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No.10 玲、来室

 重が泣きやんで、ある程度落ち着いた――あと。


「君たちは、今日は一日休みなさい。まだ、戦いの疲れとかが残っているだろう?」

 という学長のありがたいお言葉に甘えて、今日一日は休みになった。


 といっても、今日はほとんど寝てないようなものだったので、寮に帰ってすぐ、私は朝食もとらず、ベッドに倒れこんでしまった。


 目が覚めると、すでに太陽は下がりはじめていた。


 んー、と身体を伸ばし、ぐっしょり濡れた騎士服の袖や肩に驚いていると、部屋のドアがノックされる。


 コンコンコン。

 

「優姫さん、玲です」


 そして扉の向こうから、玲の声が聞こえた。


「あ、玲。ちょっと待ってねー」


 急いで収納石に命じて新しい騎士服に着替える。次いで、ドアに駆け寄り、鍵を解除してからドアをあけた。


 ドアの前に立っていた玲は、アイロンのかかった騎士服をピシッと着こなしていた。


「優姫さん、おはようございます」


 そう言って、玲は頭を下げる。


「あ、うん、おはよ。……こんにちは……? ……ま、いいや。どうしたの?」


「あ、時間的にはこんにちは、ですね。すいません、寝ぼけてました……。

 えと、今朝、いろいろとまだ伝えきっていなかったので、それを伝えに」


「え? ……ああ、主題の重がなんで泣いてたのか、とかね。

 でも、マメだなあ。わざわざそれを伝えに来てくれたの?」


「あ、いや、それだけじゃなくって……。そのほかにも、お願いしたいことがありまして」


「玲が私に……お願い……?」


「はい、そうなんです。折り入って、お願いしたいことが」


 そこで私は、私たちがドア口で話しこんでいることに改めて気が付いた。


「あ、ここで話すのもなんだし、部屋入って?」


「あ、はい。すいません、お邪魔します……」


 玲を部屋に入るのを見ながら、私は給湯器に近づく。


「あ、適当なクッションの上に座っといてー」


 言いながら、お茶の準備をする。


 あいにく、ポットのお湯は切れていた。


 しかし冷蔵庫の中に缶ジュースがたくさん転がっていたことを思い出す。


「ごめん、缶ジュースでいい?」


「ああ、べつにいいですよ、そんな」


「まあまあ、そう言わないで」


 玲の遠慮する声を聞きながら、冷蔵庫に手を突っ込んで適当に缶を二つ取り出す。ジュースはオレンジ味とリンゴ味だった。


「お、オレンジとリンゴか。玲、オレンジとリンゴ、どっちがいい?」


「……じゃあ、オレンジで」


 オレンジの缶を渡しながら、私は玲の向かい側に座った。


「えと、じゃあ、さっき言いそびれていたことから言いますね」


「うん、お願い」


「はい。えっと、まず……蒸し返すようで悪いんですけど……事件のことで、兄さんが言ってないことから。


 優姫さんが記憶を失ったことですが、おそらく原因は――」


「私が、父さんの死を、目の当たりにしたから……だよね」


 玲が目を見開き驚くと、うつむいた。……何も言わないところを見ると、そうなのだろう。


「そっか……」


 ふぅっ、と思わずため息がでる。


 正直、かなり複雑な気分ではある。でも――重の口からそれを聞いた時に比べると、動揺は全然なかった。むしろ、冷静に今考えたことで、すとんと胸に落ちるものさえある。


「……優姫さん……?」


 玲が、控えめに(というかおそるおそるといった感じで)私の顔を見てくる。


 私はそれに、大丈夫、と返した。


「……こういうのはちょっとアレですけど……意外です」


 玲がそう思うのも、よくわかる。だから私は、あの時の心の内を彼女に吐露した。


「……なんでだろうね? 私もさ、重に聞いた時はすっごく動揺したんだよ。嘘だ、そんな……、私が……って。


 でも、私の目の前で泣いてる重を見てたら、ああ、だめだ、今私が動揺してたらだめだ、しっかりしないと……って、そう思っちゃったの」


 言って、ふと考える。……私はなんで、自分のことよりも彼のことを気にしたのだろう?


 玲は私の言葉を聞いて、またもや目を見開くと――


「……ふふっ……」


 うっすらと笑った。


「ど、どうしたの? 私何か変なこと言った?」


 その行動に、思わず私は戸惑う。


「あ、いえ。そうじゃないんですけど……ふふっ」


 ????


 玲はそんな私を見ながらしばし笑い、やがて、ふぅ、と息をつくと口を開いた。


「……優姫さんは、やっぱり今も昔も全然変わらないんですね。兄さんと会ってすぐ仲良くなったのも、うなずけます」


「えっ、それってどういうこと?」


「ふふ、そのままの意味ですよ」


 そう言って玲は私を煙に巻くと、昔の話を続けた。


「さて、話を戻しますね、優姫さん。……実は事故の時の爆発で、兄さんは両腕を失ったんですよ」


「……え!?」


 突然、話が元に戻ったので、言葉の意味をとるのにすこし時間がかかった。


「そ、それで重は両腕に義手を?」


「はい。兄さんは事故からすぐに義手をつけることになりました」


 玲はそこで言葉を区切り、すこし顔を伏せて続けた。


「……兄さんは、リハビリ中ずっと泣いてました。ごめんなさい、ごめんなさい……って」


「……そんな……」


 そんな、ひどい話があるだろうか。自分もすっごく痛かっただろうに、そんななかでも後悔や申し訳なさで押しつぶされそうになってた、だなんて……。


「優姫さん」


 見ると、玲は顔をあげていた。


「兄さん、言ってましたよね? その事件のときにはまだ、黒い炎はたいして大きくなかったって。


 でも、兄さんがリハビリを終えてイレイザーに再び乗った時、あの黒い炎はずっとずっと、大きくなってたんです。……ちょうど、いまくらいに」


「え? それって……?」


「優姫さん、これは私の考察にすぎないんですけど」


 玲は、私の目をその黒い目でしっかりととらえながら、述べた。


「あの黒い炎は、兄さんの心が現れたものなんだと思います。


 あの暴走現象は、クウォークを制御する心感鉱が強すぎる心を感じ取ることで起こるものなんでしょう。


 つまり、装着者の心の様子があの炎に象徴されている、ということです」


「な、なるほど」


 心感鉱は今なお、完全には解明されていない。十分にありうる話だ。


 でも、そうなると。


「……重の心は、暗い感情でいっぱいだってこと?」


「……おそらくは」 


 玲は、短く首肯すると、またそれに対する考察を述べた。


「……たぶん、反動がおおきいんでしょうね。


 いままで一緒にいて楽しかった人を、親しくしていた人を、傷つけ、殺めてしまった。そのことに対して、ひどく自分を責めているんでしょう。


 暗い感情と言うのも、たぶん、その後ろめたさにも似た、自分の心に対する兄さん自身のイメージカラーなんだと思います。


 だからこそ、あの炎は黒い。


 そして黒化した後は、その感情が増幅されたあとだから、兄さんは涙を流してしまう。


 ……わたしは兄さんが泣く理由をそう、考えています。」


「……」


 私は、それに対して何も言えなかった。








 重の黒い炎の話のあと、しばらく空気を入れ替えるように昨夜(今朝?)の戦闘の話をした――あと。


「あ、そういえばお願いってなんなの?」


 私は玲の言っていた、もうひとつの用事のことを思い出した。


「あ、はい。えっと、ですね……」


 オレンジジュースの空き缶を両手にはさみ、すこしうつむく玲。


 ……なんだかさっきにも増して、歯切れが悪い気がする。


「玲、なんか話しにくいことなの?」


「あ、いえ、そういうわけではないんですが」


 ……やっぱりなにか、歯切れが悪い。


「もしかして、重に関わること?」


「――――!」


 ビクンッと身体を固くする玲。どうやら、図星のようだ。


 私はふぅ、と息をつく。


「玲は、優しいね」


「ゆ、優姫さん……?」


 私は手を伸ばし、ほのかにするように玲の頭をゆっくり撫でた。


「こんなにお兄ちゃんのことを思ってて、さ。

 お兄ちゃんも幸せ者だね」


「……優姫さん……」


 きっと玲は、さっき言った過去のことを気にしているのだろう。でも、兄のために何か私に頼みごとをしなくてはいけない。その頼み事をするという辛い役目を、玲は自ら背負ってやろうとしている。


 本当に、いい妹だ。


「そんな妹ちゃんが頼むんだもの、私もむげにはできないよ。

 話してみて。私ができるだけのことなら、やってみるから」


 頭を撫でるのをやめ、玲の顔を覗き込む。


「……ありがとうございます、優姫さん」


 玲は私に礼を言って、話をはじめた。


「頼みというのはですね、次の学園指定クエストのことなんです」


「あれ? もう内容説明されてたっけ?」


「あ、いや、もともと私が片棒を担いでいるクエストなんですよ、次のは。

 クエスト内容は、黒騎士を成り立たせることです」


「……黒騎士を成り立たせる?」


 私の疑問に、玲は詳しく話し始める。


「はい。優姫さんは黒騎士のこと、ご存知ですよね?」


「そりゃ、当然」


 黒騎士は今の騎士制度の成立のきっかけとなった超重要人物であると同時に、世紀の英雄だ。知らない方がおかしい。


 ……重の二つ名がそうだと知った時は、驚いたけど。


「で、話が飛ぶんですけど、優姫さんはタイムスリップって知ってますか?」


「……どこかで聞いた覚えがあるくらいかな……」


 情けないが、私はイレイザーや騎士のこと以外あまりよく知らない。


「タイムスリップっていうのは、漢字に直すと『時間移動』って書きます。


 時間移動は、わかりますよね?」


「うん、そっちなら」


「時間移動っていうのは理論的には可能なんです。


 光の速さを超えるだけのエネルギーを使って、物体がそこにあると一時的に世界に錯覚させることで、時間移動はできます。


 でも問題はそのあとなんです。光の速さを超えるだけの速さによって生じるだけのエネルギーをずっと維持していないと、元に戻そうとする力が働いて、元の時間軸に戻されてしまうんですよ。


 世界が異変に気が付く、とでも言いましょうか。


 だったら、それだけのエネルギーをずっと維持すればいいんですけど、そんな莫大なエネルギーを長期間作り出す方法はそうそうありません。


 つまり、時間移動の維持ができない。


 時間移動、タイムスリップはできても、時間旅行、タイムトリップは難しいということですね」


「……オッケー。そこまでは理解した」


「それに加えてですね、緻密な計算の上で、ちょうどぴったりのエネルギーを継続して与えないと、特定の時間軸に対する移動の維持はできないんです」


「えーっと、それってつまり、ちょっとでもエネルギーが多かったり少なかったりしたら、移動する時間がぶれちゃう……ってこと?」


「はい、その通りです」


「ふーん、そっか……」


 つまり、時間移動はできそうにないということだろう。


「それでですね、時間移動の維持は今言った通り難しいんです。


 でも、まったく無理というわけでもありません。


 計算もしっかりすればできますし、今の技術でも二十分ぐらいのエネルギー維持ならできます」


「うんうん」


 前言撤回。できた。


「えっとですね、計算したんですけど……六日後なんです」


「へ? 何が?」








「今の時間軸から、二〇四五年の黒騎士事件の頃に、ちょうどタイムスリップできる日が」








「ゑ?」








「つまりですね、優姫さんに、六日後の午前零時二十四分、兄さんと一緒に時間移動してもらって、黒騎士事件を起こしてほしいんです」


 玲が、私の目を見ながら告げた。








「………………うっそお」


 それが私の、今の正直な感想だった。


 そんな私に、玲は言い聞かせるように言う。


「いいですか、優姫さん。今私たちのまわりには、条件がすべてそろってるんです。


 兄さんこと黒騎士。当時の電子機器にハッキングできるソフト。時間移動するための装置に、それに必要なエネルギー源。……最後のはちょっと大変でしたが。


 それに、もしこのチャンスを逃すと、次の機会はだいたい三六二年後、エネルギーも今回の約五四〇倍必要になります。ぶっちゃけ、その頃にそんな大量のエネルギーをかき集めることは不可能です。つまり、今回は最後のチャンスなんです。


 だから、今回の時間移動で確実に黒騎士事件を成功させないといけません。そのために、兄さんのサポート役が必要なんです。


 お願いします、優姫さん。あなたしか頼める相手がいないんです」


 必死に頼み込んでくる玲。そこでふと、疑問が浮かんだ。


「なんで、私なの? 玲や、極論すればほのかでもいいんじゃないの?」


 それに対して、玲は申し訳なさそうに言った。


「私は、こちらでエネルギー稼働の様子を見ていないといけません。


 それに、ほのかと優姫さんを比べた時に、優姫さんのイレイザーの方が今回のサポート役に適しているんです」


「私の方が適してる?」


「はい。というか、その……ほのかや私の機体は、ちょっとほかの人のと比べると特殊でして、優姫さんの機体の方が汎用性があるんです」


 たしかに個人用イレイザーには、個人によってはある点において特化しているものもある、という話は聞いたことがある。


「……そうなんだ。あ、じゃあ、今度試合してね?」


 玲はそれを聞いて苦笑し、言った。


「……優姫さんはやっぱり相変わらずですね……。わかりました。


 でも、今度のクエストの後にしてください。それまでに、優姫さんのイレイザーにいくつかのソフトを入れたり、優姫さんの『絶対防御』を取り戻したりしないといけないので」


「ん、わかった。


 ……あれ、今『絶対防御』を取り戻すって言った?」




「はい、言いましたけど」




「……………………」




 ……そうだ。絶対防御のことも教えてもらうんだった。


 どうやら私はまだ、寝ぼけているらしい。


「ねえ、玲。『絶対防御』のこと、教えてくれるかな」


 おそらく、今度の黒騎士事件のクエストでもあったら役立つだろう。


「はい。まかせてください」


 玲はそう返すと、次いで申し訳なさそうな微笑みを浮かべた。


「でも、ここではやっぱり伝えられることに限界があります。ですから、今回は簡単に説明して、また今度、実戦形式で詳細にお教えしますね」


「うん、わかった」


「では、簡単に。


 優姫さんの『絶対防御』はそのままの意味で、どんな角度からの攻撃でも対応できるものです。


 優姫さん、装備にたしか盾が入ってましたよね?」


「あ、うん。結構大きめの」


「それです。本来それは、反物質を多めに流すことで、分離させることができるんです」


「?」


 反物質を多めに流すことで、分離する?


 ……なんのことだろう。


 私の心の内を読み取ってか、玲が詳しい説明を始める。


「えーっと、優姫さんの大盾は六枚のプレート状の盾が集まってできたものなんです」


「ふむふむ」


「で、その六枚のプレートの間に反物質を流すと、盾が分離する仕組みになってるんです」


「へえ!」


「その分離したプレートは、電気的な力でもって大気中を自由に動き回れる盾になるんですよ」


 私の頭の中に、大盾がばらばらになって、六枚のプレートが私の周りをくるくる回るイメージが完成する。


「それって、自動的に私の周りをくるくる回る感じ?」


「いえ、そのプレートには心感鉱が多く含まれています。ですから、使用者の意思どおりに動き回りますよ」


 私の望んだとおりに六枚の盾が動き回って、私を守ってくれる……という寸法か。


 なるほど、だから『絶対防御』。


「ありがと玲、大体のイメージはつかめたと思う」


 私は玲にお礼を言った。それに玲はいえいえ、と答える。


「そんな大したことじゃありませんよ。私が知っていることをお伝えしただけですので。実際に体得するのが、一番大変でしょうから。


 あ、というか聞いてなかったですけど……優姫さん、今度のクエスト行ってくれますか?」


 遂に、訊かれる。


 私ははぁ、と息をつく。でもそれは、決して面倒くさいだのやりたくないなどという感情によるものではない、覚悟を決めるためのもの。


 私はそのまま躊躇うことなく、返事をする。


「うん、行くよ。私が、重のサポートを完璧にこなしてみせる。――曲がりなりにも、騎士だもの。黒騎士事件に関われるだなんて、むしろ光栄だと思わなくちゃ」


 私の返事を聞くと、玲は微笑んだ。


「じゃあまず、優姫さんのイレイザーを貸してください。さっき言った通り、いろいろソフトをいれるので。


 あと、作戦についてはまた今度、詳しい説明をする機会があると思いますので、そのときにまたいろいろ訊いてくださいね」




 ――こうして私は、黒騎士事件で暗躍することになった。

 

 私自身、ちょっぴりわくわくしていることには、結局直前まで気付かなかった。

ここでようやく説明はおしまいです。


設定を読むだけでだるいと思われた方、お待たせしました。


ここからはもうほとんど新しく出る設定等はないので、十分推測できるはずです。


これから後もよろしくお願いします。


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