第六話 統一のために ~壁と呪い~
星明王は自ら冠を外し、見つめている。
「これから私はどうすればいい?」
「オー様の好きなようにしてくれぇ」
「では、新たな国の代表に私が頭を下げれば国民は納得するはずだ。私はそこで終わりだ。それで前慶、お前のことだ、次の代表は決めているんだろう? 誰が代表になるのだ、お前か?」
「俺ぁ松山殿がいいと思う。松山殿ぁ有権党の党首だし、もし松山殿が代表の器じゃないならまた国民が押し寄せるだろぉよ」
「民がな…それを私は忘れていたかもしれん。こうやって王が変わる事があるようだ。太禅高王よ」
星明王は天を向いた。
太禅高王は東王国大陸の八十年前の王である。奸臣によって殺された太禅高王は復讐として、死んだ後も殺人を犯した者に対して呪いをかけた。「殺人の呪い」の元凶である。それは現代までも続いている。
有権党幹部と九龍九品党幹部が王の間に押し寄せて来た。
「前慶! また勝手な事を!」
「おぉ、唐嘉ぁ!」
唐嘉に抱きつく前慶。
「よく国民を連れてきてくれたぁ!」
唐嘉は前慶をベアハグで締め付け始めると、前慶はタップするが唐嘉は離さない。周泰征が二人を引き離すと、唐嘉の怒りも収まったようだ。
「前慶、個人行動は場を乱す。捕らえろ」
唐嘉の指示に天嵬が前慶の腕を取った。
「ちょ、ちょっと待てくれぇよぉ」
天嵬は前慶を後ろ手にしてニヤリと笑う。
「へへへ、あきらめるんだなぁ」
「徐江~、新豪~!」
二人はバツのジェスチャーをしていた。
「少しハンセーしたほうがいいね~」
程子が手錠をかけた。前慶はがっくり肩を落とした。
安然は星明王の前に進んでいく。
「星明王…あなたに話さなければならない事が―――」
「わかっている。松山、お前が新たな国の代表となってくれ」
皆、驚いた。
「な、何を言われる! 私は王の考えを変えていただきたいと――」
「もう決めたことだ。それに、まだ私を王と認めてくれるなら王の指示に従ってくれ」
星明王は外した冠を手にして、安然の方に歩いていく。
「しかし! 星明王!」
「国民に嫌われた王にもう政治はできない。さぁ、もう決めた事だ。これを受け取ってくれ」
冠を差し出すと安然は片膝を着いた。
「私めが…お役目頂戴いたします」
「もし新たな代表、いや、新たな王としての考えが違えば今度は私がこの城を包囲しよう」
星明王はニコッと笑ってみせた。
「新王、私達は王国国主を辞退したい。最後まで星明王と共に」
高山がそう言うと国進党幹部も全員同じ考えだった。
「そうか、高山殿のことだ、止めても無理だろうな。できれば辞めて欲しくはないんだが…もし跡を継がせたい者がいるなら、後日推薦してほしい」
高山は礼をした。
「では新王よ、新たな王国を決め、巡回の儀をしなければならない」
星明王が言う巡回の儀とは、新たな王や国主が決まった時などに新王は東王国大陸を、国主は自国内を歩き回ることである。
「王国が成立して、もう八十年以上経ちます。国民にとってもそれが生活の一部です。王国はここでよいでしょう」
それを聞いた星明王は安然の手を引いて玉座へ連れて行く。安然は玉座に一礼すると腰かけた。今までに座ったことない椅子の感触、玉座独特のものである。
正弦が安然の前に出る。
「これからやる事が色々とあります。有権党のあり方、新たな国主の事もまとめなければなりません」
「その通りだ。さっそくだが唐嘉、正弦、周泰征を中心に提案を出してもらいたい。天嵬、徐江、新豪には赤国、拓国、堂国に行き、各国の現国主と共に王が変わった事を広めてもらいたい。その三ヶ国を見て、各々にも提案を出してもらう」
命令された六人は礼をした。
「渡場、華山、野田、真川、小篠、園巻は国民達と共に国へ戻り、混乱の内容に政治をしてもらいたい。それから程子、東王国大陸の予算を出してもらいたい」
国主達と程子は礼をした。
「それから前慶。…君がいなければこのような事は起きなかった。本当にこんなことが起こるなんて夢にも、考えたことがなかった。改めて有権党の力になってくれた事に感謝する。ありがとう」
「どぉいたしましてぇ。そこで一つお話しがぁ、この手錠を―――」
「罰は罰だ。禁固十日を命ずる」
「おぉい! 安然殿ぉ! それはないぜぇ!」
前慶はまた肩を落とした。みんな笑っている。
「星明王、高山殿、もうしばらく私に付き合ってください。その後はお好きなようにしてくれてかまわない」
二人は礼をした。こうして安然は突然に新たな王となり、破王は成就した。唐嘉は団扇に書いた予定のうちのひとつ、破王の文字を撫でた。
七ヶ国の国民が集まっている今のうちにとに太禅高王廟で前王・星明王が大勢の民を前にして王位交代の布告を読んだ。王が変わる突然の事態に国民は混乱し、さらに新たな王は王族ではないことにも驚き、その一瞬だけは風の音しかしなかった。
安然は名を『安然王』として名乗ることを発表し、西と外国が攻めてくることに対抗するためには国家が一つとなることを目標に掲げ、歓声が上がった。
東王国大陸史上最大人数での式典となり、混乱も起こったが各国国主や国進党警備団、有権党青年団や九龍九品党の働きもあり、かなり短い時間ではあったがスムーズに執り行われた。
城に戻った後、星明王は国進党の国主達に国主を辞めないよう説得した。だが、安然王も思っていた通りで高山は従わず、きっぱりと「辞める」と答えた。他の国主は「前王の命令とあれば」と国主を続ける事を誓った。
数日後、安然王はまずは王国を巡回し、巡回の儀を始めた。それと共に各国にある太禅高王廟に安然王はお参りし、儀式は着々と進行した。その際には改めて星明王が心情を記した手紙を配布し、国民に理解してもらうように努めた。
そして前慶の出所日。王国からはすでに七ヶ国の国民もいなくなり、いつも通りの日常に戻っていた。前慶を迎えに来たのは数名の九品党党員であり、前慶は有権党と九品党がまだ合併していないことに驚いて、すぐに安然王のところへ向かったが城にいないので壁国の九龍九品党本部へ帰った。
しかし本部はもぬけの殻で安然王から与えらえた指示をそれぞれこなしている。前慶は九品党本部に自分で隠した合併案の手紙を取り出して、また王国の城に戻っていく。
ちょうど城の前で安然王一団と出くわした前慶は、疲労している一団を城の中に言えれないように前に飛び出した。何事かと顔を出した安然王も疲労が目に見えてわかる。
「おぉ、前慶か。出所してきたんだな。城の中で出所祝いをしよう」
「待ってくれぇ、まずはこれを聞いてもらう!」
十日間も牢屋にいた前慶は今まで以上に元気だった。一団を前に堂々と合併案の手紙を読んだ。そして手紙を安然王に手渡すとあとは唐嘉に頼ってくれと言ってその場を立ち去ってしまった。呆気にとられたが前慶をすぐに追いかける体力は安然王には残っていなかった。
城に戻ると唐嘉が出迎えたが、前慶の手紙を渡されると呆れた。
翌日。九龍九品党と有権党は合併し、『九品有権党』を名乗った。しくみはすでに解散した国進党と変わらない。九品有権党の発足に伴い、各地にいる国主へ王国へ集まるように手紙を出した。
前慶は壁国の九龍九品党本部に戻ると、看板に元・九龍九品党と書き込んだ。もちろん合併のことを知らない党員たちは庭に入ると立て看板に合併の趣旨が書かれていた。党員たちは混乱したがそこには九龍の呼び出しも書かれてあり、党員たちは相談し合って九龍に伝えに走った。
数日経つと九龍が本部に集まり、最後に来た天嵬は立て看板を引き抜いて元・党首の部屋へと乗り込んできた。
「これはなんだぁ!?」
立て看板をフローリングに突き刺した。
「おぅ、これで全員揃ったなぁ。天嵬、座れぇ」
天嵬は仏頂面で席に着いた。そして、最後に来た天嵬に新たな組の立ち上げを伝えると、天嵬は目を丸くしてた。
「さてぇ、新たな組に参加する者ぁ」?
前慶の問いに周泰征、天嵬、程子、正弦、新豪は手を挙げた。緊迫した空気になったがまずは唐嘉が口を開いた。
「俺は安然王から誘われている。お前が作った九品有権党にだ。いいか?」
「あぁ、もちろんだぁ、好きなようにするのが九龍だ! いつ帰ってきても構わないがぁ、そん時ぁ下積みからだ、覚えとけぇ」
「もし、お前の組が悪さをしたら、俺がお前を捕まえに行こう」
「ハッハッハッ、もう牢屋ぁごめんだぁ!」
一同、笑った。
次に徐江が国のために働きたいと九品有権党に参加すること表明すると、立ち上がった徐江は礼をしたままで、
「組長! 大変お世話になりました! 俺のわがままを許してください!」
「何がわがままだ…。おめーの力がどこまで通用するか、しっかりと見させてもらうぜぇ」
「く、組長~!」
顔を上げた徐江は号泣していた。
「前慶の代わりに言ってやるけどよぉ、新しい組におめーの居場所ねぇ。気張って来い!」
「て、天嵬殿~!」
もう徐江の涙は止まらなかった。天嵬の目にも涙が見える。
「わしがいなくても平気か? 実は…安然王に松国国主に推薦されているのだ」
「えぇ~! 国主ぅ!?」
一同が声を揃えて叫んだ。その反応には堂紅奉は「心外な」という顔をしている。
「そうかぁ。まぁ、びっくりしたけどよぉ、こっちぁ平気に決まってんだろ。松国ぁ先代の生まれた国だ。いい国にしてくれよぉ」
「なんで知っているんだ! その事はわししか知らないはずなのに!」
「俺ぁ九龍組の前慶だぜぇ。舐めてもらっちゃ困る」
不敵な笑みを見せた。
「ふむ。では、松国を新しい組の本拠地にしろ。場所は確保してやる」
「どうするよぉ、みんなぁ? 堂紅奉のいる国だぜぇ?」
一同、笑った。
この会議の後、前慶は元・党員達にも自由にするように伝えた。中には九品有権党に参加する者もいたし、退職金をもらった辞めるものもいた。
そして前慶は壁国の元九龍九品党本部を本拠地とする『極龍組』と名乗った。やる事は九龍組と変わらないと言う。組長はもちろん前慶。そして副組長には周泰征が就任した。
後日、極龍組は就任式の式典に呼ばれ、王国に来ていた。
王の間にて極龍組幹部と各国国主がいる前で、堂紅奉が松国国主として任命された。そして九品有権党党首に徐江が就任した。極龍組幹部たちは「徐江!?」と叫んでしまった。
九品有権党党首・徐江が前に出るとスピーチを始めた。
「私がこのような大役を任せられるとは思いもしませんでした。ですが、やるからには全力で仕事をこなすつもりです! 皆さん、東王国のために力をお貸しください!」
堂々と力強く語った徐江の目は輝いていた。ひときわ大きな拍手をしていたのは天嵬であった。
党首となったが徐江が王国国主を務めるわけではない。王国のみ国主制は破棄され、安然王が自ら王国を仕切ることとなった。これは国民により近い政治を目指すためである。
それから十日後、極龍組の就任式も壁国で取り行われおり、極龍組の仕事も始まっていた。そんな時に上西国の使者が壁国の門に現れた。使者は堂々とした態度だが、使者らしからぬボロボロの服装である。上西国は普段は着物を着るが、まるで旅人のようにボロボロである。
九品有権党党員らの警備によって使者は壁国の大通りを通って王国へと向かっていく。だがその姿はスーツを常に着用している東王国大陸の目から見ると非常に汚い物に見えた。
王の間に通された使者を出迎えたのは九品有権党幹部とたまたま訪れていた極龍組組長の前慶であった。安然王は前王と同じ格好で玉座に座っている。すっかり王様の姿に慣れた様子だ。
使者は王の前まで行くとボロボロの着物を広げて堂々とした態度で、西の優位性、外国の強大なる力を語り始めた。
「新たな王に代わろうが関係無いぞ! 東は西と外国に支配される!」
「それは断る。私は上西国の力を振り払い、外国をこの大陸から排除するのが目的だ。できれば上西国にも手伝って欲しいのだが?」
しばらく間が空いた。
「へ~、外国の排除か。へ~、なんとまぁ、面白いことを言う。その考えを持った者が東にいたとはな~、やるな、新王! だけどな、西の政治は手伝わないと思うぜ」
さっきまでの口調と違い、ずいぶんと軽い印象に変わった。その場にいた一同はこの妙な変化が気になった。その時、もう一人の西の使者が入ってきた。今度の使者は綺麗な着物を着込んだ身なりの正しい者だった。王の間に入るなり、先に来ていた使者に対して怒鳴った。
「お主! なぜここにいる!」
「もう来ちまったのか。いやいや、東王国の王が変わったって言うから見に来ただけさ~」
悪びれて見せた。
「えぇい、とっとと失せろ! 斬り捨てるぞ!」
「おぉ、怖い怖い。東王国じゃ法律が働かないからな、逃げるさ~」
そう言うと先に来た使者は、王や幹部達にペコペコして大きく手を振って去っていった。
「あの男は何者ですか?」
一同が一番聞きたかったことを徐江が後から来た使者に質問した。
「外国に対抗する独派の隊長・赤坂(三十一歳)という者です。徒党を組んでいる臆病者だ」
その言葉には憎さが込められていた。彼の言う独派とは「独立派」の略で外国の支配をよく思わない集団のことである。
「あなたも独派ですか?」
徐江は続けて聞いた。
「とんでもない。私は上西国開国派の寒田(三十六歳)と申す。今回、外国と上西国は東王国を力づくでも支配することが決まった。今頃、壁を破壊しているはずだ」
皆の顔が変わり、安然王は立ち上がった。
「壁を破壊しているだと!」
「我々はあの壁があったから、思うようにこちらに攻め込めなかったのだ。それに兵士と言うものを持たないことも知ったよ。それでどう戦うつもりなのだね?」
寒田は自信満々に言ってみせた。すると前慶が前に出た。
「そいつぁ違うな。こっちは国民全員が兵士だぁ。だから兵士は持ってねぇ。全員が国のために立ち上がる。その証拠に前王がぁ壁国でおめー達が来るのを待ちわびてるぜ?」
「なんと、侮れんな。しかし上西国は精鋭ばかりだ。農民どもには負けん。残りの時間を楽しむんだな」
捨て台詞を吐いてさっさと去っていった。
「一応、使者だ。お送りしろ」
安然王の指示で小篠が部下に伝えにいった。
「どこから壊し始めているかわからんが、こちらも壁を壊さなければ統一ができない事は確かだ」
堂江奉の言葉に改めて幹部達はざわつき始めた。
「よし、壁をこちら側に倒せ!」
安然王が決意を固めた。また一同がざわつく。
「私たちが作ったものには変わらない。東のものは東で処分する! すぐに壁の取り壊しにかかれ!」
壁の取り壊しが決まると指揮をするのは九品有権党となった。