第6話 救出
数日後。
ウィルフリッドのもとにフィッツロイ家から手紙の返事が来た。ジャックと共にそれを読んだウィルフリッドは手紙を握りつぶした。
「なにが『リディアは伏せっている』だ。その代わりに妹のレティ―シャ嬢との婚約をすすめてくるなど、俺を馬鹿にしているにもほどがある」
ウィルフリッドは立ち上がり、ジャックに言った。
「馬車を表に回せ。フィッツロイ家に行くぞ」
ジャックはそれに慌てた。
「しかし、乗り込むのは時期尚早かと……」
ウィルフリッドはジャックに鋭い視線を向けた。
「何を言っている。リディア嬢はすでに三週間近く監禁されていて、緊急を要する。『伏せっている』のなら『見舞い』に行けばいい」
ジャックは「なるほど」と言って、馬留へと走って行った。
フィッツロイ家の正面玄関に馬車を止めると、クレアが慌てた様子で外に出てきた。
馬車から降りてくるウィルフリッドにクレアは呆然とした。
「アーヴァイン公爵様……」
ウィルフリッドの表情は固く、手紙を読んでレティ―シャとの婚約を前向きに考えての訪問ではないことは一目瞭然だった。
「リディア嬢に会わせていただきたい」
そう言ったウィルフリッドの目を真っすぐと見つめ、クレアは毅然とした態度で答えた。
「リディアは体調が悪いと手紙にも書いたはずです」
「ええ。なので『お見舞い』に参りました」
けれど、クレアは玄関の前から動く気配はない。
ウィルフリッドはクレアに近づき、声をひそめて言った。
「調べはついています。穏便に済ませたい。通していただけませんか?」
クレアは驚いた顔をウィルフリッドに向けた。ウィルフリッドはその一瞬の隙をついて玄関から屋敷内に踏み込んだ。クレアは踵を返し、慌ててそれを追う。縋るようにウィルフリッドの腕を掴んだ。
「ご容赦ください。旦那様は不在で、女性しかいない屋敷に入るなんて無礼ですよ。日をあらためて正式にご訪問くださいませ!」
そこへ騒ぎを聞きつけたルーシーが階段の上に現れ、玄関に立つウィルフリッドに視線を向けた。
「アーヴァイン公爵様……」
ウィルフリッドはルーシーに気がつき、声をかけた。
「リディア嬢のもとに案内していただきたい」
ルーシーはクレアを一瞥した後、うなずいた。
「こちらです!」
ルーシーは踵を返し、ウィルフリッドたちを先導した。クレアはそれを見送るしかなく、その場に崩れ落ちるようにして座った。
ルーシーがリディアの部屋の扉をノックしてから開けた。
リディアは窓辺に座り、空を眺めながら尋ねた。
「ルーシー、どなたかいらっしゃったの? お父様の馬車ではないようだけど……」
そう言って、ドアに向けたネイビーの瞳が見開かれた。
「……ルーシー、私は幻覚を見ているのかしら。ウィルフリッド様がいらっしゃるように見えるのだけど」
ルーシーは涙を湛えながらリディアのもとに駆け寄った。
「いいえ! 幻覚ではありません。アーヴァイン公爵様がいらしてくださったのです」
ウィルフリッドもリディアのそばに寄り、しゃがんで手を取った。パーティーで会った時よりも少しやせたように見えるリディアに視線を合わせる。
「リディア嬢、一緒にここから出ましょう」
その一言にリディアは怯えたようなしぐさを見せ、首を横に振った。
「だめです、ウィルフリッド様。クレア様が部屋から出るなとおっしゃって……。クレア様に逆らったら、私はもうこの家にいられなくなってしまう……」
ウィルフリッドはリディアを安心させるように微笑んだ。
「俺の家にいらっしゃい。リディア嬢、俺は君との婚約を望んでいる」
リディアのネイビーの瞳が見開かれた。
「私がウィルフリッド様と結婚ですか? 私などでよろしいのでしょうか……?」
ウィルフリッドはリディアの手を優しく撫でる。
「私などと言わないでください。俺はリディア嬢がいいのです。本屋で出会った時から、あなたに惹かれていました」
それを聞いたリディアの瞳から涙が流れ落ちた。
「嬉しい……。私もずっとウィルフリッド様をお慕いしておりました」
ウィルフリッドは立ち上がり、リディアの手を引いた。
「さぁ、行きましょう。リディア嬢」
リディアも立ち上がり、部屋を後にしようとした時だった。
「お嬢様、よかった……」
そう言って、二人を見送るルーシーをリディアは振り返り、ウィルフリッドを見上げた。
「ウィルフリッド様、ルーシーも連れて行ってもいいですか? 幼い頃より、ずっと支えてくれていた友達なのです」
ウィルフリッドは笑みを浮かべてうなずいた。
「もちろんです」
リディアはルーシーに視線を戻した。
「ルーシー、これからも一緒にいてくれる?」
ルーシーは駆け寄り、リディアに抱きついた。
「お嬢様、もちろんです! ずっと離れません!」
エントランスに戻ると、うなだれているクレアの横にレティ―シャが付き添っていた。
レティ―シャはリディアたちを見て、驚いた顔をした。
「アーヴァイン公爵様、なぜここに……?」
その声にクレアはそっと顔を上げた。
ウィルフリッドはリディアの肩を抱き、その前を通り過ぎようとした。けれど、リディアは立ち止まって二人を振り返り、深々とお辞儀をした。
「お世話に、なりました……」
それを見たクレアは苦々しく顔をひそめた。
「どうしてお前ばかり……!」
ウィルフリッドはクレアを一瞥し、何も言わずにリディアを連れて馬車に乗った。




