セデジャタール
私の両親は、本当に、信じられないほどに、呆気なく死んだ。
あの時【ガラクタ・カグラ】が二人を捕食しなかったからずっとその先もそうなのだろうと思っていた。そして、あの若さで、しかも同時に死ぬなどと、たかだか十六の小娘の頭の片隅にでもそんな想像ができたであろうか。事故だった。母は通い慣れた商店街の道なりで古く錆びれてしまった大きな看板の落下によって下敷きになり圧死。父は電車の脱線事故に巻き込まれ、ほか多数の人間とともに死亡。妙な縁があるもので、私の家と、この前初陣を共にした藤堂桐、つまり藤堂家とは遠縁の関係であり、身寄りもなく、まだ高等学校を修了していない私を養子として受け入れるというのだ。まさしく、私にとっては救いの手であった。
藤堂家は都内にありながら古い木造建ての屋敷を構えていて時代劇にでも出てきそうな、いかにも歴史のあるものだった。聞いてみればその通りで、千年以上の歴史を持つ家系らしい。シシオドシだかシカオドシだかの水流を使った芸術品の栄える庭には色とりどりの花がその生を謳歌しており、大層美しかった。音が静かに響く座敷にコン、という音が心地よい。桐と私は今後の方針について話し合うことになった。私としては、高等学校を無事に卒業できたのであればそのまますぐにでも働き口を見つけて自立すると息を荒げたのだが、桐は静かにそれを却下し、大学の入学を薦めた。どこまで世話になって良いものか分からない私は考えを渋って奨学金で在学することに決めた。
藤堂桐が私に大学の進学を勧めたのには、自分が行こうとしていたが学が足りず、行けなかったことからせめて私には学びに行って欲しい、また、大学へ入学するはずであった弟である藤堂霧の養育費が余っていることの二つを上げた。しかし、従者の葵伝いに聞かされた話であるが、桐には既に学士並みの学力を持ち合わせており、大学に通う必要性がないということだった。彼女なりの気遣いだったのだろう。なんにせよ感謝してもしきれない。しかし、弟の姿はいつも見かけないのはなぜだろうか、もうとうに自立してどこかで暮らしているのだろうか。あまり家族関係を掘り下げるのも下世話な話であるので聞かないことにした。
昔から絵が好きだったが、写生やデッサンは非常にお粗末なものでいくら努力しようともありのままを描くことができない。散々「お前にはこのような歪んだ世界がみえているのか」と馬鹿にされ続け、一度や二度ならず、筆を折った。しかし、私の絵を好きだと言ってくれた人間も少ないながらもいてくれたことは事実である。流石に見れたものではない写生やデッサンではなく抽象画用に描いた作品への評価だった。私の絵に好意を示してくれた人間のなかには桐もおり、特に海に浮かぶ果物の絵がお気に召してくれた。海の色を黄を主体として塗り、補色の紫をところどころに散りばめて重点的に・・・・と書くとお偉い画家のようだが、基本的に描きたいものを描き、塗りたい色を塗っていてそれが特定の人間に評価されている。そんなところだ。桐は「将来はいい値がつくんじゃあないかい?」と冗談交じりに褒めてくれた。桐は自分にとって、姉のような存在となっていた。
もう四年も前の話である。
美大にこそ入れなかったものの、サークル活動のなかでこじんまりとした展覧会を開けることになった。その旨を桐に伝え是非とも来て欲しいと誘ったのであるが、残念ながらその日に限って舞台の予定が入っていてしまっていたらしい。
仕方のないことだ。では難波恭平でも引きずって持ってこようかとも考えていた。
今回組むのはやはりいつものように葵なのだろうか。
◆
「どうして、あんたなんだろうねえ。今まで避けてきたように思えるといえばそうなんだけどさ。精々足を引っ張るんじゃないよ。あたしの弟はいっぺんだってそんなことなかったんだから」
「十分、わかってますよ。失礼かもしれませんが、弟さんを引き合いに出すのはよしてくれませんか。僕と彼は何の関係もありません。勿論、あなたとも」
難波恭平の言葉に桐は静かに彼に胸ぐらを掴んで無理やり視線を合わせる。瓜二つの風貌、はねた金髪、同じ身長、その中で、赤と黒だけが異なっていた。桐は苛立ちから赤を細め、恭平は呆れから黒を細めた。どん、と突き飛ばして恭平を離すと、桐は単身【ガラクタ・カグラ】の群れに飛び込んだ。
しかし恭平は動かない。
一歩もその場から動かない。
二時間ほどたったであろうか、息を切らせ肩を大きく上下させて呼吸を整える桐が、涼しい顔をして待つ恭平のもとへにじり寄る。誰がみても分かるとおり、疲弊し怒りに震えている。
「あんた・・・・どういうつもりだい?アドリブにしちゃあ酷いもんだよ・・・・。は・・・・いらない口数減らしってわけかい?・・・・おい、返事くらいしな。ただ開いているだけの穴ならまつり縫いにするよ」
「あー・・・・。いえ、もし大袈裟に台本からずれた行動を僕がしたとして、神託機械はどのような判断を下すか検証してみました。何も起こりはしないんですね。なんだこんなことなら、カユラの展覧会にまっすぐ向かえば良かった」
「ふざけるな!本当に、そのすかした態度が気に食わないったら、ありゃしない!そうやって霧のことも見捨てたのかい!?そればかりかカユラにまで手ぇ出そうってんならあんたの腕を【クシミタマ】ごと一乃前博士に返すよ!」
「言ったはずですよ。僕と彼は何の関係もなく、僕とあなたも何の関係もない。・・・・。ああ、彼と彼には関係があるって知ってます?」
恭平の言葉に絶句する桐の目線の先には、
日除け用の傘を携える、
私の。