第13話「†軍 狼†《Armee Motte》」
やることが多いっす!
a.
誰もいなくなった観客席に座ってノートパソコンを操作していたヴォルフトは二つの激しい闘気を感じ、顔を上げた。
「戻ってくるとは良い度胸だな、誉めてやるぞ」
ヴォルフトは鞭を手に立ち上がると、激しい闘気を放ちながらやってきた二人の少女を鋭い目で見下ろして、冷酷な微笑を浮かべる。
それに対して水無は一瞬びくっと体を震わせたが、全く動じず真っ直ぐヴォルフトを睨み返す緋美華を見た刹那に震えは止まった。
「ヴォルフト、あなたの悪事もこれまでだよ!」
「今度こそ倒してボスの居場所を吐かせる」
「万が一にも私が敗北して居場所を知れたところで、あの方には勝てん」
驚異的な身体能力! ヴォルフトは観客席から緋美華たちの立つ一階へと跳躍した、なんとその高さは七メートルにもなるのだ!!
「まず私にすら勝つ確率はゼロなのだから、我が偉大なる総統に勝てる筈もない」
「ゼロどころか百パーセント私たちが勝つもん、正義は必ず勝つって昔から言うしさ!」
圧倒的な殺意を放つ存在が眼前に来たことで体から汗が流れるけど、一歩も緋美華は引かない。
「自分が正義とは傲慢だな!!」
ヴォルフトは目にも止まらぬ速さで鞭を振るい、緋美華と水無を攻め立てる。
「いたたたた、いたいいたい!」
「やっぱり、速い」
荒波の如き鞭の猛攻に緋美華は腕をクロスしてガードするしかなかった。ガードするとは言っても腕の皮膚は裂かれ出血しているので、ダメージは蓄積している。
水無も傷だらけになりつつ、緋美華を助けようと “水 刃“ を用いて鞭を切断しようと試みるが、あまりに速い鞭の動きを捕らえ切れない。
(だめ。速すぎる、こうなれば)
「傲慢なる地に立つ愚者を裂き、清き我が身を真紅に染めよ」
よって水無は液状化してその場から五メートル後退し元に戻ると、高速の鞭ではなく、それを振るうヴォルフト本人に三日月状の水で構成された刃、“水 刃“ を放った。
ちなみに詠唱の種類により威力の調整が可能で今の詠唱はかなり高い威力を発揮させるもの、少なくとも深海の水圧に耐える潜水艦すら真っ二つになる威力があり、人間が食らえば死は免れない。
「無駄な抵抗を!」
ヴォルフトは緋美華を苦しめていた鞭を地面に叩きつけ、コンクリートが捲り上がり高く宙に舞う程の衝撃波を発生させて“水 刃“ の軌道を逸らした。
「隙あり、だよっ!!」
鞭の猛攻が収まった今のうちにと緋美華は拳に焔を纏ってヴォルフトの懐へ突撃!
わずか二メートルのリーチと彼女の身体能力の高さから攻撃が当たるまでの時間は約二秒。普通なら咄嗟に防ぐことは出来ても避けることはできないが、ヴォルフトの強さは普通ではなかった。
「私に隙などあるものか」
緋美華の拳が自分の顔面を直撃する前に、腰のホルスターからルガーp08を引き抜いて彼女の脇腹を撃ち抜き、その髪よりも赤い血を吐かせる。
「げふっ!」
「今の緋美華の攻撃にも反応するのか」
「中々の連携ではあったぞ、相手が私でなければ倒せていただろうな!」
「くっ!」
水無はヴォルフトの嵐の様な鞭攻撃を潜り抜けて、緋美華の脇腹にそっと唇を当てた。
「はぁ、はぁ....ありがと。水無ちゃんが言ってた通り手強い相手だね」
脇腹の傷が治癒されても肉体疲労までは回復しない、緋美華は息を切らしながら水無の頭を撫でて礼を言った。
緋美華は決して油断している訳ではなく、水無を撫でているこの間に攻撃されても焔の弾丸でヴォルフトを返り討ちにする準備はできている。
「うん。能力使われてないのに、二人がかりで、劣勢」
「すぐに殺してしまっては面白くないからな、ジワジワと苦しめ絶望させてから殺してやるのだ」
そう言って下卑た笑みを浮かべながら、ヴォルフトは鞭をぶん回しながら緋美華たちに向かってくる。
「はあああっ、燃えちゃええええ」
迫り来るヴォルフトに対して緋美華は焔の弾丸を飛ばすが、高速回転する鞭に弾かれてしまった。
「うわっ、人間技じゃないよそんなの!」
いくら強いとは言え、そんなのアリかと驚愕しつつ緋美華は弾かれ返ってきた火の弾をサイドステップで回避。
敵には弾かれ、出した本人にも避けられた火の弾は、観客席まで飛んでいきベンチを炎上させる。
「ぶーめらん」
「ブーメラン? どうしたの急に」
水無の的確で冷静なツッコミを、頭が悪い緋美華には理解することが出来ず首を傾げた。
「....なんでもない」
「私を前にして漫才とは随分と余裕だな!」
「漫才っていうより、婦婦漫才」
「めおと?」
少し顔を紅潮させて、水無はヴォルフトの高速鞭攻撃・シャルゲイチェから地面に手から水流を噴射しロケットの要領で空中へと逃げてほくそ笑む。
この技は緋美華の必殺キックを思い出して産み出した技である。
「穢れし地の血を、荒い流せ....!」
そして空中から、今度は地面ではなくヴォルフトへと高圧水流を噴射、彼女の左腕を吹き飛ばすことに成功した。
「ぐおおおおーっおおお、先ほどまでより素早くなっているな貴様」
「やった」
能力を未だ使われていないのもあるが、かつて手も足も出せずボコられたヴォルフトの左腕を奪えたのだ、分かりにくいけど水無は嬉しかった。
「せやあああああ!」
「ぐぬほっ!?」
腕を奪われ隙ができたヴォルフトにへ緋美華は焔を纏った拳によるストレートパンチ....腹部に火傷を負わせる。
「このガキがっ!!」
「きゃああああっ」
ヴォルフトは火傷にも怯まず緋美華の腕を片手で素早く掴み上げ、勢いよく地面に叩き付けた。
「うぐああああああああ!!」
「なんてパワー....」
骨が何本か折れ激しい痛みに襲われながらも、ヴォルフトの追撃を避けるために緋美華は立ち上がり彼女から距離を取った。
「骨折も治せる?」
「どこ?」
「たぶん肋骨だと思う」
「わかった。治す」
「さすがに舐めすぎたか、ふん!」
水無が緋美華にキスをして治癒を行っている間にヴォルフトは力み、左腕から吹き出ていた血を、栓を詰めたかのようにピタリと止める。
「血が!?」
「我が能力により粛清してくれるわ!」
「緋美華。気を引き締めて」
「うん、油断したら終わりだもんね」
遂に恐ろしいあの能力を使ってくる、しかし覚悟はしていたし何より緋美華がいる、それが水無の闘う気持ちを支えてくれるのだった。
B.
「ヤバい能力なら、使われる前に倒しちゃえば....!」
緋美華は右脚に焔を纏って地面に焔を発射し跳躍、八メートルの高さからの急降下キックをヴォルフトに放つ。
「小癪な!」
「させない。切り裂け、水刃」
ヴォルフトは緋美華の脚を絡め取ろうと鞭を伸ばすも水無が放った水の刃にて切断された、速さは中々のものだが強度は並みだったようだ。
「終わりだよっ!」
さて緋美華のキックがヴォルフトに炸裂するまであと三秒のところ、流石に勝ちだと水無は勝利を確信した!....のに。
「あがっ!?」
いきなり額から出血したかと思うと、緋美華はヴォルフトの数センチ手前で地面に落下してしまった。
「緋美華....うああっ」
水無も背中にたくさんの風穴が空いたかと思うと、それらから血を流してガクンと膝を地に着けた後に倒れる。
「さてと、餌の時間だ」
切断され使い物にならなくなった鞭の代わりに、ヴォルフトは軍用のホイッスルを鳴らし黒き僕どもを呼び出した。
「食べる」
「わーい、餌の時間だー!」
現れた黒狼たちは涎をダラダラ垂らしながら、倒れた水無を囲んでグルグル回ってヴォルフトに食事の許可が出されるのを待っている、緋美華より先に彼女を食べたいようだ。
「ここまでか」
能力を使用する力すら体に入らない、水無は全てを諦めて瞳を閉じた。
「ゆけいっ、食い殺してしまええええ!!」
「いただきまあああああす」
ヴォルフトが許可を出した瞬間に、黒狼どもは涎を垂らして舌舐めずりしながら勢い良く水無へ一斉に飛びかかる。
....グシャリ。
「あっ、があっは」
「!」
柔らかい物に鋭い刃物が突き立てられる様な音に、水無が瞳を開けると、額から血を流し苦悶の表情を浮かべる緋美華の顔があった。
彼女は水無を庇って背中と二の腕、膝裏を黒き獣の牙に貫かれている、焔を纏って獣どもを焼き殺すことも可能だが、水無に焔が燃え移りかねないのでそれはできなかった。
「貴様から喰われたかったか、なら先ずそいつから食らえ」
「了解であります!」
「あっ、ぎっ、あ、ぎゃあああああああああああ」
....ぶちり、ばりばり、ずるり。
黒狼どもは噛み付いた緋美華の部位を食い千切り、ムシャムシャと美味そうに咀嚼した後、一斉にごくりと飲み込んだ。
「ひっ、緋美華ああああああああ!!」
体をピクピクと痙攣させながら緋美華は水無の上に倒れてしまった、このままでは彼女は黒狼達に骨まで食い尽くされてしまう。
流石に跡形も無くなれば治癒なんて無理だ....水無は自分の死ではなく緋美華に死が直ぐ側まで迫っていることに恐怖し涙を流す。
「いっ、いや、食べるなら私だけにして」
「安心しろ両方食うぜ食うぜ」
「ふふふ、液状化して逃げれば貴様だけは助かるぞ?」
無理だ、今の水無には能力を使う体力は残ってないし助けてくれた緋美華を見捨てて逃げるなんて出来ない。
「泣かないで水無ちゃん、私はまだ諦めてないよ」
「....緋美華」
全身血塗れで、ところどころ骨が露出しているレベルの大ダメージを受けつつ、緋美華は水無に笑顔を見せた。
もう駄目だと思っていた水無に希望が舞い戻る....大好きな人の笑顔が見れたから、理由はそれで十分だ!!
「諦めの悪い女はモテんぞ? 地獄で色恋沙汰に現を抜かせるかは知らんがな」
冗談を言い終えたヴォルフトはそろそろ終わりかと、僅かに寂しさも交えた邪悪な笑みを浮かべる。
「下僕どもよ、さあ今こそ....!?」
ヴォルフトが下僕に緋美華のトドメを刺させようとした、その刹那。
ーーーーゴガアッ!!!!
凄まじい音が頭上から聞こえてきたかと思うと、地下に有るため床でもある天井に大きな穴が開き、そこから巨大な斧を片手に持った金髪の美少女がズドーンと落下してきた!
「げほげほ。んんっ、悪党め、貴方の悪事はそこまでですわよ!!」
金髪美少女は頭を擦りながら立ち上がり、悪の群れへと勢い良く吼えた。
「この声....諦めないで良かったよ」
「まさか助けにくるなんて」
「地上に舞い降りし正義の女神、金城 沙雅ここに参上でしてよ!」
決まった!と金城はドヤ顔を浮かべ、ヴォルフトだけでなく狼たちや水無まで....緋美華を除くこの場所にいる者全てをイラつかせた。
「うわあ」
「舞い降りたってか落ちたよな。たん瘤あるし」
「にくー!」
「黙らっしゃい!!」
金城は手にした巨大斧・ゴルアクストを回転しながら投擲! よってゴルアクストは巨大回転ブーメランとなり一気に多数の敵を葬れる。
これぞ彼女が編み出した必殺技・ゲッ....スピントルネードエレガントアックスである!!
「グエーッ!」
「わおん!」
「あががが!」
金城をバカにして油断にしていた狼達は、次々と巨大ブーメランと化したゴルアクストに刈られ悲鳴を上げながら霧散していき....
「無念なり!」
....一応は噛みつきなどで抵抗しようとしたものの、スピントルネードエレガントアックスには太刀打ちできず、遂に一匹も残らず全滅してしまった。
「雑魚の始末は終わりましたわ」
回転しながら戻ってきたゴルアクストの柄をキャッチして、金城は澄ました顔でガッツポーズ。
「久しぶりだな」
自分の配下が全滅したと言うのに余裕の態度を崩さず、ヴォルフトは金城に獣のごとき眼光を向ける。
「だらしのないお二人に代わって、私が貴方に引導を渡して差し上げますわ!!」
ビシィーッ、と人差し指で金城はヴォルフトを指差して処刑宣告! 悪の道に進んだとは言えど、かつての友に容赦が無いなと呆れながらも、ヴォルフトは興奮していた....
「人を指差すのはマナー違反だとあれほど教えたのに、まあ良い、お前には死よりも素晴らしい末路をくれてやろう!」
....自分の知る限り最もプライドの高い女・金城を屈服させて自分の奴隷とし、最高の屈辱を与えられる....ずっと待ち望んでいたチャンスがやってきたのだから。
つづく
こういう展開やりたい!みたいなの思い付いてもやれるのはかなり先だったりしませんか