No.17 帰還
「――さん、優姫さん!」
「――さね、お姉ちゃん!」
「……うぅ……ん……」
なんだろう、この感覚。
ずっと寝ていたような――くらくらするし、耳もすこし聞こえにくい。
「兄さん、優姫さん!」
「重、お姉ちゃん!」
ほのかと玲の声が、やっとハッキリと聞こえるようになる。
その声は、ずっと離れていたわけじゃないのに――懐かしい、そう感じた。
私は床に倒れているようだ。身体の左側に大理石の床の冷たい感覚がある。
……あれ、私、イレイザーは?
気が付くと、私はイレイザーを装着していなかった。
どうやら無意識に収納されたみたいだ。
「……だい……じょうぶか、優姫」
すぐ横から、声がする。
そちらの方を向くと、重が床に片膝をついていた。
まだ少し平衡感覚が狂っているようだ。頭を左右に振っている。
「……うん、だいじょーぶ……」
我ながらへろへろの声で、返事をする。
ああ、私、やったんだ。重のそばで、ちゃんと戦い抜けたんだ。
身体はへとへとに疲れ切っているけれど、だからこそ、しみじみとそれを感じる。
「……優姫? どうした、優姫っ!」
思わずホッとして、私は意識を失った。
「……ん……あれ……?」
見覚えのある天井。
気が付くと、私は自室のベットに横たわっていた。
「……あれー……かさねー……?」
なんだか感覚がぼやけているけど……曖昧に、重がそばに居てくれた気がする。
寝ぼけ眼をこすりつつ、部屋を見渡す。
私以外に誰もいないようだ。
あ、机の上になにかメモがある。
とうっ、と毛布を両手で突き飛ばし、ベッドからのそのそと出る。
「あ、ほのかからだ」
手紙には、見慣れたほのかの字が並んでいた。
『お姉ちゃん、おはよう。おきたみたいだね。
黒騎士事件のクエスト、お疲れ様。
クエストはちゃんと完遂したから、安心してね。
でも今ちょっと、後片付けが大変になってるんだ。そばに居れなくて、ごめんね。
体調が大丈夫みたいだったら、後で私か玲に言ってね』
手紙にはそう書いてあった。
クエスト、完遂したんだ。
……あれ、本文から少し離れたところに、何かちっちゃく書き足してある。
『P.S. 重はフランスに行っちゃってていないよ』
………………………………えぇっ!?
「いた! 玲っ、ほのかっ」
全力で玲かほのかが居そうな場所を回りにまわって――やっと見つけた。
二人は研究室でお茶を飲んでいるところだった。
「あ、お姉ちゃん。もう大丈夫?」
「優姫さん、体調はいかがですか?」
「あ、うん。大丈夫だよ、心配してくれてありがと…………じゃなくて!
あ、いや確かにありがたく思っているけど!」
「どうしたの、お姉ちゃん。そんなにあわてて」
「クエストの後片付けは無事に終わりましたから、もう大丈夫ですよ?」
「あ、ごめんね、手伝えなくって…………でもなくて!」
いや、そこは確かに申し訳なく感じているけども!
「重! 重はどうしたの!?」
「ああ、なるほど」と言わんばかりに二人は顔を見合わせる。
「えっと、ベルティーユ・アゼマさんに会いに行きました」
「な、なんで!?」
「お姉ちゃん、とりあえず落ち着いて。ほら、まずはここに座って」
「あ……うん」
ほのかに言われるまま、近くの椅子に腰かける。
「優姫さんも、お茶をどうぞ」
玲の手によって、目の前に紅茶の注がれたマグカップが目の前に置かれた。
湯気が上っていて熱そうだ。
「あ、うん。いただこう、かな」
カップを両手ではさみこむようにして持ち、顔の前に近づける。
紅茶からはハーブのいいにおいがする。
私はふーふーと息を吹きかけ、カップに口を付けて、一口飲む。
「あづっ!?」
まだちょっぴり熱かった。
でも、おいしい。二口、三口と口を付ける。
「……落ち着いた? お姉ちゃん」
私がコップから口をはなすと、ほのかが私に訊ねてきた。
「……うん。もう大丈夫、かな」
少なくとも、周りを見渡せるくらいには落ち着いたと思う。
私はクールダウンした頭で、玲とほのかにまた同じ質問をした。
「ねぇ、重はどうしたの?」
「えっと……ですね」
しばらく思案すると、玲は口を開いた。
「順を追って説明しますね。
優姫さんが倒れた後、私たちは優姫さんの命に別状はないことを確認して、とりあえず予定通り事件の後処理を完遂、クエストを達成しました。
そのあと、兄さんに事件中に起きた出来事を全部話してもらったんです。優姫さんの疲れ方が、あまりに異常でしたので。
兄さんはベルティーユ・アゼマという女性のことをひとしきり話した後、『フランスに行って、ちゃんと蹴りを付けてくる』言いだしまして。
兄さんは後片づけのいくつかを終わらせて、フランスに発ちました」
「…………そっか…………」
重は一年前の一般兵殺傷事件に対して、かなり負い目を負っていたようだった。
だから彼の言い分はすごくよくわかる。わかるけど、でも――
「……大丈夫かな、重……」
彼が壊れてしまいそうで――怖かった。
彼はまた――自分の中に背負いこんでしまうのだろう。
自分がイレイザーを創らなければ、という『罪』の意識を。
そして、自分で自分を傷付けて、傷付けて、傷付けて。
その末に、沢山の人の怨念に押し潰されてしまうのでは?
私の不安は収まらない。
彼のそばに居たかった。
彼の重荷を、ちょっとでいいから背負いたかった。




