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面白きこと限りなし  作者: 楓
1/2

大学2年(1)

※浮気・ナンパが出てきます。これらが苦手な人はブラウザバックを推奨します。




――彼に出会ったのは、いつだったろうか。

 私にはいつ出会ったのか覚えていないような彼氏がいる。いや、いた、というのが正解か。

その彼氏とは先日きっぱりと別れたのだから。


 私は食べ歩きが趣味の大学生で、度々自分のブログに食レポなんだか「おひとり様」ログなんだかわからないような記事を書いてはアップしている。

 友人がいないわけではないが、一人歩きの自由さに味を占めてしまってからは単独行動を好むようになってしまった。いいじゃないか、「おひとり様」。ぼっちとはちがうぞ。寂しさや疎外感なんかを私は全く感じていないのだから。気の向くまま行先を変えられるのが、ひとり歩きのいいところだ。

そもそも、私の友人たちもなかなかに個性的で、行動力が振り切れている人物ばかりだ。一緒に遊びに行くことの方が少ない。気が付いたら、みんな各々の興味のままどこかへ行っている。

 

 この間も、一人はモゴチャにいた。どこだ、モゴチャ。聞くとロシア横断旅行を慣行中らしい。聞いてないぞ。いつものことだけれど。また別の友人は犬ぞりに乗ってみたいとアラスカに行っていた。2月にアラスカ。それは2月でないとダメだったのだろうか。ダメだったのだろうな。スケジュール云々というよりも、彼女のこだわりが故に。

 他にもいつの間にか溶接技能者になっていたり、蜂蜜マイスターになっていたりと、君たち自分の専攻忘れているよな?という面々ばかりだ。

 だから連絡を取っていなかった間の彼らの話は面白い。そう言うと、そっちもなかなかグルメリポの迷走具合が面白いと言われた。うるさいな。意外と悪くないんだぞ、フライド・コオロギ。イナゴの佃煮はハマれなかったけど、フライド・コオロギはそうでもない、かも。主食にするのはキツいがな。


 まあそんな感じで、個性的な面々に囲まれても埋没しない程度に私もキャラの立つ人間であるとは自覚しているのだ。だからこそ、私に普通にフツーの彼氏がいたことは本当に驚きだった。

 そう、彼氏。恋愛経験もろくにない私になんの冗談だかわからないが彼氏がいたのだ。それも再会したら特殊な資格取得していたり、気が付いたらぶらり一人旅しているようなこともない、一般的な人だった。強いて言えばちょっと軽薄そうで、ファッションにこだわりを持っているぐらい。うん、よくいる若者だったのだ、彼は。

 でもいつどこで出会ったのかを私はさっぱり覚えていない。これは由々しき問題だった。大方、飲んでいた居酒屋で意気投合したか、誘われた全く関係のない飲み会にお邪魔した時に知り合ったか。はたまた、酩酊状態で呼び出しの電話をかけてきた友人の宅飲みで、だろうか。

 私は酔っても飲んでいる最中は意識も思考もしっかりしていて、必ず終電で帰宅するタイプの酔い方をする。これまで外泊はしたことのない、いい子なのだ。一人暮らしで外泊もいい子もないだろうけれど。しかし一度寝てしまうと、きれいさっぱり記憶を飛ばすという無害なんだか悪質なんだかわからない酔い方をするのだ。

 だから彼氏、いや元彼と、いつどこで出会ったのかわからない。改めて聞いてみるのもなんだか悪い気がして、結局聞いていない。ある日気が付いたらLINEに知らないトークルームが増えていて、そこに次々とメッセージが届いたのだ。


 「おはよう(スタンプ)」

 「いやもう、こんにちはかな?」

 「二日酔いとかしてない?」

 「オレはまだグロッキー(スタンプ)」

 「ねえ今度こんなイベントあるんだけど」

 「良かったら一緒に行かない?」

 「初(照)デートしようよ(スタンプ)」


 そんなメッセージがタイムラインに流れてきて。ログを遡ったら人生初の彼氏ができていたのだ。我ながら酷い馴れ初めである。

 また間の悪いことに、トークルームを確認したのが彼氏持ちの友人たちと会っていた時だったのだ。その中で「あれっ、私、彼氏が出来た!?」と思わず叫んでしまったので、彼女たちはその瞬間に告白されたのだと勘違いして、喜び祝い更には茶化し、最後にはしみじみと「あんたは地に足がついていない気がして心配していたのよ。いつかどっか行っちゃって帰って来られなくなるんじゃないかって。彼氏ができたのならそれも変わるでしょ。初めてでよくわかんないかもしれないけど、付き合ってみたら?」と言った。

 それを聞いていた他の子たちも頷いていたので、そういうものかと、付き合ってみることにしたのだ。何よりも彼女たちの心配が嬉しかったからだ。そんなきっかけで、彼には申し訳なかったが。彼女たちの心配を無碍にするのも、酔った勢いとはいえ彼氏になって、デートまで誘ってくれる人に悪い気がしたのだ。そして、そう思っていたのはデートに行くまでのことだ。


 チャラい。デート当日、彼と初めて再会しての感想がそれだった。まあ確かに、知り合った当日に酒の勢いとは言え初めましての人と付き合ってみようと思える人物だ。そういったことに慣れていてもおかしくはない。というよりも、慣れているだろう、間違いなく。

 実は初めて会った日からそれほど日を置いておらず、交わしたメッセージの数もそう多くはなかった。それに私は基本気が合えば拒絶も否定もしないスタンスなので、無害であれば友人関係を築いている。そういうわけでチャラいからなんだ、という気でいたのだ、当初は。

 彼はすごかった。彼のチャラさは私の予想をはるかに超えていたのだ。彼は話し上手だった。三言に一回は疑問形で投げてきたし、会話の流れも的確だった。自分投げた話題を膨らませたり、オチを付けたり。私が暴投した話題でも、それは知らなかった!と頷いて見せたり。相手に気持ちよく話をさせ、テンポよく相槌をうつ。見栄を張ることもなく、自然な受け答えを返していた。うん、なかなかコミュニケーション能力が高い人物だったのだ。

 デート・プランニングにも感心したが、その後のメッセージもすごかった。スタンプに流行語、短縮言葉からトレンドワードを使いこなし、ただの近況報告からデートのお誘いに至るまで、これぞ現代っ子と言えるほどのやり取りをして見せた。

 私には無理だ、断言できる。トレンドワードやスタンプを使いこなすには、実は根気とセンスがいる。色々な人の呟きを巡回したり、メッセージを交わしたり。要は情報収集と実践がものを言うのだ。一方、私にはそんなセンスも根気もなかった。だから彼の送ってくるメッセージには、毎回感心していたし、ある種の尊敬の念さえ覚えていた。

 自撮りも上手な彼はさらに隠れゆるキャラ好きの隠れスイーツ男子ときていた。ただのスイーツ男子なら彼氏ではなくこのまま食べ歩きの同士として関係を続けていくのもありかと考えたのだが、そうはいかなかった。


 いや、自分でも彼はよく耐えてくれていたなとも思うのだ。彼の望む彼女役というものにはなれなかったのだ。彼の望む反応を、何一つ返せた気がしないのだから。必要な時にしか連絡しないし、メッセージへの返答もそっけない。そっけないというか、彼と同じレベルで返せなかったのだ。スタンプにも短縮言葉にもなじみがないから。

 そのうえ彼は私が友人としても難しいタイプだと感じたらしく、日に日にメッセージの数が減っていった。この時、ぷっつりと途絶えなかったのは彼の打算か優しさか。今となっては真実など知れる日など来ないのだが。

 そういうわけで、私たちはわりと早い段階でカップルという形態が崩れた。彼女と彼氏という関係が破綻していたのだ。しかし別れを切り出されたことも、メッセージが途切れることもなかったので、私は自然消滅を迎えたて単なる友人となったと考えていた。しかし、実はそうではなかったらしい。


 その日は平日で、同じく暇をしていた友人と一緒にあるイベントに来ていた。広い会場内にはいくつものブースが設けられていて、入り組んだ通路を辿りながらブースを見て回るのも一苦労だった。歩くのに疲れた私たちは、会場の端の休憩スペースに移動した。そこにはテーブルセットがいくつか並んでいて、後ろには同い年くらいの女の子が一人で座っているのを見ながら、私たちはその前のテーブルセットにへたり込んだ。

 疲れた足を労わりながら友人と話に花を咲かせていると、後ろの席の女の子が誰かと話し始めたのが聞こえた。彼女はちょうど私の真後ろに腰かけていたため、私は彼女が誰と話しているのかわからなかった。

 しかし、私の正面でしゃべり続けていた友人がふと、私の後ろに目をやった。そして、見事に固まったのだ。見るからに挙動不審で言葉が出てこない友人の様子に、私は首をかしげて彼女が再び話し出すのを待っていた。そしてようよう一言、「後ろでナンパしてるの、あんたの彼氏じゃない?」と絞り出すように言ったのだった。

 私の背後を示す彼女の指先を辿るように見ると、なるほど確かに私の彼氏が立っていた。立っていたというか、ナンパしていた。紛れもなくナンパだった。ナンパされたことのない私がそれとわかるほど、見本のようなナンパだった。だからだろうか、私は何事かを思うよりも先に感心してしまったのだ。おお流石は彼だ、と。

 あまりにもじっと見ていたのが悪かったのか、彼が話しながらこちらに目をやった。私と彼の視線が合った。その瞬間、彼は「まずい」といった表情を浮かべたのだ。その顔は、それはもう雄弁に語っていた。「まずい、やっちまった」と。彼の心情を如実に表しているのだろうその顔に、私は思わず吹き出してしまって、ついには「どうぞどうぞ」と彼に手を振ってしまったのだった。

 目の前の友人の彼氏の浮気現場とその友人が笑い出すのを見てしまった私の友人は、いったいどうしたものかと動揺しながらも私が落ち着くのを待ってくれた。私の笑いが収まった時には、もう私の背後に二人はいなかった。


 正直、彼には悪いことをしたかな、とも思うのだ。きっと彼が知るような女の子の範疇から大きく外れた私と交際するのも大変だったろうな、と。それにあの時彼はハンティングの最中だったのだ。ナンパも列記としたハントだ。彼は真剣にハントしていたのに、それを笑われたのは心外だったろうなと、思うのだ。

 だが許してほしい。私が思わず笑ってしまったのは、彼は私をまだ彼女だと考えていたのだと知ったからだ。あの時彼が「まずい」と考えたのはきっと、私と違ってまだ自然消滅したと考えていなかったのだと、わかったからなのだ。私の方は、勝手に関係を終わらせてしまっていたのに。

 だからこそ、彼には申し訳なさを感じたのだ。浮気を咎めることも、あれ以来ぱたりとメッセージが送られて来なくなったことを責める気も、私にはないのだ。 


こんなシーンを夢で見たので、もったいない精神から書いてみました。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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