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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第5章 模倣と誤算

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第66話:模倣と工程

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

俺の“火傷じゃ済まない”という予感は、翌々日にはもう形になって迎賓館へ運び込まれた。

噂話だけならまだいい。問題は、一緒に持ち込まれた物証の方だった。


相談票の上に置かれていたのは、書類でも申請書でもなく、半分崩れた赤黒い煉瓦片だった。


迎賓館の一階、受付カウンター。

今日も朝から順調に機能している村の心臓部で、受付を担当していた若手職員が、目の前の「物体」と相談票を交互に見比べて完全にフリーズしていた。


「ええと……これは、その……」


「いやね、売り物ってわけじゃないんですが、ぜひウルム村の専門家の方に見ていただきたいと思いまして」


困り果てた職員の前で愛想笑いを浮かべているのは、王都方面からやってきたという初顔の行商人だった。


「商業ギルドへの納品不良案件として処理すべきか、それとも建築ギルドの資材確認案件として回すべきか……」


「あの、どちらかと言うと『技術的なご相談』という形でお願いしたいんですが……」


「技術的、ですか。しかしこの規定書式には該当する項目が……」


若手職員は、俺が叩き込んだ作業手順書(マニュアル)に忠実であろうとするあまり、イレギュラー案件の分類で止まっていた。

そこへ、来客の導線整理をしていたエレノアが、純白のローブを翻して優雅に歩み寄ってきた。


「あら。どうなさいましたの?」


「あ、エレノア様。実は、こちらのお客様が……」


事の顛末を聞いたエレノアは、カウンターの上の小汚い煉瓦片をまじまじと見つめた。

そして、慈愛に満ちた聖女の微笑みをふわりと浮かべる。


「壊れた煉瓦をお土産に持ってくるお客様は、初めてですわね。斬新なご挨拶ですこと」


「い、いや、そういうわけでは……!」


「冗談ですわ。作業手順書(マニュアル)の枠に収まらない未知の事象。現物の持ち込み。これは明らかに、一般ギルドの管轄ではありませんわね」


エレノアは受付職員に向かって、凛とした声で指示を出した。


「四階の『師匠案件』に引き上げます。お客様、こちらへどうぞ。特別枠でご案内いたしますわ」


こうして、俺の平穏な朝の時間は、またしてもイレギュラーな案件によって削り取られることになった。


「……で? こいつを俺に見せて、どうしたいって?」


四階の作業部屋。

俺は机の上に並べられた三つの煉瓦片を見下ろしながら、ため息まじりに尋ねた。

部屋の端では、カインがすかさず記録用の手帳を開き、羽ペンを構えている。


「はい。実は、王都近郊の商人ギルドから、『これと同じ品質のものを大量に調達できないか』という奇妙な依頼が回り回って私共のところへ来まして。ただ、どうにも腑に落ちない点が多くてですね」


行商人は揉み手でおずおずと語り始めた。


「注文の際に、見本として渡されたのがこの煉瓦なんです。ウルム村のものと同じ赤土を使っているように見えますが……」


「似て非なるもの、だな」


俺は手袋をはめ、机の上の煉瓦片を手に取った。

指先で表面をなぞり、軽く指の関節で叩いて音を聞く。


ボコッという鈍い音がする。


「やっぱりな。これは内部に空洞や焼きムラがある証拠だ」


「焼きムラ、ですか」


「ああ。こっちの欠片を見てみろ。表面は黒く焦げるほど焼けているのに、割れた断面の中心部は赤土の生の色が残ってる。急激に高温の火に突っ込んで、中まで熱が通る前に表面だけ焼けてしまった『過焼成』と『生焼け』の混成だな」


俺は別の欠片を手に取った。指で少し力を入れただけで、角の部分がボロボロと砂のように崩れ落ちる。


「こっちは逆に火が足りてない。土がちゃんと締まっていないから、乾いただけの泥団子と大差ない。……ひどいな。これを作った奴、温度管理って発想がないのか?」


俺の容赦ない分析に、行商人は目を丸くしていた。

手帳にペンを走らせていたカインが、眼鏡の位置を直しながら問いかける。


「マスター。土の成分自体はどうですか?以前聞いた噂では、王都でも耐熱土などを集めていたはずですが」


「土の選別も甘いな。不純物が多すぎる。これじゃあ熱を加えた時に、成分ごとの収縮率の差で内部に応力が発生して、勝手にひび割れる。要するに、ただの『耐熱煉瓦風の何か』だ」


俺は煉瓦片を机に放り投げた。乾いた、情けない音が響く。


「王都の連中は、このレベルの不良品を抱えて、あんたに何を頼んできたんだ?」


「それがですね……」


行商人は声を潜めるようにして言った。


「『発注量を倍にするから、大至急、この見本と同じ規格のものをかき集めろ』と。しかも、納品先が王都の正規の倉庫じゃなくて、近郊の偽装された個人工房になってるんです。名義もころころ変わりますし」


その言葉を聞いて、俺とカインの視線が交錯した。


「……なるほどな。試験焼成に失敗して、自前で作るのを諦めかけた。だが、上が求めている『形』は揃えなきゃならないから、外の業者に泣きついているってわけか」


「ですがマスター。それなら初めからウルム村に発注すればいいはずです。なぜ、こんな回りくどい偽装を?」


「簡単なことだ。『自分たちでウルム村の技術を再現できた』って体裁を作りたいんだろう。だから名義を隠して、よそから買った物を自前の成果に見せかける。……少なくとも、その線は濃い」


馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

物理法則や工学的なハードルよりも、政治的な面子と報告書を優先する。俺が前世の学閥争いや、この世界の魔術院で死ぬほど見てきた、腐りきった組織のテンプレムーブだ。


「あの、アシュラン様。素朴な疑問なんですが」


黙って話を聞いていた行商人が、不思議そうに首を傾げた。


「同じウルム村周辺の赤土を使って、同じ四角い形に焼けば、同じ煉瓦ができるんじゃないんですか?どうして王都の職人ほどの連中が、こんなに失敗ばかりするんでしょうか」


その純粋な疑問に、カインがペンを止めて理路整然と答え始めた。


「再現性というものは、成果物の形を真似るだけでは決して生まれません。必要なのは、手順と条件の厳密な管理です」


「てじゅんと、じょうけん……?」


「ええ。土の水分量、窯の温度上昇の曲線、最高温度での保持時間、そして冷却にかける時間。それらの『工程』を一つでも間違えれば、結果は別物になります。彼らは完成品だけを見て、その背後にある緻密なパラメータの調整を無視しているのです」


カインの硬い説明に、行商人の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶのが見えた。

俺はため息をつき、横から口を挟んだ。


「要するにだ。“上手くいった時の作り方”だけ追ってもダメなんだ。本当に効くのは、“失敗した時の条件”の方だ」


「失敗した時の条件、ですか?」


「ああ。温度が高すぎたらどう割れるか。土の混ぜ方が悪いとどう崩れるか。その無数の失敗の情報を集めて、初めて『安定して量産できる狙い目』が見えてくる。こいつらは、完成品だけ欲しがって、そこに至る工程をすっ飛ばそうとしてるんだ」


俺の言い換えを聞いて、行商人は「なるほど!」と手を打った。


「だから、同じものを作ろうとしても、毎回違う壊れ方をするんですね」


「その通りだ。材料も条件も定まっていないまま、手探りで火をくべている。これで量産に入りたがっているというなら、ただの自殺行為だな」


科学技術において、ショートカットは存在しない。

一つ一つの変数を検証し、地道に積み上げた定数の上にしか、確かな結果は残らないのだ。


「……実は、王都の現場に出入りしている仲間の商人からも、きな臭い話を聞きまして」


行商人は、周囲を気にするように声をさらに一段落とした。


「現場の職人たちは、みんな渋い顔をして頭を抱えているそうです。でも、上から来る役人どもは『王命だ、急げ』『外から見えればいいから、とにかく数を揃えろ』と急かすばかりで」


「だろうな」


「しかも、何度も焼き直しをして失敗の山を築いているのに、役人はさらに上の上層部に対して『試験は順調に進んでいる』と報告しているらしいんです。だから、誤魔化すために名義を変えて、私共のような外部の商人に納品の催促ばかりが来るんですよ」


技術の失敗を、組織の隠蔽がさらに悪化させる。

「真理より権威を優先する」――魔術院で嫌というほど見た腐敗と、同じ匂いだった。


「……軽微な不具合、ですか」


カインはそう低く呟くと、机の上の煉瓦片の一つを指で弾いた。

ポロリと、情けない音を立てて脆い角が崩れ落ちる。


「表向きは『軽微な不具合』や『改良中』として処理し、現場には無理な追加注文を押し付ける。……失敗を失敗と認めて上に報告できない組織では、永遠に工程は改善されませんね」


「ああ。火に入れたのは炉だけのつもりだろうが、先に焼けているのは現場の余裕と職人の精神の方だ」


俺は崩れた煉瓦の砂を指で払い落としながら、窓の外を見た。

ウルム村の反射炉からは、今日も安定した温度管理のもと、まっすぐな煙が立ち上っている。


「王都で壊れ始めているのは、どうやら煉瓦だけじゃないらしいな」


俺がそう言うと、行商人は愛想笑いを引っ込めて、少しだけ背筋を寒くしたように身震いした。


「次は煉瓦そのものより、体面を取り繕った報告書の方が派手に壊れるぞ。……巻き込まれないうちに、手を引いておくことだな」


工程をすっ飛ばした模倣と、失敗を認められない面子。

その両方のきな臭い匂いが染みついた煉瓦片は、遠からず起きるであろう大崩落の、ほんの小さな前兆に過ぎなかった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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