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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第1章 追放者たちと快適化計画

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第8話:満ちる水と、次なる一手

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

用水路の建設が始まってから、季節が一つ移り変わろうとしていた。


あれほど固く、乾ききっていた大地は、村人たちの鍬によって少しずつ、しかし確実に切り拓かれていく。その光景は、もはや誰かに強制された労働ではなく、自らの未来をその手で作り上げる、希望に満ちた共同作業そのものだった。


「ようし、そっちの土、こっちに回してくれ!」


「ああ、今行く!」


ドルガンの野太い声に、他の男たちが威勢よく応える。女たちは汗を流す男たちのために水を運び、子供たちは小さな石を拾い集めては、楽しそうに笑い声を上げていた。大変な作業であるはずなのに、村全体が不思議な明るさと活気に満ち溢れている。それは、ノーリアが完成したあの日から、村人たちの心に灯った小さな希望の炎が、消えることなく燃え続けている証だった。


もちろん、作業は順風満帆なことばかりではなかった。 ある時は、水路の予定地から巨大な岩盤が顔を出し、村人たちの行く手を阻んだ。


「くそっ、これじゃあ掘り進められねえ!」


「迂回するしかないのか……?」


途方に暮れる村人たちを前に、俺は数本の丸太と手頃な岩を持ってきた。


「大丈夫だ。テコの原理を使えば、これを動かせる」


俺は、岩盤の隙間に丸太を差し込み、岩を支点にして力を加える方法を教えた。最初は半信半疑だった男たちも、数人がかりで丸太に体重をかけると、あれほど頑として動かなかった岩盤が、ミシミシと音を立てて持ち上がるのを見て、歓声を上げた。


またある時は、土質の柔らかい斜面で、何度壁を固めても崩れてしまう場所があった。


「これじゃ埒が明かねえ……」


そんな時も、俺は慌てない。


「木の枝を格子状に編んで壁面に固定し、その上から粘土を塗り固めてみろ。これで強度が格段に上がるはずだ」


それは、前世の知識でいうところの補強土壁の原始的な形だ。ヘイムをはじめとする大工たちは、俺の指示の意図をすぐに理解し、見事な手際で崩れない壁面を作り上げてみせた。


一つ問題が起きるたびに、俺が物理法則に基づいた解決策を示す。その繰り返しは、村人たちの中に、俺の知識に対する絶対的な信頼を育んでいった。


そして、プロジェクトの正念場であったサイフォンの設置も、ついにその日を迎えた。

ボルグの畑へと続く窪地を跨ぐように、タールで防水加工を施した木管が慎重に設置される。ボルグとキドは、固唾を飲んでその様子を見守っていた。


「……よし、貯水池の水門を開けてくれ!」


俺の合図で、貯水池から水が一気に流れ込む。水は水路を満し、サイフォンの入り口へと吸い込まれていった。しばらくの静寂の後、窪地の向こう側にある出口から、勢いよく水が噴き出した。


「「おおっ……!」」


村人たちから、この日一番の歓声が上がる。


水は、まるで意思を持った生き物のように、ボルグの乾いた畑へと吸い込まれ、命を与えていく。ボルグは、その光景をただ呆然と立ち尽くして見ていた。その肩が、かすかに震えている。隣に立つキドが、父親の手をぎゅっと握りしめた。


「父ちゃん……水が……畑に……」


キドの声は喜びと安堵に震えていた。ボルグは、ただ「……ああ」とだけ答えるのが精一杯だった。

彼の目から、一筋の涙が流れ落ちたのを、俺は見逃さなかった。それは、自分の頑固さに対する後悔の涙か。それとも、乾いた畑が潤っていくことへの安堵の涙か。あるいは、その両方だったのかもしれない。


歓声が少し落ち着いた頃、ボルグが俺の前にやってきて、深く、深く頭を下げた。


「アシュラン……。いや、アシュラン殿。本当に……すまなかった。そして、ありがとう」


その声は、これまでの彼の頑なさが嘘のように、震えていた。


「俺は、自分のつまらん意地と、古い考えに固執していた。あんたがもたらしてくれたものが、水だけじゃないってことに、今さら気づいたよ。本当に……感謝している」


俺は、そんな彼に静かに言った。


「顔を上げてくれ、ボルグ。俺は、俺が快適に暮らしたいからやっただけだ。君が謝る必要はない。それに、最後の仕上げには、君の力が必要だった。感謝なら、俺の方からも言わせてくれ」


俺の言葉に、ボルグは顔を上げ、もう一度「ありがとう」とだけ呟いた。その目には、確かな尊敬の色が宿っていた。


こうして、村の畑すべてを潤す灌漑用水路は、ついに完成した。

生活用水はノーリアが汲み上げ、農業用水はこの水路が運ぶ。水に関する問題は、これでほぼ完璧に解決されたと言っていい。


その夜は、村を挙げてのささやかな祝宴が開かれた。


広場の中央で燃え盛る焚き火が、集まった村人たちの顔を明るく照らし出す。誰も彼もが、ここ数ヶ月で見せたことのないような、晴れやかな笑顔を浮かべていた。


食料は乏しい。だが、この日のために男たちが森で仕留めた大猪の丸焼きが、香ばしい匂いをあたりに漂わせている。女たちは、備蓄していた豆と、畑で採れたばかりの野菜をふんだんに入れた滋味深いスープを大鍋で煮込み、ヘイムが即席で作った木の器にたっぷりと注いで回っていた。粗末な黒パンと、濁ったエールしかない。それでも、それは彼らにとって、王侯貴族の晩餐にも勝る、最高の馳走だった。


「アシュラン! あんたも食え!」


鍛冶屋のドルガンが、分厚い猪肉の塊を串に刺して寄越す。普段は寡黙な大工のヘイムも、エールを呷って上機嫌だ。ボルグは、少し離れた場所で、ドルガンと肩を組んで何事か楽しそうに語らっている。彼らの間にもうわだかまりはない。


女たちは、水汲みの苦労話に花を咲かせながら、もうその必要がなくなったことを笑い合っている。子供たちは、肉汁で口の周りをべとべとにしながら、焚き火の周りを駆け回っていた。


やがて、誰かが古い歌を口ずさみ始めると、一人、また一人と声が重なり、村に忘れられて久しい、素朴で力強い合唱が夜の闇に響き渡った。


追放者としてこの地に流され、ただ生きるためだけに過ごしてきた彼らが、初めて自らの手で「未来」を掴み取り、その喜びを分かち合った夜だった。


宴も終わり、静けさを取り戻した村を、俺は一人歩いていた。

貯水池には月が映り、水路からは心地よいせせらぎが聞こえる。活気に満ちた人々の声。満ち足りた光景だ。


だが、その中で、ふと目につくものがあった。


月明かりに照らされた、村の家々だ。


歪んだ木材、ひび割れた泥壁、抜け落ちた茅葺屋根。

ノーリアや水路といった、機能的で合理的な構造物と比べると、あまりにもみすぼらしく、非効率に見えた。


俺が最初に与えられた、あの廃屋もそうだ。壁の亀裂は塞いだが、根本的な解決にはなっていない。いつ崩れてもおかしくはないだろう。


「食と水は、満たされた。……次は、住か」


俺は誰に言うでもなく、そう呟いた。

俺自身の、より快適で安全な生活のために。

そして、この村で生きる、俺の仲間たちのために。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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