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九龍組  作者: 大蔵 富造
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第九話 武士と国民 ~象徴の裏切り~

 翌日、昼。天人(てんにん)がいる上国(じょうこく)に入った西軍は東王国討伐軍大隊長・滝本(たきもと)の指示で二手に別れた。滝本・丹野(たんの)織田島(おだじま)の三人は少数の部下を連れて天人の元に向かい、南海(なんかい)武古屋(たけこや)は兵士五千人を再編成して江墨州(こうぼくしゅう)に向った。


 天人が住む宮殿を天宮(てんきゅう)と呼んでいる。天宮とは東王国にある城と同じものだが、外国の影響は受けてなく和風っぽい。上西国大陸で一番大きな建物であり、誰でも目を奪われるほどの豪華絢爛である。その中にある天人の間は外装以上に豪華な内装である。天人の間に通された三人は兜も鎧も武器も持っていない。

 玉座に座る天人(四十三歳)の前に並んだ。天人は髷がまっすぐ上に立っていて、カラフルな着物を着ている。上西国大陸には九品有権党のような政党はない。政治は天人とその側近の二人と武士代表の滝本だけである。側近二人は玉座の横にいる。その側近の一人は東王国に使者としてきた寒田(かんだ)である。

「よく戻ってきた。どうだ東は恐れおののいていたか?」

 天人はにんまりと笑っていた。

「いえ、東軍は実に手強く、この二人は東に捕らえられました」

「なんと! 織田島が一騎打ちで捕まっただと!」

「はい。恥を忍んで、死ぬ前に天人様にお会いさせていただきたく参上いたしました」

 織田島はそう言うと頭を下げた。


「それから東王国の将の一人は我々にわざと捕まりました」

 滝本が続けるが織田島は平伏したままである。

「わざと? 意味が分からんな。それはともかく他の者はどうした? 死んだか?」

「現在、独派に足止めされている武士を助けるために南海らが援軍に向かっております」

「独派に足止めだと? どういうことだ?」

 滝本は情報を知らない天人の言葉に驚いた。

「東王国討伐軍として合流予定の武士十人は独派に足止めされています。ご存知ではないのですか?」

「知らぬ」

「そのうちの武士三名はすでに命を落としております。まさか天人がご存じないとは」

「なぜ我はその話しを知らぬ?」

「それは私にはわからぬことです。そこの二人の方がよく知っているかと」

 二人とは側近の事である。天人は寒田を見て、もう一人を見る。寒田が一歩前に出て頭を下げる。

「ここ最近いろいろな事が起こりましたので、そのせいで報告が遅れてしまったのかと…」

「た、只今、調べてまいります!」

 礼をして側近の一人・山野(やまの)(三十三歳)が急いで部屋から出て行った。

「報告が遅れていただけらしい」


「天人様は二人の言うことを信じるのですか! 上国を超えた戦場にいる我々にも報告が入りました!」

 織田島がやっと頭をあげて訴えるが、その顔には怒りと失望が混ざっていた。

「何が言いたいのだ?」

「側近達は報告を隠しております!」

「こ、こやつ! 何を言うか! 天人様、織田島はわけの分からない事を言っております」

 天人は寒田を見る。

「我は寒田達が報告を隠しているとは思わん。一つ言っておくぞ、これより約二十日後に上西国は外国の物となる」

 三人は驚いた。

「それは天人様のご意思ですか!」

 滝本が詰め寄る。

「我と側近が相談して決めたことだ」

 三人はまた驚いた。本来ならば相談事には滝本も意見しなければならないし、意見できる立場にいる。

「私の意見も無しに勝手に決めたのですか?」

 寒田がすこし前に出てくる。

「滝本殿は東王国に討伐へ向かっていたため、呼び戻す事も困難でございました。それに今頃は東王国の奥まで攻め行っていると思いましてな。ゆえに天人様を中心に我々で決めました。滝本殿は天人様の決めた事なら賛成してもらえると思いまして…」

「天人が決められたことなら…しかし急すぎるかと。我々の責任ではありますが、まだ東王国は残ったままです。いくら天人が決められたこととはいえ、その一報が戦場にも届いておりません」

「寒田、早馬は出していないのか?」

「天人様、戻ってきた滝本殿とちょうど入れ違いになったかと思われます」

「そういう事だ、滝本」


 腑に落ちない滝本だがそう言われてしまったら言い返すことはできない。

「外国は…上西国をどうするつもりなのでしょうか?」

「しばらくしたら外国の本国から軍隊を連れてきて東王国をカイタタハイラのような植民地にするそうだ」

「その軍隊を入れたら西も滅ぼされますぞ!」

「滝本よ、それはないぞ。外国は我の立場をこのままにするといった」

「カイタタハイラのことをお忘れか! 天人のお立場は変わらないかもしれませんが、国民はどうなるのです!?」

「それは今までのままだろう?」

「もしも私が外国の指揮者であればその軍隊で西を支配し、西国民を使って東を攻めます。カイタタハイラに住んでいた私はそう思います!」

「そうか、そうならなければいいな」

 天人は危機と思っていない。

「天人様! あなたがそのままであれば国民はどうでもいいのですか!」

「黙れ、織田島! もう決めたことだ。外国の力があれば西はより良くなる!」

 言い返そうとした織田島だったが言葉を飲み込んで礼をして出て行った。

「まったく武士は何も考えずに話しをする…。あ、いや、滝本は違うぞ! お主はこの国の事を良く考えてくれている」

 滝本は暗い顔をしていた。滝本の予想では織田島は西を裏切る。

「あ、ありがたきお言葉。それでは私も独派を止めにいきます」

「うむ、任せたぞ」

 滝本と丹野は深々と礼をして出て行った。

「天人様、やはり滝本殿は乗り気でなかったようですね」

「うむ、いないうちに決めてしまって良かった」

 そこに山野が戻ってくる。

「彼らの言うような報告はありませんでした。独派などという者が我が軍隊を止められるわけがありませぬ」

 もちろん山野が報告を破り捨てている。

「そうか、苦労をかけたな」

 三人は笑った。



 城外。早足で織田島は先を歩いている。

「織田島! 待て!」

「なんだ!」

 返事をしても織田島は振り返らない。滝本と丹野が追いついて織田島の横に並んで歩く。

「まさか裏切るつもりか?」

「天人があそこまで馬鹿だとは思わんかった! あの側近どものせいかもしれんが天人は馬鹿だ! もう終わりだ、西は終わった!」

 天人を馬鹿呼ばわりするのは反逆罪である。しかも宮殿内でそんな発言をすることは大胆不敵か本当に馬鹿である。それほど織田島は天人の発言に頭に来ていた。

「滝本殿、私は西国を守るために東に行きます!」

「丹野! お前まで!? なぜだ!」

 滝本は丹野の発言に信じられないという表情をしている。丹野はずっと東を嫌っていた。

「東は外国を倒そうとしているのです! 西をこのような状況に追い込んだその元凶である外国を倒すために東を手伝うのです! 自分の生まれた国のためにあえて敵国に行くのです!」

 織田島が止まった。

「丹野ぉ! いい考えだ。わしはもう千丈頂天(せんじょうちょうてん)(ざん)にでも籠ろうかと思っていたが、いい考えだ! 行くぞ!」

 二人は滝本を置いて走っていった。

「おい! 織田島! 丹野! 待ってくれ!」

 もう二人には滝本の声は聞こえない。



 織田島と丹野はすぐに家族を連れて東へと向かっていた。しかし家族の中には西に残る者もいた。説得できなかったことは悔んだが、反逆者扱いされないことを願うのみだった。一方、滝本は数百の騎馬兵を連れ、南海・武古屋の陣がある江墨州へ向かった。

 上国と江墨州の堺では西軍と独派軍が対峙していた。独派に対して人数は必要ないので南海によって部隊の再編制が行われ、兵士は五千人程度になっていた。解散した兵士は東軍対策として生き残った武士によって上国へと向かった。

 日が沈む前に西軍と合流した滝本。すでに一騎打ちが始まっていた。滝本は一騎打ちを見にいくと驚き、激怒した。髷を斬った者が名乗り出ていたからだ。そのため南海と武古屋の出番はまだなかった。


「南海! 武古屋! どこだ!」

 滝本の声が聞こえ二人は走ってきた。

「おぉ! 大隊長! ずいぶんと早―――」

 滝本の鉄拳が武古屋の顔に直撃した。ぶっ飛ばされる武古屋。

「だ、大隊長! 一体―――」

 南海もぶっ飛ばされた。

「なぜ国民を戦わせている!」

 その怒声は滝本の兜の前立てにある鋭い雷のようだった。

「…そ、そのあいつらが戦いたいって言うから…」

 武古屋が頬を押さえている。

「馬鹿者! 武士ではない者を戦わせてはならんと言っただろうが!」

「大隊長、彼らは…外見は違えども武士でございます」

 意見する南海を睨みながら聞いた。

「では、なぜ髷を切っている!」

「そのように我々も国民に聞きました。そしたらなんで髷をしなければならないんだと、言い返されまして…」

「それが西の文化であり、伝統だ!」


 その時、歓声が上がった。一騎打ちで西軍が勝った事に歓声を上げていた。勝った国民は敵を捕らえて南海達に報告に来たが、滝本を見て歓喜の顔から真っ青に顔色を変えた。

「だ、大隊長!」

 国民はすぐに馬を降り、ひれ伏した。滝本はゆっくり近づき、ドスの聞いた声で問いかける。

「どうして戦った?」

「な、南海様と武古屋様だけが戦うということに疑問を持ちまして。戦であるのならば我ら国民も参加しないのは無責任かと」

「無責任? お主は国民か武士か?」

 さらに睨みを効かせた。

「私は武士です! ですが西に住む以上、国民です! こちらの武士お二人も、大隊長も国民であります!」

 そう言うなりひれ伏した。滝本はその言葉にショックを受けた。

「…私も国民? 私は武士だ…」

「大隊長、俺も国民なんです。カイタタハイラに戸籍があったってぇ上西国国民の一人なんです」

「武古屋の言うとおりです。思いがあれば武士でもあるのです。我々は武士であり、国民なんです」

 

「国民は国民で、武士は武士ではないのか?」

「違うと思います。国民の中の武士。もしくは武士である国民かと。俺もやっとそれに気づいたんです!」

 武古屋が自信満々に答えた。

「それにいつ気が付いた?」

「実は江墨州に着いてからです。東と戦うことになってからぁずっと気になってて、今はそれもはっきりとわかりました。国民とは武士とは…俺の中で答えがはっきりしたんです!」

「わからん。武士とはなんなんだ。国民とは一体…」

 悩む滝本。普段は何とも思わないが鎧の重さを感じている。

「大隊長、ここにいる者たちと東王人のように話をしてやってください。そういえば織田島殿と丹野殿は?」

「南海の言う通りにしてみよう。…二人は…天人を見限り東に行った」

 それを聞いた者は皆、驚いた。

「それから…あと二十日で外国が軍を連れてくる」

「あと二十日ですか? 西を滅ぼしにですか!」

「武古屋の予想は半分は合っているだろう。いちおう東を植民地にするためという名目だ。今は独派と戦っている場合ではないのだ」


 一騎打ちを名乗り出てきた者がいた。

「滝本大隊長が着いたんだろ! 出てきてさっさとこの勝負終わらせるさ!」

 独派の代表・赤坂だった。地味な鎧だが無駄な装飾も無く機能的な格好をしていた。

「ぬぅ、ずうずうしい奴だ。私が行こう」

「大隊長が行く必要はありません」

「奴は私と戦うことを望んでいる。ならば戦うまでだ。奴を倒せば独派も動けなくなるはずだ」

 南海の制止を振りほどき、斧を手に取ると滝本は陣を出ていった。

「さぁ! 勝負をしようではないか!」

「俺たちは西をひっくり返すために戦っている! まずは滝本大隊長からだ!」

 槍を振り回し進んでくる赤坂。

「お主達の好きなようにはさせん!」

 槍と斧が交差した。何度も交差するうちに日が沈み始めた。


 二人とも肩で息をする疲労度。

「赤坂よ、なぜここまで対抗するのだ。我々が東を攻め落とせば外国にも対抗できる。早くしなければ外国軍が来てしまう」

「なんだと! 外国軍が!」

 疲れのあまり思わず口を滑らせた滝本。

「やはりあんたを倒して天人の所に行くさ!」

「天人が決められたことだ。外国は東を植民地にするつもりだ」

「そんなわけないだろう! まずは上西国がカイタタハイラのようになるはずさ!」

「お前もそう思うか…」

「俺たち独派は外国は嫌いじゃない。外国の支配が嫌いなだけさ! もっと外国を有効に利用する事ができるはずさ!」

「だが、もう遅いのだ! 天人は外国軍の進軍を許可している!」

「まったく…。良い情報をくれたお礼をあげるさ。天人にあんたの家族は捕らえられているぞ!」

「そんなわけがない。なぜ家族を捕らえる必要がある。俺は天人の相談役でもあるんだぞ」

「調べてこいよ! 天人は武士を裏切ってる! ここで待っててやるさ」

 赤坂は攻撃の手を止めた。それにつられて滝本も止めた。

「本当なのか?」

 赤坂は馬を返して陣へ戻った。

「おい! 待て! 一体どういうことだ?」


 長い一騎打ちを終えて、汗だくながらも深刻な顔をしている滝本が陣に戻ってきた。

「誰か上国に行ってきてくれ」

「一体どうなされたんですか?」

 南海が馬を押さえながら聞いた。

「私の家族が天人に捕らえられているらしい」

「急にどうしたんですか? も、もしかして赤坂に言われたとかですか?」

「…あぁ。今日の私はどうかしている…。誰か頼む」

 滝本に覇気が無いことに武古屋は驚いていた。

「私が言ってきましょう。これでも宮中には知り合いが多いんです」

「頼んだぞ、南海」

 南海は配下を数名連れて急いで上国へ向かった。滝本はぐったりと心身ともに疲れた様子で幕舎に入った。


 独派の陣が動いてないことを見ると本当に家族が天人に捕まっているのではないかと疑心暗鬼に陥っている滝本だったが、南海が戻るまでに髷を切った者たちの話を聞いて回っていた。武士とは国民とは、そして東王人のことを考えていた。

 二日後、早朝。滝本のいる幕舎に南海が来た。

「申し上げます!」

「南海、待っていたぞ! それでどうだったんだ?」

 滝本は南海の近くに駆け寄った。

「だ、大隊長のご家族は天人によって監禁されておりました」

「本当か! クソッ、…どうしてそんなことを」

「そ、それが東王国討伐に出発した日に捕らえられたようです。罪人として扱われているわけではなく、あくまで宮中の一室に監禁されています。保護と偽って監禁しているそうです。どうやら大隊長が東を征服した時に間違って西を攻めこまないためにと」

「人質か? 俺が西を攻めるだと…寒田か山野の仕業だな。…赤坂に会ってくる」

 そう言うと鎧も着ずに馬を飛ばし、赤坂を呼び出した。


 馬ではなくゆうゆうと歩いてくる赤坂。

「滝本殿、結果が出たようですね」

「天人は武士の象徴であったが、その象徴に私は裏切られたようだ。家族を人質に取らないと私は言う事を聞かないと思われていると想像もできるが、とにかく私は武士を辞め、天人に仕えることは辞める」

「武士ってのは心の中にある志の事さ。辞めるとか辞めないとかそういうもんじゃない」

「…そうか確かにそうだな。髷を切った連中もそんなことを言っていたな。私は私なりに西を外国から守ることにする」

 馬を独立派の方へ進める滝本。

「お、おい。良いのか?」

「私は決意した」

 滝本は笑顔だった。

「まぁ、あんたが加わってくれたら怖い物はないさ」

 一緒に独派陣へと進んでいく。

「しかし、どうして家族の事を知っていたのだ?」

「俺は独派の赤坂さ。戦には情報が必要だ」


 一連の出来事を見ていた西軍。

「お、おい、南海殿ぉ! 大隊長が向こうに行っちまったぞ!」

「これは一体…。もしや、大隊長は天人を見限られたのか!」

「家族を人質に取られるのに腹が立つのはわかるけど…わかるけどよぉ! どうする? 南海殿!」

「先ほど大隊長には言いそびれたが私の家族も捕らえられていた」

「なにっ!?」

「お主は家族がいないようだから平気だろう? 好きなようにするがいい」

 南海も独派陣へと向っていく。

「お、おい! ちょっと待ったぁ! …そりゃないぜぇ。どうすりゃいいんだよ~! この国民達!」

 二人が抜けた事によって、武古屋が武士としてこの陣の代表となった。

「み、みんなと話してみるかぁ」

 武古屋は兵士たちの中にいる部隊長やリーダー格を集めると議論を始めた。

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