言の葉による死
この世界には、言葉が在った。
伝えたいと願ったことを、伝える方法があった。
「私と一緒にあの男を殺しに行きましょう」
「殺すなどと言う言葉を安易に使ってはいけません。その言葉は刃になり、自分に牙を剥く言葉ですから」
「先生、私は黙っていられないのです。あの男は先生を侮辱し、あまつさえ先生の作品まで侮辱した。耐えられません、私には」
言葉は刃となり、彼女に牙を剥いた。
彼女《小説》は死に、そして男は彼女の亡骸を見つめて呟いた。
「ああ、また言葉が小説を殺してしまった」
この世界には言葉が在った。
彼は言葉を紡ぐ。
言葉は、力を持つ。
小説は魂を持つ。
彼は、小さな小さな小部屋で、一人黙々と言葉を書き連ねていく。
蝶の羽を持つ少女は、ひらひらとその小部屋を優雅に舞い、生えた樹はこの小部屋を覆い尽くさんばかりに生い茂る。
彼の小説には、優しい言葉しか出てこない。
人を傷つける言葉はどこにもなく、優しく包み込むような安堵感だけが余韻として残る。
しかし、そうして生まれた彼の小説《子ども》たちは、彼を愛しすぎて彼への侮辱を許せなかった。
結果として小説《子ども》たちは、彼の望まない言葉で自分自身を傷つけて死んでいく。
彼は書く。彼の小説《子ども》たちはすぐ死んでしまうから。
どうして、どうして。
そんなことは望んでいないのに、僕の小説《子ども》たちは死んでいくのだ。
好い言葉だけを羅列し、救われる物語を書いているのに、なぜ彼らは恐ろしい言葉を使い、傷つけようとするのか。
葛藤は言葉を生み、昇華され、また美しい作品が生まれる。
しかし美しい作品たちは、また彼を愛しすぎて死んでしまう。
どうすれば、彼らは死なない?
どうすれば、どうすれば。
人は言葉を紡ぐ。
その言葉にどんな意味が込められ、そしてどんな魂が宿るのかを識っているから。
人は葛藤する。
葛藤しなければ、言葉を生み出せないと識っているから。
言葉は力を持つ。
鋭く美しい戒めと、それを解く鍵両方を持って、真っ白な世界へそれを突き立てることを、人がやめられない限り。
好い言葉だけで綴られた世界は、真逆の性質を内包する。
彼は本当は識っていたのだ。
識っていて見ないふりをしていた。
彼は、好い言葉に食い殺されるのだ。
排除し続けたことは間違なのだと。
彼は死ぬことにした。
彼の四畳ほどの部屋には、千切られた本の残骸がまるで海の様に散らばっている。
言葉の海の中で、彼は静かに言葉と一つになっていく。
穏やかに、緩やかに、言葉の求めるままに――。
愛しい言葉たちよ、私は君たちを憎悪する。
正の言葉と負の言葉は切り離せない何か。
人は時折物語を使って自傷行為をする気がします。