No.11 重と
序盤で出てきますが、
仮想敵っていうのは
はがない的に言うと…エア…エネミー…? ですかね。
相手がこう動くだろうと想像して、それに対する行動をとる…という一種の訓練です。
「あれ、重だ」
玲との会話を終えた後、日課のトレーニングをこなすために、私は模擬練習場を訪れた。
すると、そこには重が既にいて、仮想敵を相手に一心不乱に剣を振っていた。
かなりの時間やっているらしい。近くに置いてあるペットボトルはもう空だ。剣を振るたびに、汗がキラキラ飛び散っている。
重はこっちには気付いていないようで、剣を振るう手を休める様子は見られない。
そんな重の横顔を見ながら、考える。
……重、キミは背負いすぎだよ。もっとまわりを、私を、頼ってくれてもいいのに。
君が考えているほど、人は弱くない。でも、君はそれを憂えている――憂えてしまうんだろうなあ。
他人を傷つけたとき、それ以上に君自身が傷付いているのに――君は気付いてないんだろうね。
そこでふと、私は思いついた。
ああ、そうだ。それなら――
黒騎士事件のクエストまでに、重に頼られるように――背中を預けてもらえるようになろう。
クエストを成功させるためにも、彼を助けて、護ってあげるためにも。
そのためにも、もっと強くならないと。せめて、重のとなりにならべるくらいに。
重の鋭く振られる剣を見ながら、私は心にその言葉を強く刻んだ。
ん……?
そう決意を固める一方で、私は重の剣の太刀筋に見覚えがあることに気付いた。
あの動き、私と戦っている時もしていたような……?
続けて繰り出した動きもまた、そうだった。
……もしかして、重、私を仮想敵においてシュミレートしてる……?
仮想敵に置かれてるっていうことは……私を強いって認めてくれてるってこと、だよね……?
……すでに私、認められてるのかな? 背中を預けてもらえるくらいに。
あ、いやでもまだ、そうと決まったわけじゃないしっ!
そう。あくまでこれは、「私から見て」の話なのだ。重は別の誰かを想定している可能性もある。
でもやはり、重の対応は私に対するそれに酷似している。
――――いやいやいやいや、わかんないっ、それだけじゃまだわかんないから!
思わずにやける自分に、言い聞かせる。
――――結局、なんだかうれしいけど断定できないもどかしさに、私は重が練習をやめるまで苦しんでいた。
そのせいで、私は気付かなかった――自分が強くなることに対して、初めて明確な目的を持ったことに。
それまでずっと空白だった『強く在る』理由を、一人の他人で埋められたことに。
「なんだ優姫、見てたのか」
「う、うん。たまには他の人の稽古を見てるのもいいかなーって」
重が仮想敵相手の訓練を終え、控室に戻ろうとこっちに顔を向けた時に、私は彼と目をばっちり合わせてしまった。
……もともと隠れるつもりもなかったけど。
「訓練しに来たのか? 他の部屋なら全然空いていただろうに」
「あ、や、重の姿が目に入ったからさ、手合わせしてもらおっかなーって。結局見取り稽古になっちゃったけど」
「それこそ、声をかけてくれればよかったんだけどな。ま、いいや」
言って、重はそばの椅子にどっかと座った。私もその隣に座る(向かい側には椅子がなかった)。
あっちー、と重がジャージの上着をパタパタしながら呟く。
と、重は不意に顔を紅くして、そっぽを向いた。
「あ、あのさ……優姫」
私と視線を合わせないまま、重が言う。
「なに?」
「えーっと、その……今朝は、ありがとな。……いろいろ」
どうやら、今朝私が慰めたことを思い出したらしい。彼にとっては、恥ずかしかったり、申し訳なかったりなのだろう。
「ああ、そのこと。……ふふ、べつにいいよ、重。少なくとも、申し訳なく思うことはないよ」
「え……でも、さ」
「いいって。私もさ、今朝のことで、私の昔のことだけじゃなくて、重のことも……すこしかもしれないけど、理解できた気がするの。
……その熱に今、私は浮かされているところなんだから、そんなこと思わないで。ね?」
「え……それって……?」
……あれ、言葉間違えた……?
私の今の心境を(具体的には恥ずかしくて言えないけど)言ったつもり……あ、でも今の意味だと……あぁっ!?
「べっべつに、だからと言って重のことを私が、その……す、好きだとか、そんなんじゃないからね!?」
「あ、え、うっ……うん」
突然の私の剣幕に、重は驚いたようだ。重は、押し切られるような形でうなずく。
…………なんでだろう? 心がチクリと痛む。
「と、とにかくこの話はここまで! 手打ち!」
「……なんか優姫、怒ってないか?」
「怒ってなんかないよ!」
重は嘆息すると、それはともかく、と言って提案してきた。
「優姫、一本試合してくれないか」
「え? それはべつにかまわないけど……」
さっきの剣舞からして、もう重にはあんまり体力が残っていないだろう。
その視線の意味を悟ってか、重は続けた。
「俺なら大丈夫。一本だけだったら、十分体力持つから」
「ん、オッケー」
重が腰を上げるのを見て、私も立ち上がる。そのまま、私たちは模擬練習場の一室に入る。
そして、互いに誓いの剣を引き抜くと、戦いの内容を確認した。
「試合は一回だけ、だよね」
「ああ。それにもうひとつ、付け加えさせてもらうと――」
重は剣を上段に構える。
「――手加減抜きの、お前の最高で頼む」
その言葉に、私も剣を構えた。
「オッケー。――いくよっ!」
次の瞬間、私は剣を重の左肩に向かって上から振り下ろす。
が、重は右ステップを踏んでそれを避けつつ、私の懐に入った。
「しっ!」
そしてそのまま、重は私の首筋に向けて剣を斜め左上から振り下ろす。
首筋に当たる――寸前、私は剣をその間に挟み込んだ。
ギャリイン!
剣を一瞬だけ弾き、間をつくると、私はそのまま一歩後ろにさがる。
そして、剣を前に突き出しながら、さらに後退。私はかるく体勢を整え、今度は重が来るのを待つ。
息をつけたのは、ほんの一瞬だった。
「らああああぁぁぁああっ!」
重が声を上げながら、剣を前に突き出す格好で突っ込んでくる。
その突撃は、彼の強さへの執着を強く物語っているように見えた。
――――私が、全部受け止めてあげる! 重ッ!
「はあぁぁあああああっ!」
私も重に向かって、突っ込んでいく。
試合はまだ、始まったばかりだ。
「今日は焼き魚定食か……。同じ魚料理なら、俺、西京焼が食いたいなあ」
「なに贅沢なこと言ってんの。あ、重、そっちの醤油とって」
「え? 優姫、鮭に醤油かける派?」
「むしろかけない方がマイナーだと思うよ?」
「いや、鮭はやっぱりそのままだろう」
「かっこいいなあ、そういうとこ」
「と、突然なに言ってんだ! 普通だろ、普通!」
「あ、重照れた」
「なんでそんなに冷静なんだ!?」
重とトレーニングをしてすぐ後、私と重は食堂に向かい、夕食をとっていた。
二人とも朝、昼ともに抜いていて、トレーニング後にはかなりおなかをすかせていたからだ。
「兄さん、優姫さん」
「あ、お姉ちゃんに重だ。さっきまでどこにいたの?」
重と談義していると、玲とほのかが気が付いたように近寄ってきた。
二人は夕食を食べに来た……というより、私たちを探していた、と言った感じだ。
現に、二人は食堂にいるのにもかかわらず、夕食を乗せたトレイどころか箸さえも持っていない。
「もうご飯食べてたんだね、やっぱり」
「ほのかの推測、当たりましたね」
「……なんか腑に落ちないな、その言い方」
「重が食いしん坊さんに見えるからじゃない?」
「俺だけじゃなくて、お前もそういう認識を受けてたんだからな?」
「むっ……。っとと、そうだ。玲とほのかもご飯一緒に食べようよ」
「うん、わかった」
「はい。じゃあ、ちょっと受け取ってきますね。ほのか、行きましょう」
「あ、待ってよ玲」
二人はそのまま、受け取り口まで歩いていく。
「優姫、俺の言葉を無視するなよ」
「ふんっ、女子に対して食いしん坊とか失礼なこと言う人、私は知ーらないっ」
私が思いっきりそっぽを向くと、重はあわてだした。
「え? あ……。その、ご、ごめん……?」
「……本当にそう思ってる?」
「あ、う……うん」
「……ほんと、重は真面目だなあ」
「! 乗せたな!?」
他愛もない話をしていると、ほのかと玲がトレイを手に戻ってきた。
「お姉ちゃん、重、仲いいね」
「ますます仲良くなってるみたいですね、お二人とも。昔以上の仲睦ましさです」
「「はぅ……っ!?」」
私と重は二人揃って赤面してしまう。
その一瞬の間に、食堂に備え付いているテレビからニュースが聞こえてきた。
『今日日本時間の午後六時すぎ、フランスで軍関係者によって原子力発電所が占拠されました。
犯行グループはイレイザーを数機所有しているらしく、フランス政府の方は……』
「ぶ、物騒だね」
合間を埋めるにはちょうどいいというのもあって、そのニュースに食いつく。
「そうだな。イレイザーを持っている、というのがまた特に」
重がそれに反応した。
「うーん、でも、犯人たちは何がしたいんだろうね。原子力発電所なんかを占領しちゃってさ」
ほのかも話に乗ってきた。よし。
「そうだね……。イレイザー用の武器の実験とか?」
「だったら、政府の方に言えばいいんじゃないのか?」
「エネルギー量があまりにも多すぎて却下されたのかもよ? 発電所一つ丸ごと、分捕るくらいだからね」
「だとしたら、どんな武器だろうね?」
「初の反物質放射型とか? いわゆる銃だけど」
イレイザーには、一機につき一つずつクウォークが搭載されている。その設置されている場所は大体背中のうしろのあたりで、そこから流れる反物質が鎧全体を覆っている。
イレイザーの武器にもこの反物質は流れていて、それによって武器にはじめて物質消失能力――イレイザーのイレイザーたる所以が付加される。
でも逆にそれは、武器を反物質で覆うことでしか戦えない――つまり、反物質放出型、銃タイプの武器は装備できないことを表している。
「いや、あれは無理だろう。反物質をそのまま放出するっていうのは、もはや物理的に不可能な事象だからな」
「えー、できるかもよ」
「いや、無理だって。というか無理だった」
「……すでにやったのね」
「当たり前だろ。銃型のイレイザーがあれば、戦い方はまるっきり変わるからな」
わざわざ剣の打ち合いをしなくても、目標を消せるようになるからだろう。
「ねえねえ、その実験の結果はどうなったの?」
気になって、私は訊ねる。
「打ち出した瞬間に反応が起こって、銃ごとふっとんだ」
「……それはまた……」
「いろいろ工夫して頑張ったんだけどな。結局、竜騎士は相変わらず近接武器を使って戦うしかないってことだ」
「うーん、そっか。残念」
そこで、ずっと喋らずにあごに手を当てて何か考えている玲に気付く。
「玲、どうしたの?」
「あ、いえ。すこし、考え事を」
「どんなこと?」
「ああ、言うようなことでもありませんよ。きっと不可能でしょうから」
そう言って、玲はかぶりを振る。
「……ふーん、そっか」
玲がそう言うのなら、べつに聞くようなことでもないのだろう。
「……あれ、重、醤油かけないの?」
「ああ、それさっき優姫にも言ったけど――」
「いや、それ、マイナーだからね重」
「そうか? 玲、これ、普通だよな」
「兄さん、昔からどこかずれてますよね」
「間接的な返答だなぁ……」
「え? でも関根さんもいつもこんな風に食べてるぞ」
「「「………………」」」
そんな調子でしばらく、私たちは食事をたのしんだ。




