No.06 不穏な影
文字通りの鉄拳制裁。
……絶対痛いですよね。
しばらく歩いて、あとから歩いてきた重が私たちの横に並ぶと、重は口を開いた。
「すまん。驚かせてしまったな」
頭の処理が追い付いて、ある程度さっきの戦闘の考察が終わった私は、さっきの戦闘で気になった点について重に訊ねた。
「左手、なにか仕込んであるの?」
剣を受け止めた時の高い音。それが気になった。
「あっ、お姉ちゃんっ、あのねっ」
ほのかが焦った様に何か言おうとしている。が、重がそれを手で制する。
「いいよ、ほのか。見せた方が早い」
重は両手の手袋を外し、腕をまくって私にその両腕を見せつけた。
「……義手……!」
彼の両腕は無く、肘のところまで銀がすこし黒みがかった色の鋼の義肢が代わりにあった。
重が目を伏せて、暗い顔をしながら言う。
「そ。昔、事故にあって無くなってしまったんだ」
重は顔をあげ、私の顔を無言でじっと覗き込んでくる。
「……………………」
「……な、なに?」
突然の精神攻撃。恥ずかしさに耐えかねて、私は訊ねる。
「……………………」
それに構わず、重は無表情に私を見つめ続ける。
その瞳の奥には、確かに痛々しい光が輝いていた。
「……どうしたの、重……?」
「――――ッ!」
重はハッとしたように目をそらし、いや、なんでもないとちいさく呟く。
ほのかと玲はずっと、黙っていた。
「それよりほら、着くぞ」
重が前を向いて、指をさす。そこにはもう、学長室が見えていた。
コンコンコンコン。
「学長、神瀬 優姫です」
「どうぞー」
学長室の内側から、入室を許可する声が響いた。
「失礼します」
ドアを開け、中をのぞきこむ。
部屋の中央で、白衣をまとった四十過ぎくらいのおじさんが、机の上のティーカップに紅茶を注いでいた。
彼は紅茶を注ぎ終えると、私たちの方を向いた。
「あ、どうぞどうぞ。好きな席にかけてね。今、お菓子出すから」
いそいそと部屋の隅に行くおじさん。
彼は関根 巌。騎士学園学長だ。
私の父さんと同じ研究所に所属してた人らしく、私にイレイザーを渡してくれたのもこの人。
母さん曰く、『研究所で一番腰が低い人』。
私たちが席に着く。間もなく、学長もお菓子を持って座った。
「どうも、関根さん。お久しぶりです」
最初に、玲が口をきった。
「うん。久しぶりだね、玲君。それに、重君も」
「前に会ったのは一昨日じゃないか?」
「「兄さん(重君)、それは言わない約束です(だよ)」」
どうやら重と玲は学長と親しい仲にあるようだ。
「えと、ところで何の用件ですか、学長」
「あ、そうだそうだ。四人に頼みたいことがあるんだよ。っと、その前に」
ポケットをごそごそと探る学長。
「あったあった。はい、ほのか君。僕からのプレゼントだ」
学長の手に握られていたのは、山吹色の収納石だった。
「え? 収納石ならほのかも持ってますけど……」
「ちがうちがう。この中には、ほのか君専用のイレイザーが入ってるんだ」
「えっ、ほのかにも?」
以前似たようなことのあった私は、学長にそう訊ねた。
「うん、優姫君もそうだったんだけど、君の父さんに頼まれてたんだ。君がその道に進むようだったら、渡すようにってね」
「……そうですか。わかりました、ありがたく頂戴します」
手を伸ばして、そのペンダントを受け取るほのか。
ほのかはペンダントについている山吹色の石を見つめる。
「……おかえり、金色兎」
そして、小さくなにか呟いた。
「ほのか?」
なんだかしんみりした様子のほのかに、思わず声をかける。
「ん、なに? お姉ちゃん」
「あ、うん、いや。やっぱいいや」
父さんの事を思い出していたんだろうか。
とにかく、あまり心配するような様子でもなかったので、私の勘違いということにした。
「あ、それで君たちへのお願いって言うのはね」
学長が中断していた説明を再開する。
「君たち四人で騎士団を組んで欲しいんだ」
「あの、学長」
「何だい、優姫君」
「私、組んでもいいんですか? というか、ほのかはいいとしても、玲と……か、重はイレイザー持ってないですよね」
「……優姫君、かなりウブだね」
「べ、べつにそれは今いいじゃないですかっ」
「あれ、なんだ、言ってなかったっけか」
「え?」
「兄さんも私も、イレイザー個人機持っているんですよ、優姫さん」
「それも、正竜騎士の称号付きでね」
学長がそう付け足す。
「えぇっ!?」
学長の付け足した内容に、思わず私は驚いた。
正竜騎士の称号を得るためには、イレイザーの製造・販売を完全に独占している研究機関〈クウォーク〉の特別認定試験に合格しなくてはならない。
試験は上位現役竜騎士でも難しいといわれていて、合格した騎士の数はイレイザーが開発されてから三年たったいまでも四十人くらいしかいなかったはずだ。
それを、この歳で突破するとは。
「それを言うんだったら、ほのかや優姫も個人機を持っているじゃないか」
「いやいや、私たちは特例だから」
正竜騎士の称号を得られると、その騎士にはクウォークから個人機を一台与えられる。
が、私とほのかは特例だ。学長曰く『父さんが研究用に使っていたものを、そのまま私たちがもらっている』らしい。
「ふ、ふたりの二つ名は?」
竜騎士の称号を得ると、同時にその人の戦い方にちなんだ二つ名が贈られる。
「私は『幾千の命令者』です」
「おおー! 重は?」
「俺は……忘れた」
「ちょっ……なんで忘れるのかなあ!?」
「いや、生活じゃ全然使わないからな。忘れちまうんだよ」
重が頬を掻く。そこで、学長の声が入った。
「あー、その、君たち。続けてもいいかな?」
「あっ……。す、すいませんっ」
「いや、驚くのも無理ないんだけどね?
えっと、というわけで、四人にはイレイザー所有騎士団として組んで欲しいんだけど、どうかな」
改めて、学長から頼まれる。
「ん、別に俺はかまわないぜ、関根さん」
「私なんかでよろしければ」
「わたしも!」
「私も、喜んで」
その提案に対して、反対する者はいなかった。
ソロプレイに辟易していた私にとっては、まさに渡りに船だ。
「はあ、よかった。で、早速なんだけど、君たちにとあるクエストを依頼したいんだ」
「学園から、ですか?」
私が訊ねる。学園からのクエストというのはかなり珍しいからだ。
「うん。詳細の説明をするね。
ちょっと話が飛ぶんだけど、この学園が騎士および竜騎士の育成のために建てられたことは知っているよね?
散々、国会で協議された結果、試験的に」
「え、そうなの? お姉ちゃん」
「ええ」
ほのかはその辺についてあまり知らないようだ。
私はこほん、とひとつせきをして口を開く。
「前々から議題にあがっていたんだけどね。年齢低下に対しての問題があったみたい」
この学園の入学年齢は一六歳からで、年齢的にはちょうど高校生程度ではある。
しかし、この学園では実戦形式を多く取り入れているため、学校というより組織に近い。
そう考えると、一六歳という年齢は、確かにちょっと若すぎる気がしないでもない。
「そう。でも、イレイザーの開発によって、そういうことを言っている余裕がなくなったんだ。
正竜騎士を沢山抱え込めば抱え込むほど、単純に国の戦闘力はあがるからね」
国が抱えているイレイザーの数は国によってまちまちだ。
これは販売を独占しているクウォークが、その国の経済力などを基準に販売数を設定しているためでもある。
が、正竜騎士はちがう。
彼らはただ努力して、個人機を持つにふさわしいだけの格があると判断された者だ。国による数の上限などは存在しない。
つまり、学長の言うとおり、正竜騎士は多ければ多いほど、国の戦闘力は単純にあがる、ということだ。
「だから、この学校は試験的な意味を込めて作られたの。
早いうちから騎士として育て上げる、っていう点でね」
「そーだったんだ……」
わかってくれたようだ。
「話を続けるよ?
で、そういうことで建てられた学園がここなんだけど、もしここが潰されたらどうなると思う?」
「そりゃ、国としては大打撃だろうな」
「そう、その通り。だからなんだろうね。
先日、正体不明の竜騎士たちが、夜中にこの学園を襲ってきたんだ。」
「「「「えっ」」」」
「結構な数でね。そのときは常駐の騎士団だけでなんとかしたんだけど、こっちのダメージは半端じゃなかった」
「……こっちの戦力は正確にはどれくらいのダメージを負ったんだ?」
目を鋭く細めながら、重は学長に訊ねた。
「応戦に出た七機中、五機が使用不可。残りの二機も、十分な力は発揮できないだろう。また、相手が侵入されて壊された機体が五機。
よって、学園にある十二機全部が使用不能。
修復不能なのは幸いにしてなかったけど、どれもかなりの傷を負っているからね。完全復帰には一カ月ぐらいかかるだろう。
乗り手の竜騎士も、大怪我している人もいるから、そっちも一カ月くらいかかるだろうね」
「一か月以内にまたやってきたら、まずいですね」
玲があごに手を当てながら、そう呻く。
「そう。だから、君たちには、一カ月間の代理警備、つまり彼らの代わりをお願いしたい。
ま、敵が次また来た時に完膚なきまでに叩きのめしてもらえたら、手っ取り早いんだけどね。
そしたら、もう二度と襲来できないから」
「か、完膚なきまでに、ですか……」
難しい注文だ。
「敵の正確な数と、強さは?」
重がまた質問する。
「敵小隊が四機、これが二つあって、敵本隊が十二機。こっちはいわずもがな、一つだけだ。
強さは平均的だけど、数が多い。
あと、他の地域に頼んで、イレイザー四機を呼んでおいた。明後日にはこっちに到着する予定だよ」
「……それならなんとかなりそうですね」
ずっと手を当てながら話を聞いていた玲が、顔を上げる。
「ん、そうだね。新しく呼んだ人たちに本隊を叩いてもらって、私たちが小隊を潰していけば」
「まあ、状況にもよるだろうけどな」
大体の指針も決まった。
「えっと、じゃあ、このクエストを受けてくれるのかな?」
「もちろん! 騎士の名にかけて、完遂して見せます!」
「うん、期待してるよ。あ、あと騎士団の書類は僕が作って出しておくからね」
「あ、そうですか。ありがとうございます」
学長の言葉に、私はお礼を言った。
そこで、重がふと、といった感じに訊いた。
「騎士団の名前はどうするんだ?」
「あー、そうだった。名前ももう勝手に決めちゃったんだ、ごめんね」
「なんていうんですか?」
興味津津に私は訊ねる。それに学長は、ふふんと鼻息荒く答えた。
「『黒騎士騎士団』。いい名前だろ?」
「く、黒騎士ですか」
「「「…………」」」
見ると、重、玲、ほのかの三人が絶句している。
「あれ、どうしたの三人とも。あの黒騎士の名前が入ってるんだよ?」
世紀の大英雄、黒騎士。その名前はあまりにも有名で、かつ多くの騎士たちにとっての憧れでもある。
それの名前が入っているのだから、少なくとも顔をひきつらせるようなシーンではないはずだけど。
そんな私の問いに、重が絞り出したような声で答えた。
「……ああ……そうだな……」
「?」
他の二人はさっきに比べれば幾分ましになったけど、重の顔は未だにひきつっている。
どうしたんだろう、三人とも。
「あともう一つクエスト頼みたいんだけど、そっちはこのクエストが終わってからにするね」
「あ、はい。わかりました」
学長がそう言い足したので、さっきから喋ろうとしない三人に代わって、私がそれに返事をした。
「それじゃあ、お疲れ様! クエストの方はよろしくね。あ、それと重君、ちょっと待って」
「……何だよ、関根さん」
ひきつった表情から一転、ぶすっとして答える重。
「いいからちょっと。三人は先に行っててくれるかな。二人で話したいことだから」
そんな学長のお願いに、玲が答えた。
「わかりました。行きましょう、優姫さん、ほのか」
私たち三人は失礼しました、と礼をして、学長室から出た。
「重君、優姫君にはまだ?」
「ああ。どうにも切り出せなくてな」
「あ、いや、けしかけているわけじゃないんだ。急いだところで、どうしようもないことだからね。ちゃんと機会を見て、伝えないと」
「……ああ」
「ただ、一週間後のクエストまでには、説明しておいた方がいいと思う。
彼女の力が戻れば、強力な助けになるだろうからね」
「……わかった。今度のクエストが終わり次第、言うよ」
「うん、それがいいだろう。よろしくたのむよ」
「なあ、関根さん。そのことなんだけどさ」
「なんだい、重君」
「今回の正体不明の竜騎士たち、いつ来ると思う?」
「……たぶん、今夜だろうね」
「理由は?」
「前の襲撃、実は三日前なんだけど、その時期がまた妙でね。
ちょうど、入学式前の準備に駆り出されてて、警備の竜騎士たちが少なめの日だったんだよ」
「……ってことは、情報収集能力は結構高いな。じゃあ今回も、応援が来ない頃に来るか。
明日の夜だと、ギリギリ応援が届くかもしれないから、絶好のチャンスは今夜。
だからこそ、今夜……ってことか。
……つまり俺たちだけで、対処しないといけない。
関根さん、あのさ――」
「ああ、本気でやってくれて構わない。相手は不法入国者だからね。
言っただろう? 完膚なきまでに叩きつぶしてほしいって」
「……了解。あとで優姫にも、話しやすくなるだろうし、な」
「一応言っておくけど、戦闘不能程度に抑えてくれよ?」
「そっちは大丈夫。俺は、騎士だからな」