No.08 防戦
メールは学長からだった。
『From 関根 巌
夜遅くにすまない。
今、レーダーに正体不明の竜騎士たちの反応があった。至急、撃退してほしい。
方向は北。イレイザーを装着したら、また改めてレーダーを見てくれ。
よろしく頼んだよ』
メールを全部見終わると同時に、重から電話が入る。
『優姫! メール読んだか?』
「ええ!」
『兄さん、私も読み終えました』
『私もー』
どうやら回線は共有されているようで(相手を指定すれば、その相手数名と会話できる電話のかけ方だ)、玲やほのかの声も聞こえた。
『よし、全員起きているな。とりあえずみんな、寮の前に集まってくれ!』
「「「了解!」」」
私は収納石に命じて素早く騎士服に着替えると、部屋を飛び出した。
「重! 玲!」
私が玄関に到着すると、すでに重と玲がいた。
「みんな、はやかったね」
一拍置いて、ほのかが追い付く。
「よし、これで全員そろったな」
そう言って、重はひとつ深呼吸する。
そして、大きな声でクエスト内容を確認し始めた。
「これより、学園依頼クエストを行う!
内容は敵の殲滅! 応援は見込めない!
よって二人一組で行動、小隊を殲滅した後、敵本隊を全員で叩く!
組としては俺と優姫、玲とほのかの二組で動いてもらう!
以上、質問は!?」
「「「ありませんっ!」」」
「よしっ! 各自、イレイザーを装備!」
「「「了解!」」」
毎度クエスト前に行う号令を終えると、全員イレイザーをまとった。
重の機体は、銀にすこし黒みがかかったような色で、肘のところがとがっている。
玲の機体は、色は紫紺で、腰のところにプレートが数枚、スカートのように広がっていた。
ほのかの機体は、山吹色で、膝にエッジが付いているのが特徴的だ。
そして私の機体は、真紅とでも言うべき深い赤色で、ティアラのようなものが兜の上についていた。
「よし。行くぞ、優姫」
「ええ。頑張ってね、玲、ほのか!」
「任せてください。そっちも頑張ってくださいね、兄さん、優姫さん!」
「お姉ちゃんたちも頑張って!」
各自、声を掛け合いながら、クウォークを起動、脚部にエネルギーを溜める。
エネルギーを溜める間、広範囲レーダーを見る。
すると、確かに反応があった。南に小隊が一つ、北に小隊が一つとその奥に本隊が一つあるようだ。
「俺たちは北に向かって小隊を一つ殲滅した後、敵本隊と先に交戦しておく。
玲とほのかは南に向かって、もう一つの小隊を殲滅した後、応援に来てくれ」
「「了解!」」
「よし、散開!」
重の号令とともに地を蹴り、ほのかたちと別れる。
あっという間に、お互い見えなくなった。
飛行による消費エネルギー量を確認し、戦い切れるか推測する。……大丈夫、十分最後までもつだろう。
兜の隙間から入ってくる夜風が、冷たくて気持ちいい。
レーダーを見るが、まだ相手が近くにいるような反応は見えない。
私は無言で横を飛んでいる重にむかって、無線を使い、さっき思ったことを率直に口にした。
「……意外と似合ってるね、指揮官」
「い、言うなよ、そういうこと」
返ってきた言葉は、すこしひねくれていた。
「もう、折角ほめているのになぁ」
そんな会話を交わしつつ、北に向かって一直線に飛んでいく。
「……きたっ」
近距離レーダーに反応があった。距離は一〇〇メートル先。
「どうする? いきなり斬りこむ?」
「いや、まずは警告をしよう。武器を出しておいてくれ」
「了解」
突撃槍と盾を、手の内に召還する。
敵が肉眼でも確認できる距離になると、私たちは停止した。
「こちらは、日本騎士学園の者だ! 警告する! それ以上侵入するようなら、我々は応戦を開始する!
戦う意思がないのなら、そのまま引き返してくれ!」
重が開放回線で警告する。
が、相手はそれに意を介さず、こちらに向かってまっすぐ飛んできている。
重はハァ、と息をつくと、開放回線で再び言った。
「オッケー、戦う気まんまんか。上等!
これより応戦を開始する! いくぞ、優姫!」
「了解!」
中断していた前進を再開する。
敵機は全部で二機。色はどちらもシルバーで、各国の軍に供給された普通のイレイザーのようだ。
「優姫、左の方頼む!」
「了解! 気を付けてね!」
回線で短いやり取りをして、私たちは別れた。
間もなく、敵と対峙する。相手の装備は一般的な片手剣一本のようだ。
敵も私も加速度直進運動中。すれ違いざまの一撃を決めれれば、勝負は一気に楽になる。
よしっ、いきなり使っちゃうか!
相手との距離、五メートル。その瞬間、槍を前に突き出し、私は叫んだ。
「『螺旋凱槍』!」
私の槍が回転を始め、敵に向かって私の身体ごと突っ込む。相手に致命的な一撃をカウンターでくらわせた。
イレイザーには心感石とコンピューターチップが埋め込まれている。
それで身体に流れる反物質の量を調整しているのだが、もうひとつ、機能がある。
それが技自動補助システムだ。
あらかじめ設定された動きを、そのまま機体に反映させ、動かす。端的に《技》と言えばわかりやすいかもしれない。
私のいま使った技『螺旋凱槍』は、槍上の反物質を回転させ、電気的な引力により確実に敵に当たる大技だ。だから――
「……よしっ、仕留めた」
案の定、大技をカウンターでくらった敵はHPを全損、墜ちていく。
ちなみに一見便利そうなこのシステム、実は使う人間は少ない。
技による身体の動きは、実際に動かした動き方を記録するか、コンピューターでプログラミングするかしかないからだ。
実際に動かせるのなら記録させる必要はない。それに、コンピューターのプログラミングはとても難しい。
なぜかと言えば、下手に激しい動き方をさせると中の人間が持たないからだ。
コンピューターシュミレーションの段階では可能とされていても、実際に操作する人間のスペックではできないということがよくあるらしい。
かく言う私の『螺旋凱槍』も、父さんが作ってくれていた技だ。父さんには、本当に感謝してもしきれない。
まあ、それも今はわきに置いておくとして。
「あ、そのまま墜としていいのかな……?」
海に向かって墜ちていく敵を眺めながら、ふと気付いた。
学園は四方を海に囲まれている。私が戦闘した場所は、海の上だった。
『だいじょうぶだよ、優姫君』
「学長!?」
そのとき、無線に学長の声が響いた。
『君たちが墜とした敵は、僕たちの方で回収する。だから、遠慮なく戦闘を続けてくれ』
「わかりました。よろしくお願いします」
『いやいや、このくらいのバックアップはするよ。戦うのは君たちにしかできないからね。
慎重にかつ存分に、戦ってくれ。よろしく頼むよ』
「はい、まかせてください!」
『うん、いい返事だ。じゃあ、またあとで』
「はい、またあとで」
会話もそこそこに、回線をきる。
そして、振り返って重の方を見ると、ちょうど敵を墜としたところだった。
レーダーを確認すると、敵本隊と思われる反応がさらに北の方にある。
敵の数を数えてみると、報告よりも四機ほど多かった。
なるほど、小隊の数がやけに少ないと思ったら、本隊の方にいたのか。
「重、北の方に本隊があるみたい。報告より四機多いよ。どうする? ほのかたちを待つ?」
「……いや、このまま向かおう。ちょうどいい機会だ」
「は? ちょうどいい機会?」
「ああ。……優姫、先に言っておく。俺、優姫に言わないといけないことがあるんだ。
学園に帰ったら、聞いてくれ」
無線から聞こえた彼の声は――つらそうだった。
「いまじゃ、だめなの?」
「ああ、まだだめだ。情けないが――まだ俺の腹が決まってない」
「……そっか。じゃあ、仕方ないね」
それだけ、なにか大切なことなのだろう。
「さて、行くか――っと、そのまえに、もうひとつ」
「ん? なに?」
「敵本隊とあたっても、優姫はしばらく手を出さないで、距離をとって見といてくれ」
「え!?」
「大丈夫、俺がまず一太刀、相手に浴びせるんだ。優姫は、仕留め損なった敵を相手してくれ」
「……でも……」
「頼む。お前には、見てもらわないといけないんだ。俺の、本当の力を」
声から必死さが伝わってくる。それと、なぜか、悲しさも。
「……わかった。ただし、重があぶなくなったら、私もあとから突っ込んでいくからね」
「オッケー。そうならないように、努力するよ」
そんな会話を交わしているうちに、敵本隊が近づいてきていた。肉眼でも確認できる。
「優姫、俺の後ろに」
「うん。約束、忘れないでね」
「もちろん」
私は重の後ろにまわり、追撃するために構えた。
「――いくぞ」
重の真剣な声。それと同時に、彼のイレイザーに変化が生じた。
その光景は、異様の一言に尽きた。
鎧の所々で黒の濃さが増していき、それはまわりにも広がっていく。
まるで、波紋が広がっていくようだ。黒はどんどん機体のくすんだ銀色を飲み込んでいき、ついには彼の甲冑すべてを漆黒に覆った。
そこからさらに、彼が右手に掴んでいた少し大きめの片手剣にも、黒は侵食していく。
取っ手をすべて塗りつぶし、剣身に黒が届くと、剣身はパカッと縦に割れた。
その一方で、気付くと彼の身体は炎で包まれていた。ただの炎ではない、まるで地獄の業火のような真っ黒い炎だ。
でも――なぜだろう、私の目には、その炎が美しいものとして映った。
その炎は彼の身体全体を包むと、剣の方にも移っていき、漆黒に染まった剣身に届く。
すると、剣全体を包んでいた炎は消え、代わりに元々の剣身に挟まれるように新たな刃が生えてきて、大剣ができた。
いや、ちがう。あの新たに生えてきた刃は、剣を包んでいた黒い炎だ。その証拠に、あの刃は形が一定ではなく、絶えず先端から消えていっている。
ガスバーナーのように、絶えずあとからあとから黒い炎が噴き出しているのだろう。
そして、彼の変わり果てた姿全体を見る。
真っ黒の兜に、真っ黒の鎧。手に握っている大剣まで、漆黒。
その姿は、かの英雄のようで。
「……優姫、教えてやるよ」
無線から、彼の声が聞こえる。
「世界を救った英雄『黒騎士』。……それが俺の二つ名だ」
そう言うと、彼はその漆黒の大剣を腰に当て、深く腰を落とし、深く息をつく。そして、技の名を口にした。
「――――『黒刃一閃』ッ!」
次の瞬間、彼は敵本陣の中央に、剣を振りぬいた状態で立っていた。敵も全員驚いた様子。……でも、いつまでたっても彼らは動かない。
重が振りぬいた黒い大剣を、そのまま下におろす。
すると、敵本陣を構成していた十六人の竜騎士たちは、一人残らず次々と墜ちていった――