第2話「†|初 戦《trans form》†」
昼間に指を火傷しました、痛すぎませんか。焔属性とだけは戦いたくないよ
a. 変化
自分の欲望の為に平然と人命を奪い、幼い少女を執拗以上に痛め付ける悪魔の如き存在。
そんな男が今、目前でヘラヘラと邪悪な笑みを浮かべている。殺された人間の遺族は悲しみに暮れ心の底から笑えずに居ると言うのに....!
そう考えると緋美華の心に激しい怒りの炎が燃え上がり、戦うことの恐怖心すらも灰にしてくれる。
「馬鹿な事をほざきやがって、能力者だろうと関係ねえ。テメエにも地獄を味合わせてやる」
「よっ....と!」
イパの繰り出した容赦ない右ストレートを緋美華はバックステップで躱すと、今度は私の番だと言わんばかりにドロップキックを繰り出す。
「ぐっ、あああああ」
今度はさっきの様に防御が間に合わず、ドロップキックを顔面に喰らってしまったイパは悶絶する。
「よしっ、勝てる!」
緋美華は顔面を両手で覆いのたうち回るイパに人差し指を向けると、火焔弾を発射!
ゴスロリ少女とキスをした時に、どんな能力に覚醒しどんな技をどうやって使えるのか頭の中にインプットされたのだ。
「....っぶねえな」
残念ながらイパは、ゴロゴロと転がって緋美華の火焔弾を避けてしまった。
「むっ、避けないでよ」
「ざけんじゃねえ、避けなきゃ蒸し焼きだろうが」
さっきまで自分が居たコンクリートの上に穴が空き、そこからモクモクと黒い煙が立ち上っているのを見て、危うく俺がこうなる所だったとイパは冷や汗をかく。
「俺は女をいたぶるのは好きだが、いたぶられるのは嫌いなんだよ」
「自分がされて嫌なことを人にしちゃダメでしょ!」
緋美華は素早く回し蹴りを繰り出すが、今度は受け止められてしまう。
「ガキが歳上に説教か、あぁ?」
イパは緋美華の脚を掌で受け止めたまま、今まで幾多の暴漢やチンピラを震えさせて来た鋭い眼光で睨み付ける。しかし正義の怒りに燃える少女は屈しない!
「そのガキに説教されるような大人に何でなっちゃったの?」
「へえ、良い度胸じゃねえか....俺に刃向かった後悔させてやるぜ」
「っ!」
自分より年下の緋美華に煽られて更にキレたイパは、兄貴と呼んでいた雲井の姿に変身し、緋美華を驚かせた。
「その姿は....」
「驚いたか、俺は人間にも変身出来るんだよ」
「だからって強さまでコピーできるの?」
「当然だぜ、これは変装じゃなくて変身なんだからよ!」
ピュッと雲井に変身したイパの口から小さな針が発射された、この含み針は熊すら一撃で殺す毒が先端に塗られている危険極まりないシロモノだ。
「灼け落ちて!」
毒針は速くて避け切れず小さくて火焔弾で撃ち落とすのも難しい。イパは自分の勝利を確信していたが、緋美華がそう叫ぶと針は彼女の目前で焔に包まれ灰と化す。
「ちっ、だがコレはどうだ!」
「あうっ....」
くいっとイパが指を動かすと、使用者は違うが同じ糸で緋美華の体は再び絡め取られてしまった。何しろ見えない程に細い糸、避けるのは至難の技だったのだ。
「このままバラバラになちまえ」
「むむむ、えーいこんなもの!」
緋美華は強く念じて自分の体に焔を纏い、全身を束縛する糸を焼き切り逃れる事に成功した。
「バカな、この糸から脱出する奴が今日だけで二人も!」
今までどんな人間や動物でも逃れられなかった兄貴自慢の糸が短時間で、幼女と少女という一見すると非力に見える者達に破られたのでイパは驚愕せざるを得なかった。
「私の方が強いみたいだね」
「なら俺は兄貴よりもっと強い奴に変身するぜ」
「えっ、もっと強いってドラゴンとか怪獣とか?」
「やっぱりガキだなテメエは、もっと格好いい奴だよ!」
「気になるけど....させないよ!」
「おっと変身の妨害は御法度だろう?」
「きゃっ」
変身させまいと殴り掛かって来る緋美華に拾った石を投げ付けて怯ませ、その隙にイパは変身を終えてしまった。
「どうだ震えたか?」
「震えはしないけど、どうしよう」
緋美華はイパの変身したワンボックスカーを前に、どうやって倒そうかと頭を悩ませた。
「さあ来てみろ!」
「言われなくてもっ....うわ!」
頑丈で巨大な鉄の塊と化した今のイパには、緋美華の華奢な肉体から放たれる攻撃は全く通じず逆に痛みを与えられてしまう。
「こうなったら焔の力で!」
「いいのか? 確かにそうすれば俺は爆死する。だが此所で爆発すれば近隣住民も巻き添えだぜ」
「そんなの卑怯だよ....」
こんな狭い場所でガソリンに引火して爆発でもしたら、近隣住民に軽くない被害が出てしまう、誰かを守る為に誰かを傷付ける訳にはいかない。
「逃げる訳にもいかないよね。何とか被害を出さずに倒す方法を考えないと....あ、そうだ」
「死にやがれぇええ」
交通手段に使われるが殺人兵器として使用された場合、絶大な威力を発揮する車に変身したイパは緋美華を轢き殺そうと迫る。
焔を使えばガソリンに引火するし、蹴り止めるなんて無理だ。万事休すかに思えるが緋美華は対処法を思い付いていた。
「眠りし焔よ、今ここに目を醒まし噴き上がれ!」
突っ込んで来る車の下から、巨大な火柱を発生させる。すると車は一瞬で火柱に空中へ押し上げられて地上200メートル付近でガソリン引火による爆発を起こした!
「やった?」
いや未だ....燃えながら落下してくる破片達が空中で集合、人間の形を作ってから地上に着地した。
とは言え全身が焼け焦げ目の焦点も定まっていない、今こそ必殺のスカーレットキックを放つ時だ!!
「あちぃいよぉ、助けてくれよぉ」
(いくら悪い人でも殺しちゃうのは、怖い。だけど此処で倒さなかったら、きっとまた罪の無い人が犠牲になる....)
「....だから私はやる、罪のない人達の為に!」
悪とは言えど命を奪うのには躊躇いが産まれる。だがその躊躇いを捨てて覚悟を決めた少女は、地面に向けて指先から火焔弾を発射。その勢いを利用して跳躍し、高さ300メートルからの急降下キックをイパに浴びせる....!
「ぐっ、あ、あああああ!!」
緋美華の脚がイパの胴体を脚で貫く。この瞬間、彼女は確かに自分は人の命を奪ったのだと感じ心に針で刺されたような痛みが走った。
でも後悔はしない....超常的な力を持ったイパを法で裁くのはとても無理で、どこに捕らえても脱走してまた悪事を働くハズだから殺す他になかったんだ。
殺した男の亡骸を淀んだ瞳で見つめながら、緋美華は暫く繰り返し自分にそう言い聞かせるのだった。
b.
「勝ったね」
イパを倒した緋美華はゴスロリ少女の元へ駆け寄ると、彼女はぺたんと座ったまま顔を上げてそう言った。
「うん、それよりフードの子が言ったこと本当だったんだね、良かった〜」
実はイパと戦う前に、緋美華はフードの少女に救急車は呼ばなくて良いと言われていた。
理由を尋ねる暇はなかったので、とにかく彼女を信じてゴスロリ少女の血塗れの体を心配しながらも呼ばずにいたのだ。
実際に彼女は黒いので目立たないがゴスロリ服を血で汚しているものの、出血が止まり顔色も悪くない。
「治癒能力も兼ねた水の力があるから。不死身とまではいかないけど、この程度なら平気」
「能力って便利なんだね」
「そのフードは何者?」
「実は私にも分からないんだよね、謎だらけでさ。だからいま本人に直接聞いて....あれ?」
落ち着いたし色々訊ねようと緋美華が付近を見回してみるもフード少女の姿は何処にも見当たらない、ただ静けさを取り戻した夜の裏道があるだけだ。
「おかしいな、帰っちゃったのかな?」
「そいつ何か引っ掛かる」
「確かに怪しい人だけど悪い人じゃないよ、あの子のお陰で私は貴方を救えたんだから」
「ん」
そのとき背後から人間の気配を感じて、ゴスロリ少女は未だ奴等に仲間が居たのかと警戒するが、気配の正体は緋美華の幼馴染みである風見ひよりであった。
「無事だったのね!」
「あ、ひより....」
「ちょっと何よ、私の顔を見た途端にしゅんとして失礼ね」
「私ね、人を殺しちゃったんだよ」
確かに覚悟を決めて悪を討ったのだが、人の命を奪ったという事実には変わりが無いため顔を合わせるのが辛い。
「大丈夫よ、誰が何て言っても私はあんたの味方なんだから」
「あんたは罪のない人達を守ったのよ、超常的な能力を持った彼は法律で裁けない、捕らえたところでまた逃げて悪事を働いたわ」
「有り難う、やっぱり大好き!」
緋美華は涙を溢しながらも笑顔を浮かべて、ひよりに抱き付く。
「ちょっともう辞めなさいってば」
口では辞めろと言っているが頬を紅潮させていることと、口角が僅かに上がっている点から、ゴスロリ少女はひよりが緋美華に想いを寄せている事に気付いた。
「....分かりやすい」
「なに見てるの、用が終わったなら帰りなさいよ」
「羨ましくて」
「ははーん、もしかしてアンタぼっちなわけ?」
意地悪なひよりの質問に対し、ゴスロリ少女は黙って素直にコクコクと頷いた。
「親も友達もいない」
ゴスロリ少女の見た目は可愛いが暗い感じなので友達が居なくても不思議に思わないが、親まで居ないと言うのは普通の境遇ではない。
そして同じく親の居ない人物は私の近くにも居るじゃないか、ひよりは幼馴染の顔を窺うと当時の記憶を思い出したのか蒼くなっていた。
「親もって....」
「何者かに殺された」
「!!」
緋美華とひよりは顔を見合わせる。家族に捨てられたり失踪した訳でもなく殺されたなんて珍しいのに、境遇が被るなんて。
「緋美華....」
「だったらさ、私のとこで暮らそうよ!」
「えっ」
緋美華の提案にゴスロリ少女は驚く一方で、そう言うと思ったわよとひよりは溜め息を吐いた。
「実は私も両親を殺されちゃってさ....だから今独り暮らしなんだよね」
「とてもそうは見えない」
両親を失った、それも殺害されたと有れば何処か陰を感じさせるもの、しかし緋美華はそれを感じさせない程に明るく振舞っているのだ。
「本当は寂しいし悲しい日もあるけど、私には優しい友達がいっぱい居るから」
「....なるほど」
「ちょっと待ちなさい、食費とか水道代とか生活費嵩むわよ」
「だったら今までの倍頑張れば良いだけじゃん」
「あんたね!」
今でも平日は毎日、学校帰りに花屋のバイトへ行って頑張っているのに、その倍も頑張ったら文字通り体を壊してしまわないか....ひよりは緋美華を心配する余りに声を荒げてしまう。
「....もちろん家事ぐらいは手伝う、バイトも」
「仕事までしなくて良いって、今までずっと悪い人達と戦ってくれたんだから」
「ありがとう」
「気にしないで! ふふ、結婚した気分だよ」
「ぶっ!」
「キスをして同居。まるでふーふ」
そう言うと誤解が生じるが、キスした事に変わりはない。実際、事情を知っている上でひよりは緋美華にキスされたゴスロリ少女に嫉妬している。
「何よアンタ、ちょろすぎない?!」
ひよりは愛する幼馴染が別の女にキスだとか結婚だとか言うもんだから、すっかりムスッとしてしまった。
「私の為に命懸けて戦ってくれたから。貴方や他の人間なら私を見捨てて逃げたはず」
「当たり前でしょ、馬鹿でもない限り見ず知らずの夜中にうろついてる気味悪い幼女の為に自分の命を捨てて戦うなんてしないわよ!」
「口が悪い」
「遠回しに馬鹿って言われた!」
「実際あんた頭良くないでしょ、この前だって赤点だった訳だし」
平均点六十点の数学テストで十点。毎日ゆったりと勉強しているのにそんな点数を取るのが日常茶飯事、それを知っていれば緋美華の頭が良いとは誰も思わない。
「ところで名前を教えてくれないかな? 私は春野 緋美華って言うんだ」
「あ、こら現実から逃げるな!」
緋美華は残酷な現実から目を背けながら、いよいよゴスロリ少女に名前を尋ねた。
「....津神 水無。よろしく」
「えへへ、可愛い名前だね」
「ありがと」
「あぁー、私は風見ひより。一応よろしく言っとくわね」
これから緋美華と暮らすんだから嫌でも付き合いは長くなる、嫌々ながらひよりは気だるげに自己紹介した。
「貴方の名前は訊いてない」
「だから一応って言ったじゃない!」
「あははは、ふたりとも仲良くしなきゃ駄目だよ〜」
新しい仲間が出来た喜びと強大な能力を手にした不安、二つが入り雑じった複雑な感情を覚えながら、緋美華は夜空に浮かぶ月を眺めるのだった。
つづく
うちの子のイメージCV誰か考えてくれないものかなー