第11話「†満月†《Vollmond》」
眠たいなか絵を描いたらあれっすね、ただでさえあれなのに〜
a.
月が闇を照らし、虫と蛙による合唱が聞こえてくる草むらの中を私たちは走っていた。夜は運動するのに気持ちいい風が吹いてくれる、でも今吹いている風は湿っていて気持ち悪い。
「あそこから逃げるのは二度目だ、俺は強くなってなんか無かった....」
私たちと一緒に地下闘技場から逃走中の学ラン姿の女の子、名前を真倉さんって言うらしい彼女は、腕に抱いた筋肉モリモリのお爺ちゃんの顔を見てサングラスの下から涙を伝わせる。
....お爺ちゃんは死んでいた。
話に聞けば真倉さんのお爺ちゃんじゃなくて私がいま背負っている鴎子ちゃんのお爺ちゃんだとか、その鴎子ちゃんも両手足の爪を剥がされちゃってて痛々しい。
「もっと早く来ていれば....ごめんなさい」
「謝る必要なんてねえよ、お前らは助けてくれたんだから」
「寧ろ、私達は感謝されるべき」
「もちろん感謝してるさ、逃げ切れたら焼き肉でも奢ってやるよ、はは」
なぜか何時もよりむすっとした態度の真倉さんは力無く笑う、かなり精神を消耗しちゃってるみたい....早く休ませてあげなきゃ。
「お陰であんな危険な奴と遭遇する羽目になった」
水無ちゃん、なんか苛ついてる?
「あんな奴って、あの軍服女のこと知ってるわけ?」
一人だけ息を切らしてるひよりが最後尾から水無ちゃんに訊ねる、勉強やゲームも良いけどもっと運動しないといけないね。
「過去に一度だけ、戦ったことがある」
「何だって、この爺さんすら瞬殺したヴォルフトと戦って生き延びただと!?」
「今の能力に目覚めてなかったら、死んでた」
「どういうことだ?」
「水無ちゃんには治癒能力があるんだよ」
「正しくは水を操る能力、だけど」
あう、細かいなぁ。
「敵に回したくないな、で、ヴォルフトと戦ったことあるなら奴について詳しく教えてくれないか」
金城さんの報告によると、トーナメントの観客は疎か参加者にも主催者である人間....話からして名前はヴォルフト、の詳細は知らされてないらしいから真倉さんが知らないのも仕方ない。
「簡単に言えば悪の組織の幹部」
「そして私の旧友ですわ」
「きゃあああああああ!」
突然の金城さん登場に、みんな....特にひよりなんかは絶叫するくらい吃驚して足を止めた。暗い森の中だから、もう慣れたつもりだった私もちょっとだけビクっとしちゃったよ。
「見つかったらどうするの」
「いたっ、悪かったから! 足踏むんじゃないわよ」
「ちょっと風見さんに何てことしますのこの小娘!」
「わっ」
げしげしとひよりの足を踏みつける水無ちゃんの首根っこを、金城さんは片手の指で摘まみ上げちゃった!
水無ちゃんは小柄とはいえ三十キロあるのになぁ、金城さんって可憐な見た目とは裏腹に怪力なんだね。
「あんたはあんたで驚かさないでよ、心臓が止まるとこだったじゃない」
「申し訳ありません....たったいま用事が終わり、風見さんが心配で来てみれば知った名前を聞いたものですから。ああ、しかし風見さんが無事で良かったですわ」
降ろして、私は猫じゃない。とジタバタする水無ちゃんを放り投げて、金城さんはひよりの胸にすがりつき、ハンカチで涙を拭う。
「状況を考えなさいよ」
「まあまあ、たぶん此処まで逃げてれば大丈夫だし休憩しても良いんじゃないかな?」
ひよりは強がって言わないだろうけど一目で分かるくらい疲れていたから、私から休憩を提案してみる。
「追ってくる気配はないし、二人にはヴォルフトについて詳しく教えて貰わないと」
「それにみんな疲れてるし仕方ないわ、休みましょう!」
仕方ないって割には嬉しそうだよひより、みんなお前が言うのかよって目線送ってるのには気付かないと良いな。
「わかった」
「では早速ワタクシから話しますわ、曾ての友ヴォルフト....いえルガル・ガルニエについてを」
うわっ、覚えにくい名前だなぁ。
「それが奴の本名か!」
「私も初めて知った」
「まず彼女と会ったのは....」
金城さんは目を閉じ、胸に手を当てて昔を語り始めた。
B.
奴と....金城 沙雅と会ったのは、私がまだ祖国・ドイツでグルントシューレにて学生をしていた頃のこと。
金城は暑い夏の日に日本から留学にやってきたのだが、私は彼女の自己紹介内容を覚えてはいない、金色に輝く髪と琥珀色の瞳に魅入られていたからだ。
そして運の良い事に教師は金城を私の隣に座らせた、説教ばかりでうるさいヤツだと思っていたがこのときばかりは彼に感謝した。
「Beste Grüße、ですわ!」
金城は隣に座って直ぐにドイツ語で挨拶をしてきたが、私は既に日本語をマスターしていたので少し頬を緩めてしまう。
「日本語で構わないよ、私は日本が好きでね、いつか来日するために勉強してるんだ」
「あらま、やりますわね」
「それはどうも....私はルガル・ガルニエ、よろしく」
金城も私と同じく生真面目な性格だったので、その日から意気投合し親友と呼べる存在になるまで時間はかからなかった。
親友となった私と金城は休憩時間に世間話をして、休日は彼女の別荘で一緒に遊ぶ楽しい日々を過ごしていた....あの冬の日までは。
「これで五勝六敗、あと一回勝てば互角ですわ!」
「まさか私が試験の点数で五回も負けるなんてな」
「あら、それを言ったらワタクシだって六回も負けてますのよ?」
休憩時間....教室に置かれたストーブの側で試験の点数で勝負をしていた、その時だった。
「お前がルガルか!」
教室の中に軍服を着た中年男性が入って来たのだ、金城を含むクラスメイトはみな固まっている。
この威圧感は半端ではない、子供である彼女らが怯えるのは仕方がないこと、私だってただ頷くことしかできなかった。
「そうか、あのフードの女が言っていた能力者はお前か」
「能力? なんのこと!?」
「さあ来い、貴様の力で馬鹿なテロリストどもを皆殺しにするんだ」
「ルガルを離しなさい、さもなくばお母様に言って貴方を消してやりますわ!」
「無駄だな、どれだけ金持ちだろうとあの子には勝てんさ」
「きゃああああああああ!!」
「金城!」
親友を片手で吹き飛ばし気を失わせた男性を睨むが、まだ幼かった私は内心では戦慄していた。
「既に情報料の100万ドルは払ったんだからな、来ないならクラスメイトを皆殺しにしてやる」
「うっ....わかった」
親友を自分のせいで殺されたくはない....こうして私はツークシュピッツェに作られた秘密基地へ連れて行かれ、厳しい軍事演習の日々を送らされていたが、満月が嘲笑うあの夜、能力に目覚めた瞬間、辛い日々は終わった。
「前に能力の兆しが見えた日は満月、そして目覚めた今宵も満月」
私を連れてきて軍事演習を施したブラドッグ大佐、彼の言うとおり初めて能力の片鱗を見たのは満月の夜。
能力には代償か条件、はたまたどちらも必要になるらしいが私の能力は満月が出ていることが使用条件らしい。
「つまり私は満月の日以外は役立たずというわけだな」
「十分だ、貴様の能力なら一晩で戦争は終わる」
「本当にそれほどの力があるか確かめさせてもらうぞ」
「げっ」
私は試しに能力を使用、脳天に銃弾を貫通させてブラドッグ大佐の命を奪った。あの百戦錬磨の彼がこんなに呆気なく死ぬとは。
「ああっ、ブラドッグ大佐!!」
「よくも今まで鞭を打ってくれたな、そのお返しだ」
「なんてことを!」
「血に飢えた狼の諸君、貴様らは今日からこのヴォルフト大佐の犬だ!」
「貴様あ!」
「よせ」
部下の軍人どもが一斉に銃口を私へ向けてきたとき、返り血まみれでワールフ少将が現れた。
彼は高齢ゆえに細い体つきながら格闘・射撃・作戦指揮能力、すべてにおいて優秀な男だ。
「少将!なぜ」
「我々に必要な存在だからだ」
「ぎゃああああ」
少将が手を翳すと部下どもがみんな黒い狼と成り果てた、赤い目を爛々と光らせて中々に気味が悪い。
これが少将の能力か、下手をすれば私も狼に変えられてしまうかも知れない、気を付けねば。
「今日から彼らがお前の部下だ、好きなように使え」
「了解」
「では大佐....やつらを殲滅しにゆくぞ」
「ハッ」
初めての実戦、大規模なテロリストとの戦いは呆気なく私が勝利を収めてしまった。
あの殺戮は気持ち良かったと今でも覚えている、あの日から私は毎日一人は殺さないと気が済まなくなったのだ。
偉大なる総統により、この黒き血に引き抜かれるまでの数年間、戦争で数万人は殺したがまだ物足りないな。
「懐かしい名前を聞いてつい昔を思い出してしまったわ、ふふふ」
かつての友を屈服させ、拷問して苦痛に歪む顔を堪能させて貰うというのも良いな....いや、彼女だから良いのだ。
金城 沙雅、お前の苦しみもがく姿はきっと世界中の誰よりも美しいものになるはず、必ず捕まえてやるぞ。
c.
「....連れていかれたあと、彼女は紛争や戦争で活躍していましたが、二年前に姿を消したそうですわ」
金城による回想は終わり、無理矢理連れていかれ、戦争に参加させられるのは敵ながら可哀想かもしれない....許す理由にはならないけど。
「あの女にそんな過去があったのかよ!」
「実績を出して、黒き血の幹部に昇進したわけか」
「黒き血ってなあに?」
緋美華が顎に指を当てて首を傾げる、かわいい。
「私が戦っていた組織、冷酷かつ非情。ある程度の構成員は倒したけど....」
「ヴォルフトが出て来てボコボコにされたわけね」
「それでまんまと手を引きましたの?」
イラっ。むかつくけど本当のことだから言い返せない、今もこうして逃げているわけだもの。
「笑えば」
「笑わないよ水無ちゃん、誰だって殺されそうになった相手は怖いもん」
「ありがと」
思わず緋美華にぎゅっと抱きついたら頭を撫でてくれた、あったかくて気持ちいい....心がぽかぽかするよ。
「よしよし、もう二人とも! いじめなんてカッコ悪いよ?」
「別に私はいじめてなんかないわよ」
「風見さんはそんなことしません、寧ろ助けて下さる方ですわ!!!」
「う、うぅん」
金城が鼓膜破けるかと思うくらいの大声を出すから、緋美華の背中でぐったり寝ていた鴎子が目を覚ました様子。
「起きたか鴎子」
「あっ、お爺ちゃん!」
「あわわっ」
目を覚ました鴎子は緋美華の背中から勢い良く飛び降りてお爺さんの亡骸に駆け寄った。
それは良いけど、そのせいで緋美華が驚いて転倒してしまった....草むらの中だから良かったけどコンクリートの上だったら緋美華は怪我してる!
「ふーっ!」
「私は気にしてないから威嚇しないで水無ちゃん、今はあの子たちだけの空間を作ってあげよう」
「アンタもたまには良いこと言うじゃない」
「たまにはってなにさー!」
「はあ、風見さんと一緒に早く帰りたいですわ」
「あはは....」
風見ひよりはあまり好きじゃないけど、大金持ちに色んな意味で狙われるのは怖いだろうなと少し同情する。
「すまねえ、俺は何もできなかった」
「お爺ちゃん、うわああああん!」
祖父の死に泣き崩れる鴎子の体を真倉は泣きそうな顔で優しく抱きしめる、緋美華はそれを見て拳を強く握りしめている。
これは彼女が何かを決意したに違いない、まさかヴォルフトと戦うつもりじゃ?
「ヴォルフト....どれだけ強くたって私は絶対に貴方を倒して見せる、水無ちゃんゴメンね、私は逃げるのを辞めるよ」
「!」
やっぱり緋美華は優しくて正義感が強いから、誰かが悪い奴のせいで悲しんでる現実から逃げられないんだ。
「逃げ切っても彼女いる限り罪のない人達が犠牲になる、だったら倒さなきゃ」
「緋美華の言う通りよ、それに今はあんた一人じゃないでしょ」
良いこと言ってるけど、どや顔はむかつく。
「あなたは来ないで」
「まさかの戦力外通告!?」
「出会っていきなり、急所に銃弾ぶちこまれて即死の可能性がある」
みんな、ごくりと息を呑む。私がやられた時もいきなり口の中に銃弾が現れたんだ....防御のしようがなかった。
「だから治癒能力がある私と、私が治癒できる緋美華だけで行く」
「本当に大丈夫なんでしょうね、死んだりなんかしたら!」
引くぐらい分かりやすく緋美華を心配してる、あんな話を聞いた後だから余計にか。
「生きて帰るよ、がんばる! じゃあ早速もどって....あ、財布が落ちてる! 交番に持ってといてひより」
「わかったわ」
風見ひよりが財布を拾おうとしたときだった、しゃがんだ彼女の後ろ髪が数センチ程度ひらひらと地面に舞い落ちた。
「きゃああああ、私の髪がああああ!」
「ああああ風見さんの綺麗な髪がああああああああ!!」
「なんであんたのが狼狽えてるのよ!」
「奴の刺客が近くにいるのか」
切り口から見て明らかに風見ひよりの後髪は何者かに切られている、まさか私が気配に気付けないなんて、ただ者じゃない。
「かがんでなかったら、髪の毛どころか頭を切り落とされてたな」
「怖いよぉ」
「大丈夫だ、俺が守る」
真倉が涙目で胸にすがりつく鴎子を抱き締める、話では最近までいじめっ子といじめられっ子だったらしいけど、とても信じられない。
「萌音のヤツここまで来てやがったのか、お前ら、ここは俺に任せて行ってくれ」
「ワタクシは風見さんを守りし、そしてたっぷり敵にお仕置きしますわ!」
「私も戦うわよ、守られてるだけなんてもう嫌なんだから!」
「気を付けてね、みんな!」
「任せなさい、アンタこそ絶対に無事に戻って来なさいよ! 別に心配してるわけじゃないからね!」
「心配してくれてありがと、じゃあ行こうか水無ちゃん!」
「うん」
「だから心配なんてしてないわよー!」
緋美華と一緒に戦えると思うと、さっきまで心を蝕んでいた恐怖心が綺麗さっぱり消えた。前より強くなったしもう一人じゃない、きっと、どんな相手にだって勝てるって勇気が沸いてくる。
自分でも驚いてる、根拠はないのに、かなり強い相手なのに、二度目の敗北はないって確信していることに。
つづく
透明化は好きな怪獣やヒロインの能力ッス