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下水道貴族のプラン  作者: 神矢幻太


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第4話 知的な優越、挑発的な査察

 石工ギルドのかまを借り受けたカインは、数日間、火と格闘していた。

 目指すは、前世のローマ帝国で使われていた「ローマン・コンクリート」の再現。ポルトランドセメントがなくとも、石灰と火山灰を特定の比率で混合・焼成すれば、水中で硬化する水硬性セメントが作れるはずだ。

 だが、この世界に都合よく火山灰があるはずもない。

(代替品……代替品だ。シリカとアルミナを豊富に含む、焼成可能な素材……)

 カインはヴァルト周辺の土壌を調べ上げ、ついに一つの素材に行き着いた。

 ワインの醸造時に出る、大量の「搾り滓」。

 ブドウの皮や種には、カインが求める鉱物成分が微量ながら含まれていた。これを乾燥させ、粘土と混ぜて高温で焼き上げる。

「温度が足りない! ボリス親方、もっと火力を!」

「無茶を言うな! これ以上は窯が割れるぞ!」

 試行錯誤の末、真っ黒な灰と化した試作品を水に溶かし、練り上げ、型枠に流し込む。数時間後、それはカチカチに固まった石板となった。水に浸けても、溶け出す気配はない。

「……できた。古代の、しかしこの世界では最新のセメント代替品だ」

 カインは、すすで真っ黒になった顔で、満足げに笑った。


 平民の労働者たちによるU字溝の設置作業が始まった日、あの女が再び現場に現れた。

 純白のローブをまとったセラフィナ・リアーデン。

 彼女は、カインが素人集団に指示を出す様子を、腕組みをしながら遠巻きに眺めていた。

「……驚いたわ。本当に素人を使っているのね」

 その声には、以前のような侮蔑ではなく、純粋な驚きが混じっていた。

「私の知る土木工事は、熟練の石工魔術師が魔力で地面を固め、精密に組み上げるもの。あんな雑なやり方で、水路の勾配が保てるはずがない」

「だから『型枠』を使ってるんですよ」

 カインは、設計図を片手にセラフィナに応じた。

「彼らはただ、あらかじめ設置した基準枠の間に石を置いているだけ。勾配計算も水平出しも、すべてこの型枠が担保する。魔術のような個人の技量に頼らない、誰でもできる『標準化工法』です」

「標準化……」

 セラフィナは、その聞き慣れない言葉を反芻はんすうした。

 彼女の目には、汗まみれになって働く平民たちと、彼らを正確無比な指示で動かす、泥まみれの「下水道貴族」の姿が、理解しがたい一つのシステムとして映っていた。


 その夜、カインは管理棟で一人、セラフィナが来るのを待っていた。

 昼間の彼女の視線。あれは、単なる査察の目ではなかった。自身の理解を超える工法に対する、技術者としての、あるいは魔術師としての、隠しきれない「好奇心」の目だった。

(必ず来る。あのプライドの高いエリートは、自分の知らない知識が目の前にあることを我慢できない)

 案の定、深夜、管理棟の扉が静かにきしむ音がした。

 忍び込んできたセラフィナは、月明かりだけが差し込む室内で、机の上に広げられた設計図を見つける。U字溝の勾配計算図、そして、あの「セメント代替品」の配合比率が記されたメモだ。

 彼女がそのメモに手を伸ばした瞬間、背後からカインの声が響いた。

「――それほど、私の『泥臭い知識』に興味がありましたか、セラフィナ様」

「ッ!?」

 セラフィナは、雷に打たれたかのように硬直し、ゆっくりと振り返った。暗闇の中に、カインが静かに立っている。

「昼間は、私の不潔な仕事を見下し、夜は、その不潔な知識を盗む。貴女は本当に、好奇心に忠実な方ですね」

「わ、私は……っ」

 盗みを見られた屈辱に、セラフィナの顔が赤く染まる。

「結界の防衛状況を査察しに来ただけだ! 貴様の汚れた設計図など、興味はない!」

「ほう。では、興味のないついでに、一つ実験にお付き合い願いましょうか」

 カインは、松明たいまつに火を灯し、昼間作ったモルタルの石板を彼女の前に差し出した。

「貴女のその万能なる魔力で、これを破壊してみてください」

「……馬鹿な。こんな薄い石板、私の浄化魔術の衝撃波で、ちりも同然だわ」

 セラフィナは、屈辱を晴らすかのように魔力を高め、石板に向かって手のひらを突き出した。

「砕けろ!」

 純白の魔力がほとばしる。

 しかし――石板は、砕けなかった。

 魔力の光は、石板の表面で霧のように散乱し、吸収されていく。

「な……ぜ……?」

 セラフィナは信じられないものを見る目で、再度、より強い魔力を込めた。だが、結果は同じだった。

「無駄ですよ」

 カインは、挑戦的な笑みを浮かべた。

「そのモルタルは、貴女の知らない『化学結合』という、もっと根源的な法則で固められている。シリカと石灰が水和反応を起こし、強固な結晶構造を作っているんだ」

「かがく……けつごう……?」

「貴女の魔力は、物理的な力を強制的に加えることはできても、原子レベルで結合した、この新しい『法則』そのものを理解できない。だから、破壊できない」

 セラフィナは、愕然がくぜんとしてその石板とカインの顔を交互に見た。

 王立衛生魔術院きってのエリート。魔力こそが世界のすべてだと信じてきた彼女のプライドが、目の前の「下水道貴族」の圧倒的な知性の前で、音を立てて崩れていく。

 彼女は、カインの汚れた作業着の奥にある、知識の深淵しんえんを見た。

 それは、恐ろしくもあり、同時に、抗いがたいほどに魅力的だった。

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