§1-1.ティア
プロローグ、少し改変しました。
※6/3修正(詳細は後書き)
少女ティアはセルシア王国王都のスラムで生まれ育った。
歳は15、小さめの顔立ちに真っ白な肌、目の覚めるような真っ赤な髪で、赤い瞳はつり目が気の強そうな印象を与える。
その鮮やかな容姿はスラムの生活でくすみ、またその立場から目をつけられることは少なかった。
父親はスラムを拠点とする大規模犯罪組織のボスで、母親については物心つく前に死んでしまって分からない。
父親はティアに愛情を注ぐことはなかったし、母親のことを聞かせてくれることもなかった。ただ父親は彼女を見るとき、ときどきティアではない誰かを見ているような気がした。あまりいい感情で見ているわけでもなかったようだが。
その誰か(母親なのかと思ってもいたが)の影響なのか分からないが、ティアは最低限生きることができるほどには面倒を見てもらえた。だがそれは組織の下っ端にも劣るようなものだった。ティアは物心ついたときから、生きるために仕事をするしかなかった。
ティアは薄暗くてじめじめしていたり、汚い大人たちが集まり話し合ったり騒いだりしているスラムが好きではなかった。
でも王都で明らかにスラムの人間だと分かるティアはゴミを見るような目を向けられ、結局王都で親しい人間など存在しなかった。
ある冬の日、スラムにハンターの青年が立ち寄った。
ハンターとはハンター協会に登録し、魔物と呼ばれる外敵の討伐や人の護衛などの様々な仕事を、金銭などを報酬として行う者たちのことだ。
その青年はスラムにある男を探しに来たらしいのだが、その帰りにティアと偶然知り合ったのだ。
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「なあ、そこのチビ!」
「......私のこと言ってるの?」
「ああ、マーナ通りまで案内してくれないか?これやるから」
青年はスラムからの帰りに道に迷ったらしく、ティアに道案内を頼んできた。
彼が差し出してきたのは銀貨1枚。
スラムの人間にとって、道案内だけで支払われる金額としては破格であった。
「私がスラムの人間だからってバカにしてるの?金を見せれば群がる金の亡者だとでも?」
「いや待て待てそういうわけじゃあない」
少しイラッとしたティアがそう返事をすると、その男は苦笑しながら言った。
「俺もスラムの人間だったからな、バカにするようなことはしねーよ。
どうせなら可愛い嬢ちゃんに案内してもらった方がいいと思ってな」
「ふん、やっぱりバカにしてるじゃない」
そう言いながらもティアは銀貨を引ったくると道を歩き出す。
「こっちよ」
「はは、素直じゃねぇなぁ」
「道案内してあげるんだから黙ってなさいよ」
しばらく無言で歩いていく2人だったが、その青年が再び口を開いた。
「嬢ちゃんはハンターになってみないのか?ここから出れるかもしれないぜ」
ティアの足が止まった。
「嬢ちゃん?」
「......私はここから離れられないわ、酷いことにね」
隠れていた首もとをティアが晒す。
そこには5cmほどの円上に黒く文字が刻まれていた。
「......奴隷?スラムでどうして?」
奴隷とは国家公認の人間や組織の下でないと登録されない。
奴隷紋が魔法によって刻まれ、所有者はある程度自由に行動制限を設けたり、命令に背いたときに肉体に痛みを与えたりすることができるようになる。
それだけ危険でもある奴隷紋を刻む魔法は、徹底的に管理、秘匿されている上に、奴隷そのものも値段が高いのでそもそもスラムで見ることは少ない。
ではなぜティアは奴隷紋を持っているのか。
「私にも分からない。
所有者は私の父親でここにいるんだけど、どこで私に奴隷紋を刻んだのか、どうして私に刻んだのか。
何も話してはくれないわ」
「......」
「まあ貴方には関係のない話だわ。
でも私のことを話したんだもの、貴方のことも話してよ、不公平だわ」
「......そうだな」
青年はティアに自分がスラムで育ち、そこからどのように実力を付けていったのかを語った。
知識はそれなりに備えているものの王都しか見たことのないティアにとって、彼の話はとても新鮮であった。
既に青年の目的地、マーナ通りには着いていたが、2人はそこでしばらく話し合っていた。
「それじゃあ私はもう戻るわ」
「なあティア」
「何?」
話す内にお互いに既に名前を名乗りあっていた。
「もしお前が望むなら--」
「言わなくていいわ。何が行動制限にかかるか分からないもの。私は何も頼まないわよ。
それに哀れみや同情なんていらないわ。
私と貴方は道案内という仕事で繋がったここまでの関係。
ま、気持ちだけは貰っておくわ」
そう言ってティアは儚く笑ったが、青年にはそこから諦めの感情を感じてしまった。
「分かった。でも
諦めんなよ?絶対にそこから這い上がってこい、ハンターになったら俺のパーティに入れてやるからな」
「はいはい、考えておくわ」
ティアは苦笑とともにそう返したが、内心はどうだったであろうか。
このスラムが嫌いだった。何度抜け出したいと思ったことだろう。諦めたことはなかったが、前向きにもなったことも無かったのではないか。
この青年の言葉が、ティアに初めて目標を、希望をもたらしたのかもしれない。
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15歳となったティアは組織でも重要な立場を築いていた。
彼女にはとある計画があった。
父親から解放され、スラムから出るための計画である。
とても褒められるようなものではなかったが。
仲間に嵌められ、計画を潰されたティアが、結果的に計画より早く自由の身となったのは皮肉であろうか。
生暖かい目でかつ厳しい意見をぜひともよろしくお願いいたします。
今週中に次話をあげたいです。
※修正「~とある計画があった。」のあとに「父親から解放され、スラムから出るための計画である。」と挿入