第4話 ダンスパーティ
ダンスパーティ当日。
ルーシーに支度を手伝ってもらい、リディアは屋敷のエントランスに下りた。
すでに支度を終えて待っていたクレアとレティーシャは、やっと来たリディアに不機嫌そうな視線を向けたが、その顔はすぐに驚きに変わった。
甘いピンクのドレスは、上品に仕上げられていた。
フリルが取り払われて、その代わり胸元にはちょうどいい大きさのコサージュがついている。短かったドレスの裾は腰から幾重にも薄紫色のソフトチュールが流れ、リディアが歩くと柔らかくなびいた。胸元にはシルバーのネックレスをつけ、ミルクティー色の髪はまとめ上げ、小さな薔薇がいくつも集まった髪飾りをつけている。
コサージュも髪飾りも取り払ったフリルからルーシーが手作りしてくれた。
ルーシーは階段の下までリディアをエスコートし、微笑んだ。
「お嬢様、楽しんできてくださいね」
「ルーシー、本当にありがとう。行ってくるわね」
ルーシーはリディアの晴れの日に泣きそうになりながら、その背中を見送った。
薄暗くなってきた街を馬車は走っていく。
王宮ではたくさんの馬車が行き交い、華やかなドレスを着た貴婦人たちが下りて行く。
リディアもトムに手を借りて、馬車を下りた。その時、トムがこそっとリディアに言った。
「素敵です、お嬢様。おめでとうございます」
それにリディアは笑顔で答えた。
会場にはリディアが思っていたよりもたくさんの人がいて、優雅な音楽が流れている。
ダンスホールにはすでに踊っている人たちもいて、リディアは思わず感嘆の声を上げた。
――素敵。小説で読んだ通りだわ……。ううん。それ以上。とってもきらきらしている。
きょろきょろとしているリディアをクレアは一瞥した。
「みっともない。一緒にいて恥ずかしいわ」
リディアははっとして、俯いた。
それからクレアとレティ―シャはそれぞれ知人を見つけ、ひとり残されたリディアはきょとんとしていた。
――どうしたらいいのかしら……。
見かねたボーイがシャンパンを手渡し、手で差した。
「お嬢様、あちらでお掛けいただきながらお食事ができますよ」
「まぁ。ありがとう」
リディアは軽くお辞儀をして、空いている椅子に座った。そこから会場を眺めているだけでも幸せな気分でいっぱいだった。
――これが憧れていたパーティの世界。
ゆっくりとシャンパンを口にしていると、会場が騒めいた。
「アーヴァイン公爵がいらしたぞ」
「婚約者を探しているって本当なのかしら……」
期待と好奇が入り混じった声があちらこちらから聞こえてきた。
――そういえば、クレア様もおっしゃっていたわね。アーヴァイン公爵という人の婚約者探しも兼ねていると……。
リディアも渦中のアーヴァイン公爵が気になって、辺りを見回していると、ひとりの男性と目が合った。リディアは驚き、ネイビーの瞳を見開く。
「お嬢さん、まさかこんなところで会うなんて思わなかった」
いつも街中で会う時とは違い、正装している男性がそこにいた。
「私も驚きました」
リディアが立ち上がると、男性はお辞儀をして、手を差し出した。
「よろしければご一曲いかがですか?」
「ごめんなさい。私、ダンスはしたことがなくて……」
すると、男性は笑みを浮かべて、リディアの手を取った。
「では、バルコニーで少しお話ししましょう」
男性はリディアの手を取って、歩き出した。
先ほどから会場の視線がこちらに向いているのを感じ、その中にはクレアとレティ―シャの姿もあった。
「アーヴァイン公爵が女性を連れている」
リディアの視界の端にそう言った男性の姿が映り、その視線はリディアの手を引いている男性に向いていた。
リディアは驚きと同時に、
――アレクサンドルさんがアーヴァイン公爵……。
そう確信した。
バルコニーにある椅子にリディアを座らせ、男性は正面の椅子に座った。
リディアは戸惑ったように胸に手を置いて呟いた。
「まさかアレクサンドルさんがアーヴァイン公爵様だったなんて……」
「すみません。驚かせてしまいましたね。本名は、ウィルフリッド・アーヴァインと申します」
ウィルフリッドが申し訳なさそうに言ったので、リディアは首を横に振った。
「いいえ。最初にちゃんと名乗らなかったのは私も同じです。リディア・フィッツロイと申します」
「フィッツロイ家のお嬢様でしたか。たしか伯爵家で、お父様の事業は素晴らしいと聞き及んでおります」
父親を褒められたリディアは嬉しそうに微笑んだ。
それからリディアはふと尋ねた。
「ウィルフリッド様は、婚約者を探してらっしゃるのですか?」
ウィルフリッドは飲んでいたシャンパンを吹き出しそうになったが堪えて答えた。
「そのような噂が流れていることは知っていましたが……。いいえ。ただの噂ですよ」
リディアはそれを聞いてほっとした。それからはっとして手を口に当てた。
――いやだわ。私ったらウィルフリッド様に失礼なことを聞いてしまった。
「ごめんなさい。つい気になってしまって……」
「いいえ。――気にしてくださったのですか?」
ウィルフリッドがついからかいたくなってリディアにそう尋ねると、リディアは顔を真っ赤にして俯いた。
「ええ。なぜでしょう。アレクサンドルさんがアーヴァイン公爵様だと知った途端、噂がとても気になってしまいました……」
リディアの反応にウィルフリッドもつい赤面してしまう。
「……リディア嬢は、素直で可愛らしい方ですね」
二人は見つめ合い、しばらく静かな時が流れた。
そこへクレアがレティ―シャを伴いバルコニーへとやってきた。
「リディア、アーヴァイン公爵とお知り合いだったの? なら、ちゃんとご紹介なさい」
リディアは弾かれたように立ち上がり、俯きがちに言った。
「クレア様、申し訳ございません……」
クレアは外向きの顔で笑った。
「嫌だわ、リディア。いつものように義母様とお呼びなさい。――アーヴァイン公爵様、リディアが大変失礼いたしました。義母のクレア・フィッツロイと申します。こちらは妹のレティ―シャです」
レティ―シャはお辞儀をして挨拶をした。
ウィルフリッドも立ち上がり、お辞儀を返した。
「リディア嬢のお母さまと妹君ですか。はじめまして」
クレアは隣に立つリディアの腕を急に掴んだ。
「痛い!」
クレアの整えられた爪が腕に食い込み、驚いたリディアが思わず声を上げたが、クレアは気にも留めずに言った。
「大げさな子ね。もう帰りますよ。――アーヴァイン公爵様、失礼いたします」
クレアはリディアを引っ張るようにして踵を返した。
ウィルフリッドはその様子に異様なものを感じ、呼び止めた。
「お待ちください……!」
しかし、クレアは振り返ることもせず、バルコニーを出て行った。一瞬こちらを振り返ったリディアの表情が悲しげに見えたが、今のウィルフリッドには見送ることしかできなかった。
馬車に乗ったリディアはクレアに問い詰められていた。その勢いは凄まじく、リディアは委縮していた。クレアの隣に座るレティ―シャも同様で、青白い顔で自身の母親を見ていた。
「アーヴァイン公爵とはどこで出会ったのか答えなさい!」
目の色を変え怒鳴るクレアにリディアは恐怖に震えながら答えた。
「クレア様のお使いの時に街で……」
それを聞いたクレアは座り直しながら顔に手を当てた。
「なんてこと……。少し街に出しただけで、男性と懇意になるなんて……」
それから少し間をおいて、クレアは盛大な溜息をついた。
「……フィッツロイ家の恥だわ。旦那様が知ったらさぞかし嘆き悲しむでしょうね」
リディアは悔しくてたまらなかったが、クレアが怖くて言い返せず、ただ膝の上でこぶしを握り、今を耐えるしかなかった。
そんなリディアに目もくれず、クレアは続けた。
「お前はもう部屋から出さないわ」
リディアはそれを聞いて一番最初に思い浮かべたのはウィルフリッドの笑顔だった。
――もうウィルフリッド様に会えないの……?
リディアはその事実に目の前が暗くなった。




