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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第6章 秩序と瓦解

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第81話:偽名と導線

お読みいただき、ありがとうございます。

これより第6章スタートです。

第6章も、お楽しみいただければ幸いです。

夜明けから続く避難民の受け入れ作業は、容赦なくロイルの体力と声を削り取っていた。


「荷車は奥の区画へ! 歩きで怪我のない者は左の列だ! 足元に気をつけろ、倒れたら終わりだぞ!」


枯れかけた声で叫びながら、ロイルの目だけは門前を舐めるように追っていた。――昨夜、革靴の跡だけ残して消えた一団を。


やがて、怒号と悲鳴が入り交じる群衆の渦の中に、明らかに異質な歩き方をする者たちが現れた。


ボロボロの外套を深く被ってはいるが、波に逆らわず、かつ誰にも押し流されない完璧な陣形。


四人の大柄な者が、中央の小柄な人物を庇うように前後左右を固め、異常なほど一定の速度で静かに進んでくる。誰も重い荷物など持っていない。


(……来たな。やはり、ただの避難民じゃない)


ロイルは誘導旗を振り下ろす手を止めず、彼らが臨時受付の天幕へ向かう導線へと入るのを、油断なく視線で追った。



やがて、その一団の順番が臨時受付の天幕へと回ってきた。

前に進み出たのは、初老だがひどく背筋の伸びた男だった。煤けた外套を羽織ってはいるものの、その足運びや所作には、長年染み付いた強固な礼節の型が残っている。


「お名前と、ご出身、同行者を記録します」


受付の若者が羊皮紙にペンを走らせる準備をすると、初老の男は穏やかに、しかし有無を言わせない静かな響きで答えた。


「必要事項はお答えします。名はこの娘がロッテ、私がクラウス。他四名。出身は王都です。……ただし、今は故あって、これ以上の事情を口にできない者もおります。どうか、詮索はご容赦いただきたい」


受付の若者が、一瞬だけペン先を止めた。だが、ウルム村の掟は相手の事情で曲がるようにはできていない。ロイルが横から介入する。


「理由は聞かない。だが、掟は掟だ。刃物や武器はすべてここで預かる。村の中で人が死ぬのが、俺たちにとって一番まずい事態だからだ」


その言葉を聞いた瞬間、クラウスの後ろに控えていた四人の護衛のうちの一人が、反射的に外套の下の剣の柄に手をかけた。


「……我々は護る任が――」


隠しきれない、軍人特有の条件反射的な殺気。

自警団の若者たちが緊張して身構えかけた、その時だった。


「従え」

クラウスが、振り返りもせず、視線すら向けずに低く告げた。


そのたった一言で、護衛の男は即座に手を離し、無言で剣を預け箱に差し出した。 絶対的な主従の序列。それは、ただの商人や寄せ集めの避難民から発せられるものではない。

預け箱に業物が落ちる、鈍い音。

ロイルの喉が、嫌に乾いた。



武器を預け終えた一団に、アリシアが温かいスープと毛布を持ってきた。


「どうぞ。……まずは体を温めて」


中央に守られるように立っていた小柄な娘――ロッテと名乗った少女が、外套のフードを少しだけ上げてスープの椀を受け取る。

顔は泥と煤で汚れているが、その下にある肌のきめ細かさと、真っ直ぐな瞳の輝きは隠しきれていない。


「……ありがとうございます。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」


疲労困憊のはずなのに、その言葉の響きはあまりにも綺麗すぎた。発声の仕方、椀の持ち方の一つ一つに、洗練された教育の跡が滲み出ている。

アリシアはそれ以上追及するような野暮はせず、ただ微笑んで彼女たちを風除けのある待機場所へと案内した。


その後、アリシアは足早にロイルのそばに戻り、小声で囁いた。


「ねえ、ロイル。あの人たち、ただ怖がって黙ってるんじゃないよ。絶対に知られちゃいけない、すごく危険な事情を抱え込んでるみたい」


ロイルは手元の記録板を見つめながら、小さく頷いた。


「ああ。厄介な代物を抱え込んでいるのは間違いない。……上にあげる」



迎賓館の三階、管理室。


ロイルからの報告を受けたカインが、机の上に広げられた村の見取り図を見つめながら、冷静に分析を下す。

「護衛の配置が“守り”の型ですね。中心に、守るべき人物がいます。……追手リスクも高いでしょう」


カインは眼鏡の位置を直し、窓辺に立つ俺に視線を向けた。

「王都からの追手リスクを、最優先で考慮すべき案件かと」


俺は窓の外、広がり続ける野営地の煙を見下ろしたまま答える。


「正体は構わない。詮索するつもりもない。我々の掟に従って村に入れた以上は彼らを守る。だが、村の安全を脅かすような例外を作らずに守り抜くための策が必要だな」


傍らのソファに座っていたエレノアが、静かに紅茶のカップをソーサーに置いた。


「……命を懸けて守られている方が、いらっしゃいますわね。なら、配慮ではなく――壁が必要ですわ」


彼女は相手の身分を明言しなかったが、その口ぶりからは、すでに相手の正体にある程度の察しがついているようだった。



夕方。冬の気配を含んだ風が吹き抜け、村は急速に冷たい暗闇に包まれていく。



俺は自ら、クラウスたちの一団を案内するために待機場所へと赴いた。


「あんたたちには、迎賓館や一般の野営地ではなく、東区画の外れにある別棟を使ってもらう」


俺が案内したのは、元々資材用の頑丈な倉庫を改装した空き家だった。周囲に他の建物が少なく、出入り口が一つしかないため、人の出入りを完全に監視できる構造になっている。


護衛の騎士が、周囲の殺風景な様子を見て不満げに眉をひそめる。


「我々を隔離するというのか。このような窓も少ない倉庫に――」


「控えよ」


クラウスが再び護衛を制し、俺に真っ直ぐに向き直った。


「……我々は“目立てない”。それだけは守りたいのです。このような場所をご用意いただいたお気遣い、感謝いたします」


「事情は察している。だからこそ、人の出入りが激しい迎賓館には入れない。目立つ場所は標的になる。ここは、あんたたちを守り、同時に村の運用を壊さないための、守るための線引きだ」


俺の冷徹で合理的な言葉に、フードの下の“ロッテ”が、密かに目を見張った。


(……兄上の言っていた“仕組み”。……ここに、ある)


彼女は、この辺境の村が、狂気と混乱に沈んだ王都よりも遥かに強固な秩序で守られていることを、肌で痛感していた。



すっかり夜が更けた頃。

正門の物見櫓から降りてきた見張りの若者が、血相を変えてロイルの元へ駆け込んできた。


「ロイルさん! 街道の先に、火がひとつ見えます。ゆっくりとこちらに向かっています」


「避難民の松明か?」


「いえ……荷車の灯りや、乱れた松明の揺れではありません。等間隔で並んだ、隊列を組んだ人の火です」


ロイルは暗闇の向こう、王都へと続く街道の先を睨みつけた。


「……追ってきたか」


——火種は、ついに門前まで来た。『命令書』を持って。

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