特捜
*
九月下旬、民自党衆院議員、佐藤研一郎のM市の地元事務所に東京地検特捜部の捜索が入った。
「今から収賄の容疑が掛かっている佐藤議員の事務所内の捜索を開始します。令状はこれです」
地検の検事で捜査班のチーフである皆木がそう言って令状を取り出し、翳す。追って他の捜査員たちが立ち上げてあるパソコンに行き、USB差込口に次々とフラッシュメモリを差し込み、データを吸い上げ始める。不正な金の流れを突き止めるため、捜索が開始された。
「はい、職員の方たちは皆さん、窓際に寄ってくださいね。OA機器には触れないようにね」
捜査班には俺も検察官の一人として在籍していて、佐藤の汚職の実態を暴くため、必死になる。特捜は恐ろしい組織だと政治家などから恐れられていて、俺もそこに在籍する人間として、ちゃんと業務をこなす。
捜索は丸々一日掛けて行われる手筈だった。合間に交代で食事を取ったのだが、何せ特捜の検事はきつい仕事だ。痛感していた。皆木が、
「おい、紙原。しっかりやれよ」
と言ってくる。食事を取り終えて、買っていた缶コーヒーを一本飲んでから、現場へと戻った。捜査に動員された検事たちは皆、血眼になっている。必死なようだ。今回の佐藤の贈収賄で二億の金が裏で動いたと、東京地検から連絡があった。道理で皆、目つきが鋭くなるわけである。額面が大きいのだし、単なる金銭の授受にしてもやり方が極めて悪質だからだ。
「佐藤逮捕は時間の問題ですね」
「ああ。ヤツはろくな人間じゃない。検察のメンツに掛けてでも、絶対に事件を解決してみせる」
皆木が俺の言葉にそう返し、また捜索を再開する。俺も続いた。マスコミがすでに騒ぎ出している。佐藤が二億の金を受け取った疑惑は日本中に波及しているのだ。現にネットニュースにも載っている。合間にスマホを取り出してネットに繋ぎ、配信されてくるニュースを読んでいた。次は国会内事務所がターゲットになる可能性が高い。その際、佐藤やヤツの秘書などが政治資金規正法違反で逮捕される。
*
M市はガサ入れが入った当日、晴れだった。押収したデータ類を持ち、地検へと舞い戻る。皆木が複数のワゴンに係官を乗せ、分乗してから車を出す。これから東京まで三時間ほど運転だ。疲れると思う。だが、皆、佐藤の収賄が個人的なものではなく、二年後の二〇一五年夏にM市内に大型のレジャーランドを建設するため、工事を担当するゼネコン<古谷工業>からの賄賂であることに勘付いていた。
民自党所属の佐藤は、昔ながらの古いタイプの政治家だった。いや、正確に言えば政治屋だ。自分のことしか考えない身勝手な人間なのである。こんなヤツに国会議員など任せられるかと思っていた。
東京地検へと帰り着き、フロアへと入ってデスクに就く。そして押収したデータを解析し始めた。調査を進めていく際にゼネコンとの持ちつ持たれつが判明してきた。どうやら佐藤は秘書たちと共謀し、今回のことを進めていたものと思われる。
「化けの皮がはがれるのも時間の問題だな」
俺の座っている席に皆木がやってきて、仕事ぶりを見ている。確かにデータを吸い上げたフラッシュメモリを開いてみると、長年佐藤とゼネコンが癒着していた事実が克明に記されているのだ。ヤツはクロである。間違いない。
特捜は朝早くから夜、下手すると明け方まで徹夜で仕事する。マル対――、いわゆる対象者に対しては、徹底して捜査を進めるエリート検察集団だ。実態は民間人にもあまり知られてない。
「紙原」
「はい」
「どうだ?佐藤を逮捕できるだけの証拠が揃ったか?」
「ええ。……実はこのデータを見ていたところ、二億の金が小切手で渡された際、添付されていたメモ用紙に手書きで<先生へ>と記されています」
「先生へ?……つまり佐藤のことだな?」
「間違いありません。これを見れば一目瞭然です。古谷工業から佐藤へ資金が行ったことを意味する証拠を我々特捜部が掴んだことになります」
「紙原、これをスマホのカメラで撮って、上に出す書類に添付しろ。裁判の際、貴重な物証になる」
「ええ、分かりました」
頷き、スマホのカメラで撮った後、プリンターで印字し、上層部に提出する資料に添付する。後は別部隊が佐藤の国会内事務所を捜索し、証拠品として何があるか、確かめるだけだ。捜査慣れした検察集団なら、いとも簡単に出来ることである。そう思っていた。
*
二日後、佐藤の国家内事務所に令状一式を取った上で東京地検の捜索が入り、佐藤と秘書三名が政治資金規正法違反で逮捕された。秋の臨時国会が召集を十月に控えていて、会期外だったので、国会議員の不逮捕特権は適用されず、佐藤は身柄を拘束されたのである。
「これでよかったんじゃないか?」
「ええ。民自党も驕りが出たんでしょう。公人が悪いことをすれば、必ず検察が動くといことを見せつけたんですよ」
皆木の言葉に、俺も頷く。そして、
「キーマンは佐藤本人と内田、佐々木、樋口の秘書三名ですね。秘書が証言すれば、本丸も自然と落ちますし」
と言った。
「例のメモ用紙の筆跡鑑定は検察庁内の専門部署に出してあるから、それで大丈夫だよな?」
「ええ。あれを書いたのが古谷工業の関係者、もしくは秘書三名のうちのいずれかであれば、メモ用紙を作成した人間が分かり、佐藤が二億の裏金を受け取った証拠にもなります」
「ヤツを追い詰める絶好のチャンスだ。俺も遠慮する気はない。取調べ担当の検事にも言っておくつもりだ」
「チーフがそう言ってくださると、我々も安心します」
そう返し、一息つく。そして目の前にある次の仕事の内偵などをパソコンでチェックし始めた。次の捜査対象者がいるのだ。俺たち検察でも特捜部は昼も夜も休む間がない。それだけ必死なのだった。俺もそのうちの一人である。
今回の佐藤の不正献金の授受疑惑と逮捕、それに伴う秘書三名の捕縛は、実に検察の見事な仕事ぶりが反映されたものだった。類似の事件は枚挙にいとまがない。それに今日も俺たち特捜はありとあらゆる人間や組織の不正を見つけ出すため、動き続ける。息を潜めるようにしてずっと、だ。
(了)