小太郎の涙…晶ちゃんの涙…そして思い出
もうすぐ冬休み
「ただいま!」
「晶 おかえり」
「お母さん 今日はね 太郎ちゃんが…」
いつものように 帰ってすぐ 小太郎の話しをする晶ちゃん
「晶…ちょっといい?」
「ん?どうしたのお母さん」
いつもならニコニコして晶ちゃんの話しを聞くお母さんが 深刻な顔をしているのに気付いた
「あのね晶…」
「うん…」
勘のいい晶ちゃんは その話しが良い話ではない事に気づく
黙ってお母さんの話しの続きを待つ
「あのね…お父さんの仕事なんだけど…」
それだけでピンと来た
「嫌だ!」
「………」
思った通りの反応だった
今まで 親に逆らった事がない晶ちゃんが 初めて自分の気持ちを言ったのだ
「晶…」
「やっとみんなと仲良くなったんだよ…太郎ちゃんのおかげで毎日楽しいんだよ…違うところに行ったら…また…」
晶ちゃんはそこまで言って泣いた…
大きな声で 大粒の涙を流して…
産まれた時からずっと一緒に居た母親も 初めて見る 哀しそうな泣き顔だった
「晶…」
母親として 娘を抱きしめてやる事しか出来なかった
「晶ちゃ〜ん!幼稚園行こう!」
小太郎が迎えに来た
「太郎ちゃん おはよ!」
「晶ちゃん おはよ!」
晶ちゃんは 小太郎に黙っていた
幼稚園に着くと
「小太郎くん 晶ちゃんおはよ!」
みんなが集まってくる
「ねぇ ねぇ 晶ちゃん 昨日さどうして公園来なかったの?みんな待ってたんだよ」
「うん…ちょっと…」
晶ちゃんがみんなの事を思い泣いていた頃
「どこか具合悪いの?」
「う…うん…」
「大丈夫?今日お休みすれば良かったのに」
みんなが自分を心配してくれている
涙が溢れそうになる晶ちゃん
「もう大丈夫だよ…」
それ以上は声に出来ない
ガラッ…
先生が教室に入って来て みんなが自分の席に戻る
小太郎は晶ちゃんの異変になんとなく気づいた
先生の話しを聞かずに晶ちゃんを見る小太郎
まぁ…いつも先生の話しは聞いていないが…
「ねぇ太郎ちゃん…」
「ん?どうした晶ちゃん」
幼稚園からの帰り道
「太郎ちゃんは お父さんが仕事で家に居なくて寂しくないの?」
「ん〜…どうだろう…俺が小さい時からなかなか帰って来ないからなぁ」
「そっかぁ…」
「たまに帰って来た時は ちょっと最初は恥ずかしくて それで慣れる頃にはまた仕事に行くから…でもな 必ず俺の頭を撫でてくれるんだ 小太郎 母ちゃんを頼んだぞ!って」
「やっぱり家族バラバラだと寂しいよね…」
小太郎は気づいた 晶ちゃんの涙に
小太郎は何も聞かず晶ちゃんと手を繋いで 晶ちゃんを送り届けた
そして…
今日は今年最後の幼稚園
「晶ちゃん おはよ!」
「あっ…太郎ちゃん おはよう…」
「どうした?元気ないなぁ」
「ううん」
晶ちゃんの元気がない…
先生が教室に入ってくる
「明日から 冬休みに入ります みなさん 風邪をひかないように うがい 手洗いをちゃんとするんですよ」
「は〜〜い」
「晶ちゃん ちょっとおいで」
晶ちゃんが先生のところへ行く
「晶ちゃんは 今日で この幼稚園は終わりです お父さんの仕事の都合で 来年から違う幼稚園に行く事になりました」
「えぇ〜〜〜!」
みんなが騒ぐ
小太郎も驚きを隠せなかった
晶ちゃんは とうとう小太郎にも言う事が出来なかったのだ
晶ちゃんを見ると ごめんね太郎ちゃん そう目が言っていた
「晶ちゃん みんなに挨拶する?」
小さく頷き前に出て行く晶ちゃんは 目に涙をいっぱい溜めている
「……」
喋れない晶ちゃん
「晶ちゃん 頑張って!」
「そうだよ晶ちゃん」
また みんなが騒ぐ
「うっせぇ!」
涙をいっぱい溜めた小太郎が立ち上がる
「…晶ちゃん笑え!笑うと喋れるぞ!だから 笑うんだ!」
涙をいっぱい溜めた小太郎が笑顔でそう言った
晶ちゃんも涙をいっぱい溜めたまま笑顔になり
「短い間だったけど…本当に楽しかった…」
笑顔の晶ちゃんの頬から涙が落ちた…
「晶ちゃん 俺も楽しかったぞ!」
「僕も」「私も」
晶ちゃんは下を向いて泣いている
小太郎が晶ちゃんを迎えに行き 手を握って隣の席まで連れて来た
「晶ちゃん いつ行っちゃうの?」
「あさって…」
「そうか…」
前ではまだ 先生が話てる…
先生の方を見ながら 話していた
「母ちゃん…ただいま…」
明らかに元気がない小太郎
「おかえり小太郎…どうしたの!」
小太郎は晶ちゃんを家に送り届けてから ずっと涙が止まらなかったのだ
「そうですか…また転園して行くんですね」
「母ちゃん…」
小太郎は泣いた
母ちゃんも初めて見る我が子の哀しい泣き顔
母ちゃんは泣き止むまで小太郎の頭を優しく撫でていた
「ズスゥ…神よ…遊びが過ぎるぞ…やっと再会出来たのに…悪戯にも程があるぞ神よ…」
小ちゃいおっちゃんも 神棚の中で泣きながら神に文句を言った
次の日
「これじゃない…くぅ 惜しい…傘がない…前 ここで見つけたんだよなぁ…これも傘無しか…」
小太郎はあるところへ来ていた
「くぅ…手 冷てぇ…」
小さい手に冬の寒さが襲いかかる
「はぁはぁ…絶対あるはず…」
赤く腫れあがった手で一生懸命探す小太郎
「あっ!あった〜!」
その日 小太郎は それ を大事に握りしめて寝た
「母ちゃん!これ綺麗に包んで!」
「こんなの包んでどうするの?」
「こんなの言うな!包んで!」
「はい はい」
小太郎は それ を持って走った
晶ちゃんのところへ
晶ちゃんの家に着くと 晶ちゃんが外に居るのが見えた
大人数名で車に荷物を運んでいる
「晶ちゃ〜ん」
小太郎は 手を振り駆け寄った
「太郎ちゃん!」
「間に合った…」
「太郎ちゃん ありがとう」
晶ちゃんが笑う
「あっち行っても友達だぞ!」
「うん」
「誰かに泣かされたら すぐ教えろよ」
「うん」
「太郎ちゃん…あのね…私 あの時嬉しかった」
「あの時?」
「転校して来た時 太郎ちゃん 『名前馬鹿にすんな!』って言ってくれた」
「そうだっけ?」
小太郎に遡るという言葉はない 本能のまま生きる五歳児
「うん 私 あの時から 自分の名前好きになったの」
「そうか!名前は一生 一緒についてくるもんだ!嫌いだと絶えられん」
小生意気な五歳児
「あっ!そうだ これやる!」
「何これ?」
「クリスマスプレゼント!」
それは綺麗に包まれた小さな小さなプレゼント
「ありがとう!」
「開けてみて!」
包み紙を開けると
「なんだこれ?」
「ドングリだ!ただのドングリじゃないぞ!」
「これ…ドングリ?」
「そう!ドングリ!二つくっ付いてる珍しいドングリ!しかも ちゃんと傘付きだ!」
「初めて見た…」
「滅多にないんだぞ!傘まで付いてる くっ付いてるドングリ!」
「へぇ〜〜!そうなんだ」
「こっちが俺で こっちが晶ちゃんだ!」
「うん…ありがとう」
「なんかあったら このドングリに言え…」
五歳児…
「ありがとう 太郎ちゃん」
「…」
涙を流す 小太郎…
「えへへ…」
晶ちゃんも…
二人並んで笑顔で泣いた…
晶ちゃんは 車の後部座席に乗り 見えなくなるまで 小さい 彼氏 に手を振っていた
「太郎ちゃ〜〜ん!」
「晶ちゃ〜〜〜〜ん!」
夕焼けの向こうに消えた 小さい 彼女 の名を 小太郎は叫んでいた
ガラッ…
「小太郎おかえり」
「ただいま…」
「……」
母ちゃんは小太郎にかけてやる言葉が見つからなかった
「ご馳走さまでした…」
晩御飯を食べ 自分の部屋へ行く小太郎
それを神棚から見ていた小ちゃいおっちゃん
「神よ あれを見てなんとも思わんのか お主は神であろう…これではまるで悪魔の所業ではないか…」
また神に文句を言う小ちゃいおっちゃん
『好き勝手申しおって…』
「ん?誰か何か言ったか?空耳か?」
それからしばらくして…
「母ちゃん!早く!早く!」
「はい はい そんなに急がないの」
小太郎に笑顔が戻っていた
その理由は 晶ちゃんが引っ越してから四日ほど経ったクリスマスイブ前日
小太郎の家の電話が鳴った
「もしもし!小太郎です!」
小太郎は電話に出ると自己紹介をする…
「おぉ!晶ちゃん!」
電話を寄越したのは晶ちゃんだった
「どうしたの?」
『ううん 何してたかなぁ?って思って』
「俺は元気だぞ!晶ちゃんは?」
『私も元気だよ』
涙で別れたあの日以来のお互いの声
小太郎と晶ちゃんはしばらく電話で話した
「あっ!晶ちゃん!」
『えっ?何?』
「晶ちゃんの忘れ物」
『え?忘れ物?』
「あっ!そうだ!明日母ちゃんと届けに行くぞ!」
隣に居た母ちゃんには 寝耳に水
どういうこと?と思い小太郎の顔を見るが 小太郎の久しぶりの満面の笑みを見ては 何も言うことが出来なかった
『太郎ちゃん…忘れ物って?』
「いいからいいから じゃあ明日ね!」
こうして 強引にアポを取る小太郎
晶ちゃんに 母ちゃんと会いに行く事になったのだ
「晶ちゃ〜ん!」
「太郎ちゃ〜ん!」
駅のホームで 笑顔の再会を果たした小太郎と晶ちゃん
「わざわざ遠いところありがとうございます」
「いいえ 小太郎も晶ちゃんに会いたがってたし」
「晶もですよ」
久しぶりに明るい我が子を見る母ちゃん二人
晶ちゃんが越して来た街には 水族館がある
「晶ちゃん行こう!」
「うん!」
館内を手を繋いで行く二人
後ろからそれを見て微笑む母ちゃん二人
「おぉ!スゲー!」
「綺麗だねぇ〜!」
南国の魚が天窓からの日差しを体全体に浴び キラキラと輝いている
「おぉ!こいつ厳つい顔してるぞ!」
「ウツボだって」
「晶ちゃんスゴイなぁ!字読めんのか!こいつは 俺も知ってるぞ!タコだ」
「太郎ちゃん あっちでラッコに餌やってるよ」
ラッコの水槽前は人がたくさん集まっている
小太郎は 晶ちゃんの手を引き 人混みをかき分けて前に進んで行く
「晶ちゃん見えるか…誰?あんた?」
小太郎は 途中違う人の手を引いていた…
人混みを戻る小太郎
晶ちゃんの手を引き 前に出て行く
「なんだ さっきからあいつばっかり貝食ってるぞ!おい!餌やりのおっちゃん!その子にもやれよ!」
興奮してる小太郎
「太郎ちゃん…ほら!太郎ちゃん!」
「おぉ!」
親ラッコが貝を割って 子ラッコに与えた
「そうだ!それでいい!」
またまた興奮する小太郎
「母ちゃん!入っていい?」
小太郎は ズボンを捲っている
「小太郎! 入っちゃダメなんだよ ここは触って遊ぶとこなんだから」
小太郎達は ふれあいコーナーに来ていた
「触ってはいいの?」
「いいですよ」
「やったー!晶ちゃん行こう!」
ふれあいコーナーには 磯に棲む生物などが沢山
「これ 寿司屋で高いやつだ!だよな 母ちゃん!」
周りの人が笑ってる
「小太郎…」
「先生言ってたぞ!」
小太郎が持ってたのは 雲丹
「晶ちゃんこれ見て!」
次のターゲットは イソギンチャク
「見ててね!ほら 縮んだ!うゎっ!」
小太郎がイソギンチャクを突いていたら 潮をかけられた
「太郎ちゃん」
晶ちゃんが笑って小太郎を見ている
「えへへ!」
晶ちゃんが笑うと小太郎も嬉しいのだ
「母ちゃん 腹減った…」
「それじゃ お昼にしましょうね」
「俺 お子様ランチ!」
「私も!」
園内のレストランに入り 遅めのランチ
「太郎ちゃん はい」
小太郎は 口の周りをケチャップで赤く染めていた
晶ちゃんが 紙ナプキンを渡す
「晶ちゃんと居ると 小太郎は 弟 みたいなんだから」
「母ちゃん 俺と晶ちゃんは同い年だぞ」
「小太郎は まだまだ子供だって言う事」
「なんだそれ?」
「奥さん そんな事ないと思いますよ 小太郎くんは小太郎くんで 小さいながらも 男気 って言うのかなぁ?同い年の男の子には無い物を持ってるから」
「小太郎がねぇ…」
口の周りのケチャップを晶ちゃんに拭いてもらってる 小太郎を見る母ちゃん二人
ピンポンパンポ〜ン!
『只今より イルカショーが始まります…』
「イルカショーだって!晶ちゃん行こう!」
「うん!」
係員のお姉さんが 合図を出すとイルカは ジャンプしたり 空中の輪をくぐったりしている
「おぉ!スゲー!俺もやりたいなぁ!」
「スゴイねぇ!」
小太郎と晶ちゃんは終始笑顔
『会場の中で イルカとふれあいたい!って人いますか〜?』
「俺〜!」
小太郎は 晶ちゃんと繋いでる方の手を勢い良くあげる
他にも数組のカップルが立候補する
『まぁ!可愛らしいカップル…それじゃ今日はクリスマス イブだからぁ…』
小太郎と晶ちゃんはドキドキして発表を待っている
『小ちゃいカップルに決定!』
「やったぁ!」
子供に勝てる大人は居ない
「晶ちゃん行こう!」
「うん!」
小太郎と晶ちゃんはイルカショーのステージへ
「お名前は?」
「俺は小太郎!」
「私は晶!」
「小太郎くんと晶ちゃんにみなさん拍手!」
会場から拍手が起こる
「じゃあ 小太郎くんは この子!名前はピース」
「イルカの名前か?ピースよろしくな!」
「キュイ キュイ」
「おぉ!返事した!」
「晶ちゃんは この子!名前はラブ」
「よろしくね ラブ」
「キュイ」
「可愛い」
「じゃあね いい?右手を上にあげるんだよ!せぇの!はい!」
晶ちゃんは右手をあげる
小太郎は左手をあげる
「あっ…!逃げて!」
係りのお姉さんが小太郎と晶ちゃんに指示した…時既に遅し…
ラブは中央にある高い所の 輪 をくぐる
ピースは小太郎と晶ちゃんの目の前でジャンプをし 着水の時 水しぶきを二人に浴びせた…
「キャッ!」
「おぉっ!」
小太郎と晶ちゃんはビショビショ…
左手をあげる
これは 夏のショーで 客席に浴びせるサインだった…
今は 冬休み…
「大丈夫?ごめんねぇ…教え方下手だったね…」
「大丈夫だ!楽しかったぞ!気にすんな!」
「私も楽しかった!」
会場から爆笑と拍手が起こる
「これは いつもと違うけど 記念品です これに早く着替えてね それでは小ちゃなカップルにもう一度拍手!」
会場から また拍手が起こる
小太郎と晶ちゃんは 手をあげて拍手にこたえる
その時
バシャッ!
二度目の水しぶき…
小太郎は 左手をあげていた…
「おっ!晶ちゃんとお揃いだ!」
イルカショーの記念品として 貰ったのは イルカがプリントされたトレーナー
二人は 水しぶきで濡れた服を この服に着替えていた
「小太郎 そろそろ帰りますよ」
母ちゃんが言い辛そうに小太郎に言った
「もうそんな時間か…晶ちゃん楽しかった?」
「うん!すごい楽しかったよ!」
「そっか!楽しかったか!俺も楽しかったぞ!」
もうすぐ別れの時間
二人は笑顔のままだった
駅までの道のり 小太郎と晶ちゃんは手を繋いで歩いた
小太郎は 電車に乗り窓を開ける
「晶ちゃん またね!」
「うん 太郎ちゃん元気でね」
ジリリリ…
「どうも お世話になりました 小太郎くん ありがとうね」
「こちらこそありがとうございました 晶ちゃん ありがとうね」
「あっ!太郎ちゃん!忘れ物って…」
電車が走り出す
「晶ちゃん またね〜!」
笑顔で手を振る小太郎
「うん 太郎ちゃん またね〜!」
笑顔で手を振る晶ちゃん
「太郎ちゃんが言ってた忘れ物ってなんだったんだろう?」
結局 晶ちゃんは小太郎から何も受け取っていない
「晶 今日は楽しかった?」
「うん!すごく楽しかった!」
「そっか!なら 小太郎くんは ちゃんと忘れ物を晶に渡したんだね」
「?」
「母ちゃん…」
「なぁに?小太郎」
「晶ちゃん 楽しかったって言ってたね!」
「うん 言ってたね ちゃんと晶ちゃんに忘れ物渡せたね」
「うん!」
急な引っ越しで遠くへ行った晶ちゃん
晶ちゃんが忘れたものとは…
小太郎が 渡したかったものとは…
二人だけの
楽しい 思い出