第1話「†点 火†《encounter》」
赫蒼の殲滅者があまりにもノリ重視し過ぎてやりたかった展開とかけ離れてしまったので、ちょっとやり直します。
滅茶苦茶上手い挿し絵イラストを描いて下さりましたのはkaL様。ありがとうございます!!
俺の描いたあまりにも落差のある低くおりちー挿し絵はスルー推奨ですがね。
まあ展開が前と同じな所あるけど基本的に違うとこばっかなのでよろしくお願い致します。
a.
「嘘だよね....?」
2016年3月21日午後4時44分....O県伊須郡亜神町に住む卒業式を終え帰宅したばかりの女子中学生、春野 緋美華はリビングにて放心し立ち尽くしていた。
喉の渇きで目を覚まして、ジュースを飲もうと二階の自室から降りて来たら、顔と胴体が分離した両親の亡骸が、床一面に広がる血の上に横たわっていたからだ。
「どう見ても殺されてるよね、これ。あはは、あ、お姉ちゃんは!?」
両親を殺害した犯人が逃げないで今も家の中にいる可能性がある事に気付き、姉である春野 紅鴉の安否が心配になった緋美華は、動悸に耐えながら全速力で彼女の部屋に向かう。
紅鴉は高校生では有るが、妹と違って成績があまりに優秀なので此の時間には既に帰宅している。
そしてインドア派なので全く外には出ない、そんな彼女がもし部屋に居なければ両親を殺した犯人に拐われたか殺害された可能性が高くなるのだ。
「お姉ちゃん....!?」
緋美華がドアを蹴り開けて部屋に飛び込むと、紅鴉ではなくベッドに腰掛けて脚を組む、白いフードを被り黒い手袋を嵌めた人物の姿があった。
「....まさか貴方がお父さんとお母さんを殺したんですか」
「残念でした、違いまーす。味方だよ味方」
黒いタイツを履いているのを見て女性だと推測はしていたが、声を聞いて確信した。
顔は隠していて分からないが此の人物は女....しかも自分と同じぐらいの年齢だと緋美華は気付いて、少し緊張を弛めてしまう。
「本当に犯人じゃないの?」
「疑うなら証拠見せてあげるよ!」
そう言うとフードの少女はポケットから赤黒いナイフを取り出し、目にも止まらぬ速さで緋美華の脇腹に突き立てる。言ってる事とやってる事が全くの真逆だ。
「きゃっ!?」
混乱していたとは言え早急に警察を呼ばず、自分と同じくらいの年齢だから本当に犯人では無いのかも知れないと、不審人物相手に油断して刺されるなんて....緋美華は自分の迂闊さに呆れることしか出来ない。
「やっぱり、あ、貴方が犯人....」
「だから違うってば、脇腹見てみ。さっき私が刺したとこ」
「え?」
言われた通りに緋美華が脇腹を見てみると、不思議な事に傷も無ければ血も出ていなかった....確かに刺された痛みは感じたのに。
「どうなってるの?」
「後は運命の少女と交われば仇を討つ力を手に入れられる。何年後になるかは分からないけど」
「仇を討つ?」
「大事な人を奪われた者は、奪った奴の命を奪う権利がある。法律はそれを許してないけど、私が貴方を許すよ」
確かに犯人は憎いが、警察に逮捕されて然るべき罰を受けて償って貰えれば十分、緋美華は自分で直に手を下すなんて考えもしなかった。
「私が人を....あ、あれ」
いきなり強い眠気に襲われ、カーペットの上に倒れてしまった緋美華に、フードの少女はまたね〜と笑って手を振ると、窓から飛び降りて姿を消すのだった。
「緋美華!良い加減に起きなさいよ!!」
「ううっ、ひより?」
激しく揺さぶられたことにより緋美華が目を覚ますと、幼馴染である風見ひよりが泣きながら自分の顔を覗き込んでいた。
「やっと起きた! まったく心配掛けないでよ」
「ここは....」
「病院よ。悲鳴が聞こえたんで行ってみたら紅鴉さんの部屋で倒れてたから私が救急車呼んであげたの、感謝しなさい」
確かに、いま緋美華が寝ているベッドにはナースコールがあるし、側には床頭台が設置されているので間違いなく病院だ。
ちなみに服装も制服からパジャマに変わっている。これは汗びっしょりになっていたので、検査後すぐにひよりが着替えさせてくれたのだと本人では看護婦さんの口から聞かされた。
「ありがとう....あ、あのさ、お父さんとお母さんは?」
「そっ、それは」
言葉に詰まる幼馴染に緋美華は察した、矢張あの凄惨な光景は残念ながら夢ではなかったのだと。
「....お姉ちゃんは? 気を遣わないで本当のこと教えて」
「行方不明よ、警察は犯人に連れ去られた可能性が高いらしいわ」
「そうなんだ....言い難いこと言わせてゴメンね」
「別に謝らなくたって!」
プライベートで少なからず付き合いがあったとは言え、春野夫婦の死体を見たとき、他人である自分ですら吐き気を催し絶望せずには居られなかった。
それを家族である緋美華が見てしまった、彼女の心には深い傷が付いてしまったに違いない....だから気を遣わせたくはないと、ひよりは思った。
「....私これからどうしたら良いのかな」
両親を失い、姉も消え、涙すら流すことも出来ずに呆然と窓から青空を眺める緋美華。
そんな彼女の姿にひよりの心は激しく痛み、どうにか助ける方法が無いかと腕を組んで考える。
「あっ、そうだわ。私の家で暮らしましょう?」
「でもアルバイトしても足りないよ」
「家賃とか要らないって、無償よ、無償!!」
「そんなの悪いよ....また犯人が私を狙って来るかも知れないし」
緋美華は前に家計が火の車だと風見夫婦が会話しているのを聞いた事がある。それに加え生活費が一人分も増すような事になれば、気を遣って口に出さないにしても風見家の人達は困ってしまうだろう。
「だったら一人じゃ余計に危ないでしょうが!」
「....けど!」
互いを思いやる故の虚しい口喧嘩が起こりかけた、その時だった。
「お話は聞かせて貰いましたわ! 後は私に任せなさい」
病院であるにも関わらず大声を出しながら、緋美華の部屋にキラキラしたドレスを着た金髪の女性が入ってきたのは。
彼女の名は金城 沙雅、簡単に紹介すると金持ちのお嬢様。“一応“ ひよりと緋美華の友人である。
「きゃっ、ビックリした!!」
「風見さんのある所に私ありですわ」
「ただのストーカーじゃない!」
「もう風見さんってば人聞きが悪いですわ。とにかく春野 緋美華、不本意ですが貴方の自宅にボディーガードを付けさせますわ」
じと〜っ....と冷たい目をひよりに向けられてもノーダメージどころか、更にテンションが上がって行く。
「あ、ありがとう金城さん」
「私からも礼を言うわ。でも珍しいわね、アンタがこの子の為に動くだなんて....」
沙雅は風見に好意を寄せているから、風見と何時も一緒にベッタリくっ付いてる緋美華に対してあからさまな敵意を向けている。だから今回、彼女が緋美華に救いの手を伸ばすなんて風見は思わなかった。
「別にワタクシは貴方なんかと風見さんを一つ屋根の下で過ごさせたくないだけですから。というか最初から私を頼って下されば良かったのに」
「あー....アンタは“春野さんの為に何かするなんてお断りですわ!“ って言いそうだったから」
「う。とにかく、お金は自身で何とかなさい! そこまで甘くは無くてよ」
「でも学費だけでも出してあげられない?」
緋美華は一昨日に中学校を無事に卒業し、自分が勉強を教えた事で何とか高校受験にも受かったのに学費が払えないから辞退せざるを得ないなんて、ひよりは納得できないようだ。
「働かざる者貪り食らうべからずですわ。まあ風見さんが其処まで言うなら私の元で働く事で給料代わりに学費出してあげても良くってよ」
「ありがとう、わたし頑張って働くよ!!」
さっきまで暗い顔をしていた緋美華は笑顔を浮かべて金城を抱き締める。仲間に気を遣わせるのは申し訳ないと考え、何時も通りに明るく振るまう事にしたのだ。
「ああ鬱陶しい、抱き付くんじゃありませんわ!!」
「ぐぬぬぬぬぬぬ。ちょっとは元気になって良かったわ」
「なんで怒ってるの?」
「貴方が私にくっ付くからですわよ」
「違うわよ、別に怒ってないし!」
「あははは、もう、どう見ても怒ってるじゃん」
家族はもう居ない....けれどこんなに愉快な仲間達が側に居てくれる。それだけで緋美華の心を支えとなり、彼女が笑顔を取り戻す理由となるには十分だった。
「あんたはやっぱり笑顔が一番ね....でも無理しちゃ駄目よ」
「貴方が笑わないと風見さんの笑顔が見れませんわ、だから無理してでも笑いなさい!」
「ふたりとも言ってる事が真逆だよ....うん、有り難う」
「ここは病院ですよ、静かにしなさい!」
「あう・・・・ごめんなさい」
少し良い雰囲気だったのに三人は看護師さんに叱られてしまった、どんな時でも病室で騒ぐのはマナー違反だから仕方ない。
とにかく一週間後に緋美華は退院し、犯人がまた来ないように監視が付けられ、沙雅から学費を貰う代わりに彼女の下でアルバイトをすると言う、今までとは全く違う日常が始まるのだった。
第1話「点 火」
b. 人形撃
2018年4月13日午後7時45分....新人OLの緑山 花子は残業を終え帰宅する為に人気のない夜道を恐怖心を伴って歩いていた。
恐怖の理由は、会社を出て人気のないこの路地裏に足を踏み入れた頃だったか、背後から視線を感じ始めたからだ。
視線の正体がストーカーだと考えた彼女は、反応したら危ないと感じて視線に気付いてからも敢えて振り向かず、速度を変えないまま歩き続けている。
(お願い、家までは何もなく帰して....)
「何を無視してやがんだ、テメエ!!」
緑山の思いも虚しく、あと数分で自宅に着くという所で視線の主が怒鳴り声をあげた。
「えっ!?」
背後から怒鳴られたことで緑山が反射的に振り向くと、其所には世にも恐ろしい表情で包丁を持って立つ日本人形の姿が!
「きゃああああああああ!!」
絶叫を月夜に轟かせると緑山はコンクリートの上に倒れて動かなくなる、恐怖の余りショック死してしまったのだ。
「くくく! 成功だぜ」
「上手く行ったなあ」
緑山が死ぬと同時に電柱の陰からスーツ姿の男二人組・雲山とイパが姿を現し、彼女の死体に近付いて全身を舐め回すように見て悪魔のような微笑を浮かべた。
「商品は俺の操り人形にビビって死ぬ。当然、刺された訳でも殴られた訳でも無いからキレイな体のままでなあ、くくく」
「都合の良い能力が発現したもんだなあ、羨ましいぜ兄貴....しかしマニアックな奴も世の中には居るもんだよなあ」
「あまり客を悪く言うもんじゃねえ、奴らのお陰で俺達は食ってけてるんだからよ。ほら早くやれ」
「へーい」
雲山に指示されてイパが帽子を取ると、ワンボックスカーに変身した。普通の人間なら驚くし雲山も最初は驚いた能力だが、自分も能力を得た上に何回も見ている内にすっかり慣れてしまった。
「よし」
イパの変身したワンボックスカーに緑山の死体を詰め込み、雲山はその運転席に座る。
「相変わらず人間が変身したとは思えない座り心地だ」
ポケットから取り出し咥えた煙草に火を点けると、彼は"客"の元に向かって車を発進させた。
悲鳴を聞いた近隣住民達が窓から一部始終を覗いていたのだが、みんな二人が使う特別な力に怯え、話しても信じて貰えないに決まっていると誰も警察に連絡しなかった....だがしかし。
「....一足遅かった、か」
悲鳴を聞き付け現れた、青いツインテールと闇に溶けるゴシックロリータ服が特徴的なこの少女は彼らを許さない、悪には相応の報いが必要なのだ。
「ふんふふーんふふん....あれ?」
あの事件から三年...すっかり元の明るい性格を取り戻した緋美華は高校へ通いながら沙雅との約束通り、学費を貰う代わりに下校後に彼女の親が経営する花屋でアルバイトをしている。
その帰りだった、彼女が雲山達を取り逃がして爪を噛んでいるゴスロリ少女と遭遇したのは。
「何してるの?」
少女は見たところ十歳くらい、夜道を一人で出歩くには危険な年齢だ。迷子なのかか親に捨てられたのかは分からないが放っておけず緋美華は少女に声を掛けた。
「貴方には関係ない。早く帰った方が身の為」
「どういうこと?」
「....説明するだけ時間の無駄」
二人組の男が異能力を使って女を殺し、その死体を売っていると話しても普通の人間が信じられる訳が無い。
「そんなの話してみないと分かんないよ!」
「はぁ」
少女は若さの割には年季の入った溜め息を吐いた、この手の積極的に絡んで来る人種は苦手なのだ。
「仕方ない、そんなに知りたいなら教えてあげる。実は....」
本当の事を話せばドン引きして去るだろうと考えた少女は、緋美華に雲山達がこれまで行って来た悪行を淡々と説明した。
「そんな悪い奴等がいるんだね、許せないよ!」
「まさか....信じたの?」
「当然だよ、嘘を言っているようには見えなかったし」
緋美華がそう言うと少女のじとーっとした目付きが僅かに丸くなる。今まで出会って来た人間とは感じが違うと、珍しく興味が湧く....!
「詐欺に引っ掛かったことは何回ある?」
「えーと五回くらいは詐欺られそうになったけど、コレは詐欺よってひよりが教えてくれたからゼロ回かなー。あ、ひよりって言うのは私の幼馴染で....」
「....」
思った通りコイツは馬鹿だ....少女は笑いそうになるのを我慢してふるふると体を震わせている。
「と、とにかく私はソイツらを倒す為に探して居たの。私にも能力があるし」
「成る程、俺らを嗅いでたのはテメエか」
「!?」
殺意の込もった男の低い声に振り替えると、スーツ姿の男が立っていて、緋美華は彼らこそ少女の話に出てきた殺人犯だと分かった。
でも話に聞いていたのは二人組なのに、もう一人....弟分であるイパの姿が見えない。
「"客"は以外と近くに居たらしい、戻って来るのが早いね。それより金魚の糞はどうしたの」
「大切な舎弟を金魚の糞とは酷いじゃねえか、まあアイツは恋人とデートしに帰ったよ....にしても一般人を巻き込んでも良いのか?」
「私は貴方を始末できれば、彼女がどうなろうと構わない」
「ひどい!」
「なら逃げるか隠れてて」
「逃がさねえ・・・・ケッコー可愛い顔してるからな、高値で売ってやる!」
そう言って雲山が指をくいっと動かすと、下衆な笑顔に後退る緋美華の動きがピタリと止まった....というか止められた。
「体が動かないよ....あ、これが金縛り?」
見た感じでは何の変化もないが、緋美華本人は確かに何かで縛り上げられているような感覚があるし、もがくと更にきつく何かが締め付けるので苦しい。
「その前に幼女ぉ、テメエも倒したら売り飛ばしてやるぜ」
「御託は良い」
相変わらず眠た気な瞳のまま、少女はその小さな手に大きな三叉の槍を顕現する....これより夜の静寂を裂く戦いが始まったのだ。
c.〜姿亡き蜘蛛〜
風見ひよりは懐中電灯を持ってひとり夜道を駆けていた。
明日のテストに備えて勉強を教える約束をしていた緋美華の自宅へ赴いたのに金城が付けた監視役の黒服しか居らず、ソイツに問い質したところ彼女はまだアルバイトから帰ってないと言うではないか。
バイト先で過労により倒れたのか暴漢に襲われたのか....何れも最悪なビジョンが脳裏に過り、居ても立っても居られなくなり探しに出たのだ。
「...緋美華!」
そして遂に通学路で緋美華を見つけた....しかし様子が変だ、近くでゴスロリ少女がスーツ姿の男に三叉槍で攻撃している、どう考えても普通ではない。
「ひより、危ないから来ちゃ駄目だよ!」
「あんたこそ良く分かんないけど、早く逃げなさいよ!」
「それが何でか分からないけど体が動かないの」
高校を終えたら割りと肉体労働が多くてキツい花屋のバイトへ....そんな日々を送っていれば疲れは相当なモノになるだろう、それが原因で金縛りにでもあってしまったのでは、とひよりは思った。
「いやいや寝てる時ならともかく、こんな場所で突っ立った侭なんて流石に可笑しいわよね....とにかく助けなきゃね!」
「えっ、ひより来ちゃ駄目だよ!?」
「うっさい」
ひよりは戦いに巻き込まれるかも知れない危険を顧みずに動けない緋美華の所まで行って彼女を姫様抱っこすると、場所から全速力で離れて数メートル先の公衆電話ボックスの中まで避難した。
緋美華から見たひよりは凄くカッコ良く映ったが、本人は何回か三叉槍の攻撃に巻き込まれかけてチビりそうになったのは内緒。
「まったく、私が何れだけ心配したと思ってんのよ!」
口ではきつく叱るひよりだが、大切な幼馴染が無事で本当に良かったと今にも泣きそうな顔をしている。
「ごめん」
「謝るよりも何があったか話してくれない?」
「うん、えっとね....」
緋美華はひよりに少女から出会ってから起きた事を話す、信じられない話だけど彼女ならきっと信じてくれると信じて。
「俄には信じられないけど....あんたに作り話をする知能は無いだろうし」
「バカにされた気がするけど信じてくれて嬉しい!」
「ちょっと抱き付くんじゃないわよー」
「....え?」
顔を赤らめながら強めの口調でひよりがそう言うと、緋美華の青い瞳が丸くなる。確かに信じてくれて嬉しい!と抱き付きたい気持ちは有ったが、見えない何かで拘束されいるので無理だ。
「あ」
「動けないって言ったじゃん....」
この流れなら何時もは抱き付いて来るので、ひよりは見えないモノで拘束され身動き取れない事を忘れてうっかり抱き付かれた気になっていた。
普段はしっかり者な彼女だが、愛する幼馴染の事になると間が抜けているのはご愛嬌と言うことで。
「慣れって怖いわね....とにかく休憩は終わり、さっさと帰るわよ」
「あんな小さい子を見捨てて逃げるなんて嫌だよ、もしピンチになったら助けなきゃ!」
「あのねぇ、動けないのにどうやって助けるワケ?」
「えっと、それは....」
緋美華は言葉を詰まらせる、悩むより先ず行動と生き方をしているので動けないなりに助けようとは考えていたが具体的な方法までは考えていなかった。
「転がるとか?」
「それにどう考えてもアンタや私よりも強いじゃない、そんな彼女ですらピンチに陥るような相手になんて無謀よ!」
「助けるだけで戦って倒すなんて言ってないよ」
「はあ、転がって助けて逃げるの?」
「うん!って言いたいとこだけど....」
流石に頭の悪い緋美華でも、転がって助けるのには無理があると分かるので頭を抱えてしまう。
「はいはーい、そこで私の出番だね!」
万が一の時に少女を助ける方法を発見したい緋美華と、一刻も早く逃げたいと思うひよりの幼馴染コンビに公衆電話の外から声が掛けられた。
「え、貴方は!!」
聞き覚えの有るその声に緋美華は再び目を丸くして、ひよりと全く同じ速度で振り返る。
「この人、前にあんたが言ってた....」
「うん」
「久しぶり〜」
そこに居たのは、忌まわしい悪夢の様なあの事件が起きた日に、姉の部屋で遭遇したあの白いフード姿の少女だった。
「....っ、さっきから見えない何かに弾かれる!」
少女は数十、数百回と三叉槍による突きや殴打を四方から雲井に浴びせようと試みたが、彼の周囲にある何かに弾かれて一発も当てられない。
「その見えない何かってのを当てて見ろ、テメエは年の割には頭が良さそうだから簡単過ぎて逆に分からないか?」
雲井はただ少女の攻撃を防いでいたのではない、重い武器を振り回す幼女と見えない軽量の武器を使う大人なら前者が先にバテるだろうと予想し、今の様に息を切らすのを待っていたのだ。
「束縛に操り人形....指の動かし方で察してたけど、やはり貴方の能力は糸を操る能力か。なぜ敢えてヒントを?」
「悔しがる顔が見たいんだよ、もっと早く能力に気付いて居れば勝てたのにとな!」
少女は腹部を思い切り蹴り上げられ、逆流してきた胃液を吐きながら膝を突き、緋美華に対して使われたのと同じ糸で拘束される。
「....っ、こんな短時間で糸を使って拘束するなんて随分と器用だね」
「商売に必要なモノなんでね、毎日五時間は使う練習をしてんだよ。なのに負けたら俺はきっと泣いちまうぜ」
(....仕方ない)
今まで百人を超える悪と戦い、何れも圧倒的な戦闘力で簡単に倒して来た自分を苦戦させる敵の出現に、少女は強力だが大幅に体力を消費してしまう技を使う事に決めた。
「お前はビビって死ぬ玉じゃないだろうし、傷付けずに殺す方法はないかな....ん?!」
突如として少女の姿が消えた、俺の蟲糸虎縛からどうやって逃げたのだと雲井はキョロキョロ周りを見回すが何処にも彼女の姿はない。
「やはり俺と同じ能力者で有ることは間違いねえか....だが問題はどんな能力を持っているのかだな」
さては透明化か....いや違う、糸がコンクリートの上に落ちている。もし透明になる事が出来たとしても拘束されている事に代わりはない、糸は落ちず輪っか状で空中に浮いてる様に見える筈だ。
「なら瞬間移動? それでも糸ごと消えるか、まあ攻撃もされてないしアイツは逃げたと見えるぜ、俺が相手じゃビビっても仕方ないがな」
少女がどんな能力を使って逃げたのかを推理する雲井だったが、正解は分からない。とにかく未だ近くに居るのを感じる、縛り上げた少女とそれを助けた少女の始末をするかと電話ボックスに視線を向けた。
「逃げなかった自分を後悔しろよガキども、にしても眠ぃ」
雲井が欠伸をすると大きく開けられた口の中に何かが入って来た、それは冷たくて液体状で無味無臭で見なくても水だと分かる。
「水だと、まさか!」
危険を感じて吐き出そうとする雲井だが遅かった、スパンと風船が割れるように頭部が破裂し、その中から居なくなった少女が再び姿を現す。
「手強い相手だった」
雲井の死体を三叉槍の先端から出した巨大なシャボン玉に閉じ込め、柄で叩き割ると死体もシャボン玉と一緒に跡形も無く消滅させる。騒ぎにならないよう死体を処理して一息ついたその時、少女の背中に鋭い痛みが走った。
「なっ」
「へへへ」
少女が振り替えるとナイフの柄を握ったイパが居た、いつの間にか現れた彼に背後から刺されてしまったのが痛みの原因だったのだ。
「うぅっ!」
ナイフを引き抜かれ三叉槍を地に落とし倒れると同時に、少女はさっきまであった街灯が一本足りないと気付く。
イパは帰ってなどおらず、街灯に化けて少女を背後から刺す機会を窺っていたと言う訳だ。
「一人ならテメエには勝てなかっただろう、だが兄貴のお陰でテメエを倒せるぜ」
「卑劣....」
「確かにテメエは強い、実力じゃ俺達より上だ。だが経験の差では遥かに俺達が上ってことなんだよな〜!」
少女は血塗れの背中を革靴で何度も何度も踏み付けられながら、自分の未熟さを痛感する。
正直なところ甘く見ていた、こんな奴ら今まで倒してきた雑魚どもと雰囲気も同じだし大したこと無いだろうと。
それが一人は予想以上に強く、一人は気配の消し方が異常に上手い、舐めて挑むべき相手ではなかった。
「がはっ、あっ」
「くくくく、俺はなあ女を痛め付けたくて仕方ねえんだよ。でも兄貴は商品だから傷付けるなって言うからよぉ何時も我慢してたんだよお」
イパは少女が倒れるときに落とした三叉槍を見てニヤリと笑い、それを拾うと持ち主の太腿に思い切り突き刺す。
「ああああああああ!!」
「でもテメエが兄貴をぶっ殺してくれたお陰で、これからはずっと我慢する必要は無くなったぜ」
太腿の次は二の腕、脇腹と刺されて遂に体がピクピクと痙攣し始めた....今まで数多の敵を葬って来た自分の武器で殺されてしまうのかと考えると、痛みよりも苦しい悔しさに襲われて少女の目に涙が浮かんだ。
「あの子このままじゃ死んじゃうよ、行かなきゃ!」
少女と雲井が戦っている間にされた、フードの少女による長い説明が終わって直ぐ少女の方を見てみると窮地に陥っているではないか。
思わず助けに行こうとする緋美華だが、少女と違ってまだ糸で縛られたままなのを忘れていたので転んでしまった。
「いたたた」
「今の話通りなら寿命が縮むんでしょ、辞めなさい!」
ゴスロリ少女を助けたいなら、彼女と儀式をして異能力を得ること。その儀式とは脇腹を特別なナイフで刺してから運命の人とキスを交わすと言うものだが前者は数年前に既に済ませている。
そして緋美華本人はしっくり来ていないが、都合が良い事にあのゴスロリ少女こそ運命の人だから後は彼女にキスをするだけ....と言うのがフードによる説明内容。
しかし、その力は強力ながら使うと僅かながら寿命を縮めてしまうことになるので軽い覚悟はして置けとも言っていた。
「分かってるけど誰かを見殺しにして長生きするよりは、ずっとマシだよ」
擦りむいた膝をさすりながら、迷いのない顔で緋美華は言う。
「全く、本当にあんたって子は!」
「じゃあ決まりだね、行ってらっしゃい!」
フード少女は目にも止まらぬ速さで手刀を繰り出し、緋美華には掠り傷一つ付けず糸だけを切断。
解放された緋美華は、彼女にありがとう!と礼を言って電話ボックスを勢い良く飛び出して少女を助けに向かった。
「やっぱり私も、あの子の近くには私がいないと!」
「駄目だよ足手纏いにしかならないんだから。自分でも分かってるでしょ!」
「うっ....!?」
ひよりの腹を殴って気絶させると、公衆電話に放置してフード少女は近くに建っている一軒家の屋根の上にジャンプして登ると大の字に転がる。
「ちゃんと能力を獲得できるか、此処から見守らせて貰うよ」
....寄って来た烏を肩に、黒猫を膝上に乗せるとフード少女は不敵に笑った。
「あ〜満足したぜ、そろそろ殺すか」
少女を悪魔の様に散々いたぶってスッキリしたイパは、トドメを刺そうと主の血に塗られた三叉槍を後頭部に目掛けて振り下ろす。
三叉槍の鋭い先端が少女の後頭部を貫かんとした直前、緋美華の飛び蹴りがイパの体に炸裂!!
彼の体は五メートルほど吹っ飛んで手からゴスロリ少女から奪った得物を落とす、間一髪のところで一つの生命が救われた。
「そこまでだよ!」
「いってえなテメエ....兄貴の糸から逃れたってのか!」
兄貴の糸に拘束されたら、猪や鹿でも逃れられない。怪力を持っている様には見えないし、ゴスロリ少女と同じくコイツも能力を使って脱出したのか?とイパは事実と全然違う推察をする。
「せりゃ!」
ゴスロリ少女を問答無用で緋美華は驚くイパの顔面に回し蹴りを放つが、咄嗟に腕をクロスする事で防御されスーツの袖を破くにとどまった。
「チッ、これ五十万すんだぞ....あ?」
高価なスーツを傷付けられ、鬼の形相で緋美華を睨むと血塗れでぐったりと横たわり意識もない少女にキスをしているではないか、イパはこんな時に何をやってるんだと少し呆れる。
「今まで貴方が奪って来た命は何十、何億、何兆でも戻って来ないんだよ....だから責めて私が貴方を倒す!」
残虐な悪魔を指差しながらそう吠えると、緋美華は腕に焔を纏い、小さな町の夜空を赫く染めた。
つづく
糸使いは基本的に強キャラなの何でですかね?