月の湯船でうさぎを湯がく
Cによれば、私は大層美しい娘である。
難波恭平によれば、私は非常に聡明な女である。
一乃前レイによれば、私は傲慢でヒステリックな少女である。
私によれば、私は記すべきもなく、ただひたすらに否定された存在に過ぎない。
神が自分を模したものが人間であり、人間が自分を模したものが人形である。
そして、人形も自分を模した。
それが【ガラクタ・カグラ】である。
生ぬるい六月の湿った風がカユラの頬を撫でた。もうじき雨が降るのであろう。それまでにはなんとか決着をつけねばなるまい。夕暮れ時の新橋駅前のSL広場に群がっているのは有象無象の【ガラクタ・カグラ】たちだ。駅ビルの屋上からはそれがよく見える。成人男性程の身丈のものもあれば、ゆうに十メートルはあるかと思われるものも視界に嫌でも目に入った。これから一杯引掛けに行きたかったのであろうサラリーマンのスーツの切れ端があちらこちらに散らばっており、女の履いていた赤いハイヒールは投げ出されて花壇にチューリップの様に刺さっていた。そういえば紫陽花はそろそろ咲いていてもおかしくはないけれど、実家の川べりはどうなっただろうか。カユラは馬鹿げているほど冷静な頭で思考していた。銀色に染め上げた長い髪をくしゃりと一回かきむしり、隣で臨戦態勢をとる青年に言葉を投げかけた。
「恭、あたしさぁ、帰りに麦茶買って帰らないと飲み物ないんだよね。」
「うん、でも。隣駅まで歩かないと店はないんじゃない?」
恭。難波恭平は間の抜けたカユラの投げかけに手馴れたように返した。それが気に食わなかったのかカユラは掴んでいた銀髪を勢いよくぶちぶちと引きちぎった。
「つまんなぁい。あんた、ほんとつまんない。嫌い。」
「何が望みの返答だったか知らないけれど。さっさと終わらせようよ。」
だから、そういうのがつまんなぁい。とカユラは引き抜いた毛を地面に落とすと、勢いよく地を蹴った。続いて恭平も後を追う。
【ガラクタ・カグラ】の行動は生物学的なものをとる。捕食し、睡眠を取り、排泄し、そして繁殖する。
何を捕食するのか、人間だ。それも内蔵部分のみ。
何を排泄するのか、壁と砂だ。
【ガラクタ・カグラ】の被害をうけた日本列島は海岸線を全て壁で遮られ、更には、生き埋めにでもするかのように内側へ内側へと砂が押し寄せてくる。蟻地獄のようなものだと思ってもらえればわかりやすいだろう。無闇たらな、侵略行為と捉えられるかもしれないが、彼らの出現理由、行動理由は明確な定義がある。
人間を主人公とした、愛、友情、勇気、葛藤、あらゆる全ての感情を惜しみなく注いだ物語を生み出すことである。
一閃、一閃。青い光がジグザグと折れ曲がって疾走する。その経路にあった標的は次々と地に体を付け息絶える。はらり、はらり、大量の鹿やら猪やらが描かれた札が舞い。【ガラクタ・カグラ】を包み、そのまま圧死させる。
「あたしは、あんたが大嫌い。あたしはあたしが大嫌い、あんたはあたしが大嫌い?」
「形はあるけど影はない、影はあるけど形はない、形があるから影はない、影がないから形はない」
「というわけで」「といったところで」
「終劇」
パンッ
大きな破裂音と空から降る色とりどりの紙吹雪。
「あーん。これじゃあ、あとあと、雨が降るんだからぐっちゃぐちゃになるよ。公安の人ご苦労さまさまぁ」
「今回は台詞が少なくて良かったね。八王子の時なんて一時間くらいあったもんな」
「だからつまんないの」
「はいはい。ああ、Cさんに伝えておかないと。若干だけど壁と砂が排泄されてる。大道具につかえるだろうから」
「帰る」
「ああ、はい。またね」
傍若無人なカユラの行動にいちいち真正面から向かう必要はない。適度に返答し、対応すればいい。彼女の「つまらない」を覆すことなど不可能だからだ。
Cによれば、カユラは大層美しい娘である。
難波恭平によれば、カユラは非常に聡明な女である。
一乃前レイによれば、カユラは傲慢でヒステリックな少女である。
カユラによれば、カユラは記すべきもなく、ただひたすらに
「あ、カユラ。自動販売機に麦茶あるよ」
肯定されるべき人間である。