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&c.  作者: しらたまきなこ
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赫犬への褒美

いつの間にか家族が全員で食卓を囲うという習慣は無くなっていた。なぜなのかは見当がつかないが、おそらくは、私に対する劣等感やら面目なさがあったからだと思う。【クシミタマ】が私に与えられたとき、最初にそれを知ったのは母であった。自分としてはとても誇らしく、きっと彼女も諸手を上げて喜んでくれるものだと思っていた。だが、現実は違った。その場で母は虚ろな視線を私に向けてから、夕餉の用意、合成蛋白質の味付けをしていた鍋をそのままゴミ箱へ捨てた。ごとん、という重い音が彼女の暗い側面を表していたように今なら解釈できる。父が帰ってきた。片手には箱詰めの菓子折りを持っている。昔は「おまんじゅう」と呼んだらしい。もちろん彼にもあの旨を伝えた。父は私から目を逸らすと、片手に持っていた菓子折りを床にどすん、と放り投げた。私はもう何も感情を揺らすことなく後で一人で頬張ろうと床に落ちた菓子折りを眺める。台所で立ち呆けていた母が父に向って小声でひそひそと話している「・・・・あの子だけ・・・・は」「どうしてだ・・・・なぜ・・・・私たちだけ」耳に届いている。余所でやってほしい。私はラジオの電源を付けたポーンと丁度時報を知らせる音が鳴る。少し気分がよくなった。

そして二人は私に三つ指を揃えてお辞儀をしたのだ。理由は分かっている。三日後の私の初舞台、それの贄に二人は選ばれている。父と母はそれから逃れたい、助けてほしいと懇願しているのだ。

全くもって情けない話ではないか。

神託機械に選ばれることさえ一般人にしてみれば光栄なことであるのによりにもよって【クシミタマ】をもつ娘の親として恥ずかしくないのだろうか。


父と母は最期の最後まで私に自分たちを【ガラクタ・カグラ】から守るようにせがんでいたのだが、受け取った台本の贄には確かに二人の名前が載っていたので無理な話だと伝えると、とぼとぼと自室に戻っていく。粘土の人形のようだと思った。それよりも出来の悪い何かだ。私だって何が悲しくて血のつながった父と母を見殺しにしなければならない。私は、私はただ。

当日を迎えた。私の近所にはそれなりに大きな川が流れていて既に向かったころには【ガラクタ・カグラ】が見知った人物たち(挨拶程度を交わすぐらいであるが)をくちゃくちゃと胃の中に収めていた。

排泄物の砂が大きかった川をほぼ埋め立てていて、ああ、今年の花火大会は見やすそうだなぁと考えていると、視界の隅で何かが縮こまって震えている。

まだ往生際の悪い輩がいるのかと内心呆れたが、その実態がなんなのかは察している。父と母だ。陸橋の陰に隠れて【ガラクタ・カグラ】の視界から外れるように忙しなく移動している。

まあ、なんという有様か。

他の贄はこぞって【ガラクタ・カグラ】の捕食されているというのに。この舞台。私の。娘の初舞台を台無しにするつもりなのだろうか。沸々と怒りがこみあげてきて与えられたばかりの花札型の【クシミタマ】をかざして彼らを威嚇した。「早くそこから出ろ」その意思が通じたのかは定かではないが、おずおずと父と母は【ガラクタ・カグラ】の目の前へ歩き出した。四メートル程の中型の【ガラクタ・カグラ】がのそのそとそちらへ向かうが、立ち止まってゆっくりと首、のような接合部分をひねった。父と母の存在を認識したものの捕食対象にならなかったらしい。台本が書き換えられたのだろうか。時たま予想外のアクシデントに舞台が見舞われた場合、先陣を切ってアドリブをいれるのが【クシミタマ】を持つ人間の役割の一つでもある。

私と同じくしてこの舞台に上がったのは金髪赤目、黒い袴の女性。名前は藤堂桐といったか。桐は鉄扇型の【クシミタマ】で舞うように討伐する姿から【イズノオドリコ】という二つ名でも呼ばれていた。確かに傍目から見て彼女の姿は美しかった。

私は父と母に対峙する【ガラクタ・カグラ】をどうしてよいものか分からず、【クシミタマ】の花札を桐の舞う姿にはえるように散らばすばかりであった。桐の足が例の【ガラクタ・カグラ】の前で止まる。遠目からで桐の顔はよく見えなかったが、笑っているように感じた。数分かからず、舞はあっという間に一仕事終えて、父と母は解放される。そして、私のもとへやってくることもなくよろよろと自宅への道のりを歩いて行った。桐のもとに一人の男性が駆け寄る、家族か何かなのだろうか。


「初舞台にアドリブできる人間なんて中々いるもんじゃあないから安心しなよ。ああ、この男は私の従者でね、ほら、葵、頭くらい下げなよ」


促された葵という男は恭しくこちらに頭を下げた。日本国人特有の癖なのかもしれないがついこちらも頭を下げてしまった。


「どうして【ガラクタ・カグラ】はパパとママを食べなかったの」

「んん、ちょいとそりゃあ、わからないけどねぇ、まあ、神託機械の判定基準がなにかしらかわったんじゃないかねぇ?よかったじゃないさ、ご両親失わずに済んだんだから」


どこか申し訳なさと感謝の入り混じった感情を上手く言葉で表せない私を見て、桐は幼子をあやすように頭を撫でてくれた。

そういえば私は撫でられたのは初めてかもしれない。


帰宅した。

カユラ。と呼ばれて顔を上げると、震える二人が涙をこらえきれなかったのかその場で泣き崩れた。


私は考えている。

庭の雑草が伸びはじめてきたから虫がわくな。



おにぎりが食べたい。

そういうと思ってね、冷蔵庫にあるのよ温めて食べなさい。カユラの大好きな炊き込みご飯にしたんだから。

β化澱粉の塊で味付けをされた程度の料理でさえ私にはご馳走であった。そしてなによりも母が作ってれたことが嬉しかった。冷蔵庫を開けると『秋の筍風味』とレッテルの貼られたものがそこにはあった。母はとうに夕餉を済ませてしまっていてテレビ番組にかじりついている。私は台所に座って、おにぎりを頬張った。

美味しいでしょう?と聞かれて私は答えた。

今までで一番おいしい、と。


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