第三話 未来への一歩 ~有権党・九龍九品党発足~
翌日。壁国の城に到着した周泰征は、城の庭で池を見つめている前慶を見つけた。近くに行っても前慶が気がつく気配がない。
「組長。私の部下は一人も減りませんでした。九龍組と同じならと辞めなかったようです」
振り向いた前慶はおにぎりを食べていた。
「おぅ、やることは九龍組と同じだからな。でもよぉ、そのままでもまずいよなぁ?」
今度はしゃがみこんで米粒を池の魚にあげた。
「そうですね、私も政党の事はちょっと分かりません」
「だろぉ? 九龍組と仕組みぁ同じでも政治ぁ政治だ。同じでいいのかってなぁ。…これ食うか?」
食べかけのおにぎりを勧めた。
「いりません。組長、考えことをしている割には緊張感無さすぎですよ」
「まずは九龍九品党党首のお披露目をするというのはどうかね」
王国にいるはずの安然の声に前慶と周泰征が振り向くと程子と天嵬もいた。
「おっ、安然殿まで、早かったなぁ」
「たくさんもらってきたよー」
程子が指さす方には無数の牛車が庭を通っていた。
「おいおい、一体いくら持って来たんだぁ?」
「ざっと十年分だ。これぐらいは必要だ。政治はなにかと金がかかるのだ」
安然が自信満々に答えた。
「十年分も! …そうか、政治の事ぁ安然殿に任せりゃいいんだ! なんで気がつかなっかった」
周泰征と顔を見合わせた。周泰征は笑いながら言う。
「確かになんで気が付かなかったんでしょう。あの…早速ですが、そのお披露目とはなんでしょうか?」
「お披露目ってなぁまぁ俺らで言う就任式のことだ」
天嵬が偉そうに説明すると周泰征も前慶は納得した。
「さっき安然に教えてもらったくせに~。シューニン式って、もう九龍組とは違うんだから~」
就任式とは九龍になった時に全国の部下を一同に集めて行う式典であり、その説明で十分に理解できた。ただし、政治家の言うお披露目はそれ以上の規模である。
「それと同時に九龍九品党の発足も東王国大陸に広める。そのためにはより目立つ舞台が必要だ」
「目立つ舞台ですか?」
周泰征の問いかけに答えようとした安然より先に、また天嵬が答える。
「舞台ってぇ言ってもだなぁ、劇場の舞台に立つわけじゃねぇぜぇ」
「それって天嵬が安然に言ってたじゃ~ん」
「おぃ、程子ぃ! 言うなって。俺が馬鹿みてぇだろぉよぉ~」
「よく言うぜぇ、前から馬鹿だぁ」
前慶がケラケラと笑っている。
「なんだとぉ、コラァ!」
天嵬が前慶に掴みかかろうとするのを周泰征と程子が食い止める。安然が前慶と天嵬の間に入る。
「まぁまぁ落ち着いて、落ち着いて。この壁国の商人は他国に頻繁に往来する。そこで商人やその台車にも手紙を持たせ、宣伝をしてもらう。そうすれば九龍九品党と有権党の発足が国民にもわかるようになる」
落ち着きを取り戻した天嵬は襟を正している。
「そう言うことだぁ、舞台には立つってわざわざ舞台立つ必要はねぇ。九龍九品党だけが動くんじゃなくて、国民に動いてもらうことに意味があるんだぁ」
「これも安然の受け売りだよ~」
「だからぁ、程子! おめーが余計な事を言わなければいいんだよぉ」
程子を小突く天嵬。ふざけたように頭を撫でる程子。
「おぅおぅ、馬鹿ぁ手も出すってかぁ?」
憎たらしい笑顔の前慶が更に挑発した。天嵬は爆発寸前である。
「なんだとぉ、コラァ!」
今度は殴りかかろうとしている。さすがに安然も止めに入った。前慶は腹を抱えて笑っている。三人がかかりで天嵬を止めるが少しずつ押し返されている。
「あれ~、なに面白い事やってるんです?」
「新豪殿! いい所に来た! 天嵬殿を止めてくれ!」
天嵬を押さえつつ周泰征が言った。天嵬は三人がかりでも止まらない。
「それより兄貴がどこにいるか知りません?」
「それより天嵬止めてーー!」
程子が言っても新豪はめんどくさそうに、天嵬の服を後ろから軽く引っ張るだけである。
「今さ、妹が来ててさ。兄貴を捜してんのよ」
その言葉に天嵬の動きが止まった。三人を振りほどいて振り向くと新豪の両肩を掴んだ。
「つ、月乃君かぁ?」
月乃(二十一歳)とは唐嘉・新豪の妹で天嵬が心底惚れている。月乃はその美貌と人当たりの良さから人気は九龍組の中でも高く、本当に唐嘉の妹なのかと疑われている面もある。
東王国大陸では男性が女性を呼ぶ時には基本的に「君」を付ける。自分より目上の女性には「様」を付けるのが礼儀となっているが、義務的なことではない。王族から一般に流れてきた礼儀である。
「いや、水乃です」
水乃(二十九歳)とは唐嘉・新豪の妹であり、新豪と双子である。気の強い女性で美人ではあるが天嵬は苦手としている。姉御肌として組員からの人気が高く、新豪の支部一派は水乃の虜である。
「なんだぁ、水乃かぁ…」
「残念だったな、愛する月乃君じゃなくてよぉ~」
落ち込む天嵬の後ろから耳元で前慶が囁いた。
「うるぜぇぞ、コラァ!」
振り向いた天嵬の目に青いワンピースを着た月乃が映る。
東王国の女性は位が上になればなるほどドレスが豪華になる。しかし外出する時はワンピースなどドレスより動きやすい物を着ることが多い。
「キャ~!!」
怒鳴られたことで驚きのあまり、天嵬の頬を叩いた。天嵬の思考は停止する。前慶は月乃がいる事を知っていてドッキリを仕掛け、大成功。ビンタされた天嵬を見て前慶と程子は腹を抱えて笑っている。周泰征も顔を背けて笑っている。
我に返った天嵬は手をあたふたさせている。
「つつつ、月乃君! なんでここにぃ!」
叩かれたことはまったく気にしない。
「兄貴を捜しているのは水乃で、月乃も来てたんですよ」
騙しやがったなと言いたげな天嵬は新豪を睨んだ。鬼の形相である。
「天嵬様、ごめんなさい! 叩いてしまって!」
東王国大陸では女性が目上の男性を呼ぶときには基本的に「様」を付ける。自分より目下の男性には「君」を付け、女性同士でも上下関係で「君」か「様」を付ける。もちろん呼び捨てもある。これも王族から一般に流れてきた礼儀である。
「謝らないでください。私が悪いのですから。今日はなぜここにいらしゃるのですか?」
月乃の言葉に鬼の形相から一変して、笑顔になった天嵬は訛りが出ないように心がけ、不器用な丁寧語になる。そんな様子を見て前慶と程子は爆笑を堪えている。
「今日は兄様に言われて、引っ越して来たんです」
東王国大陸では妹が兄を呼ぶ時には基本的に兄様と呼ぶ。逆に弟が姉を呼ぶときには姉様である。これも王族の礼儀から流れてきた。
「ひ、引っ越しですか?」
天嵬の声は上擦った。
「なるほど、危ないのは俺達だけじゃない。身内も危険か」
「シュウ、その通りだ! こういうことは早めにしとけってさ、兄貴がね。だからわざわざ月乃を連れてきたってわけ」
「家族を思うその心、天晴れだ。わしも部下と一緒に家族を連れてきた」
「堂紅奉殿も到着されたか。そうか、私も家族を連れてきたほうがいいかもしれないな。これからは国進党ではないのだからな」
「おぉ、そうですぞ。安然殿の場合は我々と違いますからな。お子様はいらっしゃるんですか?」
「えぇ、できの悪い娘が。これが、なかなかわがままで」
照れくさそうに頭を掻いた。
「うちは息子なんですが、これがまた馬鹿で困っておりましてな」
安然と堂紅奉は二人だけで家族の話しを始めてしまった。悪く言いながらも笑顔である。これぞ親バカの典型である。
「あ! そうそう、トーカは正弦と一緒に受付にいるよっ」
「わかった、そっちに行ってくるわ。月乃をよろしく~!」
新豪はさっさと行ってしまった。月乃は周りに九龍の幹部がいても平気な顔をしている。もし、組員ならば緊張のあまり脂汗でも出るような状況である。月乃は相手を役職問わず、まず人を見る。ただ、無口な正弦は苦手らしい。
思うように話しだせない天嵬を見かねて、前慶が口を開く。
「月乃君、この国ぁどうだぁ?」
天嵬は月乃をじっと見て固まっている。
「松国とは違った活気があります。兄様の許しが出れば散歩にでも行きたいですね」
その笑顔に天嵬は心を打たれた。その様子が目に見えて分かるから、みんなは笑いをこらえるのに必死だ。だが、前慶はニヤッと悪い顔をした。
「なぁ、天嵬ぃ。散歩がてらぁ月乃君に街を案内してこい」
天嵬はドキッとした。額にはうっすらと汗も出ている。
「な、何を言っているんだ、前慶。つ、月乃君を街に連れて行くなんて」
「じゃあ、そのついでで酒ぇ買って来い。仕事だぁ」
「あの…前慶様、天嵬様も困っているようですし。それに兄様の許しが――」
「ま~ま~、トーカには僕達から言っておくから平気だよっ」
程子も気を利かした。だが、一瞬だけ前慶と同じくニヤッとした。
「それに天嵬殿がいれば心強いですよ。天嵬殿はお強いですから」
「あ、当たり前だ! シュウの言う通りだ、です! 誰にも負けません! つ、月乃君、どうですか? い、いかがですか?」
「…ではよろしくお願いいたします」
その月乃の笑顔に天嵬の顔はすっかりほころび、恩に着るぜと子どものような笑顔で前慶達を見た。そして二人は街へと向かった。近くにいた月乃専属の護衛も後を追う。この護衛は唐嘉の指示である。
その場から天嵬がいなくなり、静まると前慶、周泰征、程子は大爆笑した。
その笑い声にずっと家族の話しをしていた堂紅奉と安然が気付いた。
「ん? なんか面白い事があったのか?」
「なんだよ、堂紅奉、見てなかったのかぁ? 天嵬の顔が…なぁ?」
前慶まだ笑っている。程子は涙を流して笑っている。
「そんなに面白かったのか? いやぁ~安然殿と子育ての話しで盛り上がってな。安然殿、暇があればわしの家族を紹介しますよ」
「おぉ、それでは見させていただきましょう。その馬鹿息子とやらを」
さっきまで笑っていた三人は凍りついた。しかし、堂紅奉と安然は笑いながら城の中に入っていった。
「ど、堂紅奉殿のご子息を馬鹿息子と…。冗談なんだろうが、なんて恐ろしい言葉を…」
周泰征の顔は引きつっている。馬鹿息子と言いつつ溺愛している堂紅奉にそんな事を言えば何をされるかわからない。
「す、すごいね、親って。意気トーゴーってやつ?」
「友ってのぁな、どこにいるのかぁわからねぇ。俺たちが馬鹿息子なんて言ったら…」
三人の背筋も凍った。
夜。安然の部屋に呼ばれた前慶が来た。安然は真剣な顔つきで座っていた。前慶はその正面に座るとシルクハットを脱いでいじっている。
「先ほど唐嘉と話をして、王国には前慶に行ってもらうことになったが…引き受けてもらえるか?」
「九龍九品党の党首として俺しかできねぇだろう? それに国進党と会うのぁ俺の役目だからな」
「すまない。本来ならば私が行き、直接話を付けなければいけないのだが…前回のような襲撃に合うかもしれないと唐嘉に止められた。もっと自分の立場を考えてくれと言われてしまったよ」
安然の顔が少し緩んだ。まだ前慶は帽子をいじっている。
「アイツの言うことぁ確かだ。でもな、たま~に間違った事を言うんだなぁ」
「間違った? 確かに前慶だって王国に行けば危ないかもしれない。私だけ行かないのもおかしいが…」
「俺ぁ徐江を連れてくぜ。安然殿にぁ新豪を付ける」
「何を言っているんだ? 私はここに残ることに…」
前慶はニヤッと悪い顔をした。
「明日ぁ松国に家族を迎えに行くんだろぉ? 王国も通るしな」
「…そうか! その手があったか、前慶もなかなかの策士だな」
前慶は照れくさそうに頭を掻いた。
「それによ、俺が安然殿の家族に会っても、信じてくれるかわかんねぇからよぉ。九龍組に誘拐されるなんていわれちゃあ困る」
「うむ、確かに私自身が行ったほうが手っ取り早いな」
「まぁ、そう言うことだぁ。そっちぁそっちで頼む。明日の朝に行くから、用意しといてくれぇ」
ニヤリと笑ってシルクハットを被ると部屋を出て行った。




