第八・五話
翌日。夕方には早馬から最前線の情報を受け取っていた安然王、唐嘉、そして徐江が陣に到着した。そして、約束通りに前慶と新豪が帰ってきた。西軍の織田島と丹野も解放し、西軍に返した。
「あれぇ? オー様じゃねぇか。なんで来たぁ?」
「前慶まで捕まったという知らせを受けては居ても立ってもいられなくてな」
「それぁ嬉しいけどよぉ、出てきちゃまずいだろぉ」
笑ってそう言う前慶に安然王は頭を掻いた。
「それもそうだが…わかった、前慶の無事も確認したから王国へ戻ろう。だが、その前に話しを聞きたい」
安然王の話しは西との文化の違いを目の当たりにして、改めて西と共存することができるのかというものであった。極龍組は時間が経たなきゃわからない。東軍の指揮官達は難しいかもしれない。九品有権党は東のいい刺激になるとそれぞれの意見を出した。その中で唐嘉が意見する。
「西は東を目の敵にしているわけではない。外国の影響で攻めて来ているということか。…やはり問題は外国なのだな」
「こうなったらよぉ、さっきぁ帰れって言ったけどオー様が西に話しに行くしかないんじゃねぇか?」
皆、前慶を見た。唐嘉が団扇で止める。
「前慶、それは無茶だ」
「ここまで来ちゃったわけだしよぉ。この際な、どぉ?」
王を見た。王はうなずいている。唐嘉は反対する。
「しかし!」
「だったらよぉ、安全に歩けるように道を作ればいいんじゃねぇのか?」
「安然オーが安全に歩く道ぃ?」
「程子ぃ、今ぁ黙っとけぇ」
前慶は指を刺して注意するが顔がニヤケている。程子は大げさに口を押さえた。
「作れるのか? 安然が安全に歩ける道を」
「安然王!」
安然王は手を出して意見を止めた。
「唐嘉よ、道ができなければ私が切り拓いてでも、西の王に会いに行く!」
「その意気だぁ。まぁ、任せておけぇ。俺を誰だと思ってんだぁ?」
「まったく。王も組長もやりたい放題だな」
「その方が二人らしくな~ぃ?」
程子の笑顔に徐江はそれもそうだなと思った。安然が王様になったり、壁を壊したりと無茶苦茶なことが続いて、今度は東の王様が西の王様に会いに行くという想像もつかないことが起ころうとしていることに、もう予想することも出来なくなっていた。
安然王が西に行くという事がたった一日で決まった。織田島と丹野の情報では西軍をまっすぐ抜けると西の王・天人がいる上国に辿り着くことができる。このような情報を出すことは避けなければならないだろうが、先に地図を出して東のはなしをしたのは東側であり、織田島と丹野も見返りとして情報を提供することとなった。
再編された安然王軍の先発部隊には立候補した天嵬が立つ。それには正弦も同行する。問題はどうやって西軍を抜けるかだった。ひとまず顔見知りとなった前慶が西軍に使者として向かい、交渉してみるというのでまとまった。
翌日。日が昇ると西軍がいなくなっていた。昨日までいた大軍がいなくなっているのに、まるで夢を見ているかのようだった。東軍はざわめいている。もしや他のところから攻められているのではないかと、情報を手に入れるために壁華国、壁端国に偵察隊が出された。
「唐嘉、どうするよ?」
「天嵬か、何がどうするだ。潮が引いたうちに貝を取りに行くのが普通だ。壁国の門まで行ってみよう」
「おぉ! そうだ、その通りだな!」
天嵬は出陣許可と五千人の兵を貰った。この兵は極龍組ではなく正規の東軍である。天嵬が指揮をすると先頭の兵が歩きだした。
「それでは行きましょう」
天嵬と共に付いていく正弦が先頭に立つために馬を走らせた。天嵬も極龍組の面々に挨拶をして馬に乗る。
「待ってくださーい!」
「つ、月乃君!」
天嵬はすぐに馬から飛び降りた。白いワンピースを着た月乃はまっすぐ天嵬の所へ来た。
「こ、これを!」
息を切らせながら持っていた箱を手渡した。ふたを開けてみると鉄製の筒が入っている。
「これは?」
「お父様の武具です」
その言葉に唐嘉も筒を見に来た。
「月乃、よく見つけてきたなぁ」
珍しく笑顔の唐嘉は天嵬から筒を取りあげた。
「あっ! 唐嘉、返せよ! 月乃君がくれたんだぞ!」
「まぁ待て。天嵬、左腕を出せ。ここをこうして、こうやって……よし! これでいい」
その筒は天嵬の左前腕に固定された。左右の前腕に付ける盾代わりの籠手である。革に鉄板を張り付けてあり、長さは肘辺りまである。
唐嘉の祖父が盾を持つのが面倒だと編み出したものであった。それを父親が受け継いでいた。だが、太禅高王の呪いで戦も無くなり、実戦で使うのは前回の東西戦争以来である。
「……おぉ、なんかすごいなぁ」
「それで敵の太刀を防げ、盾の変わりだ」
「なるほど! 月乃君、ありがとう!」
「無事で帰ってきてくださいね」
月乃の笑顔に胸を打たれる天嵬。
「つ、月乃君…帰ってきたらお、お、俺と…」
月乃は首をかしげている。唐嘉は天嵬を団扇で仰いだ。
「早く行け、天嵬!」
「お、お、俺と………あぁ~! 言えん!」
天嵬は馬に飛び乗り、一気に駆けた。
「俺の馬鹿やろぉ~!」
遠くの方から唐嘉達の耳に嘆きの叫びが聞こえた。
「……月乃、天嵬の事をどう思う?」
「面白い方だと思います」
(天嵬…あきらめるんだな…)
密かに思う唐嘉であった。
二・三日も経つと本当に西軍は退却したことが分かった。唐嘉・徐江は東王国に残り、安然王軍と極龍組が天嵬の後を追うように進む。そして、壁と壁の間に自然とできた川を渡り、東の王が西に入った。
西軍が退却したことにはもちろん理由があった。それは上西国大陸で内乱が起こったせいだった。
東王国討伐軍に合流するはずだった武士十人率いる二万人の別働隊が、独派の赤坂に足止めされていた。独派はたったの三百人しかいないが基本的には一騎打ちで決着をつけるため、数が少ない独派でも勝利を収めていた。この戦いの中で西軍の武士は三人殺された。その報告を受けた滝本は内乱の制止に向かったのだ。
東軍への牽制として武古屋が残ると言ったが、織田島と丹野が手に入れた情報では東軍が一騎打ちを受け入れてくれただけで実際は集団戦法を行うという。それは滝本が前慶と新豪から聞いた情報と一致した。もし集団戦法で攻め込まれては戦い方を知らない西軍兵士を無駄にしてしまう。兵士たちも自分の身を守ることぐらいはできるだろうが、負けは目に見えている。大軍は無駄にできないと撤退することを決めた。
天人に会うために上国へ向かう滝本のもとに織田島と丹野が馬を近づけた。
「大隊長、私も連れて行ってください」
「わしも天人様と話しがしたい!」
「構わんが織田島まで来るのは珍しいな」
珍しいこともあるものだと笑顔の滝本に対して、織田島は深刻な顔だった。
「わしはなんのために東を討つのか、わからなくなってしまった」
「そうか。では南海、武古屋は先に江墨州に向かい、独派に対して防衛陣を張ってくれ」
「ハッ!」
江墨州は上国の西に位置してその北にはカイタタハイラがある。