第六・五話
後世の歴史に永遠と残る出来事ともいえる壁の取り壊し作業には、人員が足りないという事もあったが国民の参加が自由であった。むやみやたらに壁を壊せば攻め込む場所を開いてしまうことになると唐嘉の忠告もあり、まずは北の壁華国の壁から壊し始めた。他の国の壁では監視役をたくさん配置している。
初めて壁を倒すと、向こう側に見える上西国の壁はまだ壊れていなかったが、なんと両壁の広い間に細い川ができていた。膝丈の深さしかない。
壁を壊した跡は舗装も行い、上西国が攻めてきた時のために見張りが壁の代わりに人壁として立っていく。だが、どう戦っていいかもわからず、ひとまずは不殺木刀術の有段者が師範となり、殺さないように心がけることしかできなかった。とにかく西には来てほしくないと願うだけだった。
1ヶ月もすると壁の取り壊しも壁国に入り、壁を半分ほど壊した事になる。その作業には前王の星明王や元・国進党党首の高山もいた。そして極龍組の部下達も混ざっている。国民が一丸となっていた。ここでもまだ西の壁は壊れてない。だが、壊していく方向には西の兵士が見えた。
上西国は南側の千丈頂点山の方から壊していたようだ。西の兵士も東の壁を壊すことに抵抗を持っていたために、まず上西国の壁から壊していた。
互いに壁を壊している事がわかった今、両国は競うように壁を壊していった。だが、壁国の門は残していた。
また1ヶ月ほどして壁は全て取り除かれた。壁の向こう側が見えるということで、多くの観光客が壁際の国に集まり、にぎわいを見せていた。西からしてみればそれが全員兵士に見えた。それは前慶が使者に言ったハッタリが効いていた。
幸いな事に取り壊しの最中に東西のいざこざは無かった。だが、上西国にも見張りが立ち、壁の変わりに東西の人壁が出来上がっていた。今まであったあの大きな壁が無いとなんだか落ち着かない様子である。
東王国の人壁は九品有権党の党員や人壁の希望者に変わっていった。彼ら正装であるスーツの下に鎖帷子を着て、腰には木刀を挿しているだけである。
上西国の兵士は鉄製の兜を被り、体を鎧で覆い、打刀と身長程度の槍を装備している。ここに文化の違いがはっきりした。
王国、王の間。安然王は玉座に座り、唐嘉、徐江、そして招集された前慶が玉座の前に立っている。
「まだ人壁があると思うと辛いな…」
安然王は心から嘆いた。それを唐嘉も察しているが言える事が限られている。
「東西が互いに信じ合えるか、支配するかされるかで、人壁は無くなります」
「西は壁国を突破して王国に来そうですね」
「さすがは党首、私もそう思う。王様、壁国を戦場にするべきかと…」
唐嘉の口から戦場と出てきたので安然王は正直驚いていた。
「唐嘉よ、確かに壁付近に民家などは無いが…平気か?」
「上西国は攻める事を考えています。ならば我々はそれを止めるのみ。止めればそのうち勝機が見えます」
「誰が止めに行きます? 俺が行きましょうか?」
「いや、党首には壁華国を守ってもらう。緑山国の渡場殿に応援してもらってくれ」
「あのぉ俺、九品有権党の党首なんスけど…」
「それが?」
「党首が本陣に居ないってのはちょっと…」
「周りがうるさく言うかもしれないと? ならば壁華国に防衛線を引いたら壁国に来てくれ。もし松国まで攻め込まれていたとしても挟み撃ちが出来る。党首には重要な策を任したのだ」
「わかりました!」
徐江がやる気満々になったその一方で、前慶はシルクハットをいじっている。
「…おい、前慶。何を考えている?」
「おぉ、さすが唐嘉ぁ。わかってんなぁ~」
唐嘉には前慶の仕草だけでよからぬことを考えていることが分かる。
「何を考えている? また途方もない事か?」
「気が付かないのかぁ? この国じゃ殺人はできねぇ。忘れてねぇか?」
三人はすっかり忘れていた。
「そうだった、止めるだけなんて簡単にはいかん。無傷の戦争なんかありえんな。戦争は想像できても殺人が想像できん」
王は玉座によりかかった。
「…ひねくれた考えかもしれないが、攻めて来たのは西だ。ならば呪いは起こらないのでは?」
「唐嘉殿の言うとおりッスよ! きっと太禅高王は国民同士の殺人を咎めていたんですよ!」
「徐江ぉ、本当かぁ?」
前慶は徐江の目をジーッと見た。徐江の顔もひきつったようになる。
「…じ、自信ないッス…」
「前慶の言うとおりだ。わからない」
唐嘉は天を仰いだ。
「…アイツから時代も変わってるんだがなぁ。壁も取れたしよぉ」
前慶は太禅高王をアイツと呼び、嫌っている。
「そうだ、王国の廟を調べれば何かわかるんではないかな?」
「おぉ、さすがオー様。それがぁ最後の希望ってかぁ」
「では調べてきます!」
唐嘉と前慶は出ていった。
「…何か分かりますかね?」
「う~む、何かわからなければ戦う前から負けとなる。本来ならば戦争なんかしたくないんだが…」
「人殺しですもんねぇ…」
東の人達は殺人に対してかなりの潔癖である。だから殺人を忘れる。
王は目を閉じたまま言う。
「フゥ…、やはり戦争なんてするものじゃない」
安然王は天を仰ぎ、心の中では太禅高王に語りかけている。