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追放された王太子の婚約者ですが、やっと自由になりました。

掲載日:2026/02/10

「エリザ、君には失望した」


玉座の前に立つ私を見下ろし、王太子が冷たく言い放つ。


その隣には、涙をうるませた可憐な聖女。

白いベールの下で震える肩——けれど、その口元はわずかに上がっていた。


「嫉妬にかられて……聖女をいじめるなんて」


「殿下……ですが、わたくしの立場もご理解を——」


「言い訳は不要だ」


ぴしゃりと遮られる。


すると、聖女がそっと王太子の袖に触れた。


「いいのです……殿下。わたくしは平気です。ただ、エリザ様とは離れたほうがよろしいかと……」


「おお。さすが聖女だ」


王太子は深く頷いた。


「彼女の優しさに免じて、刑は軽くしよう。

エリザ・クレール公爵令嬢。お前を王都から追放でとどめる」


ざわめきが一気に膨らむ。


「つれていけ」


命令と同時に、兵士が前に出た。

私は抵抗せず、歩き出す。


背後から、貴族たちの囁き声が降ってくる。


「聖女さまはお優しい……追放で済むなんて……」

「王太子殿下のご英断だ」


重い扉が閉まる。

石の回廊に音が響いた。


その瞬間、肩から何かが崩れ落ちた。


——聖女様……ありがとう。

やっと、これで自由だ!





「鈴木くーん、これもお願い。今日中ね」


上司が笑顔で言いながら、私の机に書類の束を置いた。


「ええ……まだ別件、終わってなくて……」


「頼むよー。君、速いし」


当然のように言い残して、上司は颯爽と去っていく。

机の上には、いつの間にか積み上がった書類の山。


カタカタ……


「……あなたも帰っていいわよ」


「え……先輩……でも……」


「いいのいいの。これも先輩のつとめよ」


苦笑しながら手を振ると、後輩は何度も頭を下げて帰っていった。


静かになったオフィス。

キーボードを打つ音だけが残る。


ふと、誰に聞かせるでもなく呟いた。


「フフ……これが終わったら……長期休み取って旅行に行くんだ……!」


——この言葉が死亡フラグになるなんて、思いもしなかった。





目が覚めたとき、視界に飛び込んできたのは、金色の装飾が施された天蓋だった。


「……え?」


起き上がろうとすると、驚くほど身体が軽い。

壁にかかった鏡に映った顔は——金髪、青い瞳の女の子だった。


「……転生、した?」


混乱しているうちに、侍女が部屋に訪れ、名前を呼ぶ。


——私は、エリザ・クレール公爵令嬢として生まれ変わっていた。


神様ありがとう!

仕事から解放され、お嬢様ライフ満喫ね!


……と、思っていたのだけれど。


「お嬢様、本日はマナーのご講義がございます」

「午後は王宮史の講義、その後は舞踏の稽古でございます」


私を待っていたのは、「王太子妃候補」としての教育の日々だった。


礼儀作法、社交、歴史、宗教、政治……

朝から晩まで予定が詰め込まれ、息をつく暇もない。


「受験勉強の比じゃない……!?」


そしてある日、決定打が落ちた。


「エリザ嬢。君を、王太子殿下の婚約者とする」


王の言葉が告げられた瞬間、両親は大喜びし、貴族たちは喝采した。

拒否なんて、できるわけがなかった。


「……はい」


自由どころか、生活はさらに制限されていく。


外出には許可が必要になり、

発言は記録され、

交友関係まで管理される。


王太子妃教育も一段と厳しくなっていった。





王太子は、見た目だけは完璧だった。


背が高く、顔立ちは整い、物腰も柔らかい。

王族として非の打ち所がない——外見だけなら。


けれど、中身が空だった。


幼い頃から、周囲が尻拭いしてきたのだ。

失敗しても誰かが書類を整え、

言い訳を用意し、

責任の矛先を別の場所へ逸らす。


そして当然のように、婚約者である私の仕事は増えた。


「エリザ、代わりに説明してくれないか」

「君なら上手くやれるだろう?」


会議でそれを言われるのは、一度や二度ではない。


書類の確認、会議の補足説明、貴族への根回し。

王太子に連れられて城下町を回ることもあった。


気がつけば、王太子の仕事の半分以上を私が処理していた。


……詰んだ。


——公爵令嬢としての人生は、楽になるどころか、

別の形の「仕事」になっていただけだった。





転機は、突然やってきた。


「聖女が現れたのですって?」


聖女——王家と婚約すれば国が栄えると信じられている存在。

神殿が正式に認めたその知らせは、王宮中を一瞬で駆け巡った。


謁見の間で、聖女はにこにこ笑っていた。

くりっとした目、柔らかな頬。年の頃は十六、七といったところだ。


「かわいい……」


王太子は、思わず口に出していた。

婚約者の前で言うことだろうか。


私は表情を崩さないようにしながら、心の中で頭を抱えた。


——助かったの?

これで解放される?


そう思う一方で、胸の奥が少しだけ痛む。

こんな若い子に、押しつけていいのだろうか。


聖女と二人きりになったタイミングで、私は声をかけた。


「殿下との結婚は——やめておいた方がよろしいかと」


聖女がこちらを見て、にこっと笑った。

そして、さらっと言った。


「ええねん。だいたい分かってきたから」


え……関西弁?


「驚くよな。実は前世の記憶があんねん」


やはり、そうだった。

彼女も転生者だった。


「親孝行したいんや。前世でずっと働き詰めでなぁ。

今世は、家族にちゃんと……って思ってん」


それから彼女は、王太子の方角を見て、ため息をついた。


「街で見かけてな。あんな王太子が国王なったらあかんと思って」


「それで……名乗り出たのですか?」


「せやで。国のため、言うたら大げさやけど、放っといたらホンマに詰むやろ。

……あんたも、あの子の尻拭いで振り回されとったし」


見抜かれていた。

私は苦笑して頷いた。


「あんたには、あのじゃじゃ馬は無理や。

それとも、王太子妃なりたかった? 王太子、好きやった?」


目を瞬かせた。

そして、ゆっくり息を吸い、答えた。


「なりたくありません。好きでもありません。もう、自由になりたいです」


「せやろな」


聖女は満足そうに頷いた。




そして今。

城の回廊を歩きながら、私は聖女との会話を思い出していた。


『……追放?』


『そう。あんたが悪役になれば、王家はメンツ守れ、堂々と聖女を王太子妃にできる。民は納得する。あんたは出ていける』


合理的すぎる提案だった。

そして——その通りに、すべてが進んだ。


がんばってね、殿下。

聖女(五郎さん60歳)は某会社の元社長だから、しっかり鍛え直してくれるわ。


『任せとき。おったわ、こんな社員』


あの一言が、どれほど心強かったか。


城の前には、馬車が待っていた。

商会ギルドのマーク。五郎さんの実家だ。

御者台の横に立つ侍女が、深く頭を下げた。


「エリザさま。こちらへ」


私は一度だけ、城の方を振り返った。


五郎さんの言葉を思い出す。


『人の心配できるのは、美徳やけど。まずは、自分を大切にせなあかんで』


「はい……」


馬車に乗り込む。

扉が静かに閉まり、車輪が動き出した。


窓の外で、城が少しずつ遠ざかる。

胸の奥にあった重たいものが、ようやくほどけていく。


「どこに行こうかな」


これからの人生は、自分のために生きる。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
じょ、叙述トリックみたいだ…! 「助かりますわ」(貴族令嬢) 「助かりますわ」(関西弁のおっちゃん) みたいな! 関西弁の押しの強い子系かと思ったら敏腕シャッチョさんだった! いやーまさに聖女 面…
まさかの親孝行な聖女は五郎さん その後の殿下とのやり取りが気になりますね
五郎さん、めっちゃ素敵! 鍛え直してる話がよみたいわぁー(関西弁風) 午前中の仕事に疲れ果てて、昼休憩にこちらを読んだのですが、 頭も心も休まり、本当にいい気分転換になりました。 ありがとう。
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