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下水道貴族のプラン  作者: 神矢幻太


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第8話 孤立する王たち

 「机上の空論、か……」

 管理棟に戻ったカインは、ガルスに突きつけられた「領地経営妨害」という言葉を反芻はんすうしていた。

「貴族の領地、つまり既存の農地での実験は許さない。……見事な『法』の網だ。俺の技術が正しくとも、彼らのルールの上では、俺は一歩も動けない」

 セラフィナは、カインの広げた設計図を覗き込み、静かに言った。

「ええ。彼らはもう、あなたの技術そのものではなく、あなたの『信用』と『権威』を潰しにかかっている。……そして、それは私に対しても同じようね」

「どういう意味です?」

「王都の王立衛生魔術院から、召喚状が届いたわ。『院長の査問会に出頭せよ』と。議題は、私の『筆頭魔術師としての適性』について、だそうよ」

 カインは息を呑んだ。ガルスが、王都の上層部にまで手を回したのだ。

「あなたのせいじゃないわ」

 セラフィナは、カインの動揺を見透かすように、先回りして言った。

「私が選んだことよ。それより、どうするの? このままでは、あなたの計画は本当に『机上の空論』で終わる」

「……兄上が『実験するな』というのなら、彼らが『土地と認めていない土地』でやればいい」

 カインは、ヴァルトの全体図を広げ、ある一点を指差した。

 あの有毒な「沼沢草しょうたくそう」が生い茂る、広大な湿地帯。

「ここだ。誰も価値を認めない『死の土地』。ここを『新たな領地』として開拓する。これならば、既存の領地への『妨害』にはあたらないはずだ」

 それは、貴族の法の網をかいくぐる、唯一の答えだった。


 しかし、現実はカインの想像以上に厳しかった。

 カインが、石工ギルドのボリス親方と、日雇いの平民たちを集め、湿地帯の排水路建設に着手しようとした矢先、第二の妨害が始まった。

「おい、聞いたか? あの湿地帯は呪われてるんだと」

「カイン様が魔術も使わずに土をいじるから、土地の精霊が怒って、疫病が流行るらしい……」

 平民たちの間に、悪質なデマが流れ始めた。

 さらに、ガルスは騎士団を動かした。

「ギルドマスター・ボリス! 貴殿のギルドに対し、城壁修繕に関するすべての契約を、本日付けで破棄する!」

 騎士が、ボリス親方の仕事場に乗り込み、高圧的に通告した。

「……なっ!?」

「理由はわかるな? 反逆の疑いがある者に、領主様の仕事を任せるわけにはいかない」

 あからさまな脅迫だった。カインに協力すれば、ギルドごと干上がる。

 日雇いの平民たちに対しても、騎士団の兵士が「カインの仕事に参加した者には、冬の間の食料配給を停止する」と通達して回った。


 湿地帯の建設現場から、一人、また一人と、平民たちの姿が消えていった。

「……カイン様。すまねえ」

 最後に残ったボリス親方が、苦渋の顔で頭を下げた。

「あんたの技術は本物だ。だが、俺ら職人も、日雇いの連中も、今日のパンがなけりゃ生きていけねえ……。貴族様には、逆らえねえんだ……」

 カインが救おうとした平民たちが、カインの「未来の豊かさ」よりも、「今日のパン」のために、彼のもとを去っていく。

 カインは、彼らを責めることなどできなかった。

「……わかりました。親方。あなた方のせいじゃない」

 技術だけでは、生活のかてを人質に取られた人間の「恐怖」には勝てない。

 カインの力の源泉だった「大義名分」と「労働力」は、こうして無残に奪われた。


 数日後。雨が降る湿地帯で、カインはただ一人、泥にまみれながら排水路の杭を打っていた。

 そこに、セラフィナが戻ってきた。王都の査問会からだ。

 しかし、彼女の姿に、カインは目を見張った。

 あの純白の「筆頭魔術師」のローブではなく、質素な旅人のような服を着ていたからだ。

「セラフィナ様……その格好は」

「……ええ。予想通りよ」

 彼女は、自嘲じちょうするように笑った。

「『王立衛生魔術院の権威を失墜させ、下賤な技術に与した異端者』だそうよ。結果、私は『筆頭魔術師』の任を解かれ、無期限の魔力使用禁止と、領地からの退去を命じられたわ」

「なんだと……!?」

 カインは、打ちかけていた杭を取り落とした。

 最大の理解者。技術的に不可欠なパートナー。そのセラフィナまでもが、公的に「失脚」させられた。

 カインは、完全に孤立した。

 遠巻きに、ガルスの騎士が二人、雨の中でマントに身を包み、カインの無様な姿を嘲笑うように監視している。

「……行きなさい、セラフィナ様」

 カインは、雨に打たれながら、彼女に背を向けた。

「これ以上、俺と関われば、あなたは本当に『反逆者』として処刑される。あなたの未来まで、俺の泥に沈めるわけにはいかない」

「……馬鹿ね」

 しかし、セラフィナはその場を動かなかった。

 彼女はカインの隣に歩み寄ると、彼が広げていた泥まみれの設計図を、ためらいもなく拾い上げた。

「『筆頭魔術師』のセラフィナは、もういないわ。彼女の権威もプライドも、王都に捨ててきた」

 彼女は、設計図を睨みつけ、冷たい雨で濡れるラインを指でなぞった。

「でも、『技術者』のセラフィナは、まだここにいる」

 彼女は、カインの顔をまっすぐに見上げた。その瞳は、絶望ではなく、あの頃と同じ知的な熱を帯びていた。

「……カイン。ここの排水勾配の計算、少し甘いわよ。魔力による強制硬化サポートが使えないのなら、物理法則だけで完璧に仕上げる必要がある。やり直しましょう」

 それは、すべてを失った二人が、世界そのものに反旗を翻す、本当の革命の始まりだった。

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