第65話:迎賓館と注文
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「……完璧だ」
迎賓館四階、俺の執務室兼作業部屋。
適温に保たれた室内で、淹れたてのコーヒーを口に含んだ、その瞬間――
「南区画の水路案件、建築ギルド第二班へ回します!」
「待ってください、そっちは先に商業ギルドの荷車が通る予定です。通行整理を先に入れます」
「なるほど、では順序を修正します!」
一階の広大なエントランスホールは、朝から多くの村人でごった返している。だが、かつてのような「誰に相談すればいいのか分からない」という混乱や怒号は一切ない。
受付カウンターでは、村人の中から選出された専任の職員たちが、次々と舞い込む案件を鮮やかに捌いていた。村長であるギードの監督のもと、彼らは、あの騒動のあとに俺が叩き込んだ「案件の分類」と「優先順位付け」のルールを完全に理解し、各ギルドへと的確に指示を割り振っている。
俺は深く頷いた。
――これだ。俺が欲しかったのは。
「マスター。本日の村の稼働状況ですが、各ギルドからの定時報告によれば、すべて予定通り、異常なしとのことです」
「そうか。ご苦労、カイン」
部屋に入ってきたカインが、手元のバインダーを見ながら涼しい顔で報告してくる。
以前なら、カイン自身が窓口に立って村人たちに「定量的なデータを出せ」と小言を言っていたものだが、今やその必要もない。村人自らが状況を客観的に観察し、ギルドという組織単位で問題を自己解決できるシステムが完成したからだ。
「これだよ、俺が欲しかったのは。俺が出なくても、仕組みが勝手に案件を処理して村が回る。……圧倒的に快適だ」
「マスターのその怠惰……いえ、効率化への執念には恐れ入ります。おかげで私も、村の雑務に追われることなく、新しい魔道具の基礎研究に没頭できていますから」
カインが呆れたように、しかし満足げに眼鏡を押し上げた。
そこへ、一階の受付職員に案内されて、一人の男が部屋にやってきた。
「いやあ、いつ来ても素晴らしい活気と、見事な連携ですね!アシュラン様、ご無沙汰しております!」
顔なじみの行商人だった。迎賓館が完成したばかりの頃に立ち寄り、その威容に目を丸くしていた男だ。
「おお、あんたか。受付での案内はスムーズだったか?」
「ええ、もう完璧ですよ!巨大な建物にも驚かされますが、村の皆さんがこれほど巨大な施設を自分たちの手で、しかもあんなに整然と回しているなんて。王都の役人どもに見せてやりたいくらいです」
商人は興奮気味に身振りを交えて語る。
「実は王都でも、この建物の噂が広まっていましてね。辺境の村に、城みたいな役場がある。皇帝級の客まで通せるうえ、村の中枢だ――って」
「……王都でそんな噂が?」
俺は少しだけ眉をひそめた。情報漏洩を危惧したわけではない。これだけ巨大なランドマークを作り、商人の出入りを許可していれば、目立って噂になるのは当然の帰結だ。
「ええ。なにせ尾ひれがついて、『ウルム村の迎賓館は黄金で作られている』だの、『自動で動くゴーレムが窓口をやっている』だの、好き勝手言われてますよ」
「ゴーレムって……そんなのいたか?」
「ハハハ、まさか。ただの噂ですよ」
商人は人の良い笑い声を上げたが、すぐに少しだけ真面目な顔つきになった。
「実は今日、アシュラン様の耳にも入れておきたいことがありましてね。最近、王都周辺の商人たちの間で、妙な注文の偏りがあるんです。それをうちの商会に回してくれないかって相談が増えてまして」
「注文の偏り、というと?」
カインが手帳を開きながら身を乗り出す。
「品目は主に、耐熱性の高い土、煉瓦用の赤土、それから炉の修繕に使うような特定の石材です。あとは……透明度の高い特殊な砂を大量に買い集めている連中もいるとか」
耐熱土。煉瓦。炉材。そして、ガラスの原料となる砂。
そのラインナップを聞いた瞬間、俺とカインの視線が交錯した。
「……なるほど。建物の外観だけじゃなく、村の『中身』の噂も広がっているらしいな」
俺は顎に手を当て、思考を巡らせた。
ただの城や役場を建てたいなら、通常の石材や木材で事足りる。しかし、耐熱土や炉材、さらにはガラスの原料まで集めているとなれば、話は別だ。
「マスター。これは……」
「ああ。建物だけじゃない。ウルム村の“技術”そのものを真似ようとしてる連中がいる」
何を、どこまで、誰の肝煎りでやっているのかまでは分からない。だが、集めている材料の顔ぶれが、そう言っていた。
「王都も、この迎賓館みたいなのを建てるおつもりなんでしょうかね?」
行商人が首を傾げながら言った。彼にとっては単なる商機の偏りに過ぎないのだろう。悪意はなく、ただ市場の動きとして捉えている。
「さてな。だが、一つだけ言えることがある」
俺は窓から、整然と区画整理された村の街並みと、自立して動く村人たちの姿を見下ろした。
「形だけ真似ても意味はない。あれはただの建物じゃない。運用の塊だ」
「運用の、塊……?」
行商人が不思議そうにオウム返しにする。
「そうだ。迎賓館が機能してるのは、箱が立派だからじゃない。中で動く人間と、情報を回す仕組みがあるからだ。煉瓦と石で同じ形を作っても、運用がなければただの大きな箱だ」
俺は冷めたコーヒーを飲み干し、窓の向こうで煙を上げる反射炉に目をやった。
「まして炉やガラスなんて、見よう見まねでどうにかなる代物じゃない」
カインが、眼鏡の奥で呆れたような目をしながら小さく呟いた。
「……順番が逆ですね。基礎を飛ばして、成果物だけ先に欲しがっている」
「ハハハ、アシュラン様たちから見ればそうかもしれませんね。まあ、私共商人は、売れるものが売れればそれで良いんですが。……そうそう、最後に聞いた噂なんですがね」
行商人は、帰りがけにぽろっと、本当に何気ない世間話のトーンで付け加えた。
「王都のどこかの工房で、もう炉だのガラスだのも『実際に作り始めた』って噂でしてね。なんでも、大金をつぎ込んで職人を集めて、火を入れたとか」
その言葉を聞いて、俺は思わず天を仰いだ。
「……そのうち、火傷じゃ済まなくなるぞ」
俺の言葉に、カインは無言で手帳を閉じた。
その仕草だけで十分だった。
王都で、面倒な何かが始まっているらしかった。
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