常夜常世に人見頃
【ガラクタ・カグラ】とは神託機械とは。阿蘭陀の研究室の独白。
機械は考えることはできる。だが、問題を作り出すことはできない。そう、何かの本で読んだ覚えがある。この場合の「問題」はクエスチヨンの意味であることは明白であるが、私の目の前にあるこの機会における「問題」とはプロブレムのそれである。
この機械の名は神託機械。外見は白いドレスを纏った美しい女性の人形で、神託少女と呼ばれる者たちが作り上げた。無限に近い「台本」のシナリオがインプットされており、これをあらかじめ全国民に提示し、映像公開媒体を使って放映する。
【ガラクタ・カグラ】と人間の討伐劇はまるで海外のアクション映画のようだ。
「この国の神様は死んでしまった。あまりにこの国がつまらないから」
「それならば、とっても楽しい話を作って神様を呼び戻そう」
神託機械のの発案はそんな動機で始まった。
【ガラクタ・カグラ】は神託機械によって作り出された、つまり人形が産んだ存在だ。
これは舞台づくりに欠かせないものだった。日本国を閉鎖状態にしたことも。その一環に過ぎない。ゲストは日本国民だけでよい。オーナーも日本国民だけでよい。
【ガラクタ・カグラ】の行動についてここで一点の疑問が浮かぶのではないだろうか?
人間が殺され、捕食されていくシナリオは許されるべきものなのか。
その「問題」こそクエスチヨンでありプロブレムなのである。
その昔、まだ日本国が陸づたいに海に囲まれていたころの話だ。
この国にはある一種の風土病があった。媒介は定かではないが、症状として自己否定と持続した精神不安。その時代では「鬱」と呼ばれていたらしい。
人々は自己否定から自ら命を絶つことも少なくはなく、年々それは増加していき、少子化と相まって、人口は激減、現在では百万人をきっている。人口のほぼ百%は都心部に集中。農業、林業、漁業の機能は最早なく、高濃度栄養剤によって生命維持が賄われている。
さて、現代の話に戻す。自己否定のやまぬ日本国。命の価値は財布の中の小銭程度のものだ。それ故に自分が台本のままに死のうが構わない。寧ろ他人を喜ばせる役者になれることは誇らしいことだ。自己犠牲の美化、それもまた古くからの風土病なのであろうか。いずれにせよ、現状を遮るものはなにもないのだ。
【ガラクタ・カグラ】の材料は彼らが捕食した人間の内臓を抜き取ったものを使用する。神託機械の拡張施設に送られ、そこで形を再構築するのだ。
【ガラクタ・カグラ】の討伐には特別な兵器が用いられる。製造番号0000から0809までの73機の様々な形状をしたものだ。中でも08シリーズは最新型で、遠方から追撃できる非常に画面映えする代物として、人気が高い。
兵器の原動力は人間の秘めるわずかな自己肯定の意志だ。
今では適応する人間はごく少数であり、その選抜もまた神託機械によって行われる。
自己肯定の意志を持つ者が現代社会にとってどのような存在か察することはできるだろうか?
少数派を侮蔑し、多数派を重んじるこの世界で。
彼らは。
私たちは。
◆
くるくると風車が刺さった粘土が気に入って仕方がない。まるで阿蘭陀の有名な風車を思わせる。だからこうして絶えず息を吹きかけてはその姿にメルヒエンチックな感情を供給してもらっているのだ。ふうふう、という無機質なのかよくわからない音は広い研究室の機材待機音に遮られ、私にしか聞こえていない。
がちゃり、とドアが開いて人が入ってくると外からの空気の移動で風車は勢いをまして回転する。
そんなにこの部屋と温度差があったか。
風車から自分の興味はさっぱりと消えた。
振り向くと植木鉢に入った赤いハイヒールを持った。黒髪の女性が一人立っていた。
「カユラさんがチューリップをくれたのよ」
「ああ、いい色だ。早速クリームを塗ってやろう。長持ちするからね。阿蘭陀の研究室に様変わりしてきたな」
「私、花には疎いから、お願いね、Cさん。ああ、新橋のシナリオで壁と砂が少量だけれどもあるのよ。次の舞台のエフェクトに利用できるかしら?」
「まぁ、使えないことはないさ、ただねぇ、あれは重くて重くてあの場所から動かそうってもんならクレーン車でも引っ張ってこないといけないよ。加工も私の落書きか、固めたオブジェくらいにしかならないさ」
「そうだったわね。壁と砂がやすやすと動かせるものならとっくにこの国は第二回目の開国を強いられてしまう。冗談じゃないわ。海外なんてろくな話がないもの。私たちの舞台が崩れてしまう。」
ああ、でも時間泥棒の話は好きだわ。なんという題名だったかしらね。
それも植物の名前で・・・ああ、私って植物には疎いのよね。
「一乃前博士」
「何かしら?」
「あなたは、神を裁けるか?」
「イエス。私は私を肯定できる。私は神も肯定できる。だからこそそれを否定し、裁くことができる。その神託機械だって壊してこの国をまた神の死する無聊をかこつ国にできる」
「神託少女たちが聞いたらことだぞ」
「だから秘密にしてね」
キャンディーをあげるから。
百年ものなのよ。
味は、ええと・・・・。私、植物には疎いのよね。