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下水道貴族のプラン  作者: 神矢幻太


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第1話 下水道貴族、誕生

「土木技術者としては、実に不本意な死に方だった」


 それが、俺――ケンジ・ハシモト、享年四十八歳――の、水に満たされていく肺で絞り出した最後の感想だった。


 都市開発局の監査役。それが俺の職分だ。

 あの橋梁の設計図を見た瞬間、俺は施工業者と、それを見逃した担当部署の怠慢を確信した。構造計算が甘い。鉄筋の量が指定の七割にも満たない。

「このままでは崩落する。即刻、通行を止めて再検査すべきだ」

 俺の警告は、工期と予算を盾にした権威主義によって握り潰された。

 そして今、俺はその橋が崩落する瞬間に、監査のための公用車ごと巻き込まれている。皮肉にも、俺自身の警告の正しさを、我が身をもって証明する羽目になったわけだ。


 きしむ金属音。叩き割られたフロントガラスから濁流が流れ込み、俺の体をシートに縛り付ける。

(怠慢と権威主義の勝利、か……)

 契約書と利権の数字しか見ない連中が、人命を支える「インフラ」という現実を軽視した結果だ。

 霞んでいく視界の中、俺はただ、不本意だ、とだけ思った。こんな自業自滅のような死に方は、プロフェッショナルとして、断じて認められるものではない。


 次に目覚めた時、俺は柔らかな産着に包まれていた。

 視界はぼんやりとし、手足は思うように動かない。聞こえてくるのは、知らない言語。だが、不思議とその意味は頭に流れ込んでくる。

「まあ、可愛らしい。カイン様」

「しかし、マナの反応がここまで微弱とは……」

「三男坊でよかった。これが長兄であったなら、レイクランド家の恥になるところだ」


 状況を理解するのに、さらに十数年を要した。

 俺は異世界に転生したらしい。それも、貴族の三男坊という、やたらと画数が多くて長い名前を持つ赤ん坊として。


 大陸暦千五百二十二年。魔力マナと剣技が全てとされる世界「アルカディア」。

 俺、カイン・ヴォン・レイクランドは、この世界における「役立たずの劣等生」だった。

 父であるレイクランド伯爵家には、三人の息子がいる。

 長男は、強力な魔法使いの素質に恵まれ、王立魔術院への道が約束されている。

 次男は、強靭な肉体と剣才を持ち、将来有望な騎士としてすでに頭角を現している。

 そして三男の俺。十五歳になった今日まで、マナ適性の検査で一度たりとも「反応あり」の結果を出したことがない。前世の記憶と土木工学の知識を持つ俺にとって、マナなどという非科学的な力はどうでもよかったが、この世界ではそれが人間の価値そのものらしかった。


 十五歳の成人の儀を終えた俺は、父である当主の書斎に呼び出された。

「カイン。本日をもって貴様も成人だ。役目を与える」

 冷然とした父の視線には、息子への期待など微塵も含まれていない。

「辺境都市ヴァルトの治水管理者。それが貴様の役職だ。すぐに赴任せよ」

「……御意に」

 聞こえはいい。「治水管理者」。前世の俺ならば、河川の氾濫を防ぎ、灌漑を整備する、国家の根幹を担う重要なポストだ。

 だが、この魔力至上主義の世界では違う。

 治水とは名ばかり。貴族が誰もやりたがらない、泥と汚物まみれの雑用係。

 要するに、「下水道の番人」だ。

 マナ適性ゼロの劣等生には、それがお似合いだと、父の目はそう語っていた。


 数日後、俺は辺境都市ヴァルトの「管理棟」とやらに立っていた。

 薄汚い石造りの小屋だ。埃が積もり、カビ臭い空気が淀んでいる。壁にかけられたヴァルトの都市地図も、湿気で端が丸まっていた。

 俺は、その地図を丹念に眺め、それから数日かけて、自らの足でヴァルトの街をくまなく歩き回った。

 そして、確信した。


(腐っている)


 文字通りの意味で、この街は腐敗しきっていた。

 魔術師たちが空中に浮かべたという優雅な貴族区の城。騎士団の鉄壁の訓練場。それがこの街の自慢らしい。

 だが、その足元はどうだ?

 一歩路地裏に入れば、家畜の糞尿と、家庭から垂れ流される汚泥で、道は常に湿っている。強烈なアンモニア臭が鼻を突き、人々は乾いた咳をしながら足早に通り過ぎていく。疫病が定期的に流行するというのも頷ける。

 さらに最悪なのは、貴族領と平民区の境だ。

 そこには、魔力で固められただけという意味不明な巨大な汚水溜まりがあった。勾配も、流路も、浄化槽の概念もない。ただ「溜めている」だけ。


(馬鹿げている)


 管理棟の資料によれば、貴族たちは「マナの力で水を清めれば済む」と高を括っているらしい。高位の浄化魔術師が、定期的にその汚水溜まりの水を「浄化」して回るのだと。

 なんという非効率。その魔術師が一人サボれば、あるいは病にでも倒れれば、このシステムは即座に破綻する。街は汚水に沈み、疫病が蔓延するだろう。


 対して、俺の知る文明は、もっと地道で、非魔術的で、そして圧倒的に効率的な「土木技術」の上に築かれていた。

 上下水道の分離。勾配を利用した自然流下。沈殿と濾過による浄化システム。

 それらは全て、魔力などという不確かなものではなく、「水と土の理論」という、この世界でも間違いなく通用する物理法則に基づいている。


 俺は、薄汚い管理棟の地図を広げながら、ニヤリと笑った。

 下水道の番人? 結構。

 この世界で最も軽んじられているインフラ技術。そのプロフェッショナルとしての本能が、四十八年と十五年の時を経て、俺の内で疼きだした。


「見ていろ。魔力に頼り切ったこの非効率で傲慢な社会構造を、文字通り、地下から突き上げてやる」


 下水道貴族の、静かな革命が始まった。

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