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No.09 クエスト完了後

 敵部隊を全員殲滅、クエストを完了――したあと。


 私たちは学長室を訪れていた。


「いやぁ、お疲れ様! クエストポイントはもうそれぞれの生徒証のパスカード内に振り込んでおいたからね」


「……うっ……ぐすっ……」


「ありがとうございます、学長」


「いやいや、お礼を言うのはこっちの方だよ。見事、学園依頼クエストを完遂したんだからね。


 いやー、ほんと気持ちいいな。このあいだ、苦戦したばっかりだからね。


 そうだ! ついでと言ってはなんだけど、いまのうちに何か聞きたいことはないかい? もちろん、僕の答えられる範囲内で、だけど。」


「……ふぐっ……ううっ……」


「あー、じゃあ、私からいいですか?」


「なんだい、優姫君?」


「なんで……重はずっと、泣いてるんですか?」


 重は、戦いが終わった後からずっと泣き続けていた。なぜか。


「あー、それは、なんというか……病気?」


「へ?」


「優姫さん、それは私が説明します」


 玲が、会話に割り込んでくる。


「その前に……これ、結構長くなる上に、その……優姫さんの過去にも触れるんですけど、いいですか?」


「『私の過去に触れる』?」


「はい。優姫さんの、私たちが知っている範囲の過去の記憶です」


「……うん、知りたい。私の、昔のこと」


 私は、失った三年間のことをよく知らない。というのも、なぜかほのかがあまり話したがらなかったからだ。


 そもそも、よく考えてみれば、私は重や玲とどういうふうにして知り合ったのかさえ知らない。ちょうどいい機会だろう。


「わかりました。あ、関根さん、この部屋、ずっと借りてても大丈夫ですか?」


「かまわないよ。それに、その件に関しては僕も無関係じゃないからね、僕も同席するよ」


「すいません、勝手言っちゃって。さて、それでは――


 まず、優姫さんの専用機についてですね。優姫さん、そのイレイザー、どうやって手に入れました?」


 玲が、私に訊いてくる。


「え、学長に『父さんからの預かりものだ』って言われて、もらったけど……」


「そのイレイザー、すぐに着れましたか?」


「う、うん。最初はちょっときつかったけど、自動調節機能とかのおかげで、すぐに馴染んだから」


 そこで玲は見つけた、と言わんばかりに勢いよく口を開いた。


「そう、そこです。イレイザーには、自動調節機能は存在しないんですよ。完全オーダーメイド品です。


 曲がりなりにも、機械ですからね」


「え? でも、じゃあ、なんで私、すぐ着れるようになったの?」


「それは、イレイザー個人機には自動調節機能ではなく、操縦者の成長を推測、測定して大きさを変える機能が付いているからです」


「?」


「つまりですね、優姫さんは一度、記憶をなくした間にイレイザーを装着したことがある、ということです」


「え!? ……あ、でも、父さんが一度私に着せたのかも」


 すこし驚いてしまったが、十分にありうる話である。


「あー、そうきましたか……。……もう単刀直入に言いますね?


 結論から言うとですね、優姫さん、あなたはイレイザー研究開発機関〈クウォーク〉の試験搭乗者だったんです」


「!?」


「優姫さんのお父様は、クウォークの研究者の一人でした。


 クウォーク研究中の頃はよく、私や兄さんに『おまえたちと同じ歳の娘と、一つ上の娘がいる』って自慢してましたよ」


「ちょ、ちょっとまって。なんで、父さんと玲が直接会ったことがあるの?」


「玲君、最初から話した方がいいんじゃないかな」


 学長が、玲に助け船を出す。


「……そうですね。そうしましょう。


 えっと、すいません優姫さん。始まりから話すので、しばらく聞いててください。わからないところがあれば、質問してもかまいませんから」


 私はすこし混乱したまま、玲の言葉にうなずいた。


「――兄さんは、小さい頃から弱虫で、泣き虫でした。


 だから、でしょうね。兄さんは、一人で妄想にふけっていることが多かったです。


 頭のなかだけなら、誰にも迷惑をかけないし、誰にも傷つけられない。……そう、考えて」


 なぜ重の幼少の頃の話から始まったのだろう?


 そう思ったけど、とりあえずは話を聞くことにした。


「父は研究者と言う職業柄、家に帰ることが少ない人でした。


 でもある日、珍しく父が研究所から帰ってきて、家族みんなで夕食を囲んでことがあったんです。


 そのとき、兄さんが父に訊ねました。『ねぇ、お父さん。ものを消すことって、できるの?』って。


 あぁ、できるよ、と父は返しました。父は研究室で収納石を利用した開発に携わっていたので、原子学にはそこそこ精通していたんです。


 返事をしてから、父はなぜそんなことを質問したのか疑問に思い、兄さんにそれを訊ねました。『それがどうかしたのかい』と。


 兄さんは父のYESという返事に対して凄く嬉しそうにしていました。でも、その質問をされるとその表情をさらに輝かせてこう言ったんです。


 『もし、そんな能力を持った鎧があったら、すっごく安心できるなあ、って思ったんだ』って。

 

 それを聞いた父は目を見張らせて、すまんと一言言い残し、食事の席を立ち部屋から走って出て行きました。


 そして次の日の朝、父は分厚い紙の束を手に抱えてリビングに顔を出しました。机にその紙束を広げると、父は兄さんと私を手招きしました。


 父が言いました。『重、お前が考えたことは可能だ。だけどな、いかんせん、今じゃ無理だ』


 『え、なんで』と兄さんが返します。


 父が言いました。『えっとな、父さん、昨日あれから調べたんだが、技術が足りないんだよ。その、ものを消すのに必要な装置が大きすぎるんだ』


 そこで兄さんが言いました。『じゃあ、小さくできないの』


 父が言いました。『できるっちゃあできるんだが、きっとものすごい時間と労力がいるだろうな』


 そこで私は言いました。『じゃあ、わたしがそれちっちゃくする!』


 その言葉に、父は驚いた顔をしました。それに構わず、兄さんは言いました。『じゃあ、ぼくがその鎧を考える!』


 ひとしきり驚いた顔をすると、笑いながら父が言いました。『ははは、じゃあ、これは三人で創ろうな』って。


 その約束をした七年後、私は反物質生成装置《クウォーク》を創り出し、兄はさらにその二年後、練りに練った設計図に基づいて、黒騎士を創り上げあげました。


 ――――もう、十二年も前の話です」



「「「………………」」」



 その話を聞いて、私だけでなくほのか、学長までもが呆気にとられていた。


 あまりにも昔の、まだ重も玲も幼いころの話。まさか、二人が――?


「父さんがクウォークを創り上げるために、大学の同僚や当時の職場の研究員を集めて作った研究チーム、それが〈クウォーク〉です。そのときのメンバーに、優姫さんのお父様がいたんです。


 クウォーク創作のころの話は今関係ないので飛ばしますね。


 世にクウォークが発表された後、私たちは当初の目的である〈イレイザー〉の創作にとりかかりました。


 いまのイレイザーの原型になる一号機、それ自体は一年程度でできたんです。


 でも、問題がありました。試験搭乗者の存在です。


 仮に創ったとして、だれが試験的に乗るか? それが問題でした。兄さんが全部乗る! って言ったんですけど、一人じゃ身が持たないんですよね……。


 何といってもお金が足りませんでした。クウォークが販売されるようになって、ある程度のお金は入るようになったんですけど、全部今までの借金とイレイザーの研究費用のためにまわされてて、とても人を雇える状態じゃありませんでした。


 研究者たちがいなくなっても困るし、どうしよう……ということで出された苦肉の策が、私たち研究者の子どもを試験搭乗者にするものです。


 反対はかなりあったんですけどね、竜騎士を創るのは私と兄さんの悲願でしたし、なにより研究者さんたちも世紀の研究を、無粋な他人なんかに見せたくなかったんでしょう。最終的に、了承がとれました。


 そこで集められた試験搭乗者の子どもたちが、私と兄さん、そして優姫さん、ほのかなんです」


「ほのかも!?」


「ええ。そうですよ」


 振り返ってみると、ほのかはてへへ、とちょっと恥ずかしそうにしていた。


「ごめんね、お姉ちゃん。お姉ちゃんが記憶を失ってから、私も研究所に通うのやめたんだ。


 お姉ちゃんのそばにいたいって、研究所の人たちに頼んで」


「ほのか……」


 なんでほのかが昔のことをあんまり言わなかったのか、今わかった。


 そこで、玲が思い出したように言う。


「あ、そうでした。『なんで兄さんが泣いているのか』でしたね」


「う、うん」


 ……話に聞き入ってて、本題を忘れてた……。


「えっと、だったら事故のことについて話さないといけないんですけど……」


「……そこからは、俺が話す」


 見れば、重が顔を泣きはらしながらも、泣きやんでいた。


「兄さん……」


 重は立ち上がって、玲の目をまっすぐに見た。


「頼む玲、これは俺が言わなきゃいけないんだ」


 しばらく視線を交える二人。しばらくして、玲が折れた。


「……わかりました。優姫さん、ということで、ここからは兄さんとバトンタッチです」


「あ、うん。ありがとうね、いろいろと」


「いえいえ。……むしろ、大変なのはここからですから」


「え?」


「あー、ごほん。そんじゃあ、続けるぞ」


「あ、うん。お願い、重」


「おう。

 えっと、イレイザー研究が始まって四年、イレイザーを公表してから二年、優姫が試験搭乗者になって三年たったころだな、ある実験をおこなったんだ」


「ある実験?」


「ああ。優姫は、心感鉱は知っているよな」


「もちろん」


「その特徴をあげてくれるか?」


「えーっと、心に反応して微弱な電気を流すこと」


「そう、それだ。俺たちはそこに着目したんだ。クウォークの反物質生成量調整部分には、心感鉱を使っている。


 ならもし、心感鉱の反応において、強い反応を引き出し、クウォークの反物質生成量を一時的に暴走させたらどうなるか? 俺たちはその実験をしたんだ」


「な、なんでそんな危ないことしたの?」


「それで死傷者が出てからじゃ、遅いからな。早めに手を打たないといけなかった。


 あと、科学者の探求心ってやつだ」







『科学者とは! その本能に従い! 物事を探求し! 人生を謳歌する! 人間の中でもあるべき姿を持った、崇高なる存在なのだッ』


 両手を大きく広げ、酔ったように叫ぶ父さん。


 私の残っている記憶の最後の方にあった父さんの姿が目に浮かぶ。


 父さんの夢は、『マッドサイエンティスト』だったらしい(母さん談)。 





「………………オッケー、なんとなくわかった」


「それじゃ、続けるぞ?


 そこで俺たちは、心感鉱の割合をある程度増やしたクウォークを搭載したイレイザーを製作し、試験搭乗者を乗せたんだ。


 ある一人、まあ俺なんだけど、が乗った時、実際暴走したんだが――予想に反して面白い反応がおこった。


 優姫、俺がさっき、敵本隊の連中を一撃で仕留めた時のこと、憶えてるよな?」


「あの黒くなるやつ?」


「身も蓋もない言い方だな……。


 ま、そうだ。あれだよ。俺たちは『黒化』と呼んでいたけどな」


「『黒化』……」


「そ。


 最初の頃は、そりゃあ薄っぺらいものだった。あの黒い炎、憶えてるだろ? あれが全然なかった。いまでこそ、全身を覆うほどに大きいけどな。


 俺たちはその黒い炎が、視覚化できるほど高密度に集まった、反物質の塊であることを実験結果で突き止めたんだ。


 で、それを何とか一か所に集めて、高い攻撃力を武器に持たられるのではないかと考えた」


「ん? 黒化中に作りだしてた、あの黒い大剣のこと?」


「そう。あれは、その研究の成果で生み出した完成品だ。


 っと、ま、それはいいんだよ。問題はそのときの実験だ。


 その黒い炎を、自分の意思で一か所に集められないか。俺たちはその実験をしたんだ。


 その時の相手は優姫、おまえだった。絶対防御の異名も取ってるし、ちょうど適任――」


「ちょっ……ちょっと待って! 今なんて言った!?」


「え? だから、優姫が相手に選ばれたって」


「ちがうちがう! 異名がなんとか、とかの方!」


「え? そっち?」


「すいません、まだ言ってなかったですね」


 そこで玲が、口をはさんだ。


「そっちは私から説明しますね。

 優姫さんは正竜騎士の資格を持ってるんです」


「え!?」


 噂でしか聞いたことのない、あのハイレベル試験に受かってるの、私!?


「まあ、〈クウォーク〉の試験搭乗者ですからね。その称号獲得も当然です」


「あ、そっか」


 正竜騎士認定試験を行っているのは、イレイザーの生産・販売を独占している〈クウォーク〉が行っている。その内部の人間なのだ、受かるのも道理――


「あれだけの時間乗って、訓練したんです。認定試験合格者の中でも、ぶっちぎりの成績で合格しないと嘘ですよ」


「…………」


 実力で、ただ受かっただけではなく上位に入ったらしい。


 すっごく強かったんだ、私……。


 あ、でも、私が正竜騎士ってことは――


「……ね、ねえ。私の、その、二つ名はなんていうの?」


 緊張もあったけれど、訊かずにはいられなかった。


「絶対防御、『紅の守護騎士スカーレットガーディアン』です」


 それに玲が、サクッと返す。


「絶対、防御……?」


 はて、思い当たる節がない。


 私の装備は突撃槍と大盾だけだ。大盾は片手で持つことでその役割を果たすが、『絶対防御』というには小回りが利かないデカブツ。

 

 でも、それしか考えられないし……。


「優姫さん」


 玲が、考え込む私に言う。


「絶対防御の異名の理由は、また今度にしてもいいですか?


 今言ったとしても、時間もかかってしまう上、理解しづらいでしょうから。


 実践した方が早いかもしれませんし、そうしてもらいたいのですが……」


 ……そうだ。まだ、重の『大切な話』の途中だった。


 それを中断して話し込むのはいただけない。だって、重はそれを言うために相当の覚悟をしている、はずだから。


「……わかった。うん、また今度にしよっか。


 重、話の腰を折っちゃってごめんね。続き、話してもらえる?」


「……ああ。えっと、優姫が俺たちの実験の対戦相手に選ばれたところまで、話したよな。


 そのとき、ある意見が出たんだ。俺が繰り出す攻撃は、ものすごく高い攻撃力を誇っている。


 だから、研究施設内にある実験場をおおっている反物質の膜程度じゃあ、いざって時にすぐ破られてしまうんじゃないか、ってな」


「?? どういうこと?」


「えっと、たとえばこの学校のはずれにアリーナがあるよな? なんであそこの中だったら、イレイザーを装着していいと思う?」


「え?」


 考えたこともなかった。


「あー、じゃあ逆に聞こう。


 もし、街中でイレイザーを装備して武器振り回したらどうなる?」


「そりゃ……ちょっとした拍子で街の一角が消し飛んだりしちゃうね」


「そう。イレイザーを装備した者の前じゃあ、どんなものも消えてしまうんだ――反物質以外は」


「あっ、そっか。だから、アリーナの試合場のまわりには、反物質の薄い膜がはってあるんだ」


「そのとおり。で、元に戻るぞ?


 俺が実験中に出す攻撃は、通常のイレイザーの繰り出す攻撃の数倍、へたすりゃ数十倍だ。


 そんな攻撃が万が一当たってしまったときに、はたして反物質の膜程度の薄さでその攻撃を止められるか、という疑問がわいたんだ。


 そこで俺たちは万が一のことを考え、その実験をまわりに何もない野外で行った。


 でも当然、研究所内じゃないから、観測機器が存在しない。


 そこで、観測機器の設置、操作を買って出たのが、優姫の親父さんだ。


 あの人は『娘と息子の晴れ舞台だ、パパである俺がビデオをまわしてやるよ!』って意気込んでたよ……。


 そして、実験は行われた。


 実験の目的は確かに果たせた。俺は自らの意思で手の先に黒い炎を集めることに、一時的には成功したんだ。


 でも、その高密度の反物質粒子によるエネルギーに、鎧が持たなかった。黒い炎が集まったと同時にその箇所で対消滅が発生。


 その反応による爆発の衝撃で、優姫は吹っ飛ばされたんだ――お前の、親父さんのいる方へ」


 悔むように、重はうつむく。


「それで……父さんは……?」


「お姉ちゃん……」


 ほのかがギュッと、後ろから私を抱きしめる。


 でも、私の頭の中はいっぱいだった。


 え? え?? なんで? 父さんは自動車事故で死んだんじゃないの?







 私が………………殺した………………?







「……ごめんなさい」


 ふと見上げると、重が床の上に泣き崩れていた。土下座しているようにも見える。


「ごめん! 全部、俺のせいなんだ! 俺がもっと、策を講じていれば……! おじさんの言葉に浮かれてないで、ちゃんと安全第一の方法をとっていれば……っ」


「………………!」


 その光景を、言葉を知覚した瞬間、頭をぐらりと揺さぶるような感覚が私を襲い、私の混乱は吹き飛んだ。


 だめだ。いま、私が、絶望に駆られてはいけない。


 そしたら……彼を、重を、立ち直らせられる人がいなくなってしまう。


 なにより、彼のあんな顔を、あんな姿を、私がさせてしまっていること自体が駄目だ。


 私は、ただ……。


 ……ただ、なんだろう?





「…………ごめん……なさい…………」


 そこで、重の姿が目に入り、横道にそれかけていた思考は中断される。


 私はほのかの手をぽんぽんと軽く叩いて、私は大丈夫とアピールする。


「……お姉ちゃん……?」


 見れば、ほのかも泣いていた。


 よしよし、と頭を撫でる。そのうえで、さらに安心させるために言葉をかけた。


「私はもう大丈夫。だから、ね」


「……グスッ……うん、わかった……」


 そう言って、ほのかはすっと私から離れる。


「ごめん……ズビッ……うううぅぅ……」


 さて、彼になにか言わなくては。


 床に突っ伏している彼の背中に手をかけて、私は諭すように言った。


「重、顔をあげて」


 彼は私の言葉に従い、顔を上げる。


 鼻水と涙で、もう彼の顔はぐしゃぐしゃだった。


 その涙を騎士服の袖で拭ってあげながら、声をかける。


「重はさ、私の父さんのこと、好いてくれてたんだよね。


 なら、私に謝ったりしちゃ、だめだよ。


 父さんに、ありがとうって伝えなきゃ。


 父さんが死んじゃったのはさ、事故だったんだよね? 誰かが望んだわけじゃないもの。


 なら、やっぱり謝ってもどうしようもないよ。


 せめて、笑わないと。伝えないと。今までありがとう、って」


「……優姫……」


「ほーら! だいぶきれいになった。やっぱり重には、泣いた顔なんて似合わないよ」


「……優姫ぃ……」


 重はそのきれいになった顔をまた、くしゃりとゆがめた。


「こら、だから泣いちゃだめだってば」


「……ッ……で、でもっ……」


 涙はどんどんたまって、今にも溢れそうになっている。


「しょうがないなあ――――」


 私は重の右肩の上に顔を乗せる形で、重を抱きしめた。


「じゃあ、泣くのはこれっきり。これからはもう、泣いちゃだめだよ?」


「……うっ……うん……ズビッ……」


「それと、重」


「……ズッ……ん……?」


「……父さんのこと、話してくれて……泣いてくれて、ありがと」


「――――――ッ! ……うっ……うぅわああぁぁぁあぁああ――――――ッ!」


 重は声をあげて、火が付いたように泣き出す。


 私は自分の頬を伝う熱を感じながら、泣き続ける重をぎゅっと抱きしめ続けた。


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