第五話 破王 ~王と国民~
周泰征と夕維が付き合い始めてから一ヶ月後。二人が交際していることが各国に広まりだした。九龍九品党で一番のイケメンである周泰征のファンが落ち込んでいるという噂も出ていた。実際に落ち込んでいる人はたくさんいた。
その頃、松国の暴力団を壊滅させるため、天嵬と新豪が配置されていた。
ある夜、松国の町田屋一階で天嵬と新豪が酒を飲んでいた。護衛役も数人いるが同じテーブルにはいない。
「新豪! 月乃君に会わせてくれぇ!」
いきなり、両手を合わせて拝み頼む天嵬。
「駄目です。月乃がいると天嵬殿は仕事しないんですもん」
「仕事するってぇ~。シュウの奴だってあんな可愛い子と一緒に仕事してんじゃねぇか、頼む!」
「駄目です。シュウと天嵬殿は違うでしょ。それに、何度頼まれても駄目です。組長から許しが出てないですから」
天嵬は急に立ち上がると椅子も倒れる。
「あの野郎ぉ! 月乃君を自分の元に置いとくためだなぁ!」
握りこぶしをテーブルに叩きつけ、怒りの表情である。
「ち、違いますって! 月乃は兄貴のとこにいますから」
「ぬぅう、唐嘉までも月乃君を狙うかぁ! …何ぃ! 唐嘉ぁ自分の妹まで手ぇ出すのかぁ!」
酒の力もあり、一人でパニックに陥った。
「駄目だな、こりゃ」
その時、天嵬の頭を誰かがハタいた。
「誰だ、コラァ!」
勢いよく振り向くと、そこにいたのは水乃である。
「よっ! 相変わらず馬鹿してるね」
「なぁ! 水乃っ! な、なんでここに居やがる」
天嵬の怒りも少しは引き、椅子を戻して座った。その隣に水乃が座る。
「用があるからに決まってるでしょ。ほら、これ」
二枚の手紙を差し出した。一枚は天嵬、もう一枚は新豪宛だ。手紙を開いた天嵬はまた立ちあがった。
「おぉ! 月乃君からだぁ!」
新豪は大声に驚いた。そして新豪の手紙も月乃からである。
「そうかそうかぁ、月乃君は俺の事を心配してくれてんだなぁ~」
「なんで?」
水乃が聞いた。手紙一枚にデレデレの天嵬が答える。
「だってよぉ、最初にお元気ですか、だってよぉ~」
「天嵬殿…俺のも月乃からで、それも書いてありますよ」
「なんだとぉ!」
新豪を睨んだ。新豪はその睨みを自分の手紙で遮った。確かに書いてあった。
「当たり前だろ、普通に書くもんだよ。ほんっと馬鹿だね、あんた」
水乃は笑っている。
「…え? お前も手紙書くの? 書いちゃったりしちゃうわけ? 手紙出す相手がいるの?」
天嵬は馬鹿にした言い方で挑発する。
「当たり前だろ! まったく手紙一枚のデレデレしちゃってさ、あ~気持ち悪い」
「うるせぇ!」
今度は熱心に手紙を読みこんでる。時々、ニヤけるので確かに気持ち悪い。
先に手紙を読み終えたのは新豪。
「お前、一人できたのか?」
「違うよ、程子君と一緒に来たの~。安然様と会うって別れたけど、そろそろ来るかな~」
「おっ、噂をすればなんとやらだ。こっちだ、こっち!」
手を振る新豪に向ってくる程子。水乃が走って行って程子に抱きついた。水乃を引き剥がそうとしながら苦笑いの程子が来た。
「水乃、やめろって。程子が嫌がっている」
「だってぇ程子君、カワイイんだも~ん!」
程子の頭を撫でている。程子は苦笑いのままである。
「いや~、本当にさぁ、程子が笑顔を作ってるのはお前がいるときだけ見れる」
新豪はまじまじと程子の顔を見た。
「そんな事ないって! 程子君、笑って!」
程子はニカッと苦笑いをした。
「ほらっ! 笑った!」
「程子、無理しなくていいぜ。図に乗るから」
水乃を程子から引き剥がした天嵬。そして程子を横に座らせると深刻な顔で程子をじっと見つめる。
「月乃君ぁ元気ぃしてるか? 前慶ぁ手ぇ出していないか? はっきり言ってくれぇ。前慶の野郎ぁ月乃君に近づいてるかぁ?」
「ちょっと天嵬! あたしと程子君の邪魔しないでくれる!」
「うるせぃ! どうなんだ程子ぃ?」
「もうホントの事言っちゃいなよ、程子君。前慶様と月乃はあたし達みたいに抱き合ってるって!」
「抱き合うだと!」
先に反応したのは新豪のほうだった。天嵬は魂が抜けたように脱力していた。
「ちょっと水乃様、ウソ言わないの~」
水乃は天嵬を指差して爆笑している。嘘と聞いて怒りに震え始める天嵬。
「う、嘘だとぉ!」
程子の胸倉を掴むと、持ち上げられてしまった。
「苦しいから放して~」
程子を下ろすとホッと息をついた。
「そ、そりゃ、そうだな。俺が前慶に負けるわきゃねぇ」
「あたしは前慶様の方がいいなぁ」
「おめーにぁ聞いてねぇ。おめーにぁ程子がいんだろぉ?」
「あら? あたしと程子君の仲を認めてくれるの?」
「おぅ。だから俺と月乃君を認めてくれぇ」
「嫌っ!」
「なにぃ! なんでだぁ!」
この時、程子と新豪はコッソリと店を出た。
「当たり前でしょ! 可愛い妹をあんたなんかと付き合わせるわけないでしょ」
「こっちだって、可愛い弟分をおめーにぁ付き合わせられねぇ!」
「なによ! さっきと言ってることが違うじゃない!」
天嵬はツーンと無視している。
「ちょっと~程子君なんか言ってよ~…っていないじゃん。程子く~ん!」
「新豪までいなくなってらぁ。どこ行ったんだぁ?」
店内は二人の言い合いで静まり返ってた。
「はっはっはっ、お似合いだなぁ二人ともぉ~」
一人の酔っ払いがそう言った瞬間、二人は酔っ払いを睨みつけた。
「ふざけんなぁ!」
酔っ払いはイスから転げ落ちるほどの怒声を聞いた。二人は言い合いを続けながら店の勘定もしないで出て行ってしまった。護衛役たちが慌てて勘定を払って店を出た。
廃刀令から2ヶ月後。壁国の有権党本部に唐嘉が五国国主・園巻(三十六歳)を連れてきていた。安然が園巻と握手を交わす。
「よくぞ、来てくれた。ありがとう」
「いやいや、国進党はもう終わりです。これより有権党の一員として力をお貸しいたします」
「頼む。五国は堂国への道でもある」
「はい。すみませんが、五国で会議の途中なもので、もっとゆっくりしていたかったんですが。ひとまず顔を出しにということで」
「いやいや、急に来ていただいて申し訳なかった。では、また会おう。東大陸のために」
園巻は笑顔で安然にも唐嘉にも一礼してみせて、部屋を出て行った。
「あの男は危ないです。なかなかの謀略家という所ですね。完全に味方になりきるとは思えません」
唐嘉は厳しい表情をしていた。
「彼の性格は前々から気になっていたんだがな。破王のためだ、仕方あるまい」
「下手すれば先に西や外国の手先になるかもしれません。ここは私が監視しておきましょう。いざとなったら裏から五国を支配する必要があります」
「それは危険だ! 五国に置いておけるわけがない。それに唐嘉にはまだまだ青年団の指揮をしてもらいたい」
有権党には西と戦う目的で青年団を作っていた。今では暴力団との抗争で駆り出されることもある。
「そうですね。ですが破王の後には園巻のことは考えなければなりません。いいですね?」
「もちろんだ。時代は変わるのだ。彼の心も変わってくれるといいんだが…。
五国も破王に参加した事で残る国は、緑山国の隣国・赤国。さらにその隣国の拓国。五国の隣国・堂国。そして国進党の本部である王国。
世間では国進党の保身案も暴露され、国を守るために発足した有権党を支持する者が徐々に増えてきているが、戦争の不安は残っている。
園巻の一団が壁国を去った頃、九龍九品党本部の門のところでコソコソしている前慶を程子が見つけた。
「あれぇ? どこか行くのー?」
「お、おぉ、程子かぁ。驚いたじゃねぇか…。これからぁ王国行ってくんだ」
前慶は動揺を隠すようにシルクハットを被りなおした。
「ちょっと! 危険だよっ!」
「実ぁさっき報告があったが、唐嘉が五国と話し付けた」
「え? 堂紅奉から五国の国主が城にいないって報告があったよ?」
「その返信に、唐嘉の指示があってな。それで街中に隠れてたのを炙り出して捕まえたんだとよぉ」
「へぇ~、さすがトーカだねっ」
「堂紅奉の弟子になった小篠国主の話しだとぉ五国の園巻国主ってのぁ権力に弱いんだとよ。そこに唐嘉が目ぇ付けたわけだぁ」
「なるほど~。だからトーカが説得に行ってたんだね」
「そう言うことだぁ。でぇ、俺ぁ仕上げに王国に行ってくる」
「仕上げ? …ねぇ、それはみんな知ってんの?」
「おぅ、知ってる知ってる。もう言ってある。じゃ、行ってくらぁ。留守番頼んだぞ~」
スーツを翻してカッコつけて出て行った。しかし、周りを取り囲む護衛はいない。気になった程子は正弦の部屋へと向かった。党首や幹部達の行動は正弦によって管理されている。
「いえ、知りませんでした。そんな予定もありません。今日は白紙です」
程子の話を聞いて前慶の予定台帳をパラパラとめくる正弦。
「じゃ、みんな知らないよね? どうしよっか?」
「五国が加わった事で有権党は国進党を越える勢力になりました。ですが、星明王の支持者が減ったわけではありません。破王はまだ早いと思いますが…」
「やっぱりセーミョーオーか~。でも、金ならこっちにたくさんあるよ?」
「金では王は動きません。この大陸すべての金は星明王のものです。それに万が一、金で動かしたとあれば九品党の質が落ちます。組長は仕上げと申されたようですが、なにをするつもりなのか…」
正弦は考え込む。程子も腕を組んで考えている。
「とにかく有権党本部に唐嘉殿がいるので、そちらで相談してもらえますか? 私も後で顔を出しに行きます」
「わかった! 行ってくるねっ!」
唐嘉は話を聞くと頭を押さえ「馬鹿者が」と一言言った。その後、すぐに松国・緑山国・岩海国・五国に王国へ青年団を送るように命令書を書いた。命令書はまだ程子がその場にいるうちに早馬へ届けられ、各国に送られる。それから九品党も前慶を捕縛するべく出発した。
「前慶は星明王を脅迫する気だ」
唐嘉の言葉に程子は前慶を止めなかったことを後悔した。
「園巻のようにいくだろうか…。前慶が失敗した時のために青年団がいれば、有権党のために動いた国民の数を目にすれば星明王の考えも変わってくれるかもしれない。俺たちも王国へ向かうぞ」
唐嘉は焦りを団扇で隠していた。
前慶が壁国を出て三日経った。前慶は九品党に捕まることなく王の間にいた。さらに王の間まで無理やり入ってきたので、太刀も持ったままである。
玉座にはいつものように星明王が座っている。国進党党首・高山と赤国国主・赤川、拓国国主・雄河。堂国国主・堂下がいつも通り並んでいる。
「久しぶりだな、前慶」
星明王が声をかけると前慶はシルクハットを取って王に会釈し、被りなおした。
「有権党の話は聞いている。そして九品党が廃刀令を無視していることもな」
王はいつもの軽快な口調ではなく、威圧感がある。しかし、前慶は何食わぬ顔で懐から手紙を出す。
「まぁ、こっちにもいろいろあんだぁ。おぅ、堂下、これぇ読めぇ」
堂下は前慶の子どもの頃のパシリだった。
「前慶ぇ、誰に口聞いてんだぁ? 俺ぁ国主だぞ?」
「おめぇだよ、堂下。高山殿ぉこんなのがいて大変だねぇ」
「なんだとぉ! コラぁ!」
「堂下はよく尽くしてくれている」
王が先に口を出した。
「王の言うとおりだ。どこぞの男より口の訊き方がいい」
高山が言う皮肉は聞こえていない。前慶がヒラヒラさせている手紙を奪うように堂下が取る。その時、前慶を睨むが前慶はそっぽを向いた。堂下は王の前に行き、手紙を開いた。
「…えっ! 前慶ぇ! ハッタリにも程があるぞぉ!」
振り向いて前慶を睨み付けるが、またそっぽを向いた。
「堂下、読んでみよ!」
高山の注意に堂下は王に向いて手紙を読む。その手紙は有権党の賛同者の人数が書かれた紙で、国進党党員の十倍以上はある。
「こんなハッタリで我々を脅迫しているのか?」
「高山殿ぉ、それをハッタリと取るかぁそっちの勝手だが…。早いうちに国進党解散するほうがいいぜぇ?」
「党首! こいつを捕らえましょう!」
雄川の発案に高山はうなずくが前慶は、
「俺ぁ構わねぇぜ。九龍の一匹が捕まっても、まだ八匹いんだぜぇ?」
ニヤリを悪い顔をして見せた。
すると高山が前慶の前まで来る。
「そうか、やはりお前たちが有権党を裏で動かしているな? 九龍組に政治ができるはずがないと正直なところ高を括っていたが…お前さえいなくなれば有権党は動かなくなる」
「違うんだなぁ。俺ぁなぁ~んもしちゃいねぇ。有権党の党首ぁ安然…いや松山殿だし、それに九龍九品党を指揮してんのぁ唐嘉だ。俺じゃない」
「前慶よ、ならばお前は何をしている?」
王が聞いた。
「俺かぁ…国の観察かなぁ? そうそう、九龍九品党ぁ有権党と合併してらぁ。だから、九龍九品党も松山殿の物になってるはずだ」
前慶は王国に来る前に有権党本部に九龍九品党の合併を希望する置手紙を隠してきた。隠したのは前慶のお茶目である。
「松山が九龍組まで手に入れた事になるのか…」
「星明王様! まだ国進党には王のお力があります。王のお力があれば国進党は不滅です!」
高山も他の国主達も王に近付いて行く。その時、国進党党員が慌てて王の間に入ってきた。
「ほ、報告いたします! 壁国・壁下国・壁端国・緑山国・松国・岩海国・五国より国民が押し寄せています!」
王も幹部達も驚いた。星明王は立ち上がった。
「どういうことだ! 国民だと!」
「そうでございます。七ヶ国から来たのは兵士ではなく国民と報告させていただきます。その…身なりが兵士には見えず、太刀や木刀も持たず、丸腰です」
「な、何故、国民が? なにがなんだかわからんぞ」
星明王は茫然としている。
「オー様ぁ、その国民ぁ有権党の支持者だ。その手紙に書いてあるだろぉ? 戦い方も知らねぇのに東王国を自分たちで守りたいっていう奴らだ」
星明王は崩れるように座った。
「前慶…お前には未来が見えるのか? 外国に抵抗できるのか?」
前慶はうなずいてみせた。
「わかった、国進党は…解散しよう」
国進党幹部達は驚いた。
「星明王様! 何を弱気な! これは前慶の策略に違いありません!」
「仮に策略だとしても七ヶ国の国民を動かすことなどできるか? 今までこんなことがあったか? 考えても見よ。私は国民に苦しい政治を行ったつもりはない。そうだろう、前慶?」
「その通りだぁ」
星明王はホッとした感じでうなずいた。
「私が考えた国民の保身案。どうやら国民が認めてくれなかったようだ。高山よ、私が出してきた法律に国民が逆らったことはない。だが、今回は七ヶ国の国民が来たのだぞ」
「星明王様、保身案は私が考えたものです!」
「高山よ、それを実行しろと言ったのは私だ。ならば私が考えたようなものだ。今、思えば保身など。安易な考えすぎたか」
幹部達はうつむいていた。
「オー様ぁ悪ぃんだけど…ついでで王を辞めてくれぇ」
幹部達は前慶を見た。
「お前は何を言っているのかわかっているのか! 無礼者め!」
高山は指をさして怒鳴りつけた。
「きっとぉ保身案を通しても、外国に支配されりゃオー様の意思とは関係なく強制的にその玉座から引きずり降ろされるに違いない。そうは思わないか、党首殿」
高山の腕が下がった。
「東王国大陸十一ヶ国のうち、七ヶ国がオー様の考えに反対した。国進党の法律決める時も半数が反対したら認められねぇ。そういう事だ」
「…わかった。言うとおりにしよう。王として無様な最後は見せたくない」
前慶はシルクハットを取り、胸に当てると深々と頭を下げた。