第2話 秘密の逢瀬
リディアは自室に戻り、椅子に座って、机に置かれた本の表紙を撫でた。
今日買った本は『アレクサンドルとスベトラーナの秘宝』という物語で、盗賊のアレクサンドルが伯爵令嬢のスベトラーナの家にある秘宝を狙って泥棒に入ったところからはじまる。
スベトラーナの父親は秘宝を巡って殺されていて、スベトラーナはアレクサンドルに父のかたき討ちを手伝ってくれたらこの秘宝を渡す約束をする。
そんな二人の物語は波乱に満ちていて、リディアはいつも心を躍らせながら読んでいた。
――今日お会いしたあの方もこの本がお好きなのかしら……。
リディアは本屋で出会った男性を思い出していた。
――あの方、少しだけアレクサンドルの外見のイメージに似ていたわ。粗野なアレクサンドルと違って、上品だったけれど。また会えるかしら……。
そんなことを考えながら、リディアは本の世界へと潜っていった。
それから数日後。
クレアのおつかいで街に来ていたリディアは少し落ち着かなかった。またあの男性と会えないかと、どこか期待していたからだ。
しかし、その日は会うことは叶わなかった。
――もうあの男性は私のことなど忘れているに違いない。私も忘れよう。
そうどこか期待しないようにしているリディアがいた。
期待しても裏切られるだけだと、リディアは心のどこかでそう思うようになっていた。
月日は経ち、男性と出会ってから一か月は経とうかという頃。
おつかいついでにまた本屋に立ち寄ろうとした時だった。
「お嬢さん」
リディアが振り返ると、そこにはあの男性がいて、思わず目を見張った。
男性は包みをリディアに差し出した。
「ダグラス帝国の本屋に新刊がありました。シェリー王国の本屋に並ぶのは先になりそうですし、お嬢さんの顔がよぎったので、ついお土産として買ってしまった。よければ受け取ってください」
リディアは男性に会えたこと、覚えていてくれたこと、しかも新刊のお土産まで用意してくれていたことがたまらなく嬉しくて、受け取った本を抱きかかえた。
「ありがとうございます。すごく嬉しい……」
喜んでくれたリディアに男性も満足そうな笑みを浮かべている。
「お嬢さん、よければお名前を教えていただけませんか?」
リディアは男性を見上げた。
――どうしましょう。クレア様から外では名乗らないように言われているのに……。
リディアは本に目を落とした。
「事情があり、名乗れないのです。――そうだ。スベトラーナとお呼びいただけますか?」
男性はピンときたらしく、恭しくお辞儀をした。
「それでは俺はアレクサンドルと名乗りましょう」
それは、アレクサンドルとスベトラーナが出会った時に、アレクサンドルがしたしぐさだった。
リディアはつい笑ってしまって、口元に手を当てた。それから、はっとして顔を上げた。
「お礼をしたいのですが、あいにく持ち合わせがございません。また本屋にいらっしゃいますか?」
男性は遠慮したように手を振った。
「お礼など必要ありません。同じ本が好きなもの同士、これから仲良くしていただけると嬉しいです」
リディアは笑みを浮かべた。
「ぜひ。またお会いしましょう」
そう言ってリディアは軽く会釈をして、ルーシーと共に去って行った。
それからというもの、クレアとレティーシャから買ってきたものに文句を言われると分かっていても、それよりもアレクサンドルと名乗った男性に会えるかもしれない期待の方が大きく、リディアはおつかいに行くのが楽しみになった。
その日は、手作りのクッキーを持って、街へおつかいに行く足取りは軽い。つい本屋に立ち寄って、男性の姿を探してしまう。
「スベトラーナさん」
リディアは声をかけられた方を向いた。
「アレクサンドルさん。よかった。お会いできた」
リディアは鞄から包みを出し、差し出した。
男性はきょとんとした顔をして、その包みを受け取る。
「本のお返しにクッキーを焼いたんです。お口に合えば嬉しいのですけど……」
それを聞いた男性は嬉しそうにして、提案した。
「ありがとうございます。よければ噴水広場で一緒に食べませんか? 本の感想を言い合いながら」
その提案はとても魅力的でリディアはその提案に乗った。
噴水広場にあるベンチに腰掛け、二人の間にクッキーの包みをおいて、談笑している。
「スベトラーナさんはどのシーンがお好きですか?」
リディアは少し悩んでから答えた。
「滝でのシーンはハラハラしました。アレクサンドルが滝に落ちそうになるスベトラーナを助け、抱きしめたところ。読むのが止まらずに、朝方まで読んでしまいました」
男性は同意したように頷いた。
「そのシーンは俺も好きです」
そして、男性はクッキーを一口食べて、
「美味しいです」
と、笑顔で言った。
リディアは僅かに顔を赤らめて、はにかんだように笑った。
「家のシェフに教わりながら、はじめて作りました」
そんなリディアは可愛らしく、男性の顔も綻んだ。
「スベトラーナさんは、甘いものはお好きですか?」
リディアは顔を上げ、頷く。
男性は商店街の方を指差した。
「美味しいクレープ屋があるんです。今度一緒に食べましょう。次はいつ街にいらっしゃいますか?」
リディアはそう尋ねられて、困ってしまった。
自由に街に来ることはできず、クレアのおつかいの時にしか家を出ることを許されていなかった。けれど、男性からの誘いを断るのは寂しいと思った。
「……いつとお約束はできないけれど、またお会いした時にはぜひご一緒したいです」
その答えに男性は頷いた。
「では、また会えるように本屋に入り浸ることにします」
その返しにリディアは安心したのと同時におかしくて笑ってしまった。
数日が経ち、リディアがクレアのおつかいで街に来た時、本屋を覗くと男性は本を立ち読みしていた。
「アレクサンドルさん」
リディアが声をかけると男性は顔を上げて、微笑んだ。
「また会えましたね。では、クレープを食べに行きましょうか」
リディアは嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。




