3,お昼休み
今回は雰囲気が変わってやや明るめになりました。
午前最後の授業終了を告げるチャイムが鳴った。
「今日はここまでにするー」
黒板に向かって文字を書いていた古典の先生はそのチャイムの音を聞き、手に持っていたチョークを黒板の縁に置いた。それを合図にクラスの代表である室長が立ち上がり、
「きりーつ」
と言い、みなが立ち上がったのを確認してから、
「ありがとうございましたー」
と号令をかけた。みんなもそれに続く。しかしお昼前だからなのか、挨拶の声に覇気がなかった。挨拶はきちんとしないといけないだろう、とかく言う蒼も覇気なんてあったものではないので言葉には出さないが。クラスの人たちが今日はどうする~、とか言いながらダラダラしているのを尻目に、蒼は教室を自分の机の横に掛かっていた弁当袋を持って飛び出した。教室の前に掛かっている時計をチラ見して、走ってはいけない廊下を先生に注意されない程度に小走りで進む。蒼は足を速く動かし、目的地へ急ぐ。
「はぁ・・・、はぁ・・・・」
息を少し切らせて顔を下に俯かせた蒼が着いた先は、保健室だった。
呼吸を整え、蒼はドアを二回ノックし部屋に入る。そこで蒼を迎えたのは、
「蒼、遅かったね~」
「蒼ちゃん、お疲れ様!」
部屋の奥にあるソファーに座っている二人の女の子だった。蒼は教室なんかでは見せたことのない笑顔を顔に浮かべてごめんごめんと軽く謝罪をして、いつもの指定席である二人が座っているソファーの端に腰を下ろす。二人は既にソファーの前に設置してある机の上に弁当を広げていた。蒼もその仲間に加わる。水筒を出し、ふたを開けてゴクゴクと飲み、口を離してぷはーと声を出す。それを見ていた二人は普段のように反応をする。
「蒼、その仕草さ、おっさんっぽいよ」
とやや呆れ顔で言ったのは長い黒髪を後ろに一つで束ねている茉衣。
「まぁまぁ、いいんじゃないかな、人の個性だし」
と苦笑いをしながら言ったのは短い髪を下に二つでくくっている奈子。
二人とも、蒼の数少ない友だちだった。
茉衣は昔からの友だちで、奈子ちゃんは高校に来て新しくできた友だち。その二人が何故この保健室にいるのかと言うと、二人とも個々に病気を抱えているからだ。もちろん高校に来れているということはそれほどの病気ではない。しかし二人とも、教室に行き授業に出るというのは難しい理由を持っていた。なので二人共たいていはここにいる。蒼は二人と一緒に弁当を食べるために授業が終わって早々にやってきたのであった。
「お、蒼の弁当今日はハンバーグか!も~らい」
そう言って蒼の隣に座っている茉衣の箸が蒼の弁当箱ににゅ~と伸びる。蒼があ、と思ったときには既に遅く箸に連れ去られたハンバーグは茉衣の口の中へと消えた。
「う~ん、おいしいね~」
もしゃもしゃと咀嚼をしながら感想を言う茉衣に、
「えええー!?食べちゃったの!?てか早っ!口に出してから行動するの早っ!」
と蒼が目を丸くする。そしてうぅ、楽しみに最後にとっておいたのにとめそめそ愚痴を零す。それを見て奈子がま、まぁと慰める。ありがと~奈子ちゃん~、と蒼が若干潤んだ瞳で抱きつこうとした時、二人の真ん中にいた茉衣が突然立ち上がった。
「突然だけどさ、ウチ彼氏が欲しいのだ!」
手に拳を作り、何かを決意したような顔で高らかに宣言をする。それをぽかんと見ていた二人だったが、先に意識を戻したのは蒼だった。
「いや、本当に突然だね。何の脈絡もないね」
「どうやったら彼氏ができるのかな~」
「無視するなよーい」
「どうすればいいと思う!?奈子ちゃん!」
「へ!?」
茉衣の突然の振りについていけない奈子。当たり前だ。茉衣はいつも唐突に行動を起こすのだ。奈子はう~んと考える素振りをする。
「女度を上げる・・・、とか?」
それを聞き茉衣が驚愕に目を見開く。体の体勢も変なポーズのまま固まった。首をこちらにぎぎぎと動かす。
「じゃ、じゃあウチに彼氏は無理・・・・?」
「「・・・・・・。」」
「無言!?反応なし!?」
蒼と奈子は二人顔を見合わせ、曖昧に頷く。それにより茉衣が、うぎゃぁぁあああ、二人なんて嫌いだぁぁあ・・・・・と言って、その場を走り去った。あとには妙な沈黙が残る。そりゃ蒼は何も本気で茉衣の女度が低いとは思っていない。顔もそこそこだと思うし、スタイルもいい方だと思う。しかし。しかしだ、茉衣はオタクなのだ。少しならアニメを見たりする蒼でさえ、ちょっとドン引きするレベルまできてしまっている。そこが問題だ、と蒼はうんうん頷く。もったいないとは思うんだけどな~・・・、ってそもそも茉衣はクラスに出てないからそういう出会いの機会自体がないんじゃないかなと蒼が考えていたときだ。
ダダダダと足音が聞こえたかと思うと、茉衣が戻ってきた。即座に蒼はつっこむ。
「戻ってくるの早っ!」
「なんで探しに来てくれないんだぁぁああ・・・・」
「いや~、そんな理不尽に文句言われても」
蒼がそう言ったらしばらく茉衣は動きを止め、次には何事もなかったかのような顔をする。
「う~ん・・・・、まあいっか」
茉衣はさっきまでいた自分の席にストンと座る。そしてまた弁当に手を伸ばし、食事を再開した。
「茉衣ちゃん、切り替え早いね・・・」
若干嘆息気味に奈子が口を開く。それに茉衣が、
「まぁね~」
とえっへんすごいでしょうと言わんばかりに胸を張る。その態度にさすがに呆れて蒼はつっこむことを止めた。まぁこれが茉衣だし・・・・。茉衣はなんというかこう・・・、うん、明るい人だし。蒼達も食事を再開することにした。食事中、食べることに口は使われているので会話は少ない。蒼も食べてしまうことに専念した。その途中、
「お、蒼の弁当箱にゼリーはっけーん!」
と茉衣が手を伸ばし、
「また!?」
と蒼がつっこみ、奈子はそれを見て笑う。
これがいつもの昼休みの風景。
明るくて、
楽しくて、
唯一学校で安らげる蒼の一時。