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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第5章 模倣と誤算

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第67話:煉瓦と面子

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

その翌日から、迎賓館の受付には「王都の模倣計画」に関する噂が、真っ二つに割れたまま流れ込むようになった。


『軽微な不具合』――王都の中では何でも誤魔化せる便利な言葉も、一歩外に出ればあっさり綻ぶらしい。


「だから!王都の大規模計画は順調そのものだと言っているだろうが!あの規模の事業だ、初期の資材損失など想定内に決まっている!」


「現場の空気も知らないでよく言う!毎日毎日、焼け焦げた泥の塊が山のように積まれていくんだぞ!しかも納期の催促だけは厳しくなる一方だ。まともな職人はみんな胃を痛めてる!」


迎賓館一階の受付フロアに、商人たちの甲高い怒声が響き渡っていた。

昨日やってきた行商人とはまた別の、二つの商会の者たちだ。一方は王都での表向きの触れ込みを信じ切っている恰幅の良い商人。もう一方は、実際に資材の納品で現場とやり取りしている神経質そうな商人だった。


「試験は順調に進み、改良を重ねていると上層部も発表している!お前の話は被害妄想が大げさすぎるんだよ!」


「ふざけるな!だったらなぜ、うちの商会にまで規格外の赤土の追加注文が来るんだ!しかも納品先は毎回違う個人工房の名前になっている。あれは明らかに異常だ!」


「あの、お客様方。ここは相談窓口ですので、どうかお静かに……」


若手受付職員がオロオロと仲裁に入ろうとしているが、ヒートアップした二人の耳には届いていない。

そこへ、今日も完璧な笑顔を貼り付けた聖女エレノアが、純白のローブの裾を揺らして歩み寄った。


「あらあら。朝からずいぶんと活気のある情報交換ですこと。ウルム村の空気も、王都の熱気にあてられてしまいそうですわ」


慈愛に満ちた、しかしどこか絶対的な圧を感じさせる聖女の微笑みと声に、二人の商人はハッとして口をつぐんだ。


「エ、エレノア様……申し訳ありません。これはその、少々意見の相違がありまして」


「ええ、ええ。情熱を持って事業に取り組まれている証拠ですわね。ただ、他のお客様の導線の妨げになってしまいますので……」


エレノアは受付職員に視線を向けた。


「この場合、どの分類になりますの?」


「あ、はい! 建築ギルドの資材案件と商業ギルドの情報案件が混在しています。加えて当事者間で対立が発生しているため、一階での即時処理は困難です。四階のアシュラン様案件として引き継ぎます!」


少し成長した受付職員が、流れるような早口でルール通りの答えを返す。


「素晴らしい判断ですわ。ではお客様方、師匠が直接お話を伺いますので、四階へどうぞ」


そうして、真っ向から対立する二つの「噂」は、そのまま俺の作業部屋へと持ち込まれることになった。


「……で、王都の計画は『順調』なのか『崩壊寸前』なのか、どっちなんだ?」


四階の作業部屋。大きなテーブルを挟んで、俺は二人の商人に尋ねた。

隣には記録用の手帳を開いたカインと、報告書を届けに来たついでに同席しているギード村長がいる。


「もちろん、順調に決まっております!」


恰幅の良い商人が身を乗り出した。


「今回の計画は、王家肝煎りの一大プロジェクトのようです。予算も潤沢で、私共にも手付金としてかなりの額が前払いされました。王都の役人からは『多少の不具合は発生しているが、すべて想定内であり、改良は順調に進んでいる』と説明を受けております。何より、仕事の規模が桁違いです!」


彼は「儲かる商売」であることを強調した。


「馬鹿を言え、あれが順調なものか」


神経質そうな商人が、忌々しそうに吐き捨てる。


「アシュラン様。現場の実態は酷いものです。焼き損じた煉瓦の山。割れた炉材。昨日ご覧になった失敗作と同じようなものが、毎日大量に産み出されています。それなのに、上層部からは『なぜ期日通りに納品できないのか』という催促だけが降りてくる。現場の職人たちは疲弊しきっていますよ」


「だから、それは試験段階の想定内の廃棄だと……」


「想定内で済む量じゃないんだ!それに、なぜ納品先を細かく分散させたり、名義を変えたりする必要がある?職人たちには『外に失敗を漏らすな』という強烈な口止めの空気が敷かれているんだぞ!」


再び言い争いになりかけた二人を、カインが片手を上げて制した。


「お静かに。証言の突き合わせは終わりました」


カインは手帳に書き込んだ内容を、羽ペンの先でトントンと叩く。


「情報が食い違っているわけではありません。見ている『階層』が違うだけです。上層部は『順調』という建前を維持し、現場は『失敗の山』に埋もれている。それだけのことです」


「その通りだ」


俺は淹れたてのコーヒーを一口飲み、小さく息を吐いた。


「どっちが嘘をついているか、じゃない。問題なのは『なぜ現場の失敗が、上層部に順調として報告されているのか』という、その構造の方だ」


商人二人が、キョトンとした顔で俺を見る。

俺は机の上に置きっぱなしになっていた、昨日の焼き損じ煉瓦の欠片を指差した。


「いいか。煉瓦が割れること自体は、別に珍しいことじゃない。新しい技術の試験段階なら、失敗なんて当たり前だ。山ほど失敗して、情報を取るのが試験の目的だからな」


俺は前世の研究室で、失敗だらけの実験を積み上げた日々を思い出しながら言った。


「問題は、失敗したことそのものじゃない。致命的なのは、その失敗を『失敗』として扱えないことだ」


「……失敗を、扱えない?」


「そうだ。上が『絶対に成功させろ』『王命だ』と圧力をかけ、失敗を許さない空気を作る。すると現場はどうなる? 温度管理が間違っていても、『少し風が強かっただけです』『軽微な不具合です』と嘘をつく。記録が歪むんだ。記録が歪めば工程は直せない。原因が分からないまま、現場は運任せで次の火をくべて、また失敗する。その結果、連中が今やってるのは『煉瓦を焼く工程』の改善じゃない。『報告書を綺麗に見せる工程』の仕事だ」


だから名義を偽装し、納品先を分散させ、外から出来合いの物を買ってきてでも「成果」を取り繕おうとする。


「煉瓦が割れるのはまだいい。試験ならよくあることだ。問題は、割れた理由まで一緒に隠すことだ。工程を直す代わりに報告書を直し始めたら、技術の現場は終わりだ」


俺の言葉に、恰幅の良い商人は言葉を失い、神経質そうな商人は深く頷いた。


「……恐ろしい話ですね。マスターの仰る通りです」


カインが手帳から顔を上げ、氷のように冷徹な声で論理を補強する。


「失敗の報告が上がらない以上、原因の記録は蓄積しません。工程が改善されないということは、成功率が上がらないということです。……ならば、上層部は目標数を達成するためにどうするか。成功数を増やすために、ひたすら試行回数を増やすしかありません」


カインは眼鏡を押し上げ、商人たちを見た。


「記録を歪めた時点で、次に増えるのは成果ではありません。ただの負担です」


「……全くじゃな。聞いておるだけで気分が悪くなる話じゃな」


壁に寄りかかって聞いていたギード村長が、腕を組んだまま低い声で唸った。


「失敗を失敗と言えん現場は、次にもっとでかい失敗を呼ぶじゃろう。上が面子を守ろうとすればするほど、そのツケを払わされるのは、下で働く職人たちの命か生活じゃ。うちの村じゃ、絶対に許されないやり方じゃな」


村の長として、現場の人間の命を預かってきたギードの言葉には、重い実感がこもっていた。


その時、給仕のために部屋へ戻ってきていたエレノアが、悲しそうに目を伏せた。

「責められる恐怖が先にあると、人は本当のことを言えなくなってしまいますわ」


「でも、それでは助けられるはずの現場も、救いの手を差し伸べることすらできませんわ。面子という見えない鎧が、一番弱い人たちを押し潰してしまうのですね……」


聖女らしいその言葉は、冷たい技術論と組織論に、確かな人間の温度を与えていた。

部屋に重い沈黙が落ちる。

「儲かる話」だとはしゃいでいた恰幅の良い商人も、すっかり顔色を悪くして冷や汗を拭っていた。


「そ、そういえば……」


彼は震える声で、思い出したように口を開いた。


「計画は縮小するどころか、さらに拡大するらしいと、王都のギルドで噂になっていました。なんでも、現在の予算では足りず、大幅な追加予算を積む話が出ているとか。それに……軍の倉庫から、燃料や特定の資材がこちらの事業に回されたという話も……」


「……軍の物資にまで手を出してるのか」

俺は眉間を揉んだ。


「おまけに、王都の別系統の商会――普段は建築資材など扱わないようなところにも、同規格の大量発注の相談が来ているそうです。……なんだか、儲け話のはずなのに、誰も嬉しそうじゃなくって……。王都の商人たちは皆、見えない何かに急かされているような、薄気味悪い空気を感じています」


工程を直せない組織は、失敗を物量で埋めようとする。

その金と資材は、どこかから引っ張るしかない。王家の予算か、軍の備蓄か、あるいは別の何かか。

もうこれは煉瓦工房の失敗じゃない。王国全体の経済と物流を歪ませ始めている。


「……面子で割れ目を塞いでも、炉の中じゃ何の意味もない」


俺は机の上の、ボロボロに崩れた煉瓦片を指で弾いた。

ポロリと砂が落ちる。失敗を隠し、嘘を塗り固めた結果生まれた、虚ろな成果物。


「工程を直せないなら、試行回数を力技で増やすしかない。欠けた分を埋めるために、あいつらは次に、金と人手を炉に放り込んで焼き始めるぞ」


俺の言葉に、商人たちは青ざめた顔を見合わせた。

王都の空に立ち上っているであろう黒い煙の正体が、ただの失敗作の煙ではないことを悟ったのだろう。


次に来るのは、追加注文の相談じゃない。追加予算だ。

面子という底なし沼に、金と人手がまとめて呑まれ始めている。

……焦げ臭い足音が、王都の方から聞こえてきた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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