


「どうせけん玉やるオチでしょ。難しい技に成功して、あなたが持ち主に間違いないみたいなさ」


「…………」


「当たりなのね」


「はぁー、雨だと退屈だな」


「けん玉でもやってなさいよ」


/


「お隣いいか」


「どうぞ」


「裸の王様はいいよな」


「この前の続きじゃないわよね?ええと、脱ぎたいなら私のいないところでどうぞ」


「裸の王様は、みんなに裸を見られてるだけいいなって思ったんだよ。それに対して俺は誰からも見られて無いんじゃないかって思うときがあるわけ」


「あなた、透明人間にでもなったの?よかったわね、おめでとう。今から上半身から脱ぐのと、下半身から脱ぐのとどっちがいいですか?」


「ダブルバインドを使うな」


「何かあったの?」


「あったんだよ。例えばさ、こうやって……髪の毛をピッチリと、七三分けにするだろ」


「ええ」


「さらに、髪の毛をねじって……こうやって、角みたいに2束逆立てるだろ」


「ええ」


「今の俺どう思う?」


「最高にかっこいいわ。見とれてしまう」


「そういうボケはいいから。キモいでいいんだよ」


「キモい」


「ごめん、やっぱりキモイは傷つくわ。不自然って言ってほしかった」


「何なの?」


「東京駅を一人で歩いていたときにさ、思い立ってこの髪型にしてみたんだよ」


「犯人は動機を明らかにしていません」


「人々がどれだけ他の人に無関心なのか確かめてみたくなったんだよ」


「どうだった?」


「堂々と歩いていたけど、誰も俺を笑ったりしなかった。怪しげに見ることもなかった。すれ違った人の眼球が俺の映像を捉えても、脳内の不要フォルダに送られるくらい、意味のない姿だったってことだ」


「渋谷でモヒカンの人見たって、何の感情もわかない感覚と一緒かなぁ。少なくとも、この人たちと自分の人生が交わることはないだろうって」


「モヒカン差別だ。モヒカン擁護団体から訴えられるぞ」


「その団体あったら加入してあげてもいい」


「意識して見なくちゃ、見たことにならないんだって思った」


「見てあげたところで何になるのよ」


「例えばさ、東京駅を変な髪形で歩いている人がいるとするだろ。その人とすれ違った時に、変わった髪型ですねって褒めるんだ。そしたらその人はさ、これだけ大勢の人がいるのに自分を見てくれる人がいるんだって救われた気持ちになると思うんだ」


「やさしいこと言うわね」


「どうも」


「ところでさ」


「うん」


「七三分けで角立てたままご飯食べるのやめてくれない?恥ずかしいんだけど」


「人の目が気になるなら透明人間になればいい」


「戦略的髪型だったのね」


/


「お隣いいかしら、雨男」


「お隣どうぞ、雨女」


「なんで私が雨女なのよ」


「君が俺と会うときはいつも雨なんだろ。つまり、俺が君と会うときもいつも雨だということだ」


「格言みたい」


「ニーチェも言ってる。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」


「話ちょっと変わるけど、この前バイトしてた時にひどい言葉が聞こえたの」


「なんて?」


「全然喋らない学生がいてね。近くに座ってたうるさいやつが、コミュ障かよって馬鹿にしてた」


「ひどいな」


「でもさ、それっておかしい話じゃない?だって、そいつにコミュニケーション能力があるなら、そのコミュ障の子とも楽しくおしゃべりしているはずでしょ?コミュ障の子が黙っていたのはさ、周りにその子と話す能力がないからでしょ。つまり、周りもみんなコミュ障ってことよ」


「うーん、深い」


「コミュ力があるっていうのは、誰とでも話せるってことだもの。だから、あなたみたいな男のことを言うのよ」


「俺?」


「学内であなたを見かけることが何度かあった。友達の種類が幅広いわよね。明るいグループに属しているかと思えば。凄く地味な格好をした男子があなたの姿を見つけて嬉しそうに駆け寄ったりする。誰に対してもやさしいのね」


「……へへ」


「何ニヤニヤしてんのよ」


「そういうのを誰かから目撃されたときが一番うれしいなってさ」


「ふーん」


「人間って、人間関係のために生きてるんだと思う」


「うーん、深い?」


「誰もが人生に深みを求めるわけじゃない」


「でもあなたは。浅く広い交友関係よりも、一人の女性との深い交友関係を望んでいるのでしょ」


「一途だろ」


「ストーカーよ」


「ドジ間抜けとか、やさしい悪口の方がいいな」


「ドジ間抜けよ」


「バカアホドジマヌケって、何でこの順番なんだろな。アホドジマヌケバカ、っていう地域出身者を見たことがない」


「うちの小学校だと、その後に変態ハゲってついてた」


「バカアホドジマヌケ変態ハゲ。最悪だな。社会人なら訴訟もんだ」


「一番どれが傷つく?」


「まだハゲてないけど、ハゲだろうなぁ。他は中身の問題だけど、これは見た目の問題だから抗えない」


「私の傘を取ったやつも、ハゲるのが嫌だったのかしら」


「雨に濡れるとハゲるって言うもんな」


「河童は雨に濡れたからハゲたのかしら」


「河童は雨が好きだから、雨を貯めるために天辺だけハゲたんだよ」


「ハゲは雨が嫌いよ?」


「俺も嫌いだよ」


「じゃああなたは」


「三段論法を使って俺をハゲにするのはやめたまえ」


/


「お隣いいですか」


「ええ。スーツ着てるのね」


「午前中に就活してきた」


「もう、大学4年生だもんね。怖い怖い」


「どう?スーツ似合う?」


「うーん、別に」


「いつもの私服が似合っていると褒めてくれてありがとう」


「あなたのポジティブさを見習いたいわ」


「本日は足元が悪い中お越し頂きありがとうございました」


「何よ急に」


「人事の人が言ってた。どういう意味だと思う?」


「労をねぎらっただけじゃないの?」


「雨の批判だよ。彼女らは環境問題に取り組んでいるという一方で、今日農村に恵みをもたらした雨を開口一番に否定した。ブラック企業に違いない」


「あなたのネガティブさを見習いたくないわ」


「それでさ、面接みたいなことまでやったんだけど。本当にむかつくことを聞かれてさ」


「なんて?」


「学生生活で一番大変だったことはなんですかって」


「定番の質問じゃないの?」


「初対面の人間に、重苦しい心の傷を話せるかよ」


「不器用ね。そこで真面目に重い本音を語っても意味なんてないよ。バイトやサークルで苦労したけど、工夫して乗り越えたってみんな言ってるの」


「みんなと同じこと言っちゃだめって言うじゃん」


「個性のことね。社会の言う個性ってさ、円状にまばらに広がっているものではないと思うのよね。標準正規分布の右端にいる人達を個性的って言ってるだけなのよ」


「どういう意味?」


「偏差値が50ある人達の中で個性的な人を選んでいるわけではなくて。偏差値が70ある人をほしいのよ。個性っていうのは、少ないってことじゃなくて、高いってことなのよ。結果的に、少ない人達を取ることになる」


「死にたくなる話はやめて」


「あなたが珍しくスーツなんか来てくるせいよ」


「俺、社会不適合者なんだろうなぁ」


「みんながいいそうなセリフ。はい、社会不適合者、失格」


「この面接官厳しすぎる」


「痛みに敏感な人は、就活向いてないかもね」


「面接官の気持ちも読み取れそうじゃないか?」


「人の痛みに敏感な人はね。でも、自分の痛みに敏感な人にはきっと苦しいわよ」


「それって俺のことだな。やっぱり、そういう人と一緒に働くのは疲れるもんな」


「私も傷つきやすい人間だから、傷つきやすい人間といる方が気が楽。ヤマアラシのジレンマで私が学んだことは、相手との距離を試行錯誤の末取ろうという教訓ではなくて、自分と同じ長さの針を持つ相手だけと接するに限るということよ。自分が一方的に誰かを傷つけることも、一方的に誰かに傷つけられることもないように」


「俺たちが二人で食べているのに、いつもテーブル席じゃなくて、カウンター席なところとかかな」


「それは傘を見つけるためではなくて?」


「おっ、諦めてなくてよかった」


「犯人が来たら深々とお辞儀をしてあげないとね。お足元が悪い中、お越しいただきありがとうございましたって」


「この人怖い」


/


「お隣いいかしら」


「はぁ……」


「何よ」


「孤独に呻いてた」


「私が来てるのに失礼ね。一人ぼっちだからって暗い表情してると、ますます一人になっちゃうよ」


「一人ぼっちの時に笑顔のやつのほうが怖いだろ」


「心で笑えばいいの。ほら、学食を見渡してみて」


「見渡した」


「どんな人が多い?」


「一人で食べている人が多い」


「性別で特徴はある?」


「うーん……地味な男が多いかな。でも、女の子はけっこうゆるふわ系もいるな」


「ゆるふわ系は褒め言葉なの?」


「かなりかわいいって意味だよ」


「ほお……ふーん……」


「なんだよ。ヤキモチ焼くなって」


「別に、焼いてないから。言いたいのはね、一人でご飯食べてる女の子、けっこうかわいい子が多いでしょ」


「そうかも」


「その子達、彼氏がいるのよ」


「なんで?」


「女子は群れで行動したがるのに、その群れを離れても一人でご飯を食べられるのは、絶対的な彼氏が心にいるからなのよ」


「地味な男たちはどうなんだ?実はかわいい彼女がいるとか?」


「うーん、人付き合いが苦手なんじゃないかなぁ?」


「ひどい」


「私はひどいこと言ってもいいの。だって、私もデートするような相手がいないから。人を傷つけていいのは被害者の特権よ」


「それ加害者って言うんだよ」


「でも、男は地味でも面白ければもてたりするからなぁ」


「それ俺の前で同じこと言えんの?」


「何かトラウマに触れたのならごめん」


「かっこいいやつはつまんないこと言っても女の子が笑うだろ。俺は面白いことを言わないと笑ってもらえない」


「面白いことを言えばいいじゃない。はい、3、2、1、どうぞ」


「虫人間コンテスト、最終決戦を行います。ほほえみかける汝の笑顔に……不確定性原理をズドーン!!」


「ふふっ」


「笑った」


「意味がわからなすぎて」


「好きになった?」


「1分前よりも好きになったかも」


「異性として?」


「異質な存在として」


「そんなの望んでない」


「人が笑うメカニズムってなんなのかしらね」


「無関係だと思っていたものが結びつくと、人間は快感を覚えるらしいよ。お風呂に入ってる時に三平方の定理を発見して『ユーリカ』と叫んだアリストテレスを代表するように、異なるものを組み合わせられた時に快楽が生まれるんだ。論理的思考が原因と結果を生む組み合わせだとしたら、お笑いは原因と結果が必ずしも一致しないものが意外にも組み合わせられることに気づくことをいうのかも。例えばさ、ピーマンの断面図と、ムンクの叫びの絵の顔が似てる時に、それらの画像を並べれば笑えるだろ?」


「なるほど。関係ないと思ってたけど実は関係あるということに気づくのが、論理的な快楽。関係ないと思ってたけど実は関係あると思ったけどやっぱり関係ないということに気づくのが、笑いだということね」


「そんな感じ。お笑い芸人がもてるのは、その能力に長けてるからじゃないかな」


「数学者がモテるなんて話は聞いたことがないけど」


「お笑いはどんな人にでも理解できて、数学はごく一部の人にしか理解されないからじゃないかな。理解できないものに人は興味がわかないから。数学者の奥さんって、美人なイメージある」


「笑うこと自体に意味はあるのかしら」


「サイコなこと言うなよ」


「話の流れで気になったのよ」


「笑うと健康になれるってのは聞いたことがある。よく笑わせてくれる人と一緒にいると健康になれるんじゃないのかな」


「お医者さんだってもてるものね」


「それはまた違う理由だろうけど。無関係だと思ってたものを組み合わせるっていうのは、エントロピーの収束なんだろうな。無秩序に膨張する宇宙に対して、物事や事象を綺麗に整頓して、自分という存在をバラバラにしない行動を取ってきたものが自然淘汰の波にさらわれずに生き残ってきたわけだからな」


「難しい話はもういいから笑える話にしてちょうだい」


「うんこ」


「ふふ」


「笑った」


「笑ってない」


「君はうんこで笑った。君は健康になり、その結果僕のことを好きになった。エントロピーの収束に向かったから」


「ふふ。ねえ、やめて」


「うん…………こ」


「それは来ると思った」


「手厳しいな。それじゃあ、俺もう行くから」


「飲食店のバイト?」


「そう。就活でなんだかんだ金使うからさ。忙しさにたまに地獄見てるけど。そっちは何かバイトしてるの?」


「私も飲食店だよ。昔は家庭講師もやってた」


「うそ?俺と似てる。俺も昔塾講師やってたことある」


「偶然ね」


「バイトの話をするでもなく。なんでうんこを連呼しなくちゃいけなかったんだ」


「今のフレーズも面白かった」


「それはよかった。じゃ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」




ふふ。

んふふ。


「……んふふ、やだな」


一人なのに、笑いがこみ上げてくる。


馬鹿だな私。


孤独でいるときは、笑ってる集団をみて。


何をくだらないことでそんなに笑えるのかと見下してたけれど。


その集団に今更入りたいなどとは思わないいけど。


やっぱり、楽しいのね。


誰かが隣にいるのって。


/


「お隣いいかしら」


「どうぞ」


「すごいわね。私が来たときはいつも学食にいる」


「傘を見つけたいからさ」


「食堂で見張りを始めてから、秋が過ぎて、冬が過ぎて、春になって。もう、来年には卒業するのよ。そこまでして、昔好きだった人の日記を見たいの?」


「傘には恩があるから。ましてやその色が透明なら」


「好きな人に関係ある話?」


「その子を好きになったきっかけだよ」


「……よかったら、教えてよ」


「会った頃は聞きもしなかったのに」


「昔はあなたがなかなか話したがらなかったから」


「そもそも聞いてこなかっただろ。今は?」


「気軽に聞くのもわるいかなって思ってる」


「気重に聞いてくれるなら話すよ」


「それもどうなのかしら」


「この前の話にちょっと戻りたいんだけどさ。王子様はさ、どうしてガラスの靴を手がかりにシンデレラを探したのだろう。あの日一緒に踊った女性は城まで来てほしいと、通達でもすればよかったのに」


「嘘をつく女性がたくさん来てしまうからじゃないかしら?シンデレラが来たところで、踊った日には魔法使いに特別な衣装を着させてもらったわけだから、ぼろぼろの服装で会いに行っても信じてもらえなかったでしょうね」


「だとしたら、王子様はガラスの靴がなければその子を見つけられなかったことになる。あの時見た幻想は、同じ幻想の背景の中でしかその輝きを取り戻せないんだろうか」


「急に難しい話をするわね」


「昔ずっと好きだった女の子に、今正面から向き合っても、当時のようには好きにはならないのかな。王子様がガラスの靴ごしにシンデレラを見ていたように。ガラス色の、透明なフィルター越しに」


「もしかして、透明人間の話題でもしたいの?」


「ううん。人生を変えた1mmほどの、ビニール傘にまつわる話題」


「あなたの傘の話ね」


「そう。これは、シンデレラのアンブレラの話」

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