-太禅高王伝-
九龍組発足以前の歴史である。
「わしは高王を退くつもりだ。これからは若い力でこの国をよりよくしていくのだ」
年末に煌びやかな王の間で、玉座に坐したまま退位宣言をしたのはこの国の王様である洞淳高王である。ずらりと居並ぶ家臣達は驚きを隠せなかったが、洞淳高王もすでに高齢である。
「皆もわかっていると思うが、高王の位を継ぐのは息子の禅蕪だ」
禅蕪は洞淳高王の息子である。まだ二十歳である。
洞淳高王の退位宣言から年が明け、新年の挨拶に集まった家臣達が整列しなおすと禅蕪が洞淳高王の前に進んだ。禅蕪は豪華な着物を翻して家臣たちのほうを向くと、
「これから俺は太禅高王と名乗る事となった。そして新たにこの国を東王国の中心を意味する『王国』と命名する。今まで受け継がれてきた東王国はこの東側全ての大陸名とする! 俺はまだ若輩であるゆえ、皆の力を頼りにしていきたい。よろしくお願いする!」
家臣達は平伏した。洞淳高王は立ち上がり、玉座を空ける。
「禅蕪…いや、太禅高王よ、この国を任せたぞ」
「はっ!」
洞淳高王は準王という位に変わる。準王は新しくできた階級で、位は高王より下に位置する。だが、それは外見上のものであり、高王の父親であるのだから実権は高王以上である。
こうして年明けと共に太禅高王と王国が誕生した。
太禅高王は即位当日から実行した政策が、のちの世に改革と呼ばれるほどの功績を治めている。即位パーティーも小規模で行い、貢物や供物と呼ばれるものを極力排除した。
さらにすぐ取り組んだ改革は、減税・大奥の取り潰し・土地の開拓だった。
農業で栄えている東王国では国民から税として米を徴収している。しかし王宮では年末になると徴収した大量の米を縁起物として焼いていた。それを太禅高王は子どもの頃から見ていた。
「米がたくさんあっても、食いきらなければ意味がないではないか。一体何のために集めているんだ。本当に縁起は良くなっているか。街では食料がなく困っている人がいると聞く」
そんな思いもあり、米を税として取らず減税に取り組んだ。米を売るか食うかして農家が潤えばいい、国の基盤が潤えば国全体が潤うという考えだ。この改革に一番驚いたのはもちろん農民であり、大いに喜んだ。
大奥の取り潰しに関しては太禅高王が一人の女性だけを愛したからである。ここから一夫一婦の制度が東王国で主流になっていく。
そして二年をかけて階級制度の撤廃のために国進党の発足に至った。以前は十段階の階級があり、最下級が農民だった。現在では五階級以外の者は階級差がほぼ無くなっている。
五階級は、高王と国進党党首、三事と呼ばれる【人事・金事・物事】のそれぞれの頭領である。
高王は東王国全体を仕切り、国進党党首は高王により近い位置で三事を指揮し、国進党を指揮する者である。人事は皆に仕事を与え、金事は東王国の財政を司り、物事は建築や商業に関するモノを扱い、物事が一番大きい部署である。
だがこの階級制度に喜ばない家臣がいたことも事実である。簡単に賄賂を手に入れられなくなった奸臣達である。
ある日、王の間に洞淳準王が来た。未だに高貴な着物を着ている。太禅の着物は洞淳には劣るが身なりを正して高王として見劣りしない。洞淳が太禅の近くに座るとその身なりを見る限り、どちらの階級が高いのかわからなくなる。
「太禅よ、この度の階級改新はずいぶん派手だのう」
「父上、階級があってもそれが名前だけでは意味がないのです。子どもの頃から見ていましたが、その階級のせいで王宮内もギクシャクしていましたね」
「う、うむ。細かい階級だったからな。あれは我が父、東高王が決めたもので、変えられないままお前に座を譲る事となってしまった。わしには変えられるものではなかった…」
「階級制度は戦争の影響です。父上が西との間にあの壁を作ったおかげで、戦争は無くなりました。当時あった階級も戦争が無くなった今となっては不要なのです」
「確かにその通りかもしれん。わしがお前より若い時に、この大きな大陸の真ん中にあった大きな真国から東高王が独立した時に階級が一気に増えた。活躍した武将達に恩賞を与えると共にな。高王の位もその時にできたものだった。思えばそこの頃から階級差別が行われていた」
「戦後は簡単に恩賞を与える事ができませんから、上にいる者達が私腹を肥やそうとして賄賂がはびこるのです」
「…よいか、呂久家の望には気を付けろよ」
呂久望とは十階級制度の時に上位三番目にいた男で、賄賂で私服を肥やしていた。東高王の時代からいた者ですでに五十六歳である。
「呂久望ですか? なぜです?」
「東高王に怒鳴られていた男だ。今でも恨みを抱いているらしい」
「そんな…今でもですか?」
「わしが高王に即位した時には上位階級に置いたから、なんとか支配出来たものの今となってはその階級も剥奪された。今度はお前を恨むだろう」
「そんな男だったのですか。賄賂の中心になっていた事を知っていたので階級を剥奪したのですが。そんなに嫉妬深い者だったのか」
「お前のした事は間違っていない。だが注意しろ」
「はい、わかりました。父上のお言葉肝に銘じておきます」
「うむ。今日はそれだけを伝えに来たのだ」
ニコリと笑うと洞淳準王は出て行った。
国進党の発足して間もなく洞淳準王が病死した。
「呂久には気を付けろ…」
死の間際にも太禅に言った。太禅高王は呂久望を監視させるようにした。
その二ヵ月後。事件が起こった。王の間にて太禅高王が呂久望に刺されたのだ。呂久の私兵が王の間に誰も近づけなかったため、王の間には誰もいない。
太禅高王の腹には短剣が刺さっていた。
「呂久…なぜだ…」
「それは東高王が作ったこの国を乗っ取るためだ。東高王はすでに死んだからな。だから洞淳を殺した」
「父上を殺したのはお前か!」
「そうだ。時間がかかってしまったが、私の手で殺すことができた。お前もすぐに殺してやる」
呂久は短剣をもう一本取り出し、太禅高王の腹に刺した。
「…絶対に許さんぞ。一族の誇りにかけて許さん!」
「フフフ、死ぬ者が何をほざくか…」
さらに短剣を押し込んだ。
「必ず…殺してやる…必ず…」
高王は目を閉じた。
「フフフ、フハハハハハ! もう少しでこの国は私のものになる」
呂久は短剣2本を抜くと、笑いながら去った。
しばらくして高王は目を開けた。気絶しただけでまだ死んではいなかった。腹部は真っ赤に染まっている。
「この痛み、夢ではないか。父上、すみません。呂久がここまでとは…」
そこに一人の家臣が走ってきた。
「高王! 気を確かに!」
「む、お前は松山か…」
松山は高王の側近であり、秘書役のようなことをしている青年である。
「誰にやられたのですか!」
「呂久望だ、短剣で刺された…俺はもう駄目だ。奴を必ず殺せ。必殺の心を忘れるな」
ここから『必殺』という言葉が生まれた。
「俺の心は東王国と共にあり…、俺の意思があるうちは……」
太禅高王は何かを言い残して死んだ。
「高王! …必殺、必ず呂久を殺します! お守りください!」
太禅高王の死に、国は哀しみに包まれた。国葬の時には松山の眼には復讐の炎が燃えていた。太禅高王に跡継ぎがいなかったため、国進党党首が一時的に国を継ぐ事になった。国民たちは太禅高王の若すぎる死に泣いたが、その死因は階級を失ってもなお影響力のあった呂久望によって隠蔽された。
松山は秘密裏に太禅高王の復讐のために徒党を組み、機会をうかがっていたが呂久も徒党を組んでいたため、王宮では一触即発の緊張が続いていた。
ある日の夜、松山が帰宅したところを呂久の兵士が暗殺しようとしたが返り討ちにあった。兵士の刀が松山の目の前で止まり、その隙に返り討ちにした。松山は太禅高王が守ってくれたと言い、徒党たちを集めに走ると『必殺』の言葉をかかげて、深夜に呂久の家に討ち入りに向った。
呂久邸内は手薄だった。松山はもう死んでいるはずだったから守る必要もなかったのだ。しかし、突如現れた松山達によって混戦状態になった。
呂久望は寝ぼけたまま逃げることも出来ずに松山の前に引きずり出されると首をはねられた。
夜明けとともに松山は太禅高王の墓前にて呂久の首を備えると、その首は踏みつぶされたように潰れた。松山達は太禅高王が踏んだのだと言った。太禅高王は霊体となって常に松山達と共に行動していたのだ。幽霊や妖怪がまだ信じられている今、太禅高王の霊体も信じられた。
この後、太禅高王の功績を称え、太禅高王廟を設立。その式典の最中、天候が荒れ、太禅高王像が霧に包まれた。霧は像の口に吸い込まれていく。そして像の口が開くと、声が聞こえた。
「皆のおかげで俺の無念は晴れた。皆に恩返しするためにも見守ろう。殺人は哀しいことなのだ。俺の意思があるうちは東王国での殺人は許さん。壁が壊れるまでは見届けよう」
松山達も式典に参加していた者たちも驚いたが、それは空耳ではなく太禅高王の言葉だとして心に刻んだ。そして東西を隔てる壁は壊れることはない。永遠に見届けるといううことでもある。
王国では誰が高王になるか決めかねていた。だが太禅高王の妻が身ごもっていたため、子どもが生まれるまでは国進党党首が高王の変わりをした。
生まれたのは男の子であった。成人するまでは妻が高王になる事が決まったため、なんとか高王の血筋を絶やす事は免れた。松山は新たな高王の秘書役として職務を全うした。
太禅高王の死後、殺人事件は何度も起きたが加害者と加害者の一族が滅ぶ事で事件は毎回終わった。そのため本当に太禅高王が見守っているのだと思いつつも、一族が滅ぶ非情さから呪いとも言われた。
その呪いはまだ続いている。
記録のために残します。
メディア化のお話待ってます。